第27話

 レフェさん……いやリフェリーが僕たちを裏切り、ジャッジ君という最大の戦力を削いだお陰で勢いを盛り返したのか、結社による被害が増加する一途を辿っていた。


 被害者数が数十人を超えて、もうかなりの数の署名カードが結社に奪われるという現実。人数差による不利故に後手に回らざるを得ない僕たち。もう結社の望みは成就されても当然の事態。


 それでも、この世界に変化はない。


 結社から新たな声明もない。果たして結社が望む社会は実現されたかすら知らない。そんな何も進展もないまま僕たちは今日を迎える。だけどそんな日に、アン先輩から連絡が来た。


「ジャッジの場所が分かった」

「本当!?」


 ジャッジ君が行方を晦ませてから今に至るまで、僕たちはずっと彼の場所を探し続けていた。ログインしていることは分かっているけど、その姿が見当たらなかったんだ。だけどその心配も、今日で終わりを告げるようである。


 :ついに見つけたか!

 :しゃあねぇよ……小学生にあんな下衆ムーブとか

 :裏切りによる弊害は大きい……

 :それにしてもまさかレフェがな……

 :もうアイツのことは忘れろ

 :でも見つけたというのになんでそんな暗いんだ?


 コメント欄の言う通り、行方を晦ませたジャッジ君の場所が分かったというのにアンさんの表情は暗い。まさか、ジャッジ君の身に何が……!?


「それが……ジャッジは今――」


 逡巡する様子を見せるアンさんは、やがて覚悟を決めたのか真っ直ぐと僕の方へと見て口を開いた。そして信じられないことを言い放ったのだ。


「――とある地下で違法デュエルをしてやがった」

「……はぁ?」




 ◇




 デミアヴァロンの二番地区。

 その隠された地下に違法デュエル場があった。


『さぁさぁさぁ! アンティルールが追加されたことによって生まれたこのデュエル賭博! ルールは簡単! 出場者は己のカードを賭けに出し、勝利をすれば相手のカードを奪うことができる! だが負ければ当然己のカードは奪われる!』


 外見は円形状に広がる地下闘技場であり、中央のデュエルフィールドを囲むようにモグリのデュエリストたちが観客席にいた。


『おっと! 忘れてはならないのが観客席にいる皆さんは勝者に賭けることができます! 賭けた選手が勝利すれば、お金はあなたの物!』

『うおおおおおおおお!!!』


 司会者の言葉にデュエリストたちが叫ぶ。

 運営が用意した合法カジノとは違う、ルール上は存在しているものの違法性漂うデュエル賭博のイリーガル味に彼らは熱中していたのだ。


「おいおい、お前誰にする?」

「大穴を狙うか、安パイにして着実に稼ぐか……」

「男なら大穴での逆転勝利っしょ!!」


 彼らは予想しながらまだかまだかと司会者の言葉を待つ。やがて、次の選手が決闘場に入ってきたことで彼らは沸いた。


『うおおおおおおお!!!?』

『さぁお待たせしました皆さん!! 本日のメインデュエルを務めるのは地下デュエル賭博の頂点にして覇者!!』


 奇抜な髪形に、漆黒に染まったトゲトゲしいアーマーを身に纏った少年。

 あれだけ混沌王に目を輝かせていた光は既に堕ち、ただただ暗い絶望だけが残った成れの果て。


『ヘルカイザァアア! ジャッジィィィ!!』

『ジャッジ! ジャッジ! ジャッジ!』

「……」


 その名をヘルカイザー・ジャッジ。

 このデュエル賭博の頂点に位置する者だ。


「俺はヘルカイザー・ジャッジに賭けるぜ!」

「ヘルカイザー・ジャッジしか勝たん!」

「きゃああああヘルカイザー・ジャッジ様ぁ!」

「『覇王』様ぁあああああ!!!」


 その強さ、その圧、まさに覇王。

 誰が呼んだか、次第にその少年はモグリのデュエリストたちから覇王……『覇王ヘルカイザー・ジャッジ』と呼ばれるようになったのだ。


『そしてこれから覇王に挑戦するのはこの人ォ! デュエル大会で優勝を総なめし、その都度対戦相手を煽りまくったことから毎回暴力事件を引き起こして出禁になった因果応報のレスバトラー!!』

「ま、まさかあの人か!?」

「あの伝説の煽り全一が!?」


 知る人ぞ知る、混沌王コンテンツにおけるかつての『頂点プレイヤー』。そんなプレイヤーが今、デュエリストとしてこの勝負の場に復帰する。


『かつて頂を見たデュエリスト! その名は――』


 その続きは、もう語られない。


「……え」


 天井が崩れ、中から鋼の巨人が飛び降りてくる。


『う、うわあぁ!?』

『ぎゃああああ!?』


 崩れた天井の瓦礫と鋼の巨人によって司会者とこれから出てくる元頂点プレイヤーが無慈悲に圧殺されたのだ。




 ◇




『御用改め、だよ』


 マイクを繋げて、一応投降の言葉を周囲に拡散する。


「な、なんだお前はァ!?」

「おい! アイツ見たことあるぞ!」

「あれは、まさか……!?」


 メタトロンを一回転させて、その勢いで無数のキューブを決闘場に散らばせる。


『君たちはもう包囲されている』


 まぁ、包囲しているのは『スリーピィウィスパー』が録音されたキューブだけど。


「マズイ、逃げろ!!」

「あの悪魔と戦ってはならん!」

『邪悪な吟遊詩人が駆けるメタトロンだあああああ!!?』

『『サウンドオブジェクト』!!』


 その瞬間キューブから放たれるスリーピィウィスパーの歌が拡散され、周囲を眠りのバフへと誘う。


『あふぅん……』

「ヤバい、デバフ耐性がない一般デュエリストが眠った!」

「クソ……! センリちゃんは見境がないのかよ!」

「だがそれがいい」

「この邪悪な吟遊詩人め!」

「おい今誰かファンがいなかったか?」


 おかしい。非は全部あちらにあるのに、なんで悪者扱いされるんだろう。


「これ以上暴れまわると結社の計画がアレでヤバくなる! ここでセンリちゃんを食い止めるぞ!」

『おう! サバイバル・デュエル、開始!』

『残念だけど、こっちはこのためにサバイバル・デュエル用のデッキを構築してきたんだ!』


 結社の一員と思われる人たちが各々キャラクターカードを登場させる中、僕は手札にあるシチュエーションカードをシーン展開した。


『シチュエーションカード『ライトニング・サンダー』! 相手のステージゾーンに存在するキャラクターカードを全て破壊する!』

『へ? ぎゃあああああ!!?』


 僕が展開したカードによって周囲のキャラは全滅した。


「くっ……だが舐めるなよ!」

「俺らは何度だってキャラを登場させてやる!」

『『ライトニング・サンダー』!』

『二枚目ええええええ!!?』


 数で勝るなら数を揃えさせなくする。

 それが前回物量で押されたことによる教訓だった。その教訓があったからこそ、僕はちゃんとサバイバル・デュエル用のデッキを作った。


 ――そう。


『全体破壊、除去をふんだんに取り入れたデッキをね! 当然三積みは当たり前だの『ライトニング・サンダー』!!』

『人の心はないんかあああああ!!?』

『悪人に明日を生きる資格はない!!』


 :これが正義サイドのやることか……?

 :行き過ぎた正義は時に悪にもとかなんとか

 :センリちゃんは最初から邪悪定期


『――……待たせたね、ジャッジ君』


 もう周囲に生きている人はいない。

 いや活動できる人という意味でね?


「……」

『変わったねジャッジ君』

「……何しに来た」

『君を連れ戻しに』


 覇王だの、ヘルカイザーだの、デュエル賭博だの、ちょっと頭が痛くなることだらけだけど、それでも。


『君が、そんな風になることはないよ』

「……」

『悪いのは全部、結社のせいだ』


 それでも、ジャッジ君は僕の目を見ようとしない。


「……俺は、覇王ヘルカイザー・ジャッジ」

『違う』

「この俺をどうかしたいと言うのなら、俺にデュエルで勝利しろ」

『君は、混沌王公式デュエリストのジャッジ君だ』

「デュエルだ」


 静かにデッキを構えるジャッジ君に僕はふぅ、と息を吐きだす。結局こうなることは最初から予想できていた。デュエルで壊れた心はデュエルで癒さないといけない、ということか。


 :大丈夫? できる?

 :逆に心を壊さない?

 :センリちゃん悪魔だからな


 しょうちしたきさまらはたおす。


『――いいよ』


 メタトロンから降りて、僕は僕のデッキを取り出す。


「デュエルをしようジャッジ君」


 だけど覚悟した方がいい。

 心配をかけてくれた分があるからね。




 ◇




『ランダムで先攻後攻を決めます』

『ヘルカイザー・ジャッジが先攻になりました』


「俺のターン……俺は手札からジャンルカード『聖碧冠宣フェティッシュ・インフェクション』を展開。これにより俺はキャラを登場させる度に1のメンタルダメージを受ける」

「……自傷を目的としたカードか」


 :あっ……

 :どうしちまったんだよジャッジ!

 :お前そんなカードを使う性格じゃないだろ!


 神々しい碧石がジャッジ君の頭上に現れ、その石が漏れ出す光にジャッジ君が苦しそうな表情を浮かべる。


「俺は手札からキャラクターカード『煌めきを夢見る少女ミナモ』を通常演出でステージゾーンに登場させる……」


 可愛らしい元気いっぱいの少女がステージゾーンに現れた。


『初めまして! 私ミナモ! よろしくね!』

「ぐっ、うぅ……!」

『あ、あれ!?』


 キャラが登場した瞬間ジャンルカードの設定が発動して、ジャッジ君のメンタルポイントを削った……!


 ジャッジ。

 MP40 → 39。


「この瞬間、俺はダメージを受けたことによりハプニングデッキからハプニングカードを一枚ドローする……!」

「……そう、来たか」

「ハプニングドロー……引いたのは『消えるアイデア帳』。相手のカードを一枚選択して使用済みゾーンに置くハプニングカードだ」

「……選ばれたのは、ボイコットマスターギャル美だよ」


 これで僕の手札に相手のサーチ設定を妨害するカードは消えた。


「次に俺はシチュエーションカード『煌めきの序章』をシーン展開。デッキから煌めきと名の付いたキャラクターカード一枚を直接ステージゾーンに特殊演出させる」

『やっほー! シズリだよー!』

『わー! シズリちゃんだー!』

「ぐふぅ……!」

『あれぇー!?』


 ジャッジ。

 MP39 → 38。


「ハプニングドロー……引けたのはハプニングカード『黒き会社の過剰労働』。お前のデッキの上から三枚を使用済みゾーンに送る」

「……」


 間違いない。


「俺はシチュエーションカード『浸食される日常』をシーン展開。場に存在するキャラクターカードを任意の枚数を選択し、使用済みゾーンに送る」


 その瞬間、無数の触手が地面から現れてミナモとシズリを闇の世界へと引きずり込んだ!


『え? きゃああああ!?』

『シズリちゃん!? っ、きゃああああ!?』

「うぅ……!」


 ジャッジ。

 MP38 → 36。


「ふぅ……! ……使用済みゾーンに送ったキャラクターカードの枚数分メンタルポイントを減らし、その減らした枚数分ハプニングドローをする」

「これが君の今のデッキか……!」


 そう、これがジャッジ君のデッキテーマ!


 敢えてキャラやメンタルを犠牲にして、強力な設定を持つハプニングカードをドローしまくるハプニングカードデッキ。それがジャッジ君……いや、ヘルカイザー・ジャッジ君が使うデッキ!!


「はぁ、はぁ……!」


 可哀想に……キャラとメンタルを犠牲にする苦しみによって、ジャッジ君の顔は赤く、苦しいのか荒く息を吐いて胸を押さえている。


 :これ、もしかして

 :いやぁ……

 :完全に目覚めたというのか

 :なんて業の深いデッキなんだ……


「これが、本当に君が求めるデュエルなの」

「これが、本当の俺だ……! 嘘偽りのない本当のデッキ……! これを完全に受け入れた時、俺はあの人のことを理解できるような気がする!」


 :いや気がするだけかよ

 :不安定だなぁ

 :ジャッジ君はまだアイツのことを……


「そう、なら僕がするのは一つだけだよ」

「……っ!」

「今の君を完膚なきまでに否定する」


 ビシリ、とジャッジ君の辛気臭い顔に指を突き付けて宣言をする。




「――君に相応しい結末は決まった!」

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