第34話 「準備運動に良かった」
「……話は分かったぜ」
「ダナン!」
ダグザの話を聞き終わるとアルケさんと共にキャンピングカーで頭を冷やしていたダナンがやってくる。その言葉からして、ダナンはきっとダグザの話を聞いていたのだろう。
「アンタの事情も初代の考えも全部分かった……だがはっきり言おうか」
未だに怒りが冷めやらない様子でダグザを睨みながら、今すぐにも唾を吐きそうな態度で言う。
「クソ喰らえだそんなもん。そんなアンタらの計画を子孫に押し付けやがって、ふざけんじゃねぇ」
言ってしまえば他人の自殺幇助だ。いくら先祖の願いだろうとそれを望まれたダナンにとっては知ったことではない。
待ち受けた真実はダナンにとって不本意なものであり、理想郷をこの手で滅ぼすことはかつて憧れて、突き進んだ己を否定する行為なのだから。
『ならば拒否をするか?』
「……いや、やってやるよ」
「ダナン!?」
まさかの返答だ。
話を聞いて、それでもまだ怒りを抱いているというのにどうして?
「真実は馬鹿げた物だったが、それでも結果的にアンタらは俺にティル・ナ・ノーグっていうワクワクする場所を残してくれたんだ」
理想郷を追い求めた自分を否定する行為だとしても、子供の頃から抱いてきた夢は間違いなく本当の気持ちだとダナンは言う。
「……楽しかったぜ。寝る間も惜しんで研究し続けて来た日々とか、かつての理想郷がどんな場所か夢想して来た日々が……とんでもなく楽しかった」
『……その点はヌアザと同じだな。お前にも全盛期のティル・ナ・ノーグを見せたかった』
「馬鹿言うな。これはかつて俺に夢を見させてくれた礼だ。俺はまだアンタらに対して許してねーからな。そこのところ覚えとけ」
『……相分かった』
どうやらダナンは決断したようだ。なら僕らも自分たちの目的のために動こう。
「……ティル・ナ・ノーグに関してはダナンに任せる。ねぇダグザ、僕たちがティル・ナ・ノーグに来た目的を覚えてるよね」
『むっ……確か『髪を生やす』技術か。それが当初の目的だったな』
ダグザの言葉に僕たちは頷いた。
『ティル・ナ・ノーグを終わらせてくれるのだ。『髪を生やす』技術と言わず、ティル・ナ・ノーグに現存する財宝もお前たちに授けよう』
:財宝!?
:かーっ! 太っ腹だなぁ!
:やっぱ旅の褒美は金銀財宝だよなぁ!
「いいのか?」
『これから滅ぶ都市に不要な物だ。寧ろお前たちに使って貰った方が本望だろう』
「おほーっ! 褒美ですか! センリきゅんに似合うティル・ナ・ノーグ衣装とか旧スク水とかないですかねぇ!」
「前者ならともかく後者はないよ!」
そもそも僕に着せるな!
『ふっ……最後にお前たちのような騒がしい奴らが来て良かったと思う』
「ダグザ……」
『ダナン。ティル・ナ・ノーグを崩壊させる錬金道具は地下にある。我が案内しよう』
「……そうかい」
「アタシも同行するよ」
『いいだろう』
どうやらダナンとアルケさんは地下に行くようだ。そして最後にダグザが僕たちに顔を向ける。
『次にお前たちに渡す財宝だが――』
その時、穏やかな顔をしていたダグザが急に顔を引き締めると、上を見上げた。
「ダグザ?」
『何かが上空からかなりの速度でティル・ナ・ノーグに向かってきている』
『え!?』
『迎撃は……駄目だな。『ブリューナク』の急速チャージに都市のエネルギーを使ったばかりだ』
「それじゃあまさか!?」
『あぁ――』
――来るぞ。
そうダグザが発した瞬間、爆発と共にタワーの壁が破壊される。そして外から巨大な岩のような物体が周囲をなぎ倒しながらタワー内に入ってきた。
「な、なにが!?」
その時、巨大な岩から立ち上がる人がいた。その姿を僕たちは知っている。まさか、まさかこの場所に侵入してきた人たちの正体って……!?
「……ふぅ、どうも……二位だ」
「三位だよ」
「お前たちは……頂点プレイヤーの二人!?」
「お、俺もいるぞ……ッ!」
「グエッコーまで!?」
巨大な岩からグエッコーと彼の部下数人、そして頂点プレイヤーの二人が降りてくる。
「一応聞くけど……ミカエルは?」
「あのRBF大会の頂点プレイヤーかぁ……いやぁ強かったぜぇ……? こっちの一位が相打ちしてくれなかったらあと一時間は粘られてたなぁ……」
「それでも相当時間を稼がれたけど」
ゴスロリの少女から語られたミカエルが稼いだ時間は、まさに僕たちがティル・ナ・ノーグに辿り着くまでの時間とほぼ同刻だった。
「それが本当なら、彼が稼いでくれた時間からして貴方たちはこのタイミングでここに辿り着ける筈がありません」
「少なくとも俺たちがこの場所に来るまでに掛かった時間は必要だ!」
それに僕たちは長時間走行どころか半永久に最高速度で走り続けられるキャンピングカーで来たのだ。彼らのような大人数、それも乗り物を使っても僕のキャンピングカーのような高性能じゃなければもっと時間が掛かる筈だ。
「そりゃあ簡単な話だ……」
そんな僕たちの疑問に、二位と自己申告する全身ダイナマイトボディ(比喩なし)の男が答える。
「俺たち頂点プレイヤーはどんな相手だろうと対処する術を持ってる……」
「それが例え滞空する相手だろうと超遠距離で芋砂をする相手だろうとね」
「つまりはこの後ろの奴で飛んできたのさ……」
そう言って指を差したのは後ろの巨大な岩。
「地面にダイナマイトを突き刺して……その爆破の威力で地面ごと吹っ飛んで来たんだよ……」
『……はぁ?』
「因みにあなたたちがいる方向が分かったのはあたくしの『大鎌倒し占い』によるものね」
『……はぁ?』
:何言ってんだコイツら
:センリちゃんみてーなこと言いやがって!
:発想がセンリちゃん並とか頂点プレイヤーは化け物しかいねぇのか!
おい待てこら。
「し、死ぬかと思った……!」
「グエッコーの様子からして冗談で言ってる感じじゃねぇな……マジかよ」
「とにかくだ……! はは、遂に来たぞ! ここに『髪を生やす』リワードがあるんだな!」
「グエッコー……!」
グエッコーの執念は本物だ。あれだけ撒いて、対処してきたというのについにティル・ナ・ノーグにまで着いてきてしまった。
ごめんミカエル。君が身を賭して稼いだ時間を、僕たちは有効に活用できなかった……!
『なるほど……どうやら愚か者は未来にもいるということか』
「なんだお前は!」
『我はこのティル・ナ・ノーグの守護神ダグザ……我らが理想郷に土足で入り込んだ報い、受けるが良い』
その瞬間、グエッコーたちの上空に巨大な稲妻が降り注ぐ。あれは狼の化け物に襲われてた僕らを助けた『ブリューナク』……!?
しかし。
「ここはあたくしがやろうかな」
死を齎す稲妻を前にゴスロリの少女が前に出る。そして彼女は手に持った大鎌を持つと。
「『クレセント・デス』――」
振り上げる動作をして。
「――『×104』」
彼女の腕が消えた。
その瞬間、無数の不可視の刃が上空のブリューナクを切り刻み、ブリューナクはグエッコーたちに到達する前に空中で塵となった。
『……馬鹿な、エネルギー不足とはいえ人の身で『ブリューナク』を切り刻むだと?』
「準備運動に良かった」
「何をしたんだ……? 全然見えなかったぞ……?」
悔しいけど僕もハツモと同じだ。直感や微かに見えた光景で良いなら、僕は彼女が無数の大鎌を振ったように見えた。これ以上は自キャラの成長が追い付いていないから分からない。でもそこに彼女の行動が見えた人がいた。
「……八本の大鎌を使い、そこからそれぞれ十三回の同スキル行使が見えました」
高マスタリーレベルプレイヤーであるこサギだ。
「あら見えたの?」
「……似たようなキャラビルドのせいですかね」
「へぇ貴女面白そう」
どうやらゴスロリの少女はこサギをロックオンしたようだ。頑張れこサギ。顔中に大量の冷や汗が出てるけど頑張って。
――聞こえるか。
その時、僕の脳内にダグザの声が聞こえた。
――我のシステムにより、お前たちにしか聞こえないようにしている。
その言葉通りグエッコーたちは聞こえないのか何も反応を見せない。
――このままでは埒が明かない。どうやら向こうの目的も同じ様子。ならばお前たちは先にティル・ナ・ノーグの財宝を手にするのだ。
ダグザの言葉に僕たちは顔には出さないもののゴクリと唾を飲み込む。
――財宝はこのタワーの上にある。勿論お前たちが望む技術もある。
タワーの上。ダナンたちと真逆の方向だ。つまり僕たちはリワードを手に入れるためのグループとティル・ナ・ノーグを終焉へと導くグループの二手に分かれる必要がある。
――地下は我とダナン、そしてそこの女が向かおう。残りはなんとか上に行き財宝を手に入れるのだ。強敵だが、財宝にはお前たちに合った武器もある。それを使うといいだろう。
「どうした……急に黙って……?」
アフロダイナマイトの男が訝しんできた。作戦会議はここまでだ。この後、僕たちはどうしても彼らと争奪戦をすることになる。そう思えば緊張で体が震える。
でも。
――頼んだぞ。
僕たちは前に行くしかない。
◇
『サブクエスト:フォーランドサイクルを開始します』
◇
「――行くよ!」
『おう!』
グエッコーたちに向かって生成したオノマト爆弾を放り投げる。そしてキュープからサウンドビジュアライズが飛び出し、彼らが怯んだ隙に僕たちはキャンピングカーに乗り込んだ。
「ぐっ、アイツらが動いたぞ!」
「待ってくださいグエッコーさん! アイツらとは別のグループが別方向に行ってます!」
「なにぃ!? クソ、誰を追えば!?」
「ふむぅ……」
爆発ダイナマイト男が別々に行く僕たちを見て考え込む。そして。
「キャンピングカーのグループはプレイヤーが多い……だがもう一方のグループはNPCだけだ……」
「そ、それがどうした!?」
「いいかぁ……? リワードが欲しいのはどっちだぁ……? プレイヤーかNPCか……」
「それは当然プレイヤー……あっ!」
「というわけで俺たちはあのキャンピングカーを追うぜぇ……」
「あたくしもあの子と戦いたいし」
「わ、分かった! だが念の為に、俺の部下をNPCのグループに追わせる! それでいいな!?」
「勝手にしなぁ……」
「楽しみだね」
数人の部下はダナンたちのグループへ。
そして僕たちの方には頂点プレイヤーが。
神の毛争奪戦はついに終盤へと、そして更に激化して始まりを告げたのだった。
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