第4話 赤城会長
どこからこの音はするんだろうか?
表札を見てみるとここは音楽室らしい。クラッシックぽい、その曲はまるで流れているかのように音が流れて来て綺麗だった。誰が弾いているのだろうか?
壁を耳に当てて聞いていたが、体を起こしてドアのところの窓から覗いてみる。
駄目だ、うすうす気づいてはいたけど、曇りガラスだから人影は見えても誰なのか分からない。
もういいや、誰でもいいからこの綺麗な曲を最後まで聞いていよう。
と、ドアの前で立ちながら聞いていると、一曲分どうやら終わったらしい。思わずボクは拍手していた。なんてすばらしい曲なのだろうか?
「誰か、いらっしゃるのかしら?」
心臓がドクンと動いていることに気付いた。
この声の主をボクは知っている。
赤城会長、その人だ。間違えない、お昼の時に校舎裏から聞いた声と一緒だ。
開けたく無かったけど、開けたかった。ここで開けたら面倒なことになりそうだと思いつつ、好奇心を抑えきれなかった。そんなせめぎあいの中でドアをちょっとずつ開けると、ピアノ椅子に座った赤城会長がボクおことを一直線に見つめていた。
「君は?」
「1年2組、中村竜太郎です……」
「嗚呼、あの中村さんね。唯一の男子生徒だけど、困ったことはないかしら?私生徒会長だから、何か困ったことあったら言ってくださいね。」
優しい目をした赤城会長はボクの目を見つめてほほ笑んだ。
「赤城会長はピアノが好きなですか?」
「どうしてそう思うの?」
「え、聞いてて綺麗だな~と思って、好きだからこんな綺麗に弾けるのかなと思ったんです。」
赤城会長のピアノは本当に綺麗だった。それはまるで赤城会長がピアノを弾いているのではなく、ピアノが彼女を振り向かせるために音楽を奏でているようだった。
「うん~好きと言うよりかは楽器が身近にあったからいつの間にか弾けるようになっていたという感じかしら?」
「ピアノが……すごいですね。もしかしてヴァイオリンとかも弾けたりするんですか?」
「ええ、もちろん。お父様やお兄様も弾けますし、小さい頃から練習していましたから。」
エアーでヴァイオリンを弾いているかのように右手を肩の上で振るっていた。やっぱり赤城会長はお嬢様なのだろう。にじみ出る育ちの良さが赤城会長の上品さを物語っていた。
「時にあなた、お姉様はいらっしゃる?」
「いいえ、一人っ子なのでいませんが……」
お姉様、なぜだが知らないが、唐突に聞かれたその言葉が少し突っかかった。
どうしてだろうか?
「この学校には慣れてきましたか?」
「そうですね。少しづつですが、慣れてきました。今日はクラスメイトに飴を貰いましたね。」
「そう、それはよかったわね。ここの学校はどうかしら?」
「大正時代みたいな作りの校舎やパイプオルガンが付いた礼拝堂に圧倒されていますね。」
「この学校は古いですものね。」
「クラシックでいいですよ。馬車道みたいな大正ロマンな感じがメリアらしいなと思います。」
「そう……それは良かったわ。」
両手をパンと手を合わせて嬉しそうにする彼女の笑顔は眩しかった。聖メリア女学院は大正時代に作られたらしい校舎やワックスがかけられた木造の床、それに優しい白とクリーム色の中間の色の壁がここがお嬢様学校なのだということを示していた。
「この学校は古いから、いろいろ変な伝統があるのよ。ねえ、あなた。エスって知っているからしら?」
エス……それはSisterの頭文字から取られた聖メリア女学院の伝統であり、上級生が下級生を義妹として慈しむ伝統行儀だ。たしか明治、大正時代からあるメリア独特の儀式だったはずだ。こう見えてもボクは姫男子だ。メリアと言えばエスというくらいには有名な話ではある。だけど、実際にメリアの生徒から聞いたのは初めてだ。噂程度にしか聞かなかったが、実際に本当にあるんだ……
エスのこと自体は知っていた。だけど、ここで知っている風にするのはなんか良くないように思えた。だからわざとしあない風に装うことにした。
「エス……??」
「やっぱりね……」
すると赤城会長は手を伸ばして来て、ボクの両手首をつかんだ。赤城会長の手は暖かかった。
それはまるで蒸されたばかりの春野菜のように暖かく。柔らかかった。
「……会長!?」
「知ってる?この学校にはね、1人の上級生が1人の下級生を義妹、エスとして契りを交わすのよ。」
「はっ、はい……」
本当は知っていたが、ここまで来たら引き返せない。ボクは知らないふりをつづけた。そして、赤城会長は次々と言葉を紡いでボクを混乱させにきた。
「ここまで言ったら察してくれないかしら?」
「……どういうことですか?」
「もう……あなたって鈍いのね。」
一息ついて、赤城会長は口をおもむろに開きながらゆっくりと次の言葉を発した。
「あなた、私の義妹になってくださらない?」
その言葉が出た瞬間、ボクの心臓は止まった。
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