第31話 「いや圧が続かない!!」

 遥か上空に浮かぶ巨大な浮島。

 その巨大さはティル・タルンギレの比じゃないぐらいの大きさを誇っており、白と灰色で彩られた世界で唯一異質の存在感を放っていた。


「なにあれ……」


 もう僕、このゲームをやってから「なにこれ」とか「なんだこれ」としか言ってない気がする。


「大きさは違うけどティル・タルンギレと同じ浮島ッスね……もしかしてあれがティル・ナ・ノーグッスか……?」

「分からん……」


 ヤスの言葉にダナンは答えられない。ダナンも分かっているのはティル・ナ・ノーグという場所は島の名前だということだけだ……多分だけど。


 多分というのは今のダナンはティル・タルンギレで謎の本を手にして以来、僕たちに対して何か隠し事をしているからだ。まぁでも隠し事ならティル・ナ・ノーグかどうかの問いに言葉を濁すし、素直に分からないって言うのなら本当に分からない可能性は高いけど。


「……少なくとも、あれをティル・ナ・ノーグだと楽観視するには早計だと思います」

「一応、離れておくか……?」


 ハツモの言葉に僕たちは考える。


 現状あの浮島が僕たちの味方かどうか分からないんだ。確かにあの浮島からの攻撃で正体不明の化け物を倒してくれたのは事実だけど、あの攻撃が僕たちに行く可能性があるかもしれない。


 なんだったらただの気まぐれであの狼を倒したのかもしれないパターンも考えられる以上、警戒するに越したことはないのだ。


「取り敢えず一旦距離を置いて――」


 そうキャンピングカーのAIに命令しようとした瞬間、ジッと浮島を見ていたマナナンが声を発した。


《……様子がおかしいデス》

『え?』


 マナナンの声に釣られるように上空に浮かぶ浮島を見ると。


「……落ちてないかい?」


 アルケさんが僕たちが見ている出来事を口にした。そう、上空に浮かぶ巨大な浮島は移動しながらも徐々に高度を下げていっているのだ。

 しかも浮島が斜めになり始めているから恐らく姿勢制御的ななんかも機能してない気がする。いやもうまさに滑空しながら墜落しようとしている状況だよあれ!


「いやぁそれにしてもデカいッスね~」

「現実逃避してる場合ですか!?」

「落下予測地点の範囲から離れて!」


 遥か上空にいると分かってても、近いと感じるほど遠近感が狂っているサイズなんだ。それが墜落するとなれば、辺り一帯はあの浮島に圧し潰されるだろう。


『全速力デ 撤退シタイト 思イマス』


 墜落していく謎の巨大浮島から遠ざかるように、反対の方向へと猛スピードを出すAI。徐々に近付いてくる浮島にヤスがポンと手を叩いて言葉を発した。


「昔のアニメで見たコロニー落としみたいな奴ッス!」

「言ってる場合!?」


 それだとここら一帯全滅するんだけど!?


『計算結果ヲ 出シマス』

「え、どうしたの」

『現状ノ 速度デハ 間ニ合イマセン』

「なんで計算しちゃったの!?」


 最悪の結果が待ち受けているとか前もって知りたくなかったよ! 未来は不確定だから可能性があるっていうのに!!


『五……四……』

「待ってそれってなんのカウントダウン!?」

「なんで一々不安を煽るんだよこのAI!?」


 クレームを入れてもAIのカウントダウンが止まることはない。それと同時に遥か後方で墜落しようとしている浮島がその巨大な全容を現す。


「……大、きい」


 大きすぎてまるで巨大な壁だ。はっきり言ってあれが完全に墜落したらここら一帯の崩壊すら生ぬるい。下手すればこの大陸が崩壊するレベルだ。


 どこへ逃げても逃げられない。


 絶望と共にカウントダウンがゼロになる。

 その瞬間。


『……え?』


 浮島が消えた。

 それはもう跡形もなくに、だ。


「き、消え……?」

「消えたッスね……」

「いったい何が起きたのでしょう……」


 :いや微かに残像が見えた

 :消えたんじゃなくてワープした?

 :どこに?


「……輪転海洋」

「センリ?」

「微かに見えた残像の方向からして、あの浮島は輪転海洋の方向に行ったんだと思う」

「見えたのか?」

「……ごめん、八割直観」

「それぐらいあれば大丈夫です!」


 元から輪転海洋に行くことは確定事項だった。なので僕たちが行く目的地は変わらず、そのまま直行することとなった。

 因みに僕たちを救ってくれた穂が五つに分かれた槍については、見に行ったら粉々になって消滅していた。




 ◇




《びちゃびちゃデス》

「いやびちゃびちゃどころじゃないけど!?」


 輪転海洋に近付くにつれ、周囲は水浸しになっていた。まるで大規模な水害が先ほど起こったような感じだ。


「これ、もしかして輪転海洋から?」

「恐らく墜落中に向こうにワープして、着水したからでしょうか。あの巨体なので海面に着水したら大きな津波になるのも当然ですね」

「本当びっくりするぐらいのデカさだったな……」


 ミカエルの時間稼ぎもある。なので僕たちはフルスロットルでキャンピングカーを飛ばし、走行困難な場所では僕のサウンドビジュアライズで渡る。


 そうして数時間かけて辿り着いた先は。


「……あれが墜落した浮島」


 墜落したというのに、まるで海の上に巨大な島が浮かんでいるような光景だ。ボロボロではあるけど、それでもちゃんと原型を留めていることに驚きだ。


「海の上の島……まぁあれをティル・ナ・ノーグと言っても、いいかぁ?」

「適当なことを抜かすんじゃないよダナン……」

「ティル・ナ・ノーグとは確定してないけど、この時代における手掛かりはあの島しかない。行くよみんな」


 僕の言葉にみんなが声を上げる。

 海面走行も対応しているキャンピングカーに乗ってそのまま向かうと、ところどころ崩れた箇所があるものの、中へと続く道を見つけた。


 その道を通して上陸した僕たちは、島の中にある光景に圧倒されたのだ。


『わぁ……』


 ボロボロだけど有機的で、流線形なデザインが目立つ白い建造物が立ち並んでいたのだ。そんなある種異世界的な光景に僕たちは暫し呆然と見ていた。


 だけど。


《……おかしいデス》

「うん……そうだね」


 その時、僕の言葉とマナナンの言葉が重なる。


「どうしたッス?」

「人が一人もいないんだ」

《ここがティル・ナ・ノーグなら、ここには大勢の人間がいるはずデス》

『……あ』


 ボロボロとなった建造物。

 荒んだ空気に、荒廃した街並み。


 これが輪転海洋に墜落した影響というのなら、どうしてここまで人の気配を感じないのだろう。不謹慎な考えだけど、墜落した衝撃でもっと騒いでいても不思議じゃないというのに不気味なほど静かなんだ。


「まさか……もう滅んだ後なのか?」


 ダナンがそう呟いた瞬間、僕たちの耳に声が届いた。


『違う』

『――!?』


 聞くものに畏怖を与える威厳溢れる声。その声に息を飲んだ僕たちは黙ってその声の続きを待つ。


 ……が。


『……いや違わないのか? ……でも実際人もいないし残っているのは我だけだが……どっちだ? ……我がいれば滅んだとは言わないと思うが……いやでも人がいない都市は都市と呼べないはず……』


 いや滅茶苦茶優柔不断!?

 キャンピングカーのAIと同じぐらいだよ!


『抗議シマス』

「抗議する時だけ優柔不断さはないんだ……?」

『とにかく、だ』


 声の主が話を元に戻す。


『お前たちは何用でこちらに来た?』

『っ!』


 またもや威厳のある声。思わず膝をついてしまいそうな声にハツモが代表して声を張り上げた。


「お、俺たちは『髪を生やす』技術を求めにティル・ナ・ノーグを探している! もしかしてここがティル・ナ・ノーグなのか!?」

『……ほう?』


 ハツモの言葉に声の主からやってくる圧が増える。


『お前たちはどうしてその技術の存在を知っている?』

「っ、そ、それは……!」

『その技術は人々が滅んだ後に生まれた未練の結晶だ。その存在を知っている人間は最早この世にいない』


 僕らに掛かっている威圧が更に増す。

 鼓動が激しくなり、手が震えているような錯覚がする。これが威圧のデバフ症状。威圧という概念ゲーム内で再現されたデバフ状態の一つ。


 ……が。


『……いや、でもこの世にいないとは言ってもあの技術を知っているのは我以外だと一人いるし……もしやそこから漏れたのか……? ……いやでも彼奴が漏らすとは考えにくいが……』

「いや圧が続かない!!」


 なんなのこの声の主は!?

 威厳があるのかないのかどっちかにしてよ!


 ……いやあると困るけど!


「お、俺たちは未来から来たんだ! 未来でその技術の存在を知って、こうしてここまでやってきたんだよ!!」

『……何? 未来だと?』


 矢継ぎ早に発したハツモの言葉に僕たちに掛かっている威圧のデバフがいくらか減衰する。僕らの体に掛かってた負荷が消えて、僕たちはふぅーと息を吐いた。


(……これで息ができるよ)


 と、そこに。

 ダナンがハツモの代わりに言葉を紡ぐ。


「なぁアンタ……もしかしてダグザか?」


 ダナンの発した言葉に声の主も沈黙し、僕たちは目を見開く。


『……如何にも。我が名はダグザ。そういう貴様はどこの誰だ?』

「アンタの親友であるフォーランド家の初代当主……ヌアザ・フォーランドの子孫。ダナン・フォーランドだ」

『……は?』


 この「は?」は僕たちの声でもある。

 親友? 初代?

 ダナンはいったい何を知っているの?


『馬鹿な、彼奴の子孫だと……? 彼奴はまさか、結婚したのか……? あの錬金馬鹿が……?』

「アンタとの最後の交信から数か月後に嫁さんを見つけて、フォーランド家を作ったんだ。俺はその初代の血を受け継ぐ子孫だぜ」


 ダナンの説明にショックを受けているようで、ダグザと名乗った声の主は未だに動揺している。僕たちも何がなんだか分からず、ダナンに声を掛けられない。


『……お前は、ダナンと言ったな?』

「そうだ」

『ならばお前が――』

「――取り敢えず、こっちの質問に答えてもらおうか」


 ダグザの言葉を遮るようにダナンが言葉を発する。


「俺たちは『髪を生やす』技術を探してる。その技術ってのがティル・ナ・ノーグにあるわけだが……ここはそのティル・ナ・ノーグで、その技術があるんだな?」

『……』


 ダナンの言葉に暫く逡巡するような間を空けるダグザ。そうして暫くすると、ダグザは肯定するように言葉を紡いだのだった。


『……そうだ』

「じゃあ案内してくれないか? こっちもアンタも時間が足りねぇんだろ?」

『……ふん、真偽の程は後々調べる』


 そして。


『だが良かろう。お前たちにこの都市の中心部を案内してやる』




 ――このティル・ナ・ノーグのメインシステムを司る守護のAI、ダグザがな。

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