第32話 「俺しかいねぇんだよ!!」

 ダグザと名乗る声の主に案内された先で辿り着いたのは、やはりボロボロになっている巨大なタワー。


『ここがこのティル・ナ・ノーグの心臓だ』


 自動的に開閉する大きなドアを通る。そして指定された場所でキャンピングカーを停めて、車から出ると一人の男が僕らを待ち構えていた。


「もしかしてあなたが……」

『そうだ、我こそがこの都市の守護神ダグザだ』


 彼がティル・ナ・ノーグを守護するAI、ダグザ。赤銅色の肌をし、ムキムキな上半身を露にした赤髪の男性だった。


「ちょっとここにはセンリきゅんの目があるので上半身裸はご遠慮をお願いします」

「別に僕は気にしないけど……」

『我が体は誰に見せても恥ずかしくない極上の体だが』

「そういう理由なら気にするけど」


 もしやそういう趣味がおありで?


『ふん、ふん!』


 ポーズをして筋肉を表現するダグザ。なるほど、おありなんですね? でもこの場は趣味を披露する場じゃないんで別の機会、別の人でお願いします。


『とまぁ冗談はさておき』


 よかった、冗談の自覚があった。


『そこのお前がダナンだな?』

「……そうだ」

『ふむ……確かに面影がある。しかしヌアザの子孫だというのなら彼奴が遺した錬金術の秘伝が使えるはずだ。それを見せて貰おうか』


 錬金術の秘伝かぁ。

 ダナンって先祖から受け継いできた技術があったのか。だけど彼の言葉に対し、ダナンが「ハッ」と鼻で笑う。その様子にダグザが眉をひそめた。


『何がおかしい』

「いや……茶番だなと思ってな」


 そう言ってダナンはダグザの足元に向かって何かを投げる。あれは……本? しかも勘違いじゃなければあれはダナンがティル・タルンギレから持ち帰って、キャンピングカーで読んでた本だ。


『これは……』

「初代様が書いてた日記だぜ」

『!?』


 ダグザも含めて僕たちも驚愕する。


「迂闊にもその日記に全部書かれてらぁ」

『……』

「確かに初代から受け継いできた秘伝はあるさ。実際俺も習得して秘伝とやらを使えるしな」


 そう言ってダナンが懐から出したのは……酒が入った酒瓶?


「なぁ、それってアタシの店の酒瓶じゃあ……?」

「悪ぃな黙っちまって。実はあのダグザって野郎の言う初代から受け継いできた秘伝ってのは、酒が入った酒瓶を錬金する技術なんだよ」


 そう先祖代々の秘伝を暴露したダナンは、手に持った酒瓶をグビグビと呷る。


「っぷはぁ……こいつはなぁ等価交換の法則を破るティル・ナ・ノーグ由来の錬金術……つまり『どこでも酒オール・ドランク』って奴さ」

「……」


 そうか……だからダナンはティル・ナ・ノーグの錬金術に関する知識があったんだ。それは初代から受け継いできた言い伝えだけじゃない、ダナン自身が初代から受け継いだティル・ナ・ノーグの錬金術を使えるから、分かってたんだ。


「作る酒瓶のデザインも自由自在。だが曲がりなりにも我が家の秘伝だから隠れ蓑としてアルケの酒のデザインを使ってたのさ」

「そうかい……だからウチの酒場の地下に研究室を構えたのか」

「ご存知、俺ってば酒を飲むのが好きだからな」


 ダナンならその技術を使って毎日酒を飲むと思うから、酒の出所を隠すためにアルケさんの店を利用したんだ。


「……待ちな? もしそうなら度々ウチの店から酒瓶が消えるのは」

「……まぁ、たまに違う酒とか飲みてぇし……」

「コイツ……」


 やっぱり色々理由があってもただの酒カスだよこの人!


「――ところが、だ」


 ダナンが急に真面目な顔を作り、手に持った酒瓶を地面に落とす。瓶が割れる音が周囲に響き渡り、ダナンがダグザを冷たい目で見る。


「そこの日記には『どこでも酒オール・ドランク』の秘密が書かれてた。ご丁寧に自分の計画を日記に写してよぉ……まさかそれを旅館に忘れて子孫に読まれるとは思ってなかったろうよ」


 その言葉にマナナンが《あっ……デス》と言葉を漏らした。もしかしてメインシステムの不調で結界が消えた時に下界から迷い込んだ客って……。


『……知ったのか、秘伝の秘密を』

「あたぼうよ。初代はこの『どこでも酒オール・ドランク』に細工を仕掛けやがったんだ……いつの日か、フォーランド家の誰かが秘伝を持ってこの時代のティル・ナ・ノーグに辿り着いた時のためにな」


 辿り、着い時?


「酒の方は別に特別なことはねぇ。ただフォーランド家がそれで発展するレベルの美味しさを持ってるだけだ。だが問題はこの瓶の方」


 ダナンはそう言って、割れた瓶を無表情で見る。


「この建物のどこかにあるティル・ナ・ノーグを崩壊させる錬金道具……それを起動させるための鍵がこの瓶にあるんだよ」

『え!?』


 ダナンの言葉にダグザを除いた全員が驚きに声を上げる。そんな、普段から酒瓶を傾けては投げ捨ててる物が、ティル・ナ・ノーグを崩壊させる道具の鍵!?


「ティル・ナ・ノーグは事故によって灰になったわけじゃなかった……俺がこの時代に来て、ティル・ナ・ノーグの崩壊の引き金を引いたから灰になったんだ」

『……』

「確定された運命って奴か? 現代じゃあもうティル・ナ・ノーグの崩壊は確定してる。つまりこの後俺は、この都市を灰にすることが確定してるんだろ?」


 ダナンの声から怒りの感情が伝わってくる。


「……その日記には、初代自身がティル・ナ・ノーグに行くための方法や手順が書かれてあった。びっくりしたぜ、読んだらティル・ナ・ノーグに関するネタバレがわんさかあったからな」


 だからダナンのティル・ナ・ノーグを探す情熱が消えた。


「手掛かりや行き方……まぁそれをネタバレされてもただガッカリしただけだ。俺の研究はなんだったんだとか、宝探しみてーな馬鹿な古文書に踊らされた時間は無駄だったのかとかよ……」


 だけどダナンが抱く怒りは別にある。


「だがそれ以上に!!」


 普段から考えられようなダナンの怒りの眼差しがダグザに突き刺さる。


「『いつの日か必ず、錬金術の才能を受け継いだ子孫がティル・ナ・ノーグを終わらせる時が来る』――そういう文面を見た時の俺の気持ちが分かるか!?」


 ダナンは叫びながら黙っているダグザに近付く。


「子供の頃から憧れた理想郷! 子供の頃から夢見たティル・ナ・ノーグ! だから探した! だから研究し続けた! フォーランド家の中で一番ティル・ナ・ノーグに近かったのは俺だけなんだ!」


 ダナンがダグザの肩を掴んで叫ぶ。


「俺しかいねぇんだよ!!」

「ダナン……」

「俺がこの理想郷を壊すんだ……! 跡形もなく……灰に、するんだよ……!」

「もういいダナン……落ち着きな」


 アルケさんがダナンの肩に手を置き、彼をキャンピングカーの中へと連れていく。残るのは重たい空気が流れている僕たち。


 ……取り敢えず。


「……本当なの?」

『事実だ』


 僕の言葉に、ダグザが淡々と答える。

 そんなダグザにハツモが顔を顰めながら尋ねる。


「……どうしてだ? どうしてここにティル・ナ・ノーグの崩壊を招く道具なんかがあるんだよ」

『……』


 ハツモの言葉にダグザが口を閉ざす。答えたくないのか、あるいは今更答えても仕方がないのか。だけど、そんなダグザにマナナンが口を開いた。


《……もしかしてわっちゃあと同じデス?》

「マナナン?」


 黙り込むダグザにマナナンが言葉を発する。


《ここには人がいないデス。そしてあなたはもう人々は滅んだと言ってたデス……そうして残ったのはティル・ナ・ノーグを守護するあなただけデス》

『……そこの自動接客人形サービス・ドール、お前は』

《多分、あなたはこのティル・ナ・ノーグを終わらせたかったのデス》

『……っ』


 マナナンの確信を持った言葉にダグザが息を飲んだ。


《でもあなたはこの都市のメインシステムAIデス。だから自分で終わらせることができなかったんデス》

「だから、代わりにティル・ナ・ノーグを終わらせる人を……フォーランド家の誰かが来るのを待ってたってこと……?」


 それは。

 確かにマナナンと同じ理由だ。


 マナナンはこれまで長い時を一人で過ごし、いつの日か来る最後の客が、自分の代わりにティル・タルンギレを終わらせることを望んだんだ。そう言われれば、ダグザの境遇はマナナンに似ていた。


『……』

「あなたのことも、この都市のことも聞いていいですか? あなたの口からどうしてそのような計画をしたのか、どのように時代が違うフォーランド家の初代当主と関係を持ったのかを……全て、聞かせてください」

「こサギ……」


 こサギの言葉を受け、ダグザは黙り込む。だけどようやく決心がついたのか、彼は静かに頷いたのだ。


『……分かった』


 そう言って、ダグザは現在に至るまでの経緯を語り始めたのだった。

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