第50話

 時は少し遡る。


「はぁ……はぁ……!」


 僕の前で膝をつき、荒く息を吐いているのは残った双極の片割れ。リンちゃんのお兄ちゃんで、今までは結社の頂点であると振る舞っていた少年。


 ――双極のシン。


 一人残され、ただ画面の中の父親のデュエルを見ていたシン君を僕がデュエルの対戦相手として指名したんだ。

 そして彼は今、僕とのデュエルに負けている。

 僕が自分のキャラにたった一言……『トドメを刺せ』と命令すればその時点で勝敗が決まる時点にまでシン君は崖っぷちに立たされていた。


「なんで、なんで何もできずに……!」


 :かわいそう

 :目を付けられたのが運の尽きや

 :かわいそうに、センリちゃんに目を付けられなかったらもう少しラスボス戦を見ていられたものを……


 茶化さないの。


 :はい

 :すんません

 :確約できないけど二度としません


「さて、もうこれで最後になるけど何か言い残すことはある?」

「……」


 僅かに逡巡する素振りを見せるシン君。時間にして僅か数秒の後、シン君は静かに口を開く。


「この後も、親父を倒しに行くのか……?」

「……当然だよ」


 至極当たり前の疑問をごく単純な答えで答える。これで結社の構成員はほとんど消えて、残ったのは双極の片割れでありながら僕たちに寝返ったリンちゃんと、今全てのデュエリストが共に戦っている総帥の二人になった。


 この後の僕の行動は当然、仲間たちに加勢すること。それをシン君は分からない筈がないというのに、最後の言葉として飛び出してきたわけだ。


「何か気になることが?」

「……親父は絶対に負けねぇ」


 その言葉に僕は何も言わない。肉親を信じている彼にあれこれ反論しても意味はないからだ。


「親父は凄いんだ……リンたちは分からないだろうけど、親父はずっとこの世界のために仕事をしてきた……! そして今度は家族のために世界を作り変えるって言ってくれたんだ!!」


 確固たる信頼。

 決して揺るがない芯。


「そんな親父が……負けるかよ!」

「うん――」


 だからこそこれは決闘デュエルなんだ。

 互いの主張、願いを懸けた戦い。

 そんなシン君の言葉を僕は否定しない。


 その上で僕はこう言う。


「――それでも勝つよ」




 ◇




 シン君との戦いを経て、僕はまだ総帥とのレイドデュエルに参加していない。みんなが戦っている横で、僕はただ黙って観察に徹していた。


 :参加しねぇの?

 :先ずは情報分析だろ常考

 :それにセンリちゃんが考察班にいることで今回のルールについて色々捗ってるからな


 そう、誰か一人ぐらいはデュエルの中じゃなく客観的な考察をするために外部から考察する役目を担う人が必要だ。


 それが僕っていうわけで。

 そしてそれ以外にも役目があった。


「――! ここ!」


 考察に参加する傍ら、僕はウィスパー系列のスキルを使用して総帥の妨害に徹していたのだ。デュエルに参加すればジョブは決闘者に固定され、吟遊詩人ジョブのように豊富な妨害行動を取ることができなくなる。


 だから僕はこうして外でスキルを使用して妨害をしていた。もっとも、徐々にそれが効きづらくなってきている感触はあるけども。


 そして最後に。


「……」


 僕はチラッと僕宛に届けられた一通のメールを見る。家族からでも、フレンドからでもないもっと別の場所、別の人から送られてきた私的なメール。


 そこには。


 、という提案の内容だった。


 視聴者に何かおかしなメールが来た人がいないのかと、ぼかして聞いても来ていないと答えられる始末。つまり今後の事態を左右するメールを、運営が僕個人に出したということ。うん、訳が分からないよ。


「……」


 それで、僕はそのメールに返信した。

 拒否という旨の内容を。


 確かに事態は大きすぎるし、僕たちが負ければとんでもないことになるだろう。でもそれはまだ未定の話だ。現状未遂で済んでいる状態のまま、運営が干渉しに来ればもう後戻りできなくなる。


 だから僕は運営に待って欲しいと願ったんだ。

 僕たちが勝てば、それでもまだゲーム内イベントとして処理される。結社たちの行動は全てゲーム内イベントの演出として扱われる。


 そうすればまだ引き返せる。

 ――ただ一人を除いて。


「……これだから大人って奴は」


 多分、それを知っててわざとそう振る舞っているんだと思う。

 自分が全ての元凶であると振る舞うことで、責任が自分一人にやってくる。それを利用して、全プレイヤーのヘイトを結社の構成員ではなく巨悪の自分に集中させることが目的なんだ。


 世界は変えたい。

 それでも他人に迷惑を掛けたくない。

 変に責任感があるからこそのあの振る舞い。


「……面倒臭いなぁ」


 :おいマズいぞ!

 :何をするつもりだ!?

 :え、バーンダメージを反転させて回復!?

 :そんで向こうがバーンダメージを!?


 視聴者のコメントを見て事態が悪化してきていると理解する。楽器演奏デバフによる妨害も最早意味はない。


 考察は終わった。

 総帥の胸の内を推理できた。

 妨害役も終わりを迎え。


 もう外でやることはない。

 なら取るべき行動はただ一つ――。


「――行くしかない」




 そして現在。




「ぐぅううううう!!?」

『巨大質量と加速によるキックを前に被害はそれだけか……!』


 いや、僕の高高度メタトロンキックを受けても腕一本だけとか、カード五枚による防御とか色々ツッコミたいことはあるけど、ただ一つ。


(きっと、妨害までなんだ)


 デュエル中に超えられる一線は妨害まで。

 少なくとも僕たちプレイヤー側から総帥に対するアクションは妨害行為だけが許される。そうすると、デュエル以外の決着は許されていないということになる。


 まぁ向こうはイベント演出と言いながら問答無用でこちら側の人数を問答無用で減らして来てるわけだけど。


『だったらやることは至極単純……!』


 力を抜き、総帥を叩き落した場所から距離を取るように後方へとジャンプする。


『当初の予定通りに対処するまで!』

「ふふ……私に勝つつもりだと? だがその判断は甘いと言わざるを得ない。例えロボットで来ようが私の勝利は揺るがない!」


 総帥が手札からカードを使用しようとする。

 でも申し訳ないけどそれは使わせない!




『『CNフルセレクト、注文オーダー』ッ!!』




 その瞬間、総帥の手にあった五枚のカードは忽然と消えた。


「なん……だと……?」


 ついさっきまで握っていたはずだ。

 それなのに瞬きをするまでもなく、手にしていたカードが消えた。あまりの事態にIQ190を超える頭脳を持つ総帥が思考を停止する。


 何故なら。


『今、貴方が持っていたカードは全て僕の手の中にある』

「……なに?」


 初期の手札五枚に、見知らぬカードが更に五枚。間違いなくこの見知らぬカードは正真正銘、先ほどまで総帥が握っていた総帥のカードそのもの。


 :うっそだろおいwwww

 :無法デュエルと聞いて嫌な予感はしてたが……

 :やりやがった!!

 :マジかよあの男の娘ッ、やりやがったッ!!


「まさかこれはリワード由来のアイテム……!」

『そう!』


 じくう処で得た『小型時空注文装置』というアイテムを使ったカード強奪術! 決闘者スキルでカード創造を使った総帥はもう、新しくカードを創造することができなくなっている。その上カードがないからカード書き換えスキルすらも使用できない!


 正しく、総帥は選択肢を奪われたも同然である。


「ふ、ふふ……! まさか、ここまでやってくれるとは……!」

『当然、僕はこのままでは終わらない』


 ずっと観察してきた。

 この大無法エンターテインメント・デュエルというものを考察し、総帥の挙動を一つ残らず見てきた。


『だからこそ分かったんだ、貴方が使った、あの出鱈目な現象の正体を! 一言で説明するならそう……これは!』


 ――言ったもの勝ちデュエル!


『分かりやすいのは呪文系のシチュエーションカードの行使。唱える必要もないただのフレーバーテキスト扱いだった詠唱の全文を、完全詠唱することで呪文の効力が上がる『設定』もしくは『説』として行使したという点』


 ファンタジー系の創作界隈でよくある設定だ。

 詠唱破棄で呪文の発動速度を上げたり。

 完全詠唱で呪文の効力を上げたり。

 無詠唱という心の中で詠唱することで口に出さなくても詠唱破棄並みの発動速度と完全詠唱並みの効力という欲張り詠唱方法があるところも。


『最悪なのはカードだけじゃなく定義という点にまで解釈によって行使できるという点だね。自分とエースキャラが一心同体という理由で対象を取る、取らないの問題を都合よく捻じ曲げられるというとんでもルールとか普通じゃない』


 だけどそれが大無法エンターテインメント・デュエルに隠された仕様。これまで総帥が行ってきた理不尽の正体。


「……ふ、ふふ! ふ、ふはははは!!」

『……』

「素晴らしい! 実に素晴らしいじゃないか! 流石は時の人だ! 億を超えたファンたちに娯楽を提供し続けてきた逸材は伊達じゃないということか!」


 :マジで合ってたああああ……

 :もうマジでなんでもありで草

 :草生えねえよ……

 :無法にもほどがあるだろ!


「だがそれを知ってどうなる? 確かにこの仕様は君たちにも使える。だが膨大な選択肢の中でどうやって適切なものを選べる?」


 解釈の幅を広げて、好き勝手にする。

 たった一つの解釈を広げるだけでも頭が混乱するだろう。こんなに厳格に定められたデジタルルールを前に言いくるめることができるのだろうか。


 そう、普通はできない。


 だけどここにいる僕を誰だと思っているの?


『やれるものは全てやる……それが僕のプレイスタイルだ』

「……」

『――どうして、巨大なロボットは人型が主流なんだろう』


 唐突に呟かれる脈絡のない疑問。

 だけどこれは必要な工程だ。

 こうして僕の解釈を言葉に乗せることで、このデュエルでデュエリストたちの声を聞いてシステムを変更してくれる『何か』が聞き届けてくれるはず。


「どの作品を見ても、大多数のロボットのほとんどは人型だ」


 その理由については人間と同じ構造のまま、より迫力を出せるようにするためだとか、機械だから気軽に身体欠損描写を盛り込まれるからだとか、様々な諸説がある。

 とにかく、僕が言いたいことは巨大ロボットは人間の代わりとして人型になっていることが多い。


『ならば今僕が乗っているこのメタトロンはどうだろう』


 完全な人型。

 手足もあり、指もある。

 つまりはそう、これは僕の分身でもあるんだ。メタトロンが僕の分身なら、僕はあの行為をすることだってできる!


『さぁデュエルだ、総帥』

「……ッ!」

『僕のターン、ドロー!!』


 そう言って、僕はメタトロンを操作してカードをドローする。


 :はぁ!?

 :おい、なにしてんだよこれぇ!?

 :え、なんでメタトロンがドローを!?

 :しかもできてるし!

 :しかもカードデケーし!!


「それは……!?」


 今、メタトロンの手にはその手に合うように拡大されたカードが握られていた。


 これが僕の定義。

 これが僕の解釈。


『僕は手札からキャラクターカード『TS - 性転のアキラ』を登場させる!』


 そうして出てきたキャラは――!


 :……デカすぎんだろ

 :スケールデカすぎィ!

 :メタトロン並みのデカさやないかい!


 通常サイズを遥かに上回る巨人サイズとして一般演出された男女どちらにも性転換できるキャラだった。


『それだけじゃない』


 メタトロンのスケールで登場された大スケールキャラはサイズだけじゃない。それは当然キャラの性能にも表れていた。


「攻撃力、50……!」


 通常は攻撃力5しかないキャラだけど、メタトロンスケールによって全ての性能が十倍に増しているんだ。


『どう? 総帥。これが貴方の言う――』




 ――大無法エンターテインメント・デュエル、でしょう?

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