第39話 義妹に相応しくない


 

 

 

 「そう!それでね。私がコーヒーカップに乗りたいって言ったの。そしたらみじかちゃんが『聖愛先輩、コーヒーカップに乗ったら絶対ハンドル回しまくって酔わすでしょ!!』って言ってきてね。私が無理やり手を握ってみじかちゃんをコーヒーカップに乗せたのよ。楽しかったわ~!!」

 

 生徒会室でそう楽しそうに話すお姉様は両手を顔に当ててうっとりと話しているが、みじかはどこかうな垂れたような様子でぐったりしていた。

 

 「本当に疲れましたよ……」

 「楽しかったわよね!!」

 「聖愛先輩、私の言った通りになりましたよね。始まった瞬間にハンドル回しまくって……どうしてそんな酷いことできるんですか??」

 「酷い事って……楽しかったじゃない!!」

 「確かに聖愛先輩“は”楽しかったですよね。いい笑顔で楽しそうに回しまくっていましたもん。でも、私は吐きそうになりながら吐かないように必死に頑張っていたんですよ!!やっぱり聖愛先輩って鬼か悪魔の生まれ変わりなんじゃないんですか??」

 

 やっぱり思った通りみじかはお姉様に無理やり連れて行かれて大分堪えたのだろう、ざまぁみろ。

 お姉様のことをちゃんと知らずに遊園地デートなんてするからそうなるんだ!!

 ボクならばきっと、お姉様と一緒にどこまででも付いていって、アトラクションを楽しむだろう。お姉様は激しいアクションがある乗り物が好きだ。

 

 お姉様と親しくしているなら、それくらい前もって知っていたはずだ。

 

 結局みじかはお姉様のことを考えられていない。真にお姉様のことを思っているなら、義妹としてお姉様の言う事には絶対服従であるべきだ。

 そもそも義妹なんだから、お姉様が望むことを前もって用意するべきだ。

 

 だけど、みじかはそれをしない。

 みじかが先輩だとか後輩だとかあまり気にしない人間だという、元からの性格もあるだろう。それにみじかはすべての人間と距離が近いが、特定の人間をひいきすることはしない。

 すべての人間を平等に扱うのだ。

 

 だからボクとお姉様のような距離感にはならない。

 

 あやめ先輩にも、夕夏先輩にも、お姉様にも同じ対応をするのだ。

 

 確かに一人の人間としてはそれが正しいのかもしれない。

 実際に、みじかは友達も多いし、クラスの人気者だ。

 でも、だからと言ってそれがすべて正しいというわけでは無い。

 

 義妹はお姉様のことだけを考えて、お姉様のことさえ愛せばいいのだ。

 

 その偏愛的な愛こそが義理姉妹エスという、独特な風習の醍醐味なのだ。

 

 過去には義理姉妹エスが禁止されていた時期がある。義理の姉妹関係は高校を卒業すれば終わる。この時代、大正時代の女の子たちは女子高等学校を卒業すればすぐに見知らぬ殿方との結婚という流れが多かった。


 特に聖メリアはそこそこの地位の華族の令嬢を教育することを目的としているので、親の出世や家の安泰のために顔も自由のない政略結婚というのが普通にまかり通っていたのだ。

 

そんな自由のない生活よりも今までの楽しい生活、姉妹としての生活を失いたくない。本当の姉妹になりたい女の子が続出したのだ。

 

 そして、そんな女の子たちは自らの生命を共に捨てることによって時間を永遠の物としたのだ。

 一組の義理姉妹がやると、もう一組と、大正時代のある時期には聖メリア女学院の生徒も、他の今は閉校したり、男女共学となった学校の生徒も、女子高等学校の生徒が女の子同士での心中をするという事件が頻発した。

 

 この心中には一つの共通点があった。

 それは心中した2人は義姉と義妹という関係性が非常に多かったのだ。

 

 愛しすぎてしあうがあまり、結ばれないなら命さえも、すべてを捨てる覚悟を持ってしまうのだ。

 だから、一時的に禁止された時期があったのだ。

 

 それでもこの伝統が廃れず、今でも続いているのは単に先輩たちの努力だけではない。

 自由を欲する女の子の気持ち。自由に恋愛したい少女たちの悲痛な叫びが詰まっているのだ。

 

 だから義姉は本気で義妹のことを愛さないといけないし、義妹は義姉のことをお姉様と呼んで盲愛しなければならないのだ。

 

 だから、みじかはお姉様の義妹に相応しくない。

 ボクこそが、お姉様の義妹に相応しいのだ。

 

 とまあ、長々しく話したが、実際のところはお姉様から聞いた話に過ぎない。

 話を聞きながら、どう思えばお姉様の義妹として存在できるのか頭を回していた。

 そして、出た結論があれなのだ。

 

 この理論に問題が無いわけでは無い。

 そもそも前提が女の子同士という前提があるのに、ボクは男の子だ。

 だから、ボクがお姉様の義妹に相応しくないと言われればそれまでだ。

 

 でも、お姉様の義妹としてそばに立っていたい。

 だから、お姉様の方を見ていた。

 どうやら、お姉様はいまだにみじかと楽しそうに話していた……

 

 「お姉様……」

 

 泣きそうな、捨てられた子犬のような声だったと思う。

 今のボクに出来るのはお姉様に甘えて、同情を誘ってボクを見てもらうしかないのだ。

 

 「あ、リュウ君!!」

 「お姉様、ボクお姉様とみじかが一緒にいると思うと寂しかったです……」

 「むっ~リュウ君は本当に可愛いわね。分かったわ。今度一緒に夏祭りでも行きましょう!!」

 「本当ですか!!」

 

 途端にボクの顔が明るくなった。

 やっぱりボクってチョロいな。お姉様に約束してもらうだけで簡単に今までのことを全部忘れて、頭の中を空っぽになって喜んだのだった。

 

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