第38話 「……良いセンスだ」

 金の竪琴。


 吟遊詩人専用装備。

 吟遊詩人が持つ全ての演奏系スキルに補正をする。また状態異常系スキルの効力に特に補正が掛かる。天候を操る能力を持ち、所有者の半径20メートル以内かつ空が見える空間内でのみ効果が発動される。


 それは聞く者の感情を震わす三弦の金の竪琴。

 かつてティル・ナ・ノーグの片隅にある酒場で演奏していた女性がおり、そんな女性のために一人の楽器職人が作成した竪琴をモチーフにしたモノ。


 本来、楽器は曲を奏でる道具だ。だがこの道具の持つ権能はその領分を超えている。果たしてこの楽器が奏でるのはいったい――。




 ◇




 バードボルテージバイクに乗りながら曲を奏でる。


 :某ゲームのボス戦BGMだ!

 :先ずはBGMボルテージでアゲてけ!

 :頑張れセンリちゃん!


「『マルチロック:オーバー』……『ファイアーワークス:オーバー』」

「『サウンドビジュアライズ』!」


 こちらに向かってくるダイナマイトに対して歌詞の壁を生み出して防御。衝突した瞬間爆発によって歌詞の壁が破壊されるものの、バードボルテージバイクの機動力によって爆風が来る前に回避できた。


「いいぞ……全てを使え……! アンタのその行為に俺たちは最大限の称賛を送ってやる……!」

「っ、コード:レイジングストリーム!!」

「『マルチロック:オーバー』……『ガトリングダイナマイト:オーバー』」


 バイクでダイハツの周囲を高速移動しながらダイハツに向けてロケランを放つ。だけどそのロケランでさえ、彼の元には届かない。


「やぁっ!」

「サウンドビジュアライズを込めたサウンドオブジェクトか……『ホーミングマイト:オーバー』」


 オノマト爆弾を投げても一つ一つ迎撃してくる……! それでも僕は負けじと次々にオノマト爆弾を投げ続けていく。


「確か演奏系スキルにリキャストタイムがない代わりに……演奏をしないといけないジョブだったな……!」

「かくいう君のボマーもリキャストタイムがないよね!」


 ダイハツの言葉に僕は悲鳴のように声を上げながら相手のジョブを言い当てる。


 ジョブ:ボマー。それは爆発物系アイテムを使用する戦闘職の一つ。自身で爆発物を生成することもできるけど、最大の特徴は爆発物系アイテムが持つ効果を拡張する能力を持つ。ただし欠点はその爆発物系アイテムが枯渇すれば真価を発揮できないこと。


 だけど相手は高マスタリーレベルのボマーだ。そんな欠点を容易く覆せるスキルやアイテムを持っているに違いない。だからこそ油断はできない!


「なるほど……お互い情報取集に余念がないと見る……」


 相手は対人コンテンツの頂点プレイヤー故に、そして僕は長年配信で見ていた影響で様々なゲーム内知識がある。お互い手の内を大まかに把握しているけど、僕の方に問題はいくつかある。


「それでいて惜しいな……」

「やぁっ!」

「『ダイナマイトウェーブ:オーバー』」

「!?」


 ダイハツが放ったスキルの爆風によって僕が投げたオノマト爆弾が吹き飛ばされる。


「センスはいいがキャラが弱い……」

「……っ」

「攻撃手段はそれだけか……?」


 その言葉に僕は顔を顰める。


 言うなれば、今の僕の状況はレベル1のスペックでラスボスと戦うに等しい。これが純粋なアクションゲームなら縛りプレイとして何とか行けるかもしれないけど、これはアクションRPGだ。


 レベルが伴ってないと戦える土俵にすら立てないのだ。


 まぁこれは押し寄せてくるハプニングとトラブルイベント、そしてアイテムを重視した戦術のせいでもあるけど、そのせいで今のジョブ:吟遊詩人にまともな攻撃手段が少ないのだ。


 そして更に問題点が一つ。


「吟遊詩人というのも惜しいな……」

「――」


 僕のジョブはサポートジョブだ。

 対する相手は遠隔支援と戦闘の兼用職だけど、吟遊詩人より遥かに戦闘に特化しているジョブでもある。


 要は僕たちのジョブの相性は悪い。

 それでいてレベル差もある。


 だけどそれを踏まえて言わせてもらう。


「――……だから?」

「……?」

「今、吟遊詩人を侮る発言をした?」


 首を傾げ、まるで無邪気に尋ねる。

 そんな僕に彼は警戒を見せる。


「『サウンドビジュアライズ』」

「何をするつもりだ……?」


 防御のためではなく視界を遮るため。まるで迷路のように歌詞の壁がダイハツの目の前に展開されていく。


「何をするかと思えば……例え視界を遮ってもバイクの音が聞こえるぞ……『ガトリングダイナマイト:オーバー』」


 ダイハツのスキルによってバイクの音が鳴る方向へと一直線に壁を破壊していく。だけどその先で彼が見たのは、僕じゃない。


「いない……? だがバイクの音は確かに……あれは」


 僕の代わりに音楽を奏でていたのは、バイクの音をフェイクボイスによって録音させたサウンドオブジェクトのキューブだった。


 そして彼が気付いた時には。


「コード:スターレイン」

「空からロケットが……だが」


 迎撃するためにスキルを放とうとするダイハツだが、何もかもが一歩遅い。


「『パラライズウィスパー』」

「むっ……麻痺か……」


 普通ならキャラの性能差や身に着けている装備品によって状態異常は効きにくい。それどころか僕の低レベルスキルでは状態異常を付与することさえ難しいだろう。


 でも僕には金の竪琴がある。


 更にはウィスパー系スキルの効力を上げるASMRマイクも使っている。この二重の補正掛けによって僕は相手に麻痺の状態異常を付与することができたのだ。流石は性能差を埋めてくれるアイテムという要素。


「このまま食らっちゃえ!!」


 空から落ちてくる無数のロケットにダイハツは何もできない。これで大人しく――。


「え」


 目の前の光景に僕は目を丸くする。だってコード:スターレインによって空からダイハツへと向かうミサイルは……彼に届く前に、爆発したのだから。


「俺が何もしてないとでも……?」

「何を、したの……?」

「俺の周囲には常に透明の『フライダイナマイト』が浮かんでいる……つまり浮かぶダイナマイトを『インビジマイト:オーバー』のスキルによって透明化し、相手の攻撃が迫ってきた時に誘爆して防御したのさ……」


 ダイナマイトを透明化させるスキル……?


「おっと……無防備に走ってていいのか……?」

「え? ……っ!?」


 その瞬間、バイクの下が爆発して僕は吹き飛んだ。バイクから転がり落ち、ゴロゴロと地面に叩き付けられる。


「がっ、は……!?」

「そこにいたかぁ……」


 ドゴゴゴゴッと歌詞の壁が破壊される音が聞こえる。どうやら先ほどの爆発音から僕がいる方向を割り出し、ダイナマイトで僕に繋がる直通の道を作ったらしい。


「はぁっ、はぁっ!」

「当然そこかしこに透明な地雷が置かれてあるぜぇ……?」

「なる、ほど……!」


 :センリちゃん!?

 :大丈夫か!?

 :あの野郎良くもセンリちゃんを!


「『ガトリングダイナマイト:オーバー』」


 倒れている僕に、ダイハツが遠くから容赦なくダイナマイトの連射を行う。だけど。


「『サウンドビジュアライズ』……!」

「!」


 それらのダイナマイトは歌詞の壁を僅かに破壊するだけで僕にまで届かない。


「壁が硬くなってるな……まさかもうBGMボルテージがMAXになったのか……?」


 その通りだ。ダイハツの周囲に作った迷路は、ダイハツに直接ロケットをぶつける目的もあったけど、一番はBGMボルテージをMAXハイボルテージにすることだった。これで僕が使う吟遊詩人スキルに最大限の強化が入ることになったのだ。


「……良いセンスだ」


 準備が整うまで時間稼ぎをするのは当然の戦術だ。もっとも、それでもダイハツの見えないダイナマイトに邪魔されたけど。


「だがその程度で終わりか……?」


 ダイハツが倒れている僕に対して首を傾げる。僕はそんな彼に対してゆっくりと立ち上がって見せた。


「……いいな」

「……」

「それでこそ楽しみがいがある……!」


 ダイハツがいつの間にか手に持っていたダイナマイトの導火線に息を吹きかける。その瞬間、導火線に火が灯った。


「……普通、逆でしょ」

「俺はダイナマイトだぜぇ……」

「ちょっと何を言ってるか分からないです……」


 その時だった。


『もう終わった?』


 ダイハツの背後からゴスロリ少女の声が掛かってきたのだ。そんな声に対して、ダイハツは振り返りながらまるで世間話のように言う。


「まだ始まったばかりだろ……まだまだ楽しんでる途中――」


 だけどそこに、彼の仲間はいない。


「『フェイクボイス』だよ」

「――っ!」


 急いで僕の方へ振り返るけどもう遅い。僕はもうみるぷーブースト専用マッドフレイムギターに持ち替えてヘッドを彼の方へと向けている。


「ファイヤー!!」

「……おいおい爆発物に火気は厳禁だと――」


 その瞬間、ギターのヘッドから噴出した長い炎がダイハツの体を包んだ。あれだけ体中にダイナマイトを括り付けているんだ。その奇抜な衣装諸共吹き飛べばいい!


 だけど。


「……えぇ?」


 爆発は来なかった。

 それどころかダイハツの体は無傷。


「まさかその爆発物、飾りじゃないよね?」

「……いいやぁ……?」


 炎が途切れ、中から出てきたのは体中に括り付けられていたダイナマイトの全ての導火線に火が付いた状態のダイハツだった。


 :どういう原理だよそれ……

 :普通即爆発しろよぉ!

 :なんで導火線だけに火が付くのぉ!?


「……物理法則もあったもんじゃないね」

「言っただろ……俺はダイナマイトだと……」

「だから意味が分からないって――」

「それよりいいのかぁ……?」


 ――爆発、するぜぇ?


「――っ」


 僕とダイハツとの間にある距離は遠い。だから僕は遠慮なくダイハツに向けて炎を噴出させた。この距離なら爆発は届かない。例え届いてもサウンドビジュアライズで防御できると踏んでいたからだ。


 でも、嫌な予感がする。

 そんな気がしてならない。


「『コール』!!」


 だから僕は、直観のままにバードボルテージバイクを呼んだ。そうしてやってきたバイクに跨がると、僕は急いで空を駆けるように空中へとサウンドビジュアライズを生成しながらこの場から離れていく。


 そしてその次の瞬間。




「『フルダイナマイト:OVERLOAD』」




 僕が見えたのは、ダイハツがいる場所を中心に巨大な光が広がっていく光景だ。MAXハイボルテージ状態の歌詞の壁が瞬時に融解していく地獄のような終末に僕は目を疑ってしまう。


「ほう……良い判断だ……」

「……っ」


 光が収まったと同時にとんでもない光景が僕の目に入る。何故ならそこはダイハツを中心に約10メートル近い空白が広がっていたのだ。天井も、財宝も、床もその範囲内の何もかもが光によって全て消されていた。


「範囲を制限したのが失敗だったな……折角の切り札なのにまんまと逃げられてしまった……」


 事前に忠告した癖に何を言う。

 でもしかし。


「これは……」

「俺の切り札だ……全身に括り付けた特製ダイナマイトを一斉に起爆する広範囲爆滅スキル……一個でもダイナマイトに火が付けば発動する切り札だ……」


 確かに、見ればダイハツがさっきまで身に纏っていたイカれたダイナマイト衣装は見当たらない。残っているのは中のインナーだけだ。


 彼はインナー姿のまま、宙に浮くダイナマイトを足場にして宙に浮いていた。


「……」

「そしてこの切り札は――」


 スチャリとダイハツの体にまたダイナマイトが現れた。


「――あと残り98回も起爆できる」

「……は?」

「俺の体は火気厳禁ってわけだ……!」


 近付いて攻撃し、その際に火花が飛び散ればアウト。当然ダイハツに対して炎系の攻撃手段もアウト。だったら僕が放ったロケランもアウトじゃないか!


「さっきのは初見限定で忠告した……次はこの切り札を考慮してから攻撃をするんだな……!」

「なんで自分だけ無傷なんだよ……」

「言っただろ……?」

「あーはいはいはいダイナマイトね、はい」


 もうこれだから訳分かんない変態の相手は……!!

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