第33話 『……錬金馬鹿め』
今から数百年前の出来事。
突如として邪神の悍ましい手によって
その箱庭にはエリンの民を蝕み、狂わせ、生きるという意思を挫くが如く過酷で異常な環境が渦巻いていた。
『そんな中、この世界で生きるために創り出されたのがこの環境適応型理想都市ティル・ナ・ノーグだった』
結界によって外敵から身を守るのは勿論、結界の内側にある天候制御システムによって快適な空間を齎し、周囲の環境が酷ければ島ごと浮かばせて別の場所へと移るというシステムが備わっていた、まさに理想郷と呼ばれる楽園だった。
『我はこのティル・ナ・ノーグが生まれた後に作られた
そう言って、ダグザはふぅと息を吐いた。
『……だが理想郷を作ったとしてもこの世界は過酷過ぎた。お前たちも遭遇したと思うがあのような化け物が常に蔓延っている世界なのだ』
「あの狼の化け物か……」
つまり僕たちが最初に遭遇したあれは、この邪神の箱庭に最初からいた化け物なのだろう。ミサイルを撃ち込んでも再生し、倒すには肉片一つも残さないレベルの超高火力で消し飛ばすしかないという凶悪さ。
あのレベルの化け物が常に蔓延る世界か……。
:こっわ
:人類滅んじゃう
:まぁ……そりゃあね
「そういえば僕たちを助けてくれたのは……」
『……空を移動中に、我は全滅したはずの人の生命反応をセンサーで検知したのだ。それで咄嗟に残っていた『ブリューナク』を投擲したものの、緊急時故に『ブリューナク』の急速チャージに都市を稼働させるためのエネルギーを使ってしまったのだ』
「だから急に墜落したのか……?」
「あ、あの……ごめんなさい。そして、ありがとうございます」
こサギの言葉と共に頭を下げる僕たち。そんな僕たちにダグザは首を振って問題ないと言った。
『本来我が守護する人間とは別種の種族だと思うが、それでもその姿形は我がかつて守護してきた人と同じもの。もう一度我の役目を全うさせたことに我の方こそ感謝を送らねばならない』
「そ、そうッスかね……?」
取り敢えずこの話は終わったということでまた話を元に戻す。
『……だが、エリンの民を脅かす存在は環境や化け物だけじゃない。あの日、邪神が連れてきたのはエリンの民だけじゃなく、かつて互いに
その敵対部族とエリンの民は邪神の箱庭に来てもなお争いを始めた。
『数百年続いた理想郷は終わりを告げた。戦争は当然として、理想郷すら物足りない強欲な人間たちの内紛。逃げ場のない世界で、終わりの見えない状況に陥った人々はついに髪すら失い始める』
あ、そこで髪の話が出てくるんですね……。
『そんな時だった。我の目の前で突然謎の空間が現れ、ポカンと間抜けな顔を晒す錬金術馬鹿の男が現れたのは』
◇
「え、なんだこれ!?」
『それは我の言葉だ。なんだそれは』
「いや僕も分からん。なんだこれ!?」
『それを知りたいのは我だ。なんだそれは』
「いやぁ多分……なんだこれ」
『だからそれは――いや何回言わせる気だ!?』
最初はお互いに混乱していた。
『なるほど、つまりそっちの時代は我がいる時代より遥かな未来ということらしい』
「いやぁまさか過去を覗ける鏡とか、もしかして僕って大天才錬金術師?」
『馬鹿を言うな。貴様のそれは偶然によってできた産物に過ぎん。原理の分からないものほど不安定なものはない。ただでさえ我の知る錬金術より遥かに劣っているというのに、この状況はかなりの奇跡なのだぞ』
「え、マジ!? 参ったなぁ……あ、それじゃあさ! 僕がいる時代よりも遥かに錬金術が進んでるなら、この鏡の修正点や原理とか分かるんじゃない?」
『……いやすまないが、この時代の錬金術でも時空を超える錬金道具なぞ聞いたこともない。貴様のそれは、本当に奇跡の産物なのだ』
「えぇ~?」
偶然と奇跡によって繋がった関係。
だけど、二人はこれを運命だと思った。
『つまり……そちらの時代にはもう我らエリンの民は……ティル・ナ・ノーグは』
「……うん。残念だけど、少なくとも僕がいるこの時代にティル・ナ・ノーグという都市の名前は聞いたことがない。そもそも邪神とか別世界とか、初めて聞く単語だらけで予想着かないんだ」
『……エリンの民が生き残っていれば、必ずそのような事実を残しているだろう。それすらも残っていないということは……つまりそういうことなのだ』
「いや、単に僕の知識不足なのかもしれない。君がいる場所を教えてくれれば、現代でそれらしい場所を調べてくるよ」
『いいのだ。滅亡に関する心当たりは山ほどある。つまり遅かれ早かれ分かる事実が早く分かったということなのだ』
「……君は、それでいいの?」
『勿論、最期まで我の役目を全うする所存だ』
「……じゃあティル・ナ・ノーグの錬金術を教えてくれよ」
『なに?』
「せめて錬金術だけでも、僕はかつてティル・ナ・ノーグがあったという証を残したいんだ」
『……無謀な奴だな』
ティル・ナ・ノーグの錬金術は高度な技術であり才能が関わってくるものだ。それは体質にも関係しており、ダグザの考えでは目の前の男とダグザがいる時代の赤子には天と地ほどの才能があるほど。
『教えても理解できないだろう』
「やってみなければ分かんないじゃん」
『……まぁやるだけやってみるか』
「よっしゃあ!」
『……錬金馬鹿め』
そうして二人の契約をしたのだ。
ダグザは現代の状況を教わり、目の前の男――ヌアザと名乗った男はダグザからティル・ナ・ノーグの錬金術を教わるという契約を。
『そこはババン、バーンだ』
「いや分かんないよ!?」
『エリンの民は息を吸うように錬金術を扱えるのだ。だから必然、説明するにも感覚的な話が大部分を占めるのも当然だろう』
「ぬおおおお……! これじゃあ文献に残しても意味ないじゃないかぁ~!!」
後世にティル・ナ・ノーグの錬金術に関する詳細な情報は伝わらなかったのはまさかの彼らが感覚派という理由だった。
『一先ず今日はここで終わろう』
「やっべ全然分かんない……あれがババン、バーンであそこがブンブンだろ……?」
『理解できてないだけで覚えているじゃないか』
「覚えていても理解できないと意味ないの! 後で研究して検証しないと……!」
『まぁそれはそちらが勝手にやってくれ……まさか初日でここまで付き合わされるとは……』
「明日も繋ぐけど、そっちの都合とかある?」
『我はいつでもいいぞ』
「おっしゃあ! じゃあ次もよろしくぅ!」
『……はっ、この錬金馬鹿め』
そうして、彼らの初日が終わる。
だがその次の交信に彼らは気付く。
「やっほー! 今日も来たよー!」
『……』
「あ、あれ? どしたの、まるでお化けを見たような顔をして……」
『……お前、今まで何をしていた?』
「え? そりゃあ教わったことを検証してたけど……」
『それで一年も連絡を寄こさなかったのか?』
その言葉にヌアザは目を見開く。
「い、一年!? 嘘でしょ、昨日の今日だよ! まだ一日しか経っていないんだよこっちは!?」
『何を言って……いや、そうか。偶然と奇跡でできた産物がそう都合よくもないということか』
「……まさか、交信する度に時間がズレるのか?」
二人の予想は正しかった。
一度交信を断てば、次に交信する時に二人の時間はズレるのだ。それも一定でもなく、ヌアザの一日がダグザの一年の時もあれば三日後、十年後、数秒後といったズレが生じた時もあった。
だがどれも共通しているのは、どれも未来を突き進んでいたことだ。ヌアザにとってティル・ナ・ノーグが滅亡するまで後何日か分からない。ダグザの方も、滅亡するその日までヌアザと何回交信できるか分からない。
偶然と奇跡による産物。
それ故に幸運は長く続かないのだ。
――そして。
「今、なんて言った?」
『――滅亡が確定したと言った』
その日、ついに恐れていた事態が起きた。
『もう、エリンの民は数人しかいない』
「……」
ヌアザが一日経った頃。
ダグザの方は数百年も経っていた。
『繁栄はもう望めない』
「……」
気が付けばティル・ナ・ノーグの滅亡は確定していた。
「なんで」
『当然の摂理だ』
戦争で人が減った。
兵器で人が減った。
環境で人が減った。
化け物で人が減った。
髪が失せて、生きる気力を失くしていった。
『我が兄弟、我が親友、我が子供もいなくなった』
ダグザと同様のシステムAIも今に至る過程で消滅した。もう残るのはダグザのみ。ダグザ一人だけが残ってしまったのだ。
「ダグザ」
『我は、我が持てる全ての権能を駆使し、我が役目を全力で全うした』
悲しみはある。
怒りもある。
この結末に至る過程に後悔も、葛藤も、迷いもあった。だけどそれ以上にダグザは、これで肩の荷が下りたと感じたのだ。
『我はもう納得し、受け入れたのだ』
その気持ちを言い表すなら、まるで物語の最後がビターエンドのような寂寥感を感じつつもどこか余韻を感じられる最後に近い。
唐突な滅亡ではなかったのだ。
今を懸命に生きた果ての滅亡だ。
未来はなくとも、そこに絶望はなかった。
『恐らく次の交信で残すのは我一人になるだろう』
「……僕は、何をすればいい?」
『我を終わらせて欲しい』
マナナンは綺麗なまま終わりたいと考えた。
ダグザは折角なら友の手で終わりたいと考えた。
違いはその終わりに納得しているか否か。
マナナンは限られた状況の中での選択だった。
対するダグザは全てを見届けたが故の選択だった。
かくして。
「……分かった」
『――恩に着る』
二人の間に長きに渡る約定が結ばれた。
「僕に、考えがあるんだ」
『……』
「君は、君の手では自分を終わらせることができない。だから外部の手が必要だ」
『だがその外部はもう誰もいない』
「僕がいる」
『……しかし、その鏡は見るだけで異なる時代に行くことはできないぞ』
「今は無理かもしれない。でもいつの日か……そう、僕の子孫が必ず君がいる時代に飛んで、君を終わらせる」
『――なんだと』
「そのための土台を……準備を今から作る。僕の手で直接じゃないのは申し訳ないと思う。でも――」
――いつの日か必ず、錬金術の才能を受け継いだ子孫がティル・ナ・ノーグを終わらせる時が来る。
『……』
「信じて待っててくれ。何年か掛かるかもしれないけど……そうだ、方法を思いついたぞ」
『何をだ?』
「君の終わらせ方さ」
そう言って、ヌアザが先ほど思いついた方法をダグザに話す。彼の言葉を聞いていくと、そのあまりの衝撃的な内容にダグザは呆れた。
『――お前、いつの間に』
「僕は大天才錬金術師だぞ? 君たちの擬音ばかりで感覚だらけな錬金術を僕はようやく紐解いたんだよ。まぁ現状は酒が入った酒瓶だけしかないけど」
『それを子孫に託し、ティル・ナ・ノーグを終わらせる鍵にするのか』
「そうとも。それが錬金術の先生に送る生徒の成果さ」
その言葉に二人は笑いあう。もうすぐ滅亡するとは思えないほどの穏やかな雰囲気だった。
『さて、待つ間は終ぞ完成されなかった『髪を生やす』錬金道具を完成させようか』
「おっいいね! 父の遺伝だからか、僕も最近髪の毛について気にし始めたんだよ。ハゲはたまに遺伝するから恐らく僕の子孫もそれで悩むかも!」
『ならば終わらせに来る子孫に対する褒美としよう』
「それなら僕の子孫も大喜びだ! 僕の方もそう後世に伝えておこう!」
内容は物騒なのに彼らはそれを和やかに語り合う。いつの日か終わるその日までに彼らは約束をする。
そして。
『……子孫子孫言うが、錬金馬鹿なお前に子孫ができるのか?』
「おい別れの言葉がそれかよ、ってあっ!!」
それが二人の最後の交信だった。
◇SIDE センリ
「――以上が、我が語る全てだ」
『……』
語り終えたその壮大な内容に僕らは暫く言葉を出すことができなかった。そうして何とか飲み込んだ僕たちはようやく口を開き――。
「あの」
『なんだそこの付け耳女』
「子孫を作るという話をしたのに、どうして実際子孫が現れた時にあんなに動揺してたんですか……?」
「いや気になるところそこぉ!?」
:流石混沌ウサギ
:着眼点が違う
:クッソどうでもいい質問で草
そんなこサギの質問にダグザはうんうんと頷くと。
『いや……だって彼奴は錬金術で作ったゴーレム嫁を見せて「これ僕の嫁! 僕、この子と結婚するっっっ!」と言ってたから……』
おい初代ぃっ!!?
『彼奴が結婚して子孫を作るよりかは誰かを養子にした方が可能性が高いと……』
あの……。
この人、初代の親友なのに別れ際に語られた計画のことを全然信用してなかったんですけど……よくそれで信頼感抜群みたいな空気を出して語ってたなこの神!?
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