第10話 大乱闘! 混沌のクッキング
「食らえーっ!」
肉まんの食欲を刺激する匂いがロマンティック・ミカエルを襲う。匂いだけで抗いきれない魔の肉まんだ。だがしかし――。
「むうううううううッ!!」
「なんだとぉ!?」
「あの仮面の男、料理の匂いに抗っただと!?」
「なんという精神力じゃ!?」
かぶりつきたいぐらいの匂いを前にロマンティック・ミカエルは屈しなかった。両腕を交差し、匂いの波状攻撃を耐えきっている!
「このロマンティック・ミカエル……! 日夜欠かさずセンリさんの配信を見て一日を過ごすのが日常の男! 朝昼晩、食前食後、就寝前中後にセンリさんのASMRを聞く毎日! 故に私の中にセンリさんがいる限り――」
キラリと仮面の奥に覚悟の眼差しが光る!
「――決して屈することはない!」
「ほれーっ!!」
「むぐうううう!!??」
叫んだ隙を突かれてシェンに肉まんを口に突っ込まれた!?
モグモグ、ゴックン。
「ベリーデリシャス、ニクメェン……」
そしてロマンティック・ミカエルはシェンの配下になってしまった。
「この役立たずーっ!?」
「匂いに抗っても味までは無理じゃったか……」
もう本当にあの人何しに来たの!?
「いや、あながち役立たずではないぞ」
「え?」
「ストーカー仮面が時間を稼いでいる間に打開策ができた!」
いつの間にかキッチンを展開していたヴェリシャスさんがとある料理を空に掲げる。そこにあったのは一つの瓶。
「ゴールデンアップルの炭酸ジュースだ!」
そう言ってヴェリシャスさんは瓶を振る。当然中身は炭酸なので、振ったことにより中に圧力が加わる。その瞬間――。
「ゴールデンスプラッシュ!!」
炭酸ジュースが噴き出し、まるでシャワーのようにシェンの軍隊へと降り注いでいった。
「……んっ、これは……?」
「あれ、私どうしてここに……」
「なんだこの雨……滅茶苦茶甘くてシュワシュワで美味しい……」
凄い、ヴェリシャスさんが作ったゴールデンアップルの炭酸ジュースによって、シェンの料理で洗脳されていたプレイヤーたちが次々に正気へと戻っていく!
:なんか一部昇天してない?
:あぁそうかこっちもリアクション出てくるレベルの料理だもんな……
:リアクション取る方も大変だなぁ
「まだまだ甘いわぁ!」
「むごぉ!? ……デリシャスフード」
「むぐぅ!? ……オイシイ、ヤミー」
「あぁ!? また配下に!?」
「くっ、やはりこうなるか!」
正気に戻ったプレイヤーがまたシェンの料理によって再び洗脳されていく。こうなるとイタチごっこだ。この料理対決に終わりはないと言うのか。
「だったらセンリ! お前も料理をやるんだ!」
「ぼ、僕も!?」
試練を突破して極意を手に入れたとはいえ、僕の料理があんな超次元クッキングバトルに割って入るなんて無謀過ぎると思うんだけど!
「いや、俺にいい考えがあるぜ?」
リョウのその言葉に僕は目を見開いた。
一方その頃。
「やはりこのままでは埒が明かんな……!」
「だがウメェルが来るまで食い止めないと……!」
「何を待っておるか知らんが無駄だぁ! ここに来るまでわっちは各地に赴き配下を揃えて来た! 今更若造と棺桶に片足突っ込んでいる兄者の分身の二人に対処できる数ではないわーっ! あーはっはっは!」
シェンの言う通り、例え料理人スキルで時短をしてもたった二人ではシェンの進軍を止められない。しかもよく見ればシェンと二人の料理合戦に巻き込まれて、心なしかプレイヤーたちがリアクション疲れをしているような気がする。
「観念しろ! 潔くわっちの料理を食し、ジャン流の何もかもを否定して忘れてしまえっ!」
「ふん、料理をこんな風に使うシェン流にわしらは屈せぬよ」
:料理とは?
:料理をこんな風に……ん?
:料理は兵器だった……?
「ならば配下によって強制的に食わせてや――」
その時だった。
ふと、微かに何かの音が彼女の耳に届いたのだ。
「む、なんだこの音は……いや、音だけじゃない!?」
何かを焼ける音と共に、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いが辺りに広がる。
『ア、アアァァ……!』
『ビール、ノミタイィィィ……』
『ウオアァアア……!』
シェンの配下が突如として苦しみだし、進軍が止まる。その様子にシェンは慌てたように匂いの元を探した。
そして。
「そこか!?」
そう、そこにいたのはヴェリシャスさんのキッチンを借りて肉を焼いている僕だったのだ。
「この場において焼肉だと……? そのような原始的な料理でわっちに盾突こうなど、素人が出しゃばるんじゃないわぁ!」
「だがそれでおたくの配下は止まったぜ?」
リョウの言葉にシェンがむぐっと言葉に詰まらせた。
「それに原始的な料理だって? はっ! 確かに肉を焼くだけの工程はアンタらに比べたら原始的だろうな。だが人間ってのは遥か古来からこうやって飯を食べて来たんだよ!」
原始的だからこそ、肉を焼く匂いや音で人はいとも簡単にお腹を空かせるし、その味を容易く想像できる。だからこそ、料理人として素人の僕でも焼肉で人々を惹き付けることができるんだ!
:ぐわああああああ!!
:やめろおおおおお!!
:飯テロやーめーてー!
:はい確定今夜は焼肉ですね
なんかもう別のところにダメージ行ってるけど無視だ。
「ハラミにトントロ、カルビに豚バラ、ネギトロ牛タンロースにホルモン!」
「受け取るんじゃセンリ!」
「極め付けにジャン流秘伝の焼肉のタレ!」
「ぐおおおおおお!? このわっちの腹にもダメージが!? おのれ小癪なぁ!」
:アカン、死ぬぅ!
:焼肉食べたいのに配信見るのやめられねぇんだけど!
:配信見るのか食べるのかどっちかにしなさい!
:たみる!
:どっちだよ!?
本能に訴える暴力的で背徳的な匂いとジュゥ~と焼く音がシェンたちに襲い掛かる。やっぱり人っていうのはこういう単純な料理が最も食欲を煽られるのかもしれない。
「それだけじゃねぇ!」
「な、なにっ!?」
リョウが手持ちのグレネードランチャーで何かを次々と射出していく。
「おのれ、料理以外で攻撃をするというのか!? 恥を知れ恥を!」
「アンタに言われたくない抗議はやめろ! じゃなくて俺が射出したのはこれだ!」
ボトボト、と地面に落ちるのはキューブ状の物体。
「これがいったいなんだと――」
その瞬間だった。
ジュゥ~~~……。
「ぬおおおおお!? 焼肉の音ぉ~!?」
「一応本業は吟遊詩人なんでね。肉を焼いた音をサウンドオブジェクトに閉じ込めてリョウに射出させたんだ!」
これぞ焼肉ASMRテロ!
これに抗える人はいない!
『グアアアアアアア!!』
『ハラガヘッタアアアア!!』
これによって配下の遥か後方にいる軍団にも焼肉の暴力的な音が響き渡る。これで彼女の退路は断たれたようなものだ。
「この足を止めている今なら反撃できる!」
「やりよるのう!」
「なるほどまさに単純でありながら効果的なやり方だ! どんな料理でもやはり重要なのは食欲を煽られること!」
「くっ……」
配下が動かなければ残るのは料理ができる外見詐称のお婆さんのみ! これで僕たち全員であの人を拘束すれば――。
「騙されるでないぞ!」
「何を言うつもりだ?」
「そんなに焼肉の匂いと音を聞かされても実際に食べられるわけではない! 貴様らは騙されておるのだ!」
ちょ、何を言って!?
『ア、アァ……タベ、レナイ?』
『ヤキニク、ナイ?』
『ノット、ヤキニク?』
「そうとも! まるでテレビに映し出されている名店の料理が食べられないように、ただ匂いと音で誤魔化しているに過ぎん!」
「そ、そんなわけない!」
だって、ここにはちゃんと焼肉用の肉が!
「ならばそれらの肉はちゃんと皆に届けられるのか!?」
「!?」
「わっちなら全員分の料理を用意できる! あんな見かけに騙されるよりわっちと共にいた方がよいぞ!」
「あのロリババア、劣勢になったら話術に走ったぞ!」
まぁでもそれで洗脳されている人が冷静になっているのだから一理あるのだろう。洗脳されている人が冷静ってなんのことだと思うけど。
「お主らの懐にもわっちの料理があるぞ! 洗脳用だがそれでもお主らの腹を満たせる美味いものだ!」
『ウオオオオ、デリシャス』
『ウオオオオ、アイム、コレデイイヤ』
マズイぞ、これで形勢が逆転されてしまう!
「いいや冷静になれお前ら!!」
と、そこにリョウが声を張り上げた!
「こっちには美少女が目の前で料理を作ってんだぞ! お前ら美少女の手料理を食べたくないのか!?」
「リョウ!?」
『オー……ビューティフルガール……』
『プリティーガール……』
『ガール……ガールデイイカ……』
ねぇこれどういう状況なの!?
「ず、ずるいぞ小娘!?」
「ずるいって何!? 僕は男だよ!?」
「わ、わっちも年を取ればとらんじすたぐらまあ? にはなるもん! わっちの方がいいぞ貴様ら!」
「本当に美少女の手料理を食べたくないと申すか! 今ならセンリのあーんが付いてくるぞ! 先着百名!」
「ぶん殴ってもいいかな?」
:なんだこれは
:料理対決どこ? ここ?
:もう完全にミスコン
その結果。
『はぁ……はぁ……!』
シェンとリョウのプレゼン対決によって配下たちは僕とシェンの陣営で半々になりましたとさ。
な に こ れ 。
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