第38話

 ◇SIDE ジャッジ




 時は結社の構成員が襲撃しに来るよりも前。リンの案内でアジトがある夢幻鉱山へとキャンピングカーで向かう間の話。


『このカードはどうだぜ……?』

『これは……うん、いいと思うよ』


 これから向かう結社のアジトには当然四天王が出てくる。そして四天王が出てくるということは当然、先輩も出てくる。

 その時相手をするのは当然、俺しかいない。


『それならこれを入れたらどうだろう』


 そのためにセンリと一緒に新しいデッキを組んでいた。でもカードを選んで、デッキを構築して、それでも俺には先輩に勝てる自信がない。


 だからだろう。


『……勝てるかな』

『え?』


 ふと、口から弱音がでてきたのは。

 そう、俺はあの人との勝負で負けてしまう恐怖が頭から離れないのだ。


『先輩と戦うのが怖い。あの先輩に負けてしまうのが怖い……俺はあの人と戦っても意味が――』

『違うよジャッジ君』

『え……』


 そんな時、センリが真っ直ぐな目で俺を見つめてくる。そして確かな口調で口を開く。


『ジャッジ君は勝ちに行く必要はない。かと言って負けに行くつもりでもない』


 微笑んで静かに語る。


『君はレフェさんと話し合うために戦うんだから』

『あっ――』


 そうだ。


 確かにまだ怖いけど、それでも先輩と話し合わないといけないのは心のどこかで望んでいたことなんだ。どうして裏切ったのか。どうして結社にいるのか。そして俺たちとの日々は嘘だったのか、それを確かめるために戦うんだ。


『……分かったんだぜ』

『よし!』


 そして俺はエーシスのデュエルを見て、強敵に立ち向かう『何か』を学んだ。

 



 ◇




 そして現在。


「ジャッジ君!!」

「ジャッジ様っ!」

《わっちゃあたちは先に行くデス!》

「頑張ってくださいニャ!!」


 俺を置いて先に行く仲間たちを見送った俺は、手札のカードを構えながら先輩のターンを見守る。


「手札からダークディサイドを特殊演出! そしてそのキャラの設定によって俺はデッキからジャンルカード『ネガティブワールド』を手札に加えて、そのままジャンルゾーンにセット!」


 そしてネガティブワールドの設定で先輩は手札の『幽世の勇者ゴーストカメレオン』を闇落ち属性にして特殊演出した。

 これまでも、そしてこれからもこの前戦った時と同じ展開をするだろう。まるで俺に当てつけるかのように。


「なぁジャッジ……どうしてここに来た?」

「……っ」

「いや、俺もどうせ来るんだろうなって確信していた。だからその上で聞こう……どうしてここに来ようと思った?」


 俺が今どんな状態かなんて先輩はとっくに気付いていると思う。でもだからこそどうしてまだ恐怖を抱いたままアジトに来たのか。強制とはいえ、どうして俺はいつも通りにカードを構えているのか。


 それは当然。


「先輩と、話し合うためにだぜ」

「話し合う? 何を?」


 結社のために裏切っていた……いや、最初から仲間じゃなかった。前に答えたものが全てだと言わんばかりに先輩は首を傾げる。


「俺はまだ聞いていないんだぜ」

「何をだよ?」

「……先輩のことを」

「……」


 先輩が無言でゴーストカメレオンの設定を開示する。そしてデッキからクロス可能なキャラ……『閃きの調停犬ドライブハウンド』をゴーストカメレオンにクロスさせる。


「俺を知ってなんになるんだよ」

「知りたいからじゃ……駄目なんだぜ?」

「……はぁ~。それだから前回はお前の思考を奪うために劇的裏切りビフォーアフターパートをやったんだがなぁ」


 先輩の手札から更に『果実の武者サムライアント』を一般演出させ、ゴーストカメレオンとドライブハウンドが使用済みゾーンに送られる。そしてゴーストカメレオンの設定で自分と、クロスしていたキャラの二枚を蘇生させる。


 復活したドライブハウンドの設定で自身を闇落ち覚醒。ダークディサイドの設定でサムライアントを二体目の闇落ち覚醒。最後に手札からのシチュエーションカード『シャドウアウェイクン』でゴーストカメレオンを闇落ち覚醒させる。


「……くっ」


 ――これで計三体の闇落ち覚醒キャラ。

 以前と、同じ状況。


「闇落ちしてた癖に。リスペクトが消えて歪んでた癖に。仲間の助けで正気に戻ったら一丁前に主人公ムーブかぁ? 笑えるなぁジャッジ後輩よぉ」

「俺は……!」

「いいぜ。語ってやる。敵キャラの過去パートだ」

「っ!」


 思わず俯いていた顔を上げる。

 そして目に入ってきたのは、疲れたような顔をした先輩の姿だった。


「俺が語るのはこの結社に所属する全員が通ってきた道だ。その上でこれを聞いたお前がちゃんと俺らの前に立ち塞がるのか、見物だぜ」

「先輩……」


 ゆっくりと先輩の口から先輩の、そして結社全体にも共通する過去が……思いが、悲願が語られる。


「俺たちは――」


 ――過去に開催されたカードゲーム大会で実績を残してきた奴らばかりだった。


「……え」

「わちゃわちゃとキャンピングカーの破壊活動で狼狽えているアイツは、過去にゲーム内で開催された県別大会の優勝者。ミサイルの餌食になったヤツは連続で混沌王の公募イラストに採用されたかつての神童デザイナー」


 そして先輩は――。


「子供の頃……お前と変わらない年で大会を三連覇した天才デュエリスト。それが俺の華々しい栄光だった」

「……」

「どいつもこいつもデュエリストとして喜ばしく、そして誇らしい実績を作ってきたんだ。当時の親だって訳分からん大会で子供がトロフィー貰えたことに流れで喜んでたもんだぜ」


 :まぁ……分かるな

 :遊びでもトロフィーとか貰えると周囲の目が変わるよな

 :あの頃に戻りたいぜ……


「だがそんなもん、社会に出てみればなんも価値はねぇ」

「え……」

「お前には早い話だと思うか? だがお前も社会に出てみれば理解すると思うぜ。今は最年少公式デュエリストとして名を馳せてようが、大人になれば小さい子供と大きいお友達からしか尊敬の念を得られないベテラン公式デュエリストになるんだ」


 :あ……分かったかも

 :あーそら結社側に参加する奴ら増えるよなぁ

 :なるほど、通りで……


「子供の頃に得られた栄光なんて会社の奴らには関係ねぇ。それでも誇らしげに過去の栄光を語ると「それじゃあそれでどう弊社に貢献できるか」と興味なさげな態度を取ってくる始末だ」

「でも今の先輩は……」

「そうだな。俺は今、公式デュエリストとして仕事をさせて貰ってる身だ。金も貰えるし好きなことで仕事できるっていうやりがいもある」


 だったらどうして――!?


「それで満足してしまえば良いものを……俺はそれでも過去の栄光を忘れられねぇ」

「忘れ、られない?」

「でかい大会を連覇して、ニュースにも載った。トロフィーだって送られてきたし、賞金だって貰った。俺は今世界の中心にいる主役なんだなって子供ながらに思ったんだよ」


 だけど大人になった今じゃどうだ、と先輩は悔し気に言う。


「社会に出れば主役じゃなくなる。親には公式デュエリストなんて子供みたいな仕事をやめて、もっとまともな会社で働けって言われる」


 その姿は、今でも親に言われる俺のようで。


「所詮はハリボテの栄光だ。遊びは遊びで、現実は現実。そう社会に区別させられて、子供の頃に経験した思い出はただの夢だと指摘される」


 だがその夢を、先輩たちは忘れられない。


「スポーツだって遊びだ。それがあんな世界規模の事業にまで発展した。ゲームの大会だってそうだ。こんばこの影響でeスポーツも受け入れられるようになった。なら混沌王はどうだ? カードゲームを社会に浸透するレベルに発展しても問題はないはずだ。だってそれらの前例があるんだから」


 これが結社の総意。

 彼らが目指す社会。


「社会を、世界を俺たちの好きな物で満たす。そうして俺たちは過去の栄光を取り戻し、遊びであるが故に俺たちの世界コンテンツを軽んじてきた奴らを見返す」


 自分たちは凄いのだと。

 自分たちには実績があるのだと。


 ――失った価値を社会に認めさせるのだ。


「当然、俺たちは現実で燻っている他の世界コンテンツの奴らを否定したりはしねぇ。お前らも行動したけりゃ勝手にしろ」


 その代わり――。


「――俺たちがだ」


 社会に変革を齎す最初の革命者として先に実現して見せると、一本の指を突き上げて、そう宣言した。


「さぁジャッジ後輩。この話を聞いてお前はどうする?」

「……俺は」

「俺らの今はお前の未来でもあるんだ。混沌王で得た実績が社会に認められれば、お前は今後カードゲーマーの偉人として教科書に載り、その強さは未来永劫讃えられるだろうな」


 その声は本当に今まで接してきたレフェ先輩のように優しい声だった。


「親の反対も称賛に変わる。ここだけじゃなく現実にも居場所ができる。お前の好きな混沌王で、将来が安泰になるんだよ」


 そして何より。


「俺が、お前と一緒にそんな社会を歩みたいんだ」

「……っ!」

「お前を俺らみたいに苦しんで欲しくないんだ」

「……俺を裏切って、散々煽ってきた癖に」

「すまねぇな。あれもお前から思考力を奪うためにやった作戦の一つなんだ」

「友情ごっこって言った癖に」

「それはぁー……つい、勢い余ってな……」


 先輩の言葉は信じられない。だけど先輩が語った本音だけは本当だろうって思う。


「とにかく! さぁ答えを聞かせて貰おうかジャッジ! お前の署名カードは既に手に入れてあるので、ぶっちゃけて言うと俺に戦うメリットなんてないんだよ!」

「……だったらどうして俺とデュエルを始めたんだぜ?」

「そんなもん決まってるだろ?」


 あぁ、本当にその顔はいつもの先輩のようで。


。だったら最後に本当のお前とデュエルして勝つのが、俺にとっての最後の晩餐なのさ!」

「世界が変わる前の、最後の対戦相手として、か……」


 ふざけた理由だぜ。

 でも、これで先輩の思いは分かった。


「俺は……

「おぉ……え、ジャッジ!? マジで!?」

「でもその企みは阻止するぜ!」

「はぁ!?」


 :え、でも否定しないんじゃ

 :どうやらジャッジ君はもう覚悟してるようだ

 :どの道、俺らは静観しかできんしな!

 :だったらどっちが勝つか賭けをするまでよ!

 :お前らここまで来てまだ他人事かよwww


「俺は混沌王カオス・イン・ザ・カード公式宣伝プレイヤーのジャッジ!! 即ち公式デュエリストとして混沌王を世界中のみんなに広める使命を持つデュエリスト!」


 ビシッ! と先輩に指を突き付ける!


「俺たちの目的は同じだけど敢えて言うぜ! 先輩たちの手段は間違っていると!!」

「――ははっ」


 俺の言葉に先輩が狂うように笑う。


「そうか、そうだったなァ……! 公式デュエリストの使命は、仕事は……そういうもんだったッ!! だったらよぉジャッジ!!」

「あぁッ!」

「どちらの主張が正しいか……デュエルで決めようじゃねぇか!!」

「当然だぜッ!!」


 俺はデッキの上に指を置き、勢いよくカードを一枚引き抜く!




「俺のターン、ドロー!!」




 覚悟と共に、俺は声高らかにそう叫んだ。

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