第8話 迷走し、進むクッキング
ウメェルさんは変わった。
僕が試練を突破した時、どこかへと駆け出したウメェルさんはあの後、何故かいくらかスッキリした顔で戻ってきた。
ミリンさん曰く『邪道嫌い』だったウメェルさんだけど、帰ってきたウメェルさんは自身の主義を曲げて、ジャイアントカウというモンスターからバターを作り出すということまでやったんだ。
ゲーム内素材という現実とは違う架空の食材を料理に使うのはウメェルさんにとってかなり抵抗を感じたと思うのに。
「それでも結果はアレなんだけどねー」
「みるぷーお姉さん、シッ!」
:ノンデリ姉貴はこれだからさぁ
:しゃーねーだろみるぷーお姉さんなんだから
:姉貴に人の心なんて分からねぇんだ
もうみるぷーお姉さんに対する視聴者の評価は地の底だ。まぁ僕も同感だけど決して口には出さない。それがマナーというものだからね。
:同感の時点で同じ穴の狢
:おまいう
:いざという時遠慮なしに言う人が何か言ってる
:見てください生徒の皆さん、これが自分を棚に上げるという行為ですよ
うるさいよ君たち。ナチュラルに僕の心の中を読むんじゃない。
とまぁとにかく、ウメェルさんはまだ極意を継承できていないのは確かだ。それでも前までの焦りと挫折で心を折れかけていた姿はなく、今は次の試練のために料理を試作していた。
「うーん……センリの話の通りなら良い線行ってたと思うんだけどな」
「あのジジイ結構意地悪なのかねぇ?」
「意外とそうでもないと思うよ?」
心折れずに料理を試作し続けるウメェルさんを見るオル太老は笑みを浮かべていた。きっと、その時が来るのはそう遠くないのだろう。
:しかし毎回飯テロされるとキツイな
:【A・シスター】私も思った!
:妹さんもこう言ってるぞ!
:なんとかしろ!
「そういうクレームのパターンある?」
いくら騒いでも視聴者と僕たち配信側には壁があるのだ。だからなんとかしろと言われても今この場所に視聴者がいなければ食べさせることも何もないと思うけど。
「いやできるで?」
「え?」
:え?
:え?
:【A・シスター】あれぇ?
冗談で言ったはずの言葉がまさかの方向に行って困惑を隠せない。僕も同じ気持ちで困惑した表情でミリンさんを見ていた。
「できるの?」
「クッキングバトルのちょっとした応用やで」
僕の言葉にミリンさんがニコッと笑みを浮かべる。どうやらこのクッキングバトルの設定に審査員の人数を設定できる項目があるらしい。
デフォルトで料理人以外のその場にいるプレイヤー全員を審査員にする設定があるけど、この設定には配信を視聴しているプレイヤーを審査員として含める項目もあるとか。
「じゃあこれを使えば視聴者のみんなも食べられるって言うこと!?」
「そういうことやで!」
:うわああああああ!!
:何故それを最初に言わなかったああああ!?
:【A・シスター】ずるいずるい!!
:センリちゃんの料理食べたかった……
「視聴者が阿鼻叫喚の嵐だ……」
「す、すまんて……」
:まぁこれで俺たちも食べられるってことだな
:そのためにはこんばこにログインしないと
:これで俺らもリアクション芸人に!
「誰がリアクション芸人だよ!」
僕だって好きであんな演技をしてないよ! 無意識に恥ずかしい水着を着るとかリョウとみるぷーお姉さんで昼ドラをやるとかさ!
「審査員になりたい人はプレイヤーでログインして配信画面を表示続けたってな。審査する時に確認画面が出てきて了承すると目の前に料理が出てくるから気い付けて」
:りょ
:了解
:待ちに待った料理だぜええええ!!
:プロの料理が味わえるとかかがくってすげー
:次の料理はどんな感じかなー
:【A・シスター】やば早くキャラ作んないと!
◇
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――舞台はとある田舎の大都会。
「本当なんだってば! 昨日、納豆の怪物と大きなバナナが戦っていたんだ!」
「お前は何を言っているんだせんり」
「信じてよりょう! うわぁ窓に、窓に!?」
「へ、うわああああ!?」
ある町で二人の子供が姿を消した。
その出来事により町は恐怖の霧に包まれる。
「大変だ! あそこに五円の十円パンが!」
「行かんとってみるぷー! あれはきっと罠や!」
「こんなところにいられるか! あたしはあの十円パンを食べて霧の世界から脱出するんだ!!」
だがみるぷーの希望はそこで潰える。
「そ、そんな!? 視聴者のゾンビがこんな大量に!?」
『ああぁぁぁ……』
『うあぁああ……』
「みるぷー!!?」
「嫌だ、そんな……あたしはこんなところで――いやああああああああ!?」
一人、また一人と犠牲者が生まれる毎日。
そして今日もまた、犠牲者が出る。
『お兄ちゃあん……どこぉ……?』
「あんなところに子供が!?」
「行くなみりん!!」
「離してやうめちゃん! ウチはみるぷーを助けられんかった! もう二度と目の前で人が犠牲になるところを見たくないんや!!」
「みりぃぃぃん!!!」
うめぇるの手を振り払って、みりんが迷子となった子供の元へと駆けつける。だがそんなみりんが遭遇したのは――。
『お兄……ちゃあん……!』
「ひっ!?」
納豆塗れの子供だった――。
「あ、あぁ……そんなみりんまで……」
「うめぇるよ……」
「そ、その声は!?」
失意に沈むうめぇるに一人の老人が現れる。老人は全て見ていた。何故こんなことになったのか、何故こんな悲劇が起きたのか。
「オレは、オレはいったいどうすればよかったんだ……! どうしてみんな、犠牲にならなければならなかったんだぁあああああ!!」
「うめぇるよ……」
「う、うぅ……!」
「いや不味いからじゃろ」
「アッハイ」
◇
:おえええええええ!!!
:何故今回に限ってクソマズを出すんですか!?
:【A・シスター】納豆塗れにされた……
:迷走しすぎだよアンタ!!!!!
:場所が離れてるのに同じトンチキ世界に引きずり込まれたんだけど!?
:俺らの配役がゾンビ!!!
:これが本当の飯テロってかwww? は?
「誠に申し訳ないと思っている」
「本当にすまないという気持ちで……胸がいっぱいなら……! 例えそれが……肉焦がし……骨焼く……鉄板の上でもっ……!」
「焼き土下座強要はやめてみるぷーお姉さん」
ほらリョウも熱した大型の鉄板を取り出すのやめて。いやその焼き土下座に適したような大型の鉄板はどこから持ってきたの?
「やっぱりアカンよ『納豆とバナナの十円ミルフィーユ』は」
「先ず料理名からしておかしい」
それを疑わずに食べた僕たちも僕たちだけど。
「……ウメェルよ。お主ほどの技量なら例えどのような組み合わせの料理でも美味しく調理できたはずじゃ。何故こんなバイオハザードが起きた?」
バイオハザード……いや視聴者にも影響受けてるからバイオハザードか。
「その……いっそジャン流で学んできた技術とか料理の知識を使わずに作ろうと……」
「初心に戻るにしても限度があるだろ」
ウメェルさんの言葉にリョウが呆れた。
「すまねぇ……」
「お前は何をやっているんだ……」
『!?』
項垂れるウメェルさんを見ていたその時だった。突如として僕たちの背後から見知った男の声が聞こえて来たのだ。
「お、お前は!?」
「ヴェーやん!?」
:あっ、ウメェルを昇天させた男!
:言い方ァ!
:そこのところkwsk
振り返るとそこには長い髪を後ろで結んだバンダナの男……ヴェリシャスさんが呆れた目でウメェルさんを見ていた。
「なんじゃヴェリシャス。お主も極意を受けに来たのか?」
「いいえ、もう俺には興味がないものです」
『え!?』
「そうかい」
いや軽いな!? ヴェリシャスの言葉にオル太老が何も言わないとなるとオル太老はヴェリシャスさんのことを知っていたのだろうか。
「何しに来たんだよヴェリシャス……」
「お前を笑いに来た……そう言えればいいがな」
「なに?」
一瞬浮かべた苦笑いを引っ込み、ヴェリシャスさんは真剣な目でオル太老に向けてこう言った。
「オル太老師」
「いやお主もそう呼ぶんかい」
「――あの方が、この世界に来ています」
「!?」
ヴェリシャスの言葉にオル太老が大きく目を見開いた。
「あの方って……?」
「わしのオリジナルの妹……シェンか!」
「爺さまの妹!?」
シェンと呼ばれた人物にジャン流関係者が一斉に驚きを見せる。あの、ちょっと僕たち事態についていけてないけど……? そんな僕たちにヴェリシャスさんが説明を始める。
「ジャン流開祖である二代目ジャンには実の妹がいた」
兄と妹。二人は初代ジャンからウレシ味の技術を学び、結果として後継者として指名されたのは兄の方だった。だがそれを妹は良く思わず、密かに独学でジャン流を磨き続けてきたのだ。
そうしてできたのがジャン流のダークサイド。
シェン流クルシ味の流派だった。
「そして時は流れ、三代目ジャンであるジャン老師にも妹がいた。どちらかがジャンの名前を継ぐか競い、そして歴史は繰り返されたんだ」
ジャンを継げたのは今のジャン老師。そして妹はあろうことかシェン流へと鞍替えし、彼女はシェンの名前を継いだという。そして今でも、シェンは兄であるジャン老師とその流派であるジャン流ウレシ味を憎んでいた。
「そのシェンという人がゲームの中に?」
「恐らく配信を通じてジャン流の者がここにいると分かったのだろう」
「やっぱり配信に乗せるのは駄目なんだよ」
:それはいけない
:俺らにも配信を見させろぉ!
:50000¥/ 投げ銭でもするから配信してぇ!
「もう今更か……」
「現に彼女の影響によって各地で混乱が起きています。とにかくここにいては危ない……いくら本物ではないのだとしてもオル太老師、あなたはジャン流の技術を持つ人だ。シェンに狙われますよ」
「料理人だよね?」
発言が完全に災害なんだけど。
「彼女の料理を食べれば思想も人格も全てシェン流へと塗り替えられる。そうして数々のジャン流料理人が彼女の前で屈してきました」
「もう一回言うけどそれ本当に料理人?」
「全てのジャン流の否定、か。シェンめ……ゲームの中ですら許さんというわけか」
ヴェリシャスさんから話を聞いたオル太老はしばらく目を瞑って考え込む。そしてオル太老が目を開くと――。
「わしは、逃げんよ」
そう言ったのだった。
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