第4話
たった一つのきっかけで一つの流行が生まれる。僕はその言葉を今ほど実感したことはなかった。
「あーんてめぇやんのかあーん?」
「おーんおめぇやる気かおーん?」
『だったらデュエルで勝負じゃい!』
目を向ければガラの悪そうな人たちがデュエルで決着を付けようとする平和なのかある意味無法なのか分からない光景が。
「ねーえー彼ピッピー? 私あの装備欲しーいー」
「あの装備かぁ……なぁマケてくれない?」
「値切るとかダサいんだけどー」
「ふっ……だったらこの俺とデュエルに勝てればこの装備を割引してやろう……!」
「ほう? この俺とデュエルをするか……!」
『デュエル!!』
「デュエリストの彼ピッピまじ尊いんだけどー」
どこもかしこもデュエル、デュエル。
そう、デミアヴァロンはおろかこんばこ全体にカードゲームの波が来ていた。
全ての物事に混沌王でデュエルして決めるという常識が大流行していたのだ。
「なぁにこれ」
いや原因は分かってる。
ファンタジー世界の皮を被ったカードゲーム世界になってる原因について心当たりがある。
いや、というのも――。
「いやぁセンリちゃんの配信見てこんばこを始めたけど面白いなこの混沌王ってカードゲーム!」
「せやな!」
「それな!」
「分かるー!」
――そう、僕たちの配信が原因だ。
「これがお兄ちゃんの影響力……!」
《みんな混沌王をやってるデス》
:センリちゃんの配信を見てやり始めました!
:混沌王楽しいです!
:冒険そっちのけでやってます!
「おい冒険しろよ」
新規リスナーらしい人たちのコメントに思わずツッコミを入れる僕。そう、僕のチャンネル登録者は一億を優に超えている。一億を超える人たちが僕たちの一挙手一投足を余さず見ているのだ。
それもプレイヤー、非プレイヤー問わずにだ。
そんな彼らを前に凄い影響力を持つ僕たちがカードゲームにハマる瞬間を目撃したら? それはもう後追いをする人たちに溢れかえることだろう。
現役デュエリストは新規が来ることに歓喜して親切に接する。
新規は先輩たちに親切にされてのめり込み、元デュエリストは新規の数を見て復帰する。
まさにコンテンツの流行が広まる要因だらけだ。
「だからってこんな流行にならなくても!?」
「どどどどどーすんの、どーすんの!?」
《なんでリズム付けて言うデス?》
「わけ分かんないよー!!」
これが僕たちの影響力?
たった一つのコンテンツにハマっただけで?
確かにここ最近混沌王に関する配信しかしてないけど、まさかそれで全てがカードゲームで決まる世界に浸食されるなんて!?
「おっ混沌王の宣伝功労者を見つけたぜ!」
「え、この声――」
ジャッジ君だ!
あの日僕たちに混沌王を勧めてきた公式宣伝デュエリストのジャッジ君!
「ジャッジく――」
そうして振り返って見たのは――。
「よぉだぜ!」
「なんか担ぎ上げられてるーっ!?」
――サングラスを掛けて、神輿の上で滅茶苦茶偉そうな態度を見せているジャッジ君の姿だった。
いやなんでさ!?
「神輿の上から見下ろすデュエリストたちの光景は最高だぜ! ありがとうだぜ先輩方!」
「冗談で担ぎ上げたのはこっちだけど、お前めっちゃ調子に乗りすぎ……」
「因みに今のジャッジ君の写真を撮ってあるから、冷静になった時に全体公開するからねー」
「なんか急に悪寒がしてきたぜ……?」
あ、あの……何してるんです?
ジャッジ君どころかマナナンの教育にも良くない光景なんですがそれは。
「あぁ、君がセンリさんか! いやぁ生で見ると本当に可愛いね! 俺の名前はレフェ、上にいるジャッジの公式宣伝デュエリストの先輩さ!」
そう軟派そうな男性プレイヤーが自己紹介する。
「こっちのねーが語尾の女はアン」
「同じくパイセンだねー」
「でこっちの無口な女性がアンの妹でパイアだ」
「パイアだンゴ……」
「語尾は気にするな!」
「は、はぁ……」
「うわぁまたキャラが濃いねー」
《個性的デス》
オブラートに包んでも言っちゃいけない言葉があるんだよ二人共。
「最後はこっちだ!」
そう言ってレフェさんが神輿を担いでいる最後の人は……人?
「どうもですニャ」
「猫だー!」
でも全然地に足が届いてない!
神輿にぶら下がってるだけだこれ!
「キャットシーという種族のテイムモンスターで名前はクロネコ・ブラックノワールシュバルツネーロダムだ」
「全部知ってるわけじゃないけど……」
「多分全部黒って意味だよねお兄ちゃん」
:全部黒ですこれ
:安直さのブラックホールや
:人の心ないんか?
「クロって呼んで欲しいニャ……」
「命名は俺たち宣伝デュエリスト全員だぜ!」
可哀想に……。
クロが遠い目をしているよ……。
「それで結局どうしてジャッジ君を神輿に?」
「特大のインフルエンサーに布教した功績だな! それで混沌王が再び大流行して、その功労者であるジャッジを担ぎ上げてるわけだ!」
「ふっ……照れるぜ!」
「そ、そう……」
だからそんな派手派手に……。
「でも俺からしたら地味だぜ! もっと腕にシルバーとか巻きたいんだぜ!」
「終わってるファッションセンスだねー」
でもアンさんの毒舌はジャッジ君に届かなかったようだ。
「でもこんな流行ってありなの?」
アニメや漫画の世界で許された世界観だよこれ。いくらごちゃまぜカオスなこんばこゲームでも流石にこれは……。
「面白いから良いって運営から返事が来たぜ!」
「アッハイ」
娯楽ガチ勢の運営が言うなら……。
「面白さ至上主義なんだねー」
「ところでどうなんだぜ? あれからデュエルをしてるんだぜ?」
「もっちろん!」
ジャッジ君の言葉にエーシスが親指を立てる。ついでにその足元にいるマナナンも自分の手と背中の機械腕で親指を立てていた。
「それは良かったぜ! じゃあこの後俺とデュエルをするんだぜ!」
「えーでもベテラン相手はなー……」
「宣伝デュエリストに勝ったら報酬が貰えるぜ!」
「――その話詳しく」
でも流石宣伝デュエリストだ。
例え小学生でも宣伝のプロだけある。
「そうこなくちゃだぜ!」
彼らとはフレンド登録して、宣伝の仕事がある彼らはここで別れる。
その矢先だった。
――うわあああああ!!
「この悲鳴は!?」
「え、どしたのお兄ちゃん?」
「マジな悲鳴が聞こえたぜ!」
《マジな悲鳴って何デス?》
どうやら聞こえたのは僕とジャッジ君の二人だけ。ジャッジ君は分からないけど、僕の耳は良い方だ。だから聞こえたのだろう。
聞こえたのは、いつものような敗北する時に叫ばれる敗北者の悲鳴とは違う、妙に迫真な悲鳴だ。
「あ、おいジャッジ!!」
レフェの制止の声も聞かず、ジャッジ君がサングラスを放り投げて神輿から飛び出す。そして僕も、彼の後を追うように走り出した。
「お兄ちゃん!」
《わっちゃあたちも行くデス》
そうして僕たちは悲鳴が聞こえた方へと駆け出す。辿り着いた先は人気のない路地裏。そんな路地裏に入った瞬間、そこには異様な光景が広がっていた。
『チッ! コイツ叫び声がでけぇな……』
悪態をつくフード付きの黒いローブを身に纏った人物の背中と……彼の対面に誰かが地面に倒れていた。
「あれは、何……?」
「黒いローブの男と地面に倒れてる人?」
《あの倒れてる人の様子がおかしいデス》
マナナンの言葉に倒れている人を注視していると……なんと倒れてる人の中からカードが出てきた!? そしてそのままそのカードは黒いローブの男の手に飛んでいったではないか。
『これで五枚目か……時間が掛かるんだよクソボケが!』
「おいそこで何をしているんだぜ!?」
『げ!? んだよバレてんじゃねぇかよ!』
「早く答えるんだぜ! お前の持っているそのカードのこともな!」
『……はぁ』
なんだ、急にため息を吐いて……? そう警戒していると、その人物は意を決したのかちゃんとこちらの方へと振り返った。
『バレちまったもんはしょうがねぇ……だが良く見れば公式デュエリストが全員揃ってんじゃねぇか、不利過ぎんだろ俺』
「……」
『まぁいいぜ、どの道遅かれ早かれだ』
『っ!』
先ほど手にしたカードを懐に仕舞い、男は踵を返そうとする。アイツ、意味深な言動をするだけして逃げるつもりか!?
「待て!」
『覚えとけ……俺らは秘密結社『カオスティック・ギルティア』……この世界に変革を齎す者たちだ!』
「カオスティック・ギルティア……!?」
「センスが中二だねー……」
「小学生が考えたの?」
「ちょっとカッコイインゴ……」
パイアさんを除いた我が女性陣がボロクソ言いまくってるんですけど。まぁ小声だからか、あの謎の人物には聞こえてないけど。
ところでパイアさん? あの、パイアさん?
薄暗い路地裏の闇に消え始める謎の人物。そんな人物に向かってジャッジ君が叫ぶ。
「結社かなんだか分からないが、お前たちは混沌王でいったい何をしようとしてるんだぜ!?」
『いずれ時が来たら分かるぜ』
「どうしてカードでこんな酷いことを!?」
『あばよ!』
「待つんだぜえええええええ!!」
そうして彼は完全に姿を消して――。
「『スリーピィウィスパー』」
『あふぅん』
『え?』
「……」
――しまう前に僕のスキルで眠らせた。
『……』
「……ッスゥー」
だってぇ……隙だらけ、だったしぃ……?
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