第9話 交わる光と闇のクッキング
「そもそもじゃ。この世界に生まれたわしに逃げ道なぞない。この世界にシェンが入り込まれた時点でわしが取る道は戦うほかないのじゃ」
「オル太老師……」
オル太老の目には覚悟があった。
「オリジナルのわしに代わり、今ここでシェンとの因縁を終わらせる時じゃ」
ここで決着を付ける。その言葉にヴェリシャスさんはようやく諦めたようだ。彼はため息を吐くと僕に顔を向けた。
「オル太老師が戦うと言うのなら、俺らも戦うしかない。そしてこの場で戦える人間は俺とオル太老以外にはエクストラハンター・センリしかいない」
「エクストラハンターはやめて」
「ま、待てよ! オレだって戦えるぜ!?」
「無視?」
「ウメェル」
「な、なんだ?」
いつもとは違う厳しい声音にウメェルさんがたじろぐ。
「極意を継承していないお前では足手まといだ」
「なッ!?」
飾り気のない率直な言葉にウメェルさんが絶句する。何せ彼とヴェリシャスさんはライバル同士。前までは実力も拮抗していた相手に戦力外通告を受ければ誰だってショックを受けるだろう。
だけどヴェリシャスさんの言葉には続きがあった。
「勘違いするなよ? あくまで極意を継承していないお前では、だ」
「それは……」
「この戦いは極意の継承なしでは厳しい戦いだ。試練を受けずとも、ウレシ味の極意のなんたるかを知っている俺ならともかく、その入り口にも到達していないお前ではシェン流クルシ味の料理の前に成す術もなく倒れるだろう」
今更だけど料理に関わる発言じゃないよ。
「俺たちがシェンを食い止める。その間にお前はジャン流ウレシ味の極意を手に入れるんだ」
「っ、待てよヴェリシャス!」
「なんだ」
「食い止めるって、お前らがいても倒せねぇのかよ!?」
それほどまでにシェンという人の料理って危険なのだろうか。いや料理が危険っていったいどういうこと(定期的な正気)。
「……俺たちでも十分対抗できるさ」
「なら!」
「だが倒すとなると、もっと言えばジャン流とシェン流の因縁を断ち切るとなると、極意を手に入れたお前しかいないんだ」
「なっ……」
「言っただろう? ジャン流に一番相応しいのはお前なんだと」
ヴェリシャスさんだけじゃない。オル太老とミリンさんまでもがウメェルさんを信じてくれている。そんな彼らにウメェルさんは泣きそうな表情を浮かべた。
「ミリン、頼んだぞ」
「……あぁ、ウチに任せときぃ!」
ジャン流の修行寺に残るのはウメェルさん、ミリンさん、そしてみるぷーお姉さんの三人。残りのメンバーはこのまま下山してシェンという人と戦うこととなった。
◇
「そう言えばヴェリシャスさん」
「なんだ?」
「シェンという人の影響で各地に混乱が起きていると言ってたけど、どんな風なの?」
「それならば他のプレイヤーの配信を見た方が早いな」
そう言って、ヴェリシャスさんがメニューからゲーム内カオスチューブの配信動画を見せてくる。ふと目に入ったカオスチューブのアカウント名である『ズッ友シャス』から目を逸らしながら僕は配信を見た。
『おいおいおい、なんだよこれ!?』
『クソ、俺の友達がなんか軍隊っぽい感じに!?』
『コイツら一糸乱れずに行軍していくぞ!』
『馬鹿止めろ! 必要以上に近付くな!』
『なんだ? 急に甘い匂いが――むぐっ!?』
『クソ、コイツも食っちまった!』
『イートイット、ヒューマン』
『ディスイズデリシャスフーズ』
『おい! アイツらが渡してくる料理は絶対に食べるんじゃないぞ!』
『運営はいったい何やってんだよ!?』
――ブツリ。
カオスな光景を最後にその配信は終わった。え、なにこれ? これが料理によって引き起こされた光景だと言うの?
「この世の終わりかな?」
「気持ちは分かるぜセンリ……」
どうしよう、思った以上に大きい事態になってる。匂いに釣られ、料理を食べたプレイヤー、NPC、モンスター問わず完全にシェン流の軍隊になっている。
何を言っているのか分からないと思うけど、僕も何を言っているのかは分からない。途轍もなく恐ろしい物の片鱗を見たような気がした。
「最後にプレイヤーが言った通り、運営はこの事態をどう見てるんだ?」
「恐らく運営は動かないだろう」
それはもしかして面白そう、ヨシ! って感じで静観しているということ?
「それもあるだろうが、これらの光景はあくまでリアクションだ」
『リアクション……?』
何故ここでリアクションが?
「高度なリアクションは周囲に影響を及ぼす。料理界隈での常識じゃな」
「どこの世界の界隈だって?」
少なくともそんな常識知らないんだけど。
「つまりあの光景はゲームのシステムとは全然関係ない集団幻覚なんだ。ただ料理を食べた人間が勝手にあぁいうリアクションを取るだけで、不正は行われていないんだよ」
だから運営案件じゃないと申すか。
「なんてこったこれが料理を極めた末の世界……二度と集団幻覚を見せる代物を料理なんて呼ぶんじゃねぇ」
「落ち着いて! 落ち着いてリョウ!」
まぁそれには同意見なんだけども!
「むっ、来るぞ!!」
『え!?』
ヴェリシャスさんの言葉に僕たちは驚きの声を上げる。ヴェリシャスさんが指を差す方向を見ると、そこにはズズンと地響きを出しながら大豊森林の木々が倒れる光景が見えた。
「ふはははははー!!」
「……シェン」
遠くにいるというのに届いてくる高笑い。オル太老の呟き通りならこの高笑いの持ち主は恐らく――。
「ジャン流の者は一人残らず否定する……それが例え兄者の分身であろうともなぁ!」
巨大な象に乗りながら現れたのは、銀色の髪をお団子ヘアーにしたチャイナ服の……少女? あれ? 子供?
「あれが、シェン?」
「子供じゃねぇか」
「ほうほう、もっと言うがいい!」
:まさかのロリババア
:ロリババア!? ロリババアナンデ!?
:気を付けろ! あの外見に釣られて軍隊化したプレイヤーもいるぞ!
僕たちの言葉にシェンという子供が喜びを見せる。そんな彼女をオル太老がジト目で見た。
「オリジナルの記憶では数十年来の再会だというが……なんじゃ。子供時代を再現したアバターを使いおって、このババアが年を考えろ」
「ババア言うでない!! ってかこれは紛れもなく今のわっちの姿そのままなんだぞ!」
「いやいやいやいや」
シェンの言葉に僕とリョウが手を振る。オル太老が本物のジャン老師と同じ外見だと言うなら少なくとも九十を優に超えている年齢だ。そんな彼らの妹だと言うのなら子供という外見はいくらなんでもあり得ない。
ところが。
「食によるアンチエイジングか」
「え?」
ヴェリシャスさんがぽつりと発した言葉に僕とリョウは変な顔をした。
「え、食……アンチエイジング? 何を言っているの?」
「優れた料理人であれば自らが作る料理の中に人を若返らせるアンチエイジング料理があるという。恐らくその料理によって若返ったのだろう」
そんなファンタジーやメルヘンじゃあるまいし……。
「バカタレ……アンチエイジング料理で若返るにも限度があるわい。せいぜいが体中のありとあらゆる皺が取れ、髪の毛に元気が戻り、肌年齢が二十代に、筋肉や骨密度が若者と同レベルになるとかぐらいじゃ」
いや十分だけど!?
:【G・マザー】なにそれ詳しく
:【A・シスター】お母さんまだ若いじゃん
:【G・マザー】備えておくのが女よ
:料理っつーか改造
:もう何回料理についての定義に疑問を呈したか分かんねぇ……
「まぁあれが現実の姿のままだというのが本当ならば、の話じゃがの」
「むっきいいいいい! 一度ならず二度までも! 確かにアンチエイジング料理には限度があるが、わっちがこの姿にまで若返られたのには理由があるのだぞ!」
そう言ってシェンが取り出したのは一枚の画像。えーと……なんかシェンっぽい子供を中心にして白衣を着た科学者らしい人が周囲にいる集合写真みたいな……?
:おいこれって
:間違いねぇエリクサーを研究してた人たちだ!
:エリクサーってエクストラリワードの『細胞の再活性と再生成』のヤツ!?
:まさかそれを使ったのか!?
:嘘だろ、まだ試作段階って話だけど!?
「え!?」
「エリクサーって、マジか!?」
「左様! わっちはシェン流の人脈を使い彼奴らと接触し、そのえりくさあ? なるものを手にした! それどころか未完成であったそれを、わっちのシェン流調理術を使い若返りの秘薬として完成させたのだ!」
「完成させたの!?」
:一生ついて行きますシェンお姉さま!
:シェンお姉さまこそ私らの希望
:シェン姉様! シェン姉様!
「見よ、これぞシェン流の偉大なる技術! 現実と仮想の両方から称賛の声が響き渡るわー! あーはっはっは!! どうだー! わっちのことを恐れたかー!」
「いや……寧ろ人のため過ぎて呆れておった……」
「なにをー!?」
いやこの件に関してはまさにオル太老と同じ意見だよ。言ってることは悪役そのものなのに完全に人類の発展に貢献してるじゃないか。
「そこまでやっているのに何故、今でもわしらジャン流のことを目の敵にしておるんじゃ……」
「うるさいうるさーい! わっちは忘れておらぬぞ!? あの時感じた屈辱を、絶望を、失意を! ジャン流のためにと育てられ、修行してきた日々がある日突然無駄であると断じられ、捨てられたのだぞ!」
「むぅ……それは二代目が人の心を知らんかったからじゃ。じゃがジャン老師が三代目となった今のジャン流は違う!」
「うるさい! この苦しみ、この憎しみ! 全てのジャン流を否定せねばこの気持ちを雪ぐことなぞ出来ん!!」
なんて殺気だ。
ゲームの中だというのに気圧される……!?
「さぁわっちの飯を食らえい!」
「この匂い……!?」
シェンとその軍隊が取り出したのは肉まんだ。その瞬間、むわっと肉まんの匂いが大豊森林中に広がっていく。
嗅ぐだけで涎が止まらない。ゲームの中だというのにお腹が鳴る錯覚さえ感じる。駄目だ、あの肉まんを食べたら駄目になる……! だというのに沸き上がる食欲に抗えない!
「くっ、極意を会得してもやはり耐性は一般人のままか!」
「あ、ああ……」
「マズイ、リョウの意識が完全に消えておる!」
「リ、リョウ……」
このままだと僕たちは――。
「待てぇい!!」
その瞬間僕たちは何者かに抱えられ、肉まんの香りから遠ざけられた。
「な、なにやつ!?」
「……間に合ったようだな、センリさん」
「あ、あなたは……」
それは袴を着た仮面の男。
愛のためにやってきた愛の戦士。
「『ロマンティック・ミカエル』、ここに見参!!」
あ、帰ってもらっていいですよ。
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