第6話 惑う過去と未来のクッキング

「ど、どうして……」

「ウメェルさん……僕は」

「……っ!」

「ウメェルさん!」

「ウメちゃん!」


 僕が何かを言う前に、ウメェルさんが悔しさを顔に浮かべながら寺の外へと駆け出す。その背中を追おうと思ったけど、オル太老の制止によって踏み止まった。


「今は彼奴を一人にしてやってくれ」

「オル太老……」


 オル太老の言葉によって僕らは徐々に小さくなっていく彼の背中を見守る。試練に合格した僕だからこそ理解できる。この試練は確かに料理とは何かを見つめ直す必要があって、そしてそれは自分自身が気付かないと意味がないものであると。


 それがウメェルさんのような天才であれば猶更のことだった。


「しかしまさか先にセンリが合格するとはなぁ」

「ねー。あたしもびっくりしたぜい」

「センリちゃんも、気付いたんやな」

「うん」


 ミリンさんの言葉に僕は頷いた。そこにリョウが意外そうな表情でオル太老の前に置かれている皿を見る。


「まさかこれが決め手になるとはなぁ」

「グレイトホーン・フォレストディアのステーキは予想外だったなー」


 つまり鹿肉のステーキだ。

 この大豊森林に生息するフォレストディアの親玉で、大豊森林に生えている植物を主食にしているせいか、全ての部位に無駄な物がないと言われる食材ランク最高峰のモンスターだ。


 角は粉末状にすると様々な香辛料の代用となるスパイスになるし、肉の方は柔らかくて甘い。ステーキにすれば旨味がたっぷり入った肉汁溢れ出す高級ステーキになるレベルという。


 ヘルシーで比較的低カロリー。

 それでも老人であるオル太老が食べるには重いと言わざるを得ない料理でもあるため、老人に出す料理でもないのも確か。それでも僕が敢えてこの料理を出したのは――。


の好みだったからね」

「うむ」


 僕の言葉にオル太老が肯定した。


 :でもオル太老の好みで合格できるならウメェルも合格できたはずだろ?

 :ウメちゃんが出したチーズあんかけチャーハンもオル太老が好きな料理だしな

 :美少女の料理なら満点も出すよ俺は

 :じゃあ仕方ないか

 :所詮オル太老も男か……


「僕も男だけど?」


 勝手な推測を出して勝手に納得しないで? まだ解説とかしてないんだけど僕。


「同じ好みの料理でも、彼奴とセンリには大きな違いがあるんじゃ」

「違いってのはー?」

「料理を食べる者を思い遣る気持ちじゃ」


 そう、僕は試練を始める前にオル太老に色々質問をしたんだ。好みの味付けとか、好きな料理、好きな組み合わせ、今の食欲、今食べたいもの、などなど。


「センリの料理にはわしを思い遣った工夫が為されていた。このステーキはまさにわしのために作られたステーキと言えよう」


 だけどウメェルさんの料理は違う。確かに味のクオリティという点では僕のステーキはウメェルさんのチーズあんかけチャーハンに負けるだろう。

 だけどウメェルさんはオル太老のことを本物のジャン老師の分身であることに注目して、ジャン老師本人の好物を出した。

 言い方が悪ければ、オル太老自身の好みを無視して、ウメェルさん自身の考えを押し付けたということになる。


「最初に言ったはずじゃ。わしはオリジナルとは違うもう一人のわしじゃと」

「つまり……オル太老と本物のジジイの好みは違うっちゅうことやな」

「左様じゃ」


 ミリンさんの言葉にオル太老は頷いた。


「技術だけじゃない……相手を思い遣る愛こそが、このジャン流ウレシ味の極意にしてオリジナルのわしが言いたかったことなんじゃよ」


 :なるほど……

 :つまり愛たっぷりのセンリご飯は最強だと……

 :↑台無しだよお前

 :言い方ァ!


「じゃあそのことを指摘すればいいじゃん」


 そこにみるぷーお姉さんが当然の指摘をする。確かにオル太老の意図を説明すれば手っ取り早いだろう。でも最初に言った通りこの極意の真意は自分で気付けなくちゃいけないんだ。


 そして何より。


「多分、指摘してもウメちゃんは理解できんと思う」


 自分のために料理を作る。それもまた料理だろう。でも他人のために料理を作る……その意識にウメェルさんはまだ達していない。そして達していないからこそ、例え真意を説明されてもウメェルさんは理解できない。


「ヴェリシャスさんは知っていたんだ……」


 あの広場でヴェリシャスさんが言っていた言葉の意味を、僕はようやく理解したのだ。




 ◇




「逃げるのか? ウメェル」

「はぁ、はぁ……ッ、ヴェリシャス……ッ!」


 身を焦がすほどの衝動に襲われ、思わず駆け出したウメェル。気が付けば周囲は木々に覆われている場所に立っていた。そんな場所で、ウメェルはライバルであるヴェリシャスと再会した。


「配信で見ていたぞウメェル。やはりお前は試練を突破できなかったようだな」

「~~~~ッ! なんのつもりだヴェリシャス! 資格なしだと言われたオレを笑いに来たのか!?」


 ゲームの中のはずなのに、こんばこというゲームは忠実にウメェルの絶望と挫折を描写していた。


「お前の言う通りだった……ッ! ジャン流の技術を持っているオレは極意を継承できず、それどころかジャン流と関係ないセンリがあの試練を突破した……ッ、やはりオレにジャン流の極意を受け継ぐ資格なんてないんだ……ッ!!」


 膝をつき、まるで子供のように項垂れるウメェル。そんな彼をヴェリシャスは黙って見ていた。


「教えてくれヴェリシャス……いったいこのオレに足りないものはなんだ……」


 料理人としての自信もライバルとしての矜持すら失くして、ウメェルは自分より先に行っているヴェリシャスに縋った。そんなかつての輝かしい姿すら失ったウメェルに対し、ヴェリシャスはゆっくりと口を開く。


「……『オープンキッチン』」

「……え?」


 その瞬間、ヴェリシャスの周囲にキッチンが現れた。そして改めて気付く。同じスキルであっても真新しいウメェルのオープンキッチンよりも、まるで使い込まれたかのような雰囲気を見せるヴェリシャスのキッチンの姿に。


「今頃気付いたか馬鹿め」

「お前、このキッチンはいったい……」


 黙々と調理を始めたヴェリシャスにウメェルの疑問が口から出る。そんなウメェルの言葉にヴェリシャスは言葉を紡いだ。


「……極意を探しにこのゲームを始めたお前は、ただひたすらに現実世界と同じ材料を調べ、現実世界の自分の力量に似せるよう行動していたな」

「ッ!? お前、何故それをッ!?」

「お前のやりそうなことだ。想像するのも容易い」


 ヴェリシャスの言葉にウメェルは気まずそうに顔を逸らした。


「自分の実力に自信を持っていたお前は、現実世界のスペックを再現すればゲームの中でも全て解決できると思っていそうだな」

「グッ……」


 図星だった。


「さぁできたぞ」

「できたって……早くないか?」


 調理を開始してから数分も経っていない。その割に出てきたのはそれなりに時間が掛かるシチューだった。


「当然だ。スキルで時短したからな」

「なっ、そんな邪道な――」


 ウメェルは生粋の手作り派だ。全自動調理マシンだったフードキングは当然として、ゲームのスキルを使った時短や調理すらも邪道であると嫌っていたのだ。だがそんなことを言うウメェルに対し、ヴェリシャスは目を細めて青筋を浮かべた。


「良いからとっとと食べやがれこのゴミカスがァーッ!!」

「ゴバァーッ!?」


 一気に熱々のシチューを口の中へと流し込まれるウメェル。その瞬間、天にも昇るような幸福が体中へと走っていった。




 ◇




「ハッ!? こ、ここは!?」

「ここは俺の記憶の中の世界だ」


 気が付けば、ウメェルは見知らぬ場所に立っていた。いつの間にか隣にいるヴェリシャスも含め、体が透き通っていた。


「記憶の中だと!? いつの間に!?」

「俺の料理を食べてからだ」


 そう、ここはヴェリシャスが作ったシチューがあまりの美味しさによってウメェルがトリップした世界だったのだ。


「……俺はお前に、極意を探すお前の状況を説明したな」

「あ、あぁ……」

「……お前は偉いよ。俺なんかよりもよっぽどジャン流に真摯だ」

「……なんだって?」


 突如発せられたヴェリシャスの不可解な言葉にウメェルが聞き返そうとした瞬間、この場所に見知らぬ声が響いた。


『おーいヴェリシャスー! 早く行こうぜー!』


 見知らぬパーティーの集団が、いつの間にかいた透明になっていないもう一人のヴェリシャスに声を掛ける。そんな彼らの声にそのヴェリシャスは――。


『あぁ! 今行くぞー!』


 見たことのない笑顔で、手を振ったのだった。


「……は?」

「……」


 クールなライバルからかけ離れた顔にウメェルは呆然とする。その隣で、ヴェリシャスは顔を赤くしていた。


「……俺は、極意を探すという使命すら忘れて……ただひたすらこのゲームの中を遊んでいた」

「はぁ?」

「しょうがないだろ、楽しいんだから!!」

「えぇ……」


 目の前の光景でパーティーを組んだヴェリシャスが、楽しそうにモンスターを狩り、サブクエをこなし、料理を作っていた。


『やっぱヴェリシャスの料理って美味すぎィ!』

『ここがゲームの中で良かったー!』

『現実だったら無限に食えないしな!』


 ヴェリシャスの作る料理によってパーティーメンバーが幸せそうに笑う。そんな彼らの表情を見て、ヴェリシャスもまた嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「あれって本当にお前か?」

「うるさい!! ……コホン、つまりだ」


 有名料亭の子供として生まれ、良き後継者になろうと料理を研究していたヴェリシャスが初めて自分ではなく他人のために料理を作った。ヴェリシャスは他人のために料理を作る楽しさに目覚めてしまったのだ。


 そしてその結果、皮肉なことに真摯に修行をしていたウメェルよりもヴェリシャスの腕前が格段に上がってしまった。だがそれでも。


「今の俺に極意を継ごうとする熱意はない……はっきり言って、俺はもうどうでもよくなったのだ」

「なッ!?」

「レースに参加し、仲間と釣りをしたんだ。それに最近はロボット大会にも参加したんだぞ」


 その時の報酬で得た希望カタログを見て、ヴェリシャスはふとジャン流ウレシ味の極意とそれを探し求めるライバルの存在を思い出した。


「おい!?」

「思い出したんだから許せ」

「お、オレは今までどんな思いで探してきたと……ッ!」

「まぁつまり、思い出した俺はその希望カタログで極意の場所を探し当てたというわけだ」


 一時は狂うように極意を探し求めていたのだ。だからこそ前と同じ熱意は持っていない物の、希望カタログで目当てのリワードの場所を引き当てることができた。


「だが結局、俺は試練を受けに行かなかったんだ」


 恐らく試練を受ければ極意は貰えるだろう。だがそんなことは最早興味はなかった。あったのはそれよりもこのゲームを仲間と共に遊びたいという思いだけ。


「ヴェリシャス……」

「資格がないのは俺もだったんだ」

「……」

「あの時言った通り、確かに今のお前には極意を継承する資格はないだろう。だが誰よりもお前が一番ジャン流に相応しいのは確かなんだ」


 ヴェリシャスの言葉にウメェルが目を見開く。


「こんなところで何を燻ぶっている? 技術と才能を否定されただけでお前の料理は腐るのか? 今一度見つめ直せウメェル! お前いったい何のために料理を作りたいと思った!?」

「お、オレは……世界の胃袋を掴むために料理を……」

「そのきっかけはなんだ!?」


 ――きっかけ。


 きっかけとは何だろうと考える。料理を始めたきっかけ。料理で世界の胃袋を掴むと夢を持ってしまったきっかけ。


 ふと、一人の少女の笑顔が思い浮かんだ。


「ヴェリシャス……オレ、もう一度頑張ってみるよ」

「……そうか」


 答えはまだない。

 それでも道は見えたような気がした。


 そんなウメェルにヴェリシャスは笑みを浮かべる。


「だったら行け。もう二度と俺の前で泣き言を言うな」

「あぁ、すまん……そしてありがとう!」




 そうして、ウメェルは駆け出したのだった。

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