第37話 「いいよ」

「『クレセント・クロス』」

「『ミラージュステップ』!」


 十字に放たれた斬撃を幻影を生み出しながら回避。


「『クレセント・ウェーブ×2』」

「『ジャストドッジ』!」


 津波のようなエフェクトを発しながら迫る斬撃を、無敵時間を発生させた回避行動でジャスト回避。ジャスト成功時に次の使用する同スキルのリキャストタイムを飛ばす効果もあるため、更に迫り来る残り一つの津波も同じスキルで回避する。


「切り裂け、アガートラム!」


 ようやく懐に入った私はそこでアガートラムの変形機能を使用する。変形先は刃を伴った形態。そして狙うのは彼女の首!


「『リープ・スラッシュ』!」


 刃を持ったアガートラムで彼女の首に回し蹴りを行う。しかし。


「『ジャストパリィ』」

「くっ!?」


 弾かれた。


 しかもジャストパリィというスキルで完璧にパリィをされてしまった場合、スキルによって弾かれた体が大きく反らされる効果があります……!

 つまり今の私には大きな隙が生まれているということ。そして彼女は必ず私のこの隙を突いて攻撃をしてくる――!!


「『クレセント・デス』」


 当然のように行われる攻撃。

 でも来ると分かれば!


「――『ジャストパリィ』!!」

「あら」


 私にも同じスキルを持っています。これによって彼女の攻撃をパリィ。ミカヅキの体が大きく体勢を崩し、隙を晒しました。でも体勢を崩しているのは私も同じ。なので私は一旦距離を取って体勢を立て直すしかありませんでした。


「体勢を崩された状態でよくあたくしの攻撃をジャストパリィできたね」

「はぁ、はぁ……!」

「称賛に値するバトルセンス」

「どーも、です」


 褒められても複雑な気分です。彼女の言葉に嫌味や皮肉の感情は聞こえません。本当に心の底から称賛の言葉を送っているのでしょう。


 それを受け入れられるかは全く別の話ですが!


「それで簡単に勝てればいいのですが」

「簡単に勝たれるとそれはそれで困る」

「困るって感情があるんですね……」

「だって強くなるために色々時間を費やしたから」


 ……侮っていたわけではありません。


 ただその言葉を聞いて改めて、彼女が頂点に立つために色々費やしたことを実感しました。

 確かにそれでマスタリーレベルが高いだけのプレイヤーである私が、たかだか装備を新しくしただけで勝ててしまえば困るというのも理解できます。


「でも」

「?」

「死力を尽くした先で敗北してもあたくしは困らないよ」

「……」

「世の中には勝てるから戦うのが好きって言う人もいるけどあたくしは違う」


 勝つのも負けるのも別にどうでもいい。悔しい思いも勝つ達成感もあれど、一番楽しいのはただ戦うことだけだと、彼女は言う。


 手に持った大鎌を私に向けて彼女は微笑む。無表情だった彼女が初めて見せた、三日月のような微笑みをウサギに見せながら。


「勝つためならなんでもやって?」

「……っ」

「あたくしもなんでもするから」

「……そうですか」


 清々しく、好ましいまでの戦闘狂。

 それでも彼女は戦いに狂っているのだ。


「あぁでも」


 まるで日常の延長のように、彼女は淡々と言う。


「満足できなかったら貴女の仲間を刈り取って回るから」

「――そうですか」


 ……私は、絶対に負けられません。


 例え彼女の言葉が発破をかけるための言葉だとしても、センリきゅんやハツモ……これまで旅してきた仲間を手に掛けるという発言をする彼女に、絶対負けたくありません。


「満足して差し上げますよ――」


 左足を上げて、戦いの構えを取る。

 見据えるのは死神のような少女。

 PVPコンテンツの頂点プレイヤーである少女。


「――こちとら配信者ですから」


 超えて、勝つ。

 元頂点配信者を舐めるんじゃありませんよ。


「いいね」

「……」


 ガラガラと財宝が零れ落ちる音の中、二人の間に沈黙が流れる。まるで時が止まったかのようにお互いの挙動を見落とさないよう睨み、そして――。


「『クレセント・デス×91』」

「超えて、アガートラム!」


 規格外の連続同スキル行使。


 それに立ち向かうために私は高速移動型アガートラムへと形態変化を行う。それによりアガートラムにジェット噴射口が生成され、青い炎が噴出する。


「ッッッ!!」


 真っ直ぐと私の体は限界を超える光となる。


「『ジャストドッジ』ィッ!!」


 更に直感でスキルを使用して無数のクレセント・デスをジャスト回避していく。一歩、二歩、三歩とまるで奇跡のような確率で次々と攻撃を躱し続けていく。


 そして私のスキル効果範囲内に入った瞬間、私はジャストドッジの無敵時間中に次のスキルを発動した。


 跳躍して前転し彼女に向かって足を突き出す。

 発動するのは全スキル中一番の高火力技。


「『メテオールライン』ッッ!!」


 アガートラムによる超高速移動に私の超火力のキックを組み合わせた必殺の一撃。

 まるで流星の一条となって彼女の元へと突き進む。例え無敵時間が切れて、彼女のクレセント・デスで体を切り刻まれながらもこの流星は少しもブレない。


「良い根性」


 それでも彼女の微笑みを崩せない。


「『ウェポン・テレポート』」

「っ!?」


 ミカヅキの姿が消えた。


 気配察知のスキルによると彼女は私の後方に移動したのだと分かります。もしかしなくとも、彼女は自分の武器がある位置に瞬間移動するスキルを使用したのです。


 思えばクレセント・デスの使用回数が91だったのも、一本だけ使わずに緊急回避のために取っておいたのでしょう。


 強者でありながらなんて油断のない。


 でも。


「まだ、まだぁっ!」


 強引に足で勢いを殺しながら反転。再びジェット噴射による高速移動でミカヅキに迫る。


「貫け、アガートラム!!」


 槍の形状をしたアガートラム。

 それを前に彼女はスキルを発動する。


「『クレセント・ダスト』」

「『メテオールダスト』!!」


 二本の大鎌を使った連続攻撃。それに対して私も同じラッシュ系蹴り技スキルで相手とラッシュの速さ比べをする。


「……っ」


 彼女のリキャストタイムを無視した同スキル行使について考えていました。


 彼女は今両手にある二本の大鎌で一つのスキルを使用しています。これまでの同スキル行使を考えれば、どうして『クレセント・ダスト』というスキルを何回も発動しないのか。


 いいえ、発動しないのではありません。

 連続同スキル行使の発動条件を満たしていなかったのです。


 今使っている『クレセント・ダスト』は二本の大鎌を使った連続攻撃スキルです。ですがこれまで連続で二回以上行使してきたスキルは全て、スキルを行使した直後に別の大鎌へと瞬時に持ち替えてスキルを行使してきました。


 つまり連続同スキル行使の正体とは。


 恐らく八本ある大鎌それぞれに『スキルを発動後、スキル行使済みのこの武器以外の同種武器を対象に、リキャストタイムを無視して直前に使用したスキルを使用することができる』効果があるのでしょう。


 だからジャグリングのように次々と武器を切り替えながら同じスキルを連続で使用できたのです。理論上は同種スキルを無限に繰り出すことができると思いますが、恐らくそれは彼女の限界なのでしょう。


 相手を瞬時に切り刻むことができる同スキル行使は最高で104回。それ以上は恐らく彼女の驚異的な器用さを持ってしても速度が下がるはず。


(速度が下がれば、私でも対応できます――!!)


 今彼女が使っている『クレセント・ダスト』は、使用中そのスキルモーションを止めることができません。それは私の連続攻撃系スキルである『メテオールダスト』も同じです。


 なら仕掛けるべきタイミングは相手のスキルの効果が終わった瞬間! そして『クレセント・ダスト』と『メテオールダスト』の効果時間はほぼ同じ! 各スキルの効果時間把握は元頂点配信者の嗜みです!!


 スキルの効果終了まであと三秒!


 三……!

 二……!

 一……っ!!


「『ヴォイド・ステップ』」

「――!」


 やっぱり彼女もこちらのスキル効果時間を把握していました。でも、それすら私の予想通り!


「あら」


 残像を生み出しながら一歩後退する彼女に向かってこちらも一歩前に進みます。グリムリーパーというジョブが使う大鎌という武器種は、大きくそして引きながら振る必要がある武器種です。


 周囲の大鎌との距離も遠い。これなら今の彼女に連続同スキルを行使することはできません。そして大きく振れないように前へと詰めれば隙が――!


「――『ウェポン・マリオネット』」


 両手にある二本の大鎌から手を放し、スキルを発動する。


「――あ」


 彼女の手から糸が伸び、周囲に浮かぶ大鎌へとくっつきました。それは近接用ジョブでも遠隔で武器を扱えるスキルの名前。


「『クレセント・デス×6』」


 遠隔でスキルを発動されました。周囲の大鎌から必殺の不可視の刃が放たれます。一撃でも受ければ私のキャラはここでゲームオーバー。


 それでも。

 私は。


「――スイッチング・アガートラム」


 アガートラムの装備位置が右腕に移動する。

 空間把握スキルで周囲の状況を把握済みなのだ。だから私は、彼女の攻撃を受けても無事に残る部位へとアガートラムを移しました。


「王位を示せ、アガートラム……!!」


 アガートラムが鳴動する。銀色の装甲が白銀色に輝き、防御無視の必殺形態へと変形する。その瞬間。


 ザシュ、と。


 周囲の殺意が私の体を切り刻み、私の両足と左腕が飛んでいきました。それでもこの形態のアガートラムは止まらない。


「あ、あああああああ!!」


 この銀の流星は、決して止まらない。真っ直ぐ、ただひたすらに真っ直ぐ彼女の胸元へと――。










「あたくしはただ楽しい戦いだと思ってた」


 ……。


「でも貴女にとってこの戦いは命を懸けるほどの戦いだったのね」


 ……。


「いいよ」


 ……。


「あたくしは……満足した」


 ……。




 粒子となって消えたここにはいない彼女に称賛を送りながら、彼女は微笑む。彼女の胸にはこぶし大の大穴が広がっており、完全な致命傷となっていた。静かに粒子と化していく己の体を見て、彼女はただ微笑む。


 心の底から、歓喜するように。




 ――そう。


 銀の流星は、頂点に届いたのだ。

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