第17話 高倉さんと雨音さん①

 




その音は鈴虫の鳴き声のように微かな鳴き声だった。

 でもボクの耳にはちゃんとその声は入って来た。

 

 「美しい百合の景色がする……」

 

 小さく忍び音を漏らすようなつぶやき声で見ていると、目の前の少女たちの姿が鮮明に目に入って来た。

 

 「お姉様……どうしましょうか?私お姉様のことしか考えられません……??」

 「だったら、私のことだけを考えておけばいいのよ……」

 「でも……お姉様のことだけを考えていると……本当におかしくなっちゃいそうなんです……」

 「おかしくなるってどんな風に……??」

 

 少女が少女を本棚に押し付けていた。なんてすばらしい光景なのだろうか??

 右手を少女の左頬に優しく当てると、頬から首筋を通って右肩の後ろへと回ってハグをしていた。

 

 「……お姉様のことが寝ても覚めても頭に浮かぶんです。お姉様お姉様。どうすればいいんですか??」

 「このまま私に倒れかけなさい。そしてそのままなすがままにおなりなさい。」

 「……お姉様、お姉様、何をなさるのですか??」

 「うふふっ。いい事よ……」

 

 抱き着いたままお姉様と呼ばれた少女はまるで義妹を赤ん坊のように手取り足取り勝手にしていた。

 左の義妹が受けで右のお姉様が攻めだろう。そんなことは見ていれば一目でわかることだったが、なぜかボクは情報を整理するかのようにちょっとづつ何があるのかを直視していた。

 そんな時だった。

 

「ねえ、リュウ君なにしているの??」

「お、お姉様……??」

「リュウ君、何か面白い物でも見つけたのかしら??どれどれ!私にも見せて!!」

「姉様!静かに!!」


後ろからお姉様がやって来た。その瞬間ボクは宝石を見るかのようにうっとりとした顔をしていた。そんな顔でお姉様と対峙したから、お姉様からしたら突然義妹が変なマスクメロンのように甘い顔をして見つめていたらきっと驚くだろう。


けど、そんなことはどうでもよかった。むしろお姉様よりも本と本の隙間から見える甘い姉妹の姿の方が重要だった。どうしたものだろうか??ボクの感情は彼女らによって乱れに乱れていた。それは大切なお姉様のことなど、どうでも良いかのように感じるほどに。


「酷いわ……リュウ君反抗期??……ねぇ、私にも見せてよ。」

「……邪魔しないならいいですよ。ここだったら空いています。」

「ありがとう……ねぇ、何見てるの??」

「……そうですね。可憐で美しい百合の花々ですかね。」


隣に立ったお姉様と小さな声で話しながら見つめていると、少女たちは抱き着いたまま口づけをし始めていた。お姉様の左頬が義妹の右頬に子猫のように擦り合わせながら抱き着くと、口と口とを合わせ始めた。その光景は親がヒナに餌を上げるかのような愛おしい景色だった。


黙って、映画を見るかのように腕を組んだまま見つめていると、隣にいたお姉様が手を握って来た。


「お姉様、お姉様。酷いですわ……こんなにも突然キスをするなんて……この高ぶった気持ちをどうすればいいのですか??」

「そのまま私にすべてをぶつけてしまいなさい。」

「じゃあ……私からもいいですか……」

「もちろんよ。」


すると形勢が逆転した。今まで黙っていた義妹が突如としてお姉様の手を取って押し倒したのだ。どうした物だろうか??なんて美しい光景だろうか??今までなすがまま、お姉様のキスを受け入れていた義妹がまるで自我を芽生えだしたかのように勢いよく体を重ねていたのだ。


「リュウ君!リュウ君!」

「……お姉様!?どうしたのですか??」

「リュウ君はこの子みたいに私のことを押し倒したいのかしら??」

「……な、何を言ってるんですか??」


百合の花園に住んでいたボクはいきなり楽園から追放されて現実へと叩きつけられた。静かに見つめていたが、そんなボクにお姉様はいつもの調子で話しかけていた。どうしてこんなひどいことが出来るのだろうか??もう少し、この楽園で百合に捕らわれていたかった。


でも、そんなボクのことなどまるで気にもしていない様子で二人だけの世界は更なる深みへと落ちてゆく。

何度目かもう数えることを忘れたほどキスをしたら次はさらに体を合わせ始めて行った。強く抱きしめたら、そのまま義妹がお姉様の首筋にキスをした。そして吸い上げ始めた。


「お姉様……嗚呼、お姉様……」

「……ッどう……ッかしら……わたくしはッ美味しいでしょッ……」


無理やり吐き出されたその言葉は少女のことだけを思っていて、自己献身にあふれたものだった。2人だけの世界、それはお互いを愛し合い、お互いを大切にし合っているものだった。


「左のお姉さんが2-1の高倉さんで右の義妹が1-3の雨音さんね……二人とも有名な姉妹よ。良いわね。お互いをあれだけ愛し合っているって言うのは……」

「……そうですね。お姉様にもきっと雨音さんみたいな人と出会えますよ。」

「あら、もう出会っているわよ。ここにいるじゃない。」


ボクは返事をしなかった。それは高倉さんと雨音さんを見たかったからじゃない。ただ答えることが億劫になったからだ。なんて答えてもボクとお姉様との関係にひびが入りそうでとっても怖かった。だからボクは答えられなかった。


 ……でも。

 

 ボクもきっと雨音さんが高倉さんを思うようにお姉様のことを大切に思っている。だからこそ、ボクはお姉様との関係性に困っているのだ。お姉様を大切にしようと思えば思うほどにボクと言う存在が邪魔に思えるのだ。でも、自分を排除したくても出来ないパラドックスで心の底までぐちゃぐちゃだ。

 

 キスをし合う少女たちを見て、再び自分が嫌いになった……

 お姉様の隣に並び立てない自分に……

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