第43話 「良質タックルだゴラァ!!」

『ねぇ、アナタの頭ってカツラなの?』

『……は、え? ……い、いや、いやいや! な、何を言ってるんだお前!?』

『今日私のフォロワーから聞いたの。私の彼氏がカツラを被ってるハゲだって』


 その言葉にこれ以上ないぐらい動揺する。

 誰だ、誰だそんなことを言った奴は、とそのようなことを言った人物に対して怒りを募らせていく。


 だけど今は重要じゃない。

 今はこの誤解を解かなければ。


『お、おいおいそんなわけないじゃないか? ほら髪を引っ張ってみろよ。カツラじゃなく紛れもない本物だぜ?』


 そう言って髪を引っ張らせてみる。

 当然だ。この髪は地毛だ。

 俺はハゲじゃない。ハゲじゃないのだ。


 ――だって。


『ふーんでもそれって治療を受けたからでしょ』

『――は?』

『ティーウイッターのフォロワーから写真を貰ったよ? かの有名財閥の息子が育毛治療を受けにクリニックに入る写真が』


 確かに彼女が見せるスマホの画面にはその写真があった。


『だ、だったらどうした……? 治療を受けたらどうしたっていうんだ!? 治療を受けたからと言ってこの頭の髪はちゃんと――』

『でもハゲだった事実は変わらないじゃん』

『……え?』

『ハゲは遺伝するって言うし、もしアナタとの間に子供が生まれたら子供が可哀想』


 ……どんな理屈だそれは。


『おい、おい待て』

『アナタと別れるわ』

『待て!! お前、俺がいったい幾ら貢いだと思ってんだ!? 高級車も宝石も家も全部買わせてやったじゃないか!!』

『やっぱり子供には幸せになって欲しいし』


『金目当てに近付いてきた癖に今更何を言ってんだこのアバ――』


 ――そうして。


 口論して、逃げられて。

 酷く気分が悪くなった。


 それでも割り切れた。

 どうせまた金目当てで女が寄ってくる。金だ。金しかない。さっきの女は金よりも外見を選んだ。それがいけなかった。


 モノにするなら純粋に俺の力である金を目当てにしてきた女の方がいい。イイ女は最上級のステータスだ。だが本当に付き合うならみるぷーの方が良い。あんなおもしれー女は早々いないからな。


 だからあの女が俺と別れたのは別にどうでもいい。


 でも。


 ――でもハゲだった事実は変わらないじゃん。


『クソ……』


 だがその一言がいつまで経っても頭から離れられない。カツラなんてすぐに頭から外れるっていうのに何故その言葉だけは未だにしつこくくっ付いて来るんだ。


 だが今はもうハゲじゃない。

 治療してもう全部元に戻った。

 もうあの頃の自分じゃないのだ。


 だというのに。


『あぁ……なんだ……? なんだって髪が……』


 その数か月後。

 俺の髪は薄くなっていた。




 ◇SIDE ハツモ




「クソ、ここにもない……!」


 みんながそれぞれ頑張ってるんだ。だから俺は一刻も早くこの財宝の山から目当てのリワードを探さないといけない。

 だというのに量が膨大過ぎる。探索者のスキルで探しても出てくるのは財宝に関する無数の情報だけだった。


「クソが、分かってんだよ……!!」


 財宝の一つ一つが立派なレアアイテムだってことは分かる。でもそれが却って目当ての物を探すのに邪魔になっているんだ。読む暇も時間もないっていうのに、説明が説明によって埋もれて何がなんだか分からない。


「っ……邪魔だぁ!」


 探索者スキルを使ったら余計に探せなくなる。だから俺はこうして肉眼で目当てのリワードを探しているんだ。


『お前が欲しがる技術は両手で持てるほどの大きさの持った黒い箱にある』


 事前にダグザからリワードの外見のことを聞かされていた。だから今センリたちが頂点プレイヤーと戦って時間を稼いでいる今、俺はその箱を探さなくちゃいけない。


 でも見つからない。財宝をかき分け、宝石を放り投げても見つからない。無駄に時間が過ぎ、焦りによって集中力が途切れる。


「どこだどこだどこだ……!?」


 雑に、乱暴に、まるで砂を必死にかき分けて探すような様子で手を動かしてそして――。


 何かが、俺の手首を掴んだ。


「ひっ」

「うぐああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 俺の手首を掴みながら財宝の中から飛び出してくるその人物。間違いない、俺はこの人物を知っている!


「――生きてやがったか、グエッコー!!!」

「ハツモォォォォォッ!!!!」


 長く続いてきた因縁が、ここに来て巡ってきたのだ。




 ◇SIDE ダナン




「クソ、しつけぇんだよお前ら!?」

「行け行け行け! 絶対にあいつらを奥に行かせるな!」


 グエッコーの部下が俺たちをしつこく追い掛けてくる。クソ、この先に髪を生やす技術なんてないってのにどうしてこんなにもバカばっかりなんだよ!


『引き返せ! この先には破滅しかない! 貴様らが求める物はどこにもないぞ!』

「うるさい信じられるか!」

「例え本当でも万が一の可能性があったら悔やみきれねえ!」

「なんで信じねぇんだよ馬鹿がよぉ!?」


 再三この先に技術がないってことを言ってやがるのに誰も信じやしねぇ! はっきり言って口論するのも疲れたぜ!


「俺たちは絶対に神の毛を手に入れるんだ! お前らみたいなNPCになんか渡してたまるかぁ!」

「イカれた野郎どもが!」

「神の毛は俺たちが使うべきなんだ! 散々ハゲであることをバカにしやがった奴らに使わせてやるかぁ!」


 全然話が通じねぇ! 俺もハゲだからハゲ同士の争いは不毛だってのによぉ!


「ダナン危ない!」

「うおっと!?」

「クソ、外した!」


 ダグザから漏れた相手がこちらに向かって剣を振り下ろしてくる。だがなぁ!


「錬金パワー!!」


 回避して近くにあったパイプをへし折ってフルスイングゥ!


「ただの鉄パイプだそれグワーッ!?」

「変化させれば錬金術!」

『いや何それ知らん……こわ……』


 ハッ、流石の守護神もこの現代の錬金術を理解できなかったか……流石は大天才錬金術師だぜ俺。


「クソォ……! 絶対に渡してやるものか……! 虐げられてきた無毛の同胞たちのためにも! そして我らを虐げてきた奴らを復讐するためにも!!」

「知るかそんなもん!! お前らの論調だと昔親父のハゲ頭をからかってきた俺に使う資格がねぇってことじゃねぇか!」

「因果応報だ!!」

「うるせぇ平等に使わせろやハゲがぁ!!」

『お前もハゲじゃねぇかっ!!』




 ◇SIDE ハツモ




「なんでっ、今更っ、のこのことっ!!」

「俺ほどになると身代わりアイテムを一つぐらい持ってるもんなんだよぉ!!」


 グエッコーによって殴り飛ばされる。

 だけど。


「いい加減しつこいんだよお前っ!!」

「ぐはぁ!?」


 俺も拳を握ってグエッコーの顔面を殴り返す。

 俺にセンリやこサギみたいな派手で効果的なスキルなんてない。これが普通のTRPGだったら戦闘系技能もあるだろうけど、このゲームの探索者ジョブは正しく探索のためのジョブだ。


「ぐぅっ!?」

「ごほっ!?」


 だからこんな泥仕合みたいな殴り合いをしているんだ。殴っては殴り返され、殴り返されては殴り返す。

 スキルとか、戦い方とか、そんなもんはない。ただ相手の顔面に向かってストレートを叩き込むだけの作業!


「ふざけるなふざけるな……! 何がハゲの遺伝子だ!! 金さえあればそんなもんいくらだって治療できるのにこじつけが過ぎるんだよクソがぁ!!」

「ぐふっ……!? ちっ、てめぇが何言ってんのか分かんねぇよっ!」

「がはぁ!?」


 俺の拳を受けてグエッコーが吹き飛ぶ。


「てめぇが過去何言われたのか察しが付くけどよぉ……! それだったら永遠の髪の毛を独占するのはやめろ! お前にだってハゲの苦しみが分かるだろうが!」

「……さい、うる、さい……!」


 グエッコーがまるで幽鬼のように立ち上がり、ゲームの中だというのに血走った目で俺を睨んでくる。


「俺はそんなハゲ頭どもとは違う……俺には金があるんだ……! 金があればハゲだって治療できる! だというのにあいつらはぁ!!」

「ごほぉっ!?」

「どいつもこいつも俺をバカにしやがってぇっ!! 何がようやく苦しみが分かったかだクソハゲがぁ! てめぇら髪の毛のケアすら怠った貧乏人が俺に嫌味を吐くとか身の程知らずがよぉ!!」


 コイツ、グエッコーは俺のことなんて見ていなかった。ただ己が受けた過去の屈辱にしか目が行ってない。


「てめぇ……!!」


 だからこそふざけんなと言いたい。


「何が認められた同志にしか髪を生やす権利を与えるだ……! 結局てめぇ自身、過去にハゲをバカにしまくってたじゃねぇかっ!!」

「ぶげらぁっ!?」


 とんだダブルスタンダードだ……! こんな自己中野郎に振り回されてたのかよ……俺も、みんなも!


「っ!」


 グエッコーが倒れた方向の先を見て、俺は目を見開く。


(あった――)


 両手で持てる黒い箱。

 旅の終着点。

 希望を齎すリワード。


「――見つけた!」

「……っ、あぁ……?」


 だけど、俺の言葉に疑問を浮かべたグエッコーが俺が向いている視線の先を追って振り返る。そして数秒その黒い箱を見つめた後――。


「……あれだなぁ?」

「しまった……!!」


 気付かれた……!

 なんて迂闊さだ……!


「はぁっ、はぁっ!」

「行かせるかぁ!」

「ぶへっ!?」


 必死の形相で黒い箱の元へと這っていくグエッコー。そんな彼の足を俺は掴んで引き離した。


 そして俺も黒い箱の元へと駆け出そうとして。


「この野郎ぉ!」

「ぶぐっ!?」


 グエッコーに足を掴まれて地面に転んだ。


「こ、この!」

「ぶがっ、うげっ!」


 空いた片方の足でグエッコーの顔面を蹴り続けていく。だがグエッコーの執念は深く、掴んだ俺の足を決して離してくれない。


「はっ、はっ……! リワード、リワードっ!!」

「うぐ、コイツ……!?」


 それどころか俺の上を這ってまで黒い箱を目指そうとしている。


「やめ――」

「離せ貧乏人がぁ!」

「――っ!?」


 グエッコーの蹴りが俺の頭を蹴る。その瞬間、スタンが入ったのか俺の体が数秒動けなくなった。


「ざまぁ見やがれ貧乏人が! これでリワードは俺の物だ!」


 やばい……早く、早く治れ……!


「神の毛を手に入れた暁には人類をハゲにさせる薬を作って『ハゲハザード』を起こしてやる……! それで俺は新世界のハゲの王者になって馬鹿にしてきた奴らをおおおおおおおおおお……!!」


 何言ってやがる、狂ってんのか……! 最早執念に囚われて妄想と現実の境がごっちゃになってやがるんだ……!


「そんな奴に……! 渡すかぁ!!」


 グエッコーが黒い箱を手に取ったと同時にスタンが解除される。そしてアイツが黒い箱を開けようとしたと同時に、俺は近くの財宝を手に持った。


「『投擲技能』……!! 『行動実行当たれぇ』ーっ!!!」


 確率は50%。

 当たるか、当たらないか。

 まさに運命を決める判定。


 頼む。


 頼む……!!


 俺は、俺は――!!


「母さんのいつもの姿が見てぇんだああああ!!」




 出た出目は――。




 ――12。




「ぐわぁ!?」

「っしゃおらぁ!!」


 財宝が黒い箱に当たり、黒い箱が飛んでいく。その隙に俺はグエッコーの元へと駆け出す。狙うは突然の痛みによって隙を晒している横っ腹ぁ!!


「ごほぉっ!!?」

「良質タックルだゴラァ!!」


 俺とグエッコーが共に転がっていく。だけど最終的に上になったのは……まさかのグエッコーだった。


「いい加減諦めろハツモォ!!」

「諦めるのはお前の方だグエッコー!!」


 次々と振り下ろされる拳に俺は腕を上げてガードする。コイツ、装備に金懸けてやがるから重い……!


「この野郎ぉ!」


 堪忍袋が切れまくってしょうがねぇ。グエッコーが拳を振り上げたと同じタイミングで、俺は近くにあった財宝を掴んで奴の顔面に叩き込んだ。


「ぶべぇ!?」

「これは……!?」


 俺が顔面に叩き付けたのは剣だ。

 運が良いのか悪いのか剣の腹を叩き付けてしまった感じだけど、鑑定によって把握したその剣の能力に思わず笑みを浮かべる。


「クソが……! そんなチャチな剣で富豪装備に勝てるわけが――」


 あぁ確かにそうだ。

 生半可な剣じゃあお前の装備には勝てねぇ。


「それが――」


 普通の剣だったらなぁ!!


「『輝く剣』よ!!」

「は――?」


 生憎ここにあるのはティル・ナ・ノーグの財宝! こんな財宝だらけの場所で普通の剣があるわけねぇよなぁ!?


「『クラウ・ソラス』!!」


 その瞬間俺が持っている剣が光り輝き、眩しく周囲を照らしていく。俺は効果が分かってたから目を瞑って難を逃れた。だが剣の変化に目を奪われたグエッコーは、その光をまともに浴びるようになったのだ。


 その結果。


「目がぁぁ〜! 目がぁぁぁぁあっ!!」


 膨大な光量によって目を焼かれたグエッコーが叫び悶える。その隙を突いて俺は、グエッコーの下から抜け出して黒い箱へと向かった。


「は、は……!」


 ついに、ついにだ。

 旅が終わる。

 みんなの苦労が報われる。


 センリ。

 こサギ。

 ダナン。

 アルケ。

 ヤス。

 マナナン。


 みんな――!


「やっと……!」


 黒い箱を手に取り、蓋を開ける。

 そして。




 ◇




『エクストラリワードの取得を確認しました』


『ヘリックス・グウェルコ博士の永毛剤の権利がプレイヤー名:ハツモへと譲渡されました』

『後日、エクストラリワードに関するご案内がありますのでご確認ください』




 ◇




「……はは」

「あ、が、クソ……よし、よし目が、目が見えて――」


 グエッコーの声がして、そちらの方へと向く。クラウ・ソラスによる目潰しから回復したグエッコーが俺を睨む。


 だが。


 ガラリ、と。


「――え?」


 グエッコーの丁度真上が崩れ、天井から財宝の山が零れ落ちる。人なんて潰せるぐらいの大きな塊が、グエッコーの元へと落ちていく。


「あ、あああああああああ!!!???」


 金だけが全てだった男に、財宝による天罰が下る。


 ぐしゃりと。粒子となった目の前の光景を見て、俺はようやく全てを吐き出すようにため息を吐いた。


 その時、タワー全体が揺れる。

 もしかしたらダナンがティル・ナ・ノーグを崩壊させる錬金道具を起動したのかもしれない。そう思った瞬間、ダナンから連絡が来る。


『――よぉ』

「っ、ダナンか! そっちの状況はどうだ!?」

『あぁ……気分がいいぜ』

「はぁ?」


 ダナンの様子に俺は頭にハテナを浮かべてしまう。




『ざまぁ見ろってんだバァーカ! がっはっはっは!』




 ダナンの陽気な声に、俺は暫く思考停止をした。




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 あとがき

 因みにハツモが出した出目は実際にダイスロールで出した出目です。近況ノートの方にも証拠を出しておきます。

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