第44話 「これがお前の子孫だ」

 ティル・ナ・ノーグ。


 初めて知った時から俺の心を掴んで離さなかった理想郷の名前。親父に見せられた本で知った時は心がワクワクした。

 得意だった錬金術に関するすげぇ知識が眠ってるだの、ハゲを治療する技術があるだの、聞けば聞くほどまさに夢のような場所。


 惹かれないわけがない。

 探さずにはいられない。


 夢だ。


 俺の夢なんだ。


 ――だから俺は。




 ◇




『着いたぞ!』

「はよ扉を閉めろ!!」

「ふんぎぎぎ……!」


 :行け行け行け!

 :コマンドーの時もそうだけど、こうしてNPC側の視点を見れるのいいよね

 :でもこっちプレイヤーの助けがないからヒヤヒヤするんだよな


 三人で扉を閉めてあいつらが来ないように抑える。その瞬間、ドンドンドンと扉を乱暴に叩く音が鳴り響き、怒号が鳴る。


「開けろぉー!!」

「誰が開けるかバカヤロー!」


 なんだったら俺の錬金術でより強く施錠しちゃうもんねー!!


 :錬金、術……?

 :腕力で固めてて草

 :曰く変化すれば錬金術だから……


『だが強度が保たない……おいヌアザの子孫よ。早くヌアザから受け継いだ酒瓶を中央の台に置くのだ』

「……あぁ」

「待ってダナン……本当にいいのかい?」


 :ダナンにとっての夢だからな……

 :それがまさか自分の手で終わらせるとか

 :でもそうしないとダグザたちが浮かばれねぇぞ?


「……ハッ、それが役目だろ?」


 俺は錬金術で手元に『なんでも酒瓶オール・ドランク』を錬金する。見てくれはアルケが出してるいつもの酒瓶と同じ。


 ……まさかこれが鍵だなんてなぁ。


『その酒瓶と台が合わさることによって、個人の力でもこのティル・ナ・ノーグ全体に錬金術を行うことができる。その際初期工程である『分解』のみが行われる仕組みになっているのだ』


 分解かぁ……確かにそれが本当なら資料通りティル・ナ・ノーグが文字通り灰になるも理解すらぁ。


 :錬金術の分解?

 :プレイヤーには関係ないけど、一応錬金術が乗ってる本には錬金という技術は三つの工程に分けられてて、『分解』『再構成』『錬金』の工程で錬金するらしい。

 :異なる素材を分解し、噛み合うように再構成して、一つに錬金する。それがこの世界の錬金術の工程だとよ


「……島全体に錬金術を行使すると言いながら分解しかできねぇのか」

『わざわざ他の工程を使うこともあるまい……それにこんな大質量を前に再構成や錬金は不可能だ。寧ろ分解ですらようやく、なのだ』

「へぇ~……」


 確かに台を鑑定すればそのような仕様であることは間違いない。俺の酒瓶を乗せれば晴れてダグザや初代の悲願が叶うってこった。


『……頼む。守護神である我にはティル・ナ・ノーグを終わらせられない。それどころか守護神の権能としてこの先ずっと我が壊れるまでティル・ナ・ノーグを維持し続けるだろう』

「そうか……」


 ――……くだらねぇ。


 こんな最後の引き金を引くためだけに俺は生きてきたのか。俺の夢も、研究も、この旅も、こんなくだらない終わりのためにずっと。


 :ダナン……

 :めっちゃ顔顰めてるな

 :そりゃ辛ぇよ……ん?




「……なーんて思ったかバァーカ!」




『――は?』

「……ははっ!」


 俺の反応に釣られてアルケが笑う。

 なんだよアイツ、俺がこの後何するか分かってねー癖に笑いやがって……まぁ俺がこのまま諦めるタマじゃないことは知ってるか。


「誰が素直に聞くかバーカ!」

『……裏切る気か?』

「裏切るぅ? 俺の純情を先に裏切ったのはアンタらじゃいボケェ!」


 そう言って俺は、手元にある酒瓶を呷った。


「……ぷはぁ! かぁ~っ!」

『……』

「怖い顔だねぇ! でもそんな顔、怖くもなんともねぇ~ぜ?」


 :おいおいおいどうすんだこれ!?

 :土壇場でやーめたは草

 :でもこれ、サブクエはどうなるんだ?


「――そんな顔より、俺自身の手で旅の全てを否定する方がこえーんだよ」


 飲んだくれの俺が、アイツらに対して申し訳なさや気まずさを感じるとはな。まさかこの俺にそんな感情があるとは思ってなかったぜ。

 こんな俺でもアイツらとの旅は気に入ってたんだ。そんな俺が、素直に夢を終わらせるつもりなんてねーんだよ。


『お前、どうするつもりだ』

「それは――」


 その瞬間だった。何もない空間に突如として凡そ縦横30センチぐらいの裂け目が広がり、そこから男の姿が映し出されたんだ。


 そんな男の姿を見て、ダグザが目を見開く。


『……まさかお前!?』

『おっ繋がった! 間に合ってよかった~……やっぱり最後に君の顔が見たくてさ~見た感じまだ無事そう……ってあれ? なんか、剣呑な雰囲気っぽい……?』


 ――……は、はは!


 そうか、誰かと思えば……これまでの話を統合すれば、この男が誰なのか分かる! そうか、こんなタイミングで来ちゃうか!


 どうやら天は俺に味方してくれたらしい!


「イエーイ見てる~? 俺はお前の子孫のダナン・フォーランドって言うんだけどよ~」

『え、ちょ、え!? だ、誰!? え、僕の子孫!? 本当に僕の子孫なの!? まさか半分ゴーレムとかじゃないよね!?』


 :半分ゴーレムwww

 :やっぱ自分でも疑ってんじゃねぇかwwww

 :真っ先に出てくるのがゴーレム嫁との子孫かよ


 がっしりとダグザの肩に腕を回して、混乱する初代様に向けてピースをする。もう満面の笑みで初代様を煽っていく。


 :もうやり方がNTRビデオなんよ

 :ダグザを子孫に寝取られる初代みたいな構図で草

 :子孫に寝取られるってなんだよ


「えーとぉ? 初代様とダグザが子孫の俺にティル・ナ・ノーグを終わらせろって言うんで~……俺は今から二人の計画をぶっ壊したいと思いまーすw」

『なにっ!?』

『ちょ、何を言い出すの!?』


 何って、正当な権利ですが。


「お前らこそふざけんなよ? そんなクソみてぇな計画を子孫に押し付けんじゃねぇ。やるならてめーらでやれ」

『我の話を聞いてなかったのか!? 時代も違う人間に直接干渉することなど――』

「あーいい! いいよそんな話は!」


 ダグザの言葉はゴミ以下の価値しかねぇから無視!


「俺言ったよなぁ? 許してねーって。そんで覚えとけとも言ったよなぁ?」

『え、それ僕聞いてない』

『……』

「その報いがこれじゃいボケェ!」


 ドンッ! と俺は拳で台を叩き付ける。

 そして俺は台に対して錬金術を行使する。


『おいお前何をやっている!?』

『……まさか、術式を足している!?』

「こんな分解しかできねぇ欠陥錬金道具なんざ、この俺が修正してやるよぉ!」


 足して、足して、引いて、足して。

 あれだけ初代様のレシピを見てきたんだ。錬金術に必要な知識の全ては俺の頭の中にある。だから行ける。このくだらねぇ茶番に終止符を打てる。


『馬鹿な……その術式は……』

『確かにそれなら島全体を分解せずに……でもどうして!?』

「あーん? 何がどうしてだ、はっきり主語を言わんかい!」

『ひぃっ! 僕の子孫が脅してくるぅ!?』


 :立場逆転で草

 :やっぱ陽キャに陰キャは敵わないんだなって

 :あーもう滅茶苦茶だよー!wwww


『ヌアザは愚か、この我ですら島全体に施せるのは分解の工程だけ……それなのに何故ティル・ナ・ノーグの民ではないお前にそのような改良ができる!? いや、例え同じ民であってもできるはずがないというのに!』


 はっ、何を言うかと思えば――。


「簡単な話だぁ! つまりお前らは過去の人間で俺は未来の人間! 過去よりも未来の方が格段に進歩してるに決まってるだろうがぁ!!」


 :うーんこれは正論

 :んなわけ

 :技術水準としては過去の方が上ですがそれは

 :どういう論調だ気が狂ってるのか


「何せこの俺様は大天才錬金術師! お前ら凡人とは才能の次元が違うんだよ次元がぁ!」


 片や水準が高いだけのお先真っ暗と!

 片や過去を解析だけして発展すらしねぇ根暗ぁ!


「お前らに比べれば、全部お前らの歴史を通過して吸収してきたこの俺様の方が上なのは当然じゃろがいぃ!!」


 :おーけー把握

 :理解したわ

 :未来の方が可能性あるのは当然だよなぁ!?

 :↑しっかりいたせーっ!

 :↑よく考えて? これ普通にダナンの方がイカれてるだけや

 :じゃあ才能ダンチなのは合ってるやろがい!


「ふんっ!!」

『あ!?』

『なっ!?』


 言いたいだけ言って、俺は術式を追加した台に鍵である酒瓶を叩き付ける。これで鍵と台が合わさり、ティル・ナ・ノーグ全体に掛けられた錬金道具が起動する。


「これは俺の奢りだ……! お前の時間が交わる時に飲んで勝手にしやがれ!」


 術式に刻まれた分解の工程が発動する。

 その瞬間、部屋全体……いや島全体が揺れる。


『分解が始まる……!』

『だがあの術式が正しければ――』


 そう、次に来るのは『再構成』だ。


「いいか初代様よぉ」

『う、うん……!』

「これがお前の子孫だ」


 大天才錬金術師であり、酔っ払いであり、お前らが遺した情報で夢を見て、夢に溺れ、夢を追い掛けた一人の男だ。


「ティル・ナ・ノーグは灰になった! もうかつての理想郷なんてものはねぇ! だからお前もそう書いとけ! いつかお前が遺した理想郷の話を聞いて目を輝かせるガキのためにな!」

『……うん!』


 そして次はお前だダグザ!


「何が終わらせてくれだ馬鹿野郎! 俺に迷惑をかけた罰として何千年もずっと生き続けてろ! いつか交差する先でゆっくりと話し合え! この先お前はえーと――」


 ふと、俺の脳裏にマグメルの園へと向かう際の出来事が過った。そうか、あれはそういうことなのかと、俺は笑みを浮かべる。


「そうだ鮭だ! お前は鮭として生き続けろ!」

『はぁ!?』

「そんで俺たちの旅の助けをしやがれ!」


 :鮭ってなんだよwww

 :鮭……あれ? マグメルの園に向かう途中で確か……

 :まさか……


「これが子孫からのアンサーだ馬鹿野郎!」

「……はっ、それでこそダナンだよ!」


 ティル・ナ・ノーグは終わらせねぇ。

 これが俺の答えだ。

 これが本当の歴史だ。


『……これは、なんと』

『はは……僕たちってとんでもない人を怒らせちゃったね』

『これもまた、運命というものなのか』

『君はそれでいいのかい?』

『……分からない。だから』


 ダグザとヌアザが苦笑するように笑いあう。


『今度はゆっくり、お前と話し合おう』

『……待ってるよ!』

『――子孫抜きでな!』


 そんな彼らのやり取りを見ながら俺は。


「――錬金」


 ゆっくりとそう呟く。




「――よぉ」

『っ、ダナンか! そっちの状況はどうだ!?』

「あぁ……気分がいいぜ」

『はぁ?』

「ざまぁ見ろってんだバァーカ! がっはっはっは!」




 この部屋を中心に光が広がっていく中、俺はハツモに連絡して笑った。




 ◇SIDE センリ




「……なにここ」


 ティル・ナ・ノーグが崩壊したと思ったら光って、そして気付いたら何かの上に乗っている。何を言ってるか分からない? 僕も分からない。


《取り敢えず降りるデス》

「う、うん」


 メタトロンのコクピットから降りて、白い大地の上に立つ。見渡す限り水平線で僕ら以外の存在が見えない。


「いや、あれは……」


 周囲を探していると、こっちに向かってくる人影が見える。あの見知った人影は……!?


《……ハツモデス!》

「……い! おーい! センリー!!」

「ハツモ! よかった、無事だったんだね!?」

「あぁ……! お前たちも無事でよかった!」


 でも見た感じ、ハツモの体はボロボロだ。


「お前らもボロボロじゃないか!」

「それはそうだけど……そういえば、リワードは?」

「あぁバッチリだぜ!」


 その言葉を聞いて、僕たちはホッと安堵した。よかった……ちゃんとハツモはリワードを見つけてくれたんだね。


「そういえば、こサギたちは?」

「こサギは分からない……ダナンも、アルケさんもどうなったか」

「いや、こうなる直前にダナンから連絡が来てたんだ……最後に聞いた感じ、なんかやったと思うんだけどこれは……」


 どうやらハツモも今の状況が分からないようで、困惑しながら周囲を見渡していた。


「いったい何がどうなって――」

「――つまり俺のお陰って奴だ」

『!?』


 声が聞こえた方向を見ると、そこにはいつの間にかダナンとアルケさんが立っていた。いったいいつの間に!?


「さっきまでティル・ナ・ノーグの地下にいたからな……排出されるまで時間かかったんだろう」

「まぁアタシたちを追ってきた野郎どもは、どうやら対象外らしいがね」

「排出って……?」

「なぁダナン、アンタなにをやったんだ? それにここはいったい……」

「あーこれね」


 ハツモの言葉にダナンは笑うように周囲を見渡す。


「ざまぁ見やがれ、良い眺めじゃねぇか」

「今立っているのは……鮭になったティル・ナ・ノーグの上だよ」

『鮭ぇ!?』


 ごめん、意味分かんない!


「だろうな! がっはっはっは!」

「あははははは!」


 二人の反応に僕たちは困惑するしかない。

 でもこれで、全てが終わったことだけは確かだ。




『お疲れ様ですー!』

『お疲れッス!』

『おぉセンリさん! 私はセンリさんたちの成功を信じていたよ!』


 負けて消えてしまった仲間からの連絡を受けたり。


「しっかし財宝は勿体無いなぁ~」

「ふふーん!」

《財宝ならここにあるデス》

『嘘ぉ!?』


 メタトロンの装甲になっていた財宝を元に戻してみんなを驚かせたり。


「なるほど……」

「つまり、あの時マグメルの園で送り迎えしてくれた巨大な魚の正体は……」

「そういうことさ!」


 ダナンたちから事の真相を聞かされてビックリもした。


「終わったんだね……」

『あぁ』

《デス》


 各々旅の思い出を振り返ったり、この後どうするか先のことを考えたり。この未来へと続いていく空を見る。


 こうして、長い長い旅は――。




 ――ついに終わったのだから。




 ◇




『サブクエスト:フォーランドサイクルをクリアしました』

『報酬として一部NPCのリアルパートナー権を獲得しました』




 ◇




 -----------------------------


 キャラ:センリ

 性別:男

 ジョブ:吟遊詩人


 アイテム一覧

 小型時空注文装置(マーカーだれ×100付き)

 バードボルテージバイク

 入門用吟遊詩人のリュート

 ASMR用マイク ランク3

 信じる者たちの鈴

 ロケットランチャー/THE FLASH

 みるぷーブースト専用マッドフレイムギター

 吟遊詩人のリュート

 センリ専用高性能キャンピングカーRBF仕様

 天空勇者メタトロンMk-II

 希望カタログ

 神でも分かる! ジャン流料理のレシピ本

 汎用オタマ

 【換金アイテム】ティル・ナ・ノーグの財宝


 装備一覧

 金の竪琴


 スキル一覧

 吟遊詩人マスタリー:SLv.2

 サウンドオブジェクト:SLv.2 → SLv.5

 フェイクボイス:SLv.1

 スリーピィウィスパー:SLv.1

 開幕のエチュード:SLv.2

 風の音撃:SLv.1


 BGMボルテージ:SLv.2 → SLv.5

 SEエフェクト:SLv.1

 サウンドビジュアライズ:SLv.2 → SLv.5

 活路へのオーバーチュア:SLv.1

 死力のフィナーレ:SLv.1

 パラライズウィスパー:SLv.1

 ポイズンウィスパー:SLv.5


 ポイズンボイス:SLv.1


 エクストラスキル一覧

 スロウスハート

 ジャン流ウレシ味の極意


 仲間NPC

 マナナン・マクリール


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『NPC:マナナン・マクリール』

 サブクエスト:マナナンのお願いを特定の条件でクリアしたことで仲間となったNPC。マグメルの園で出会ったマクリールという個体のコアと錬金したことで寿命や性能が大幅に向上。またマッドメタルゴーレムのコアを取り込んだことによって、マッドメタルゴーレムの金属浸食機能を有すこととなった。

 マッドメタルゴーレムの意思はマナナンの背にある一対の機械補助腕に宿っており、時折外部からのコミュニケーションで意思を示すことがある(例:サムズアップなど)。現在はセンリたちのパーティーの話し合いにより、マナナンはセンリと同行することとなった。




『リアルパートナー権』

 良き隣人として信頼を勝ち取ったあなたに、ゲーム内一部NPCを現実世界にリンクさせる権利を与えます。リアルでも、ゲームの中でも、彼らのパートナーとなって共に娯楽を楽しんでください。


 株式会社ゾーンリンクの社長より。




 サブ6 無毛の大地に希望を


 ――完。

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