第49話

 迫りくる地獄の業火を前に独り言ちる。


「時に――」


 デュエリストと彼らが使うエースカードは一心同体とされる。それはデュエリスト自身の分身であり、象徴であり、悔恨であり、友であり、魂であり、未来でもある。


「少なくとも、どの作品も常にそう表現されてきたと言えるような……一般的に定着された固定観念ではある」


 人によってその定義は様々だが、総帥にとっての認識ただ一つ。エースキャラクターという存在はもう一人の自分であるという認識だ。


 アニメや漫画といった作品には時折自分とエースキャラクターの心が通じ合う描写がある。そして現実世界においても、カードゲームをしている時に偶然必然問わず運命を感じる時がある。


 例えばそう。


 逆転の切り札としてエースカードが出た時。

 激戦の果てにトドメを担ったのが自分のエースカードだった時。

 エースカードがきっかけで勝敗を分けた時。


 などなど。

 

 偶然と運命の出来事として自分とエースが通じ合う時があるのだ。その説を信じるか信じないかは人それぞれだが、少なくとも彼は……総帥はその説を肯定するだろう。


「つまりだ」


 これは、自分を対象とした設定の開示=自分のエースキャラであるメサイア・ロードに向けられた設定の開示と同義であると総帥は認識する。


「ならば設定を開示できるはずだ」


 大無法エンターテインメント・デュエルが始まった時から見える『ソレ』に総帥は確認するように問いかける。


「――そのはずだ、よ」


 その言葉に、女神はただただ微笑むのみ。




 ◇SIDE ジャッジ




「は……?」


 エーシスとみんなの力を合わせたバーンダメージが総帥に直撃する……そう思った時、まるで時が止まったかのようにピタリとデュエルの進行が止まる。そしてその次の瞬間。


「メサイア・ロードの設定を開示」


 その発せられた言葉に俺たちは耳を疑った。


 :設定を開示!?

 :嘘だろ、対象にしてねぇじゃん!

 :まさかこれも謎のインチキ現象のせいか!?


「そんな、開示できるわけがないぜ! 俺たちの総決戦バーンアタックはメサイア・ロードを対象にしてない! なのにそれを無視できるはずが――」

「私とメサイア・ロードは一心同体。つまり私を対象とした設定はメサイア・ロードを対象にしたと同じことだ」


 :そうはならんやろ!

 :お前は何を言っているんだ?

 :ははは、ご冗談を


「果たしてそれはどうかな?」

『え!?』

「メサイア・ロードの設定により、私はデッキからシチュエーションカード『SMチェンジャー』をシーン展開! 相手のカード設定により私のメンタルダウンが確定した時、ダウンする効果は回復の効果へと反転する!」


 普通なら総帥の言葉通りにデュエルが進行されるわけがない。

 ここはゲームの中の世界で、混沌王は機械やAIで厳格に制御されたデジタルカードゲーム。プログラムに反した行動は絶対に実行されないはずなんだ。


「そう……実行されるはずが……」


 子供の駄々より質が悪い言葉にシステムが反映するとは思えない。にもかかわらず。




 ああああ。

 MP40 → 2040。




 総帥の言葉通りにシチュエーションカードが展開されていく。目の前で最悪なことが進んでいく。


「どういうこと、なんだぜ……?」


 :本当に使えた、だと?

 :MPが2000増えた……

 :は? 2000?

 :は?

 :なんで

 :おかしいだろおい

 :不正やってるよやっぱり!

 :おいどういうことだよ運営!


 だけどそれだけじゃ終わらない。

 本当の地獄はまさに、ここからだった。


「私は決闘者スキル『RE:バースワールド』を使用することで、手札に新しいカードを一枚創造する」

『っ!?』

「真のデュエリストはカードをも創造する! 私は手札から先ほど創造したシチュエーションカード『救道の報復・我傷災罰がしょうさいばつ』をシーン展開!」


 総帥が、決闘者スキルを……!?


「このカードは自身のメンタルを任意の数だけ減らし、減らしたポイント分相手のメンタルをダウンさせる!」


 そして減らすメンタルポイントは当然。


「私は自身のメンタルを2000減らす!」




 ああああ。

 MP2040 → 40。




「そんな、馬鹿な」


 つまり、対象に2000のメンタルバーン……そんなの、もう何も残らないじゃないか!?


 :おい

 :待てよ

 :待ってくれよ


「このレイドデュエルにおいて適用される対象は一人のみ。だがここで私が完全に詠唱をすればその対象を『全て』に変更することができる」

「や、やめろ……」

「麻痺、毒、睡眠……私の完全詠唱を妨害しようと音楽を鳴らしても無駄だ。君の曲はもう私の耳に届かない。私はもう既に耐性をつけている」


 最早どのような妨害を受けても総帥は止まらない。ただただ唖然とする俺たちに対して総帥はいつの間にか持っていた本を広げ、歌うように詠唱し始めた。


「――この身を炎にくべよ。魂を熱に、肉を炎に。我が身に宿りし怨魂を炎に捧げよ。救いを足蹴にした愚者に報いを。例えそれが、永遠に地獄を共にしようとも……」


 パタリ、と本を閉じる。

 まるで役目を終えたかのように。


「――『救道の報復・我傷災罰』の章、メサイアの修道女の一節より」


 その瞬間総帥のカード設定によりデュエリスト全員に2000ダメージが襲い掛かる。数千人もいた仲間たちが一瞬にして消し飛ばされていく。


 俺たちもまた同じ運命に辿る。

 そう思った時。


「そうは!!」

「させないですの!!」


 俺たちを守るようにアン先輩たちが飛び出してきた。


「アン先輩!?」

「アルビトロさんも!?」


 俺とエーシスを守るように間に入るアン先輩とアルビトロ。そして二人は手札からカードを掲げた。


「シチュエーションカード『姫騎士総長の覚悟』をシーン展開!」

「私もシチュエーションカード『特攻女帝の慈悲』をシーン展開しますわ!」


 その設定はどれもプレイヤーに対するダメージをキャラに移し替える設定を持つカード。

 自分たちの体をキャラに見立てていた彼女たちができるこの状況の最善手。つまり俺とエーシスに向かうはずのダメージを、先輩たちが代わりに受けるということ。


「勝てよ、ジャッジ」

「あとは任せましたわよ」

「絶対に勝って見せるンゴ!」

「お願いしますよ」


 俺たちをかばう二人は消し飛ばされ、同様に激励の言葉を放ったパイア先輩とガマゴンも消えていく。


「そんな、マナナン様!」

『っ!』


 遠くにリンの声が聞こえる。嫌な予感に突き動かされて急いで振り向けば、そこにはアン先輩たちと同様にカードの設定を使ってリンを庇うマナナンの姿があった。


《リンはわっちゃあが守るデス》

「ど、どうしてですの!? マナナン様が私を庇うほどの義理なんて――」

《理由なんて簡単デス》


 マナナンは後ろにいるリンに振り返らず、優しい声で言葉を発する。


《わっちゃあはセンリたちのお陰で、自分の手で心残りを晴らすことができたデス。ならリンも、ちゃんと自分の手で決着を付けるんデス》

「あ、あぁ……っ!?」

《リンの幸せを――……願っているデス》




 ◇




「これが大無法エンターテインメント・デュエル」

「……」

「これがこのデュエルのルール」


 ルール……。

 こんな、こんなルールが。


「違う……こんなの」

「『こんなのデュエルじゃない』と? そしてその次は『自分たちの信じるデュエルはみんなを幸せにするもの』だと続けるつもりかい? その通り、その認識は合っているとも。私が間違っているのは当然のこと……普通は、と付くが」


 消えたんだぜ。

 残ったデュエリストも。

 これまで戦ってきた仲間も。


「……ッ」


 残っているのは俺、エーシス、リンの三人のみ。他の人はいない。俺たちの仲間はいない。もう何もかも、消えてしまったんだぜ。


「これが、正しいと……?」

「そうとも。この大無法エンターテインメント・デュエルに関しては私が正しい! 私のやることなすことに疑問を抱く余地はない! 何せこれはれっきとしたルールなのだから!」


 :くっそ負けたっ!

 :やられちゃった……

 :もう三人しかいない

 :どうすりゃあいいんだよ

 :もうあとは三人しか……!


「こんなものがルールなんて――」

「待って、ジャッジ君」


 その時、声を張り上げようとした俺にエーシスが制止する。エーシスも仲間をやられたというのにそれでも冷静に総帥を見ていた。


 いや、怒りを抑えるように睨み付けていた。


「ど、どうしたんだぜ?」

「ルール……ルール、ねぇ」


 総帥を睨みながらルールという言葉を繰り返すエーシス。腕を組んでまるで過去の記憶を探りながらトントンと指を叩く。


「今の総帥ってさぁ……ズルい戦法を取ってルール上の仕様だから仕方がないって減らず口を叩くお兄ちゃんとそっくりなんだよねぇ……」


 :……いや、草

 :でも言いそうだよな……

 :……あぁ

 :センリちゃんなら言う(確信)


「その癖『悔しいなら私もやれば?』っていう一言もないんだよ? あくまで自分で気付かないと意味がないみたいな雰囲気でその実、私が気付くまで目一杯利益を搾り取れるまで絞り取ろうっていう魂胆だったの」


 とんでもなく性格が悪いんだぜ……。

 いや何の話だぜ?


「そう、ルール。つまりあの人が平然とやってる理不尽現象はなんらかのルールに基づいて起きてる現象じゃないかって。そしてその現象は多分、使


 :!?

 :!?

 :は!?

 :俺たちにも使える!?

 :あんなクソ理不尽の極みを!?


「だってルールなんでしょ? 言っておくけど、お兄ちゃんに散々泣かされた私の嗅覚を舐めないでよね! お母さんとかお父さん、リョウにいと特訓してお兄ちゃんの汚い作戦の裏を何度も探ってきたんだから!」


 それはなんというかご愁傷様だぜ!


 :因みに探れましたか?

 :探れたに決まってるやろ!

 :リョウも関わってんだ問題ないやろ(棒)


「…………」

「なんでそこでコメントから目を逸らすんだぜ?」

「とにかく! その現象を私たちも使えれば、より戦いやすくなるし対処もできるってこと!」

「……ふふ、中々いい思考を持っているじゃないか。確かにこれは仕様上の動作だ。理不尽はあるが決して不公平ではない」


 エーシスの言葉に総帥は肯定する。

 それでも肝心の一言は出てこない。


「ではどうするか。どう再現できるのか。それは君たちが探すべきことだ。私は先ほど不公平ではないと言ったが、それでも平等ではない」


 バッと腕を広げて、総帥は改めて宣言する。


「何故なら私は秘密結社カオスティック・ギルティアの総帥!」


 覇者『ああああ』であり。

 世界の変革を願う者であり。

 そして――。


「――君たちが倒すべき悪でもある!」


 悪だからこそ、こんな特殊ギミックを一々解説しないって言うんだぜ? ったく、とんだふざけた野郎だぜ!


 :でもどう再現すればいいんだよ!

 :これかもっていう仮説はあるが

 :あんじゃねぇか!

 :でもミスったらただの馬鹿だぞ

 :下手すれば何も起きない可能性もある

 :なんならこちらの手の内がバレることも

 :もう残り三人しかいないんだぞ!!


「それでも、やるしか……!」

「……大丈夫だよ、ジャッジ君」

「え」


 大丈夫と豪語するエーシスに目を向ける。

 そして、エーシスが空を見上げているのに気付く。希望を宿した顔で、そして嬉し気に笑みを浮かべて――俺も気付いた。


「……あ」


 空から何かが落ちてくる。

 それは鉄でできた巨人。

 希望を伴った鋼の鎧。




 巨大な質量が――総帥と激突する。




「ぬっ!? ぐうううううう!!?」

『初めまして、というべきかな』

「君か……!! 先ほどから私に的確な妨害演奏をしていた人物は!!」


 巨大なロボットのキックが総帥がいた場所ごと粉砕し、総帥を地面へと叩き落す! 高高度から叩き落され、強烈な振動が鳴り響く!


「この私がカード五枚で防御を取ったにもかかわらず、まさか腕を一本持ってかれるとは……!」

『寧ろそっちの方が驚きなんだけど……!』


 スピーカーごしに聞こえる見知った声。

 ようやく現れた存在を前に、俺は叫ぶ。




「来た……センリが来たんだぜ!!」

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