後日談 交差する時代/照らす光
『ギャラリーのNPCアーカイブに新規回想が追加されました』
『マナナンの思い出を追加しました』
『マナナン・マクリールの覚醒を追加しました』
『ダナン・フォーランドの逆襲を追加しました』
『アドベンチャークエスト:ティル・ナ・ノーグを求めてのトゥルークリアを達成しました』
『後日談:交差する時代を追加しました』
『後日談:交差する時代を再生します』
◇
長い長い時が過ぎた。
『老いたな……ヌアザよ』
「そういう君は随分と変わったね」
今までは屈強な男だというのに今じゃあ巨大な鮭の姿だ。海洋の上を船で漂っているから、彼が少しでも動けば転覆してしまいそうだ。
まぁそれはともかく、今は彼の姿だ。
「ティル・ナ・ノーグの全てを錬金したんだったね……だから大きさはティル・ナ・ノーグと同じなんだ」
『全く……お前の子孫はとんでもない奴だぞ』
「はっはっはっは」
『笑うな』
しょうがないじゃないか。私も大天才錬金術師と自負しているが、この才能は子孫にも受け継がれていると保証されているからね。
「……どうだった?」
『ふん……まぁ悪くない』
私の数倍、いや数千倍長生きをしている彼だ。今の私と出会うまで彼がどのように過ごしてきたか気になっていたが、反応を見る限り悪くないようだ。
『この体になったせいか化け物が我を襲うこともなくなった。それにこの世界は予想以上に広い。まだまだ気になるところが多すぎる』
「そうか……」
『解放された気分だ。元より我とティル・ナ・ノーグは一心同体だったが……この姿になった我はティル・ナ・ノーグと一体化した影響か、守護神としての使命も本能も消えたようだ』
彼の言葉を聞いて私は内心ホッとため息を吐いた。
今でも守護神としての使命を持っていれば……この長い生活に嫌気を差していたのなら、私はこの手で彼を終わらせる必要があった。
だけど、今の彼の反応を見ればその必要がないということだけは確かだ。そう考えて私はなるほど……悲願を勝手に託された子孫の気持ちを理解する。
本当に……私は馬鹿だな。
『さて我の話はこれで終わりだ。今度はお前の番だ』
うん、君が有意義な日々を送れてると分かってよかったよ。さて、次は私の番か。先ず話したいのはそうだね……。
「……あの最後の交信から数か月後……私は運命を見つけた」
『子孫から聞いたぞ。嫁を見つけたそうだな』
「え、なんだい? もう先にネタバレをしてしまったのかい? 私の子孫は全く……君の驚く声が聞きたかったのに」
『いいや十分驚いた。まさかあの錬金馬鹿にゴーレム以外の人間と家族を成すとはな』
「私も驚いてるよ」
『……遅いかもしれんが、祝福の言葉を送ろう』
「ありがとう」
友人であり、師でもある彼から祝福をくれるとは……私も長生きするものだ。
「家はもう息子たちに任せているよ。私は今……子孫に向けて準備をしているところさ」
『準備か……今となってはその必要はないと思うが』
「駄目だよ。これがあるから今の君が続いている。だからあとで怒られるかもしれないけど……まぁ仕方がないさ」
『……それもそうだな』
これまで私はダグザの話を参考に準備をしてきた。無限の大釜に繫栄の聖杯。その二つの素材をダグザから聞いた僕は、その二つの素材の性質を下に、大豊森林に時空移動の錬金道具となる錬金術式を書いた。
まぁあくまで錬金術式を書いただけだ。
無限の大釜も繁栄の聖杯も手に入れていないため、時空移動の錬金道具は現状ただの机上の空論に過ぎない。だけどこの私は大天才錬金術師だ。きっと子孫が二つの素材を手に入れたら時空移動の錬金道具ができるかもしれない。
ぶっつけ本番だが、子孫が実際に過去に行っているため成功は確実だろう。
「先ず、ティル・タルンギレに繋がる手掛かりを用意できた。何年も掛かったし、間違って迷い込んでしまって日記も落としたがまぁいいだろう」
『……そういえばそうだったな』
「え、なにが?」
『いいや……運命とはかくも面妖ということだ』
何言ってるんだろうこのでけぇ魚。
「うーん……? まぁとにかく、最後にマグメルの園だけど……これが結構思い悩んでいてなぁ」
『どこに躓いている?』
「根本的にマグメルの園へと通じる道が思いつかない」
『……本当か?』
「うん嘘。勿論思い付いてるけど?」
『じゃあどこに思い悩んでいるのだ……』
それは当然――。
「――君のことさ」
『……我の、ことだと?』
「これは君が了承しなければ実現しない方法だ」
『我に何をさせる気だ?』
「君が彼らをマグメルの園へと連れて行くんだ」
『……』
私の方で潜水艇を作ってもいいが、子孫の発言からしてここは私が出しゃばってはならないと理解している。
つまり、マグメルの園に関しては彼の助けが必要なのだ。
『……はぁ……そう言うと思ったぞ』
「やってくれるよね?」
『言われなくとも、お前の子孫に直々に言われたのだ……助けろと』
「……ふふ」
あぁ私も覚えているよ。
『……まだまだ積もる話もある』
「……そうだね。僕にもいっぱい話したいことがある」
妻はもういない。
家は既に息子たちに任せてある。
私にはまだまだ時間があるのだ。
『ならばヌアザよ……飲みながら交わそうではないか』
「飲む? ――うおおっと!?」
『ふむ、実体化はまだできるな』
「な、なんだい……普通に人間体にもなれるじゃないか」
『といってもこれは単なる分身だがな。我の本体はまだ鮭だ』
「あっ、本当だ……まだ鮭がいる」
『というわけでほれ』
「おっと……これは……」
ダグザから手渡されたのは一本の酒瓶。僕の家も酒を売っているけど、この酒銘の物は知らないな。だけどその疑問は、ダグザが答えてくれたお陰で氷解した。
『未来からの贈り物だ』
「――あ」
ヌアザの言葉に私は思い出す。
そうか、これが……。
『今日この日のために取っておいたのだ』
「そうか……」
一口、その酒を飲む。
「……これは、美味いなぁ」
『ごく……うむ、確かに美味い』
今までの日々と、これからの日々を祝して。
「――未来の酒は、本当に美味い」
そうして僕たちは、久方ぶりに笑い合ったのだった。
◇照らす光
『今インタビューはよろしいでしょうか?』
『はい、いいですよ!』
テレビから街頭インタビューの音が流れている。それを俺はただ何もボーっと見ていた。
『新しく現れたエクストラリワード! そのことについてどう思っているのかお聞きしてもよろしいでしょうか?』
『いやもう全然いいですよ! あのエクストラリワードを知って興奮しない人間はいないです!』
いるんだよなぁ……ここに。
俺の名前はグエス・グウェルコ。『カオス・イン・ザ・ボックス』というゲームでグエッコーという名前でプレイしていたプレイヤーだ。
『まさに人類の希望です!』
「そうだろうな……」
街頭インタビューに答える男の声が憎たらしい。だがそう思うだけで俺は何もしない。もう俺にとってどうでもいいことなのだ。
――失望しました。
――復讐できると思ったのに。
――俺は一生ハゲのままなんだ……。
俺が雇い、同志となってくれた仲間は全員俺の前から消えた。全てはこの俺がエクストラリワードを手に入れられなかったせいだ。そして最悪なことに、俺たちが求めていたエクストラリワードはよりにもよって敵対していた相手に渡った。
もう俺たちにそのエクストラリワードを使わせてもらえる権利はないに等しい。だって俺ならそうするのだ。なんで今まで敵対してきた相手にまで施しをしないといけないのかって。
「……金があっても、どうにもならないか……」
これから世の中は育毛治療を受けずともハゲが消える時代になる。そんな時代の中で俺たちだけ、治療をしなくちゃいけないのだ。
「地獄だな……」
まるでみっともなく頭の上にしがみ付く一本の毛のようなものだ。いっそのこと全部消えてしまったら楽になるというのに。
俺たちもこのまま消えれば楽になるというのか。まぁ当然か、俺たちは目的のために散々暴れまくったのだから。
「……」
今の俺にもう以前のような執着は消えた。
どうでもよくなった。金のことも、髪のことも。
何故なら俺は完膚なきまでに負けたのだから。
「……はぁ」
ため息を吐く。
そんなところに。
「随分変わりましたね」
「誰だ……いや本当に誰だお前」
いやマジで黒いスーツを着た男が誰なのか分からない。おいガードマン。ガードマンおい。セキュリティどうなってんだおい。
「チップを渡したら案内してくれました」
「クソがこの金の亡者め!」
「見事なブーメランですね」
うるせぇ! さっきからなんなんだよお前は!
すると黒いスーツの男が俺に向かって微笑んだ。
「どうも、私のことはゴクラクとお呼びください」
「ゴクラクだと?」
いや知らんな。
名前の響きからして日本人か?
「ちょうど暇だったので、用事を買って出ました」
「用事だと?」
「プレイヤー名グエッコー。本名グエス・グウェルコ。本日私は、あなた宛てのお手紙と伝言を預かっております」
コイツ……俺のゲーム内の名前と本名を把握している……!? ふと周囲に誰もこの俺を守ってくれる人がいないことに気付き、戦慄する。
ここは、取り敢えず言う通りにするしかない。
「俺に、手紙だと?」
「はい。送り主はタカヒロ・ヤスムラという方からです」
「まさか!?」
俺はその名前の男を知っている。折角高い金を渡して同志にしたというのに俺たちを裏切った男の本名。
プレイヤー名:ヤス。
裏切りのハゲ。
「ヤスが俺に……?」
「ではどうぞ」
ゴクラクが俺に手紙を渡す。今時紙媒体とは古いが、俺とヤスとの間にある連絡手段がないのだから当然か。
いやそれならそれで直接手渡してきたこの男はなんだという疑問が浮かぶが、まぁ今更だろう。俺はヤスからの手紙を開き、中身を読んだ。
『ハゲの元雇い主へ。
ハゲ頭が好きな同じセンリちゃん推しのボーイッシュ彼女ができましたーザマーミロ。ご祝儀をもってこーい、いいご祝儀をもってこーい。
P.S.世の中金と外見だけじゃないッス。
忌憚のない意見ッス』
「惚気か貴様ァ!!」
「惚気ですね」
「見れば分かるわクソがァ!!」
お前、ハゲで男女関係に一悶着あった俺に対する嫌味か? は? わざわざ俺のところに手紙を送ってきてまでハゲの惚気とか物理的に爆発させてやろうか?
「どうどう……暴力はいけませんよ?」
「だからお前はなんなんだよ!」
「暇な一般特殊実働部隊の代表です」
「そうか。帰れ!」
誰がそんな冗談を真に受けるんだ馬鹿め!
「クソ……!」
なんなんだいったい……!
――P.S.世の中金と外見だけじゃないッス。
この一文が余計にイラつかせる。
「……っ」
確かに金がいくらあってもハゲから逃れられることはできない。それに外見だって、ヤスのハゲ頭を好く女もいる。
あぁ確かにそうだ。この手紙の通り世の中金や外見だけじゃないのかもしれん。だがそれがどうした? 今更こんなことを俺に言ってどうなる?
「俺は一生ハゲなんだよ……!」
「まだ伝言がありますよ」
「うるさい帰れ! 俺はもう聞きたくない!」
「本当に、聞きたくないと?」
「いい加減くどいぞ!!」
だがその時スッとゴクラクが俺に一枚のチケットを見せる。
「……なんだこれは」
「永遠の髪の使用権です」
「――はぁ!?」
まさかの言葉に俺は驚愕する。
永遠の髪の使用権……つまりハゲとはおさらばということ……! いや、待て、どうしてこのチケットを俺に渡そうとする!?
「何が目的だ!?」
「目的も何も……これは権利者様による方針ですが」
「権利者による方針……だと?」
権利者と聞いて俺が思いついたのは一人の男の顔。
「まさか、ハツモが……?」
「そもそもの話、どうしてあなたとハツモ様が争っていたのでしょう」
「それは……俺がリワードを独占しようとして……それでアイツが」
と、そこで俺はようやく気付く。
「そうです。ハツモ様は独占を良しとしませんでした。そしてそれはどのような方であっても、この永遠の髪を使用する権利があるというお考えなのです」
「こんな、俺でも……?」
「例えかつて敵対してきたと言っても、それであなた方だけ除け者にすればそれは平等とは程遠くなりますので」
俺は、俺は何日も何週間も粘着し続けて……終いには殴り合ったというのに……お前は分け隔てなく施すというのか。
「娯楽は平等。やはり娯楽は良いものですね」
「え?」
「こちらの話です。さて、それでは用事を済ませましたしこれで私は帰るとします」
その言葉を俺は黙って聞いていく。ただ目の前のチケットを見て、己の行いを悔いるのみだ。世の中金だけじゃないと、俺はこのチケットを見て気付いたのだ。
「……ありがとう」
俺の心は晴れやかだ。
まるでカツラを脱いだかのように。
◇
「……どう? 似合ってる?」
「似合ってるよ母さん」
「――そう!」
俺の言葉に微笑む母さん。
治療後の副作用で薄毛に悩んでいた母さんの姿はもうない。そこにいるのは、ただオシャレを楽しむ大好きな母さんだけ。
「ありがとうな、
「どうってことないよ父さん」
「いいや、母さんのあんな笑顔はお前たちのお陰だよ」
父さんの言葉に俺は照れくさそうに笑う。
世界は変わった。薄毛やハゲ、脱毛症の悩みから解放され、人々は以前より明るくなった。
「……」
俺は今でも思い返すことができる。あの時経験した旅の日々を。共に仲間たちと過ごした日々を。
あぁ――。
「次どれがいいかしらー?」
「ほら行くぞ」
「はは、分かったよ」
思い返す度に、俺はいつもこう思うのだ。
――全ての人々に光あれ、と。
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