第5話 目覚めるクッキング
「できたぜ!」
「これは……」
生き残った十人の信者たちを含め、僕たちの前に置かれたのは一見してクリーム色の餡がチャーハンの上に乗っている料理だった。目の前の料理に首を傾げている僕たちにウメェルさんが料理の名前を説明する。
「チーズあんかけチャーハンだ」
「何故チーズを?」
「そもそもどうしてあんかけチャーハンをチョイスしたんだ……?」
僕たちの疑問を代弁したリョウ。そんな彼にミリンさんが代わりに答えた。
「確かジジイの好物言うとったな」
「あ、好物なんだ」
公平な審査というのなら、例え好物を出されても評価に影響するとは限らない。だけど全く影響しないわけじゃないのも確かだ。
だから少しでも影響して良い評価を得られるならと、ウメェルさんはオル太老の好物をチョイスしたんだろう。
「さぁ食べてくれ!」
「ふむ」
『い、頂きます……』
レンゲで恐る恐るチーズあんかけチャーハンを掬い、そして口の中へと入れた。
その瞬間――。
◇
全信者が泣いた待望のドラマ、開幕。
「もう僕たちは会わない方がいいよ、リョウ炒飯」
「何言ってんだよセンリ餡!」
雨が降る夜に二人の人物が争っていた。
センリ餡の突如として発せられた別れの言葉にリョウ炒飯が肩を掴む。そんな悲しそうな表情を浮かべるリョウ炒飯にセンリ餡は目を伏せて言葉を紡いだ。
「リョウ炒飯はパラパラな食感が売りの食べ物なんだ……そんな君の隣に僕がいたらトロトロになってリョウ炒飯の強みがなくなるんだよ!」
もう長い間、他人からセンリ餡にリョウ炒飯は似合わないと言われ続けてきた。だからセンリ餡はリョウ炒飯の前に現れないことを決めたのだ。
だがそんなセンリ餡にリョウ炒飯は声を荒げた。
「違うんだセンリ餡!!」
「リョウ炒飯……?」
「俺の強みがなくなる……? そんなわけないじゃないか! 寧ろお前と一緒にいることで俺たちは何倍にも美味しくなっているんだよ! トロッとしたあんかけスープにチャーハンの食感が引き立て合う料理が俺らなんだ! 一回もあんかけチャーハンを食べたことない奴らの戯言を聞くなよ! 俺らいったい何年一緒にいると思ってんだ!」
リョウ炒飯の叫びにセンリ餡の頬に涙が伝う。
「だからっ……別れるなんて、言うなよ……!」
「リョウ炒飯……!」
「センリ餡……!」
こうしてセンリ餡とリョウ炒飯はまた一つになる。だがそんな二人に、雨に濡れながら現れた人物がいた。密かにリョウ炒飯を狙っていた彼女……みるぷーチーズお姉さんがセンリ餡を睨みつけていたのだ。
「この泥棒猫」
「っ、お姉さま!?」
複雑に絡み合う三人。ドロドロしながらも紡がれる一つのドラマに誰も目が離せない。そう、これがチーズあんかけチャーハンの物語。
――愛に満ちた、奇跡の物語だ。
◇
『ハッ!?』
我に返った僕たちは目の前に置かれたチーズあんかけチャーハンを見る。トロッとした餡にチーズの風味。それでいて損なわれないチャーハンの美味しさ。
「美味しい!」
「何杯でも食えるぞこれ!」
「うめぇうめぇ」
『これ無限に行けますよ教祖様!』
信者たちも一字一句同じセリフで評価している。コメントを見れば僕たちのリアクションによる反応で賑わっていた。
:くそぉ! 飯テロ回が続くなぁ!
:ところで先程の寸劇は……
:↑シッ!
:美味いものを食べた時に見えるリアクションか何かか?
:漫画とかアニメの世界かと思ったぜ……
いやあまりの美味しさについ体がリアクションを……取り敢えず味は絶品で何も文句はない。これならオル太老から極意を貰えることも……!
「おぉ美味しいのぉ!」
『っ!』
オル太老が絶賛しているのを見て僕たちはお互いを見合った。ウメェルさんもまたオル太老からの好感触に口角を上げている。
しかし。
「――じゃが、美味しいだけじゃ」
「……え」
さっきまで幸せそうな表情をしていたオル太老が突然鋭い目つきを浮かべてウメェルさんを見た。
「この程度では極意は授けられん」
「な、ど、どうしてだ!?」
「まだ分からんか?」
オル太老の問いにウメェルさんは答えられなかった。そしてその沈黙こそがオル太老の問いに対する答えになっていた。
「ならお主はまだその資格がないということじゃ」
「っ! オル太老さまはNPCだから分からないんだ! これが本物の爺さま……いや、現実世界だったら――」
「同じことじゃ」
「っ!?」
受け入れられないウメェルさんにオル太老がバッサリと切り捨てた。そして先程よりも厳しい眼差しをウメェルさんに向け、口を開く。
「この
「あっ……」
オル太老の言葉にウメェルさんが膝をついた。
「出直して参れ。そして料理とは何かを再び考えよ」
「待っ」
去っていくオル太老に手を伸ばすウメェルさん。だがそれでも、オル太老の歩みは止まらず、そのまま寺の中へと入っていった。
それからしばらくして。
「……ウメェルさんは?」
「……」
僕の言葉にミリンさんが首を振った。ウメェルさんは今、このジャン流寺の一室に籠っている。ミリンさんの言葉にも反応せず、数時間が経っていた。
「ウメちゃんは……天才やった」
「ミリンさん?」
「幼少の頃からの経験と料理に対する天才的な感覚で、ウメちゃんはジャン流の技術を吸収していったんや」
だけどそんなウメェルさんは、ここ最近ヴェリシャスさんに技術力も料理の味も引き離され、こうしてヴェリシャスさんとオル太老の二人に二回も否定されてしまった。その衝撃はきっと、僕たちでは推し量れないものだったのかもしれない。
「どうしてオル太老はウメェルさんに極意を授けなかったんだろう」
「……」
あの料理は間違いなく美味しかった。オル太老も美味しいって言ってくれたのに、それでも資格なしと判断した。
「……」
――お前は焦っている。
ヴェリシャスさんの言葉が脳裏に過る。その他にも、覚悟が足りないことや理想だけでは胃袋を掴めないとも言っていた。
きっとヴェリシャスさんは何かウメェルさんが極意を会得出来ない理由を知っていたのかもしれない。
「……多分やけど」
「え?」
「なんとなく、分かったかもしれへん」
そう言うミリンさんの顔は悲しんでいるように見えて、僕はミリンさんを問いただす勇気はなかった。ミリンさんも誰かに言うつもりもなく、このまま僕たちは解散したのだった。
◇
「ねぇ、美味しい料理ってだけじゃ駄目なの?」
「なーに? 今日の配信のこと?」
「うん」
夕食を準備するお母さんの手伝いをしながら、僕はふと思っていた疑問をお母さんに話した。お母さんも僕の配信を見ているから事情を知っているだろう。その上でお母さんもずっと僕たち家族に料理を作ってくれているから何か知らないのかなんとなく聞いてみたのだ。
「料理は美味しければいいのよ」
「いや、確かにそうだけどさ……」
なんともないように発した言葉に僕は脱力した。
「だってウメェルさんの料理は美味しかったんだよ? それなのにどうしてウメェルさんは極意を貰えなかったのさ」
美味しかったらそれでいい。それが真理ならあの試練は突破できていたはずだ。なのに結果は違ったんだ。そんな僕の疑問に、お母さんはうーんと一瞬悩んだ後自分の考えを披露した。
「じゃあ美味しい以外の理由があったのかもね」
「えぇ……そんな簡単に言う?」
さっきの理由と全然違うじゃないか。
「だってウメェルさんはオル太老の好物を出したんだよ? 美味しい以外にもちゃんとオル太老の好みに寄せてたんだよ」
「でもねぇ」
僕の言葉にお母さんは調理をする手を止めずに答える。
「それって本物のお爺さんの方の好みでしょ?」
「……え?」
「いくら本物と似せたからと言ってそれが本物と言うには違うじゃない。本人もそう自覚して名乗っているわけだし」
「あ……」
じゃあ、そもそもの好みが違っているってこと……?
「ねぇ千里」
「なに、お母さん」
考え込む僕に向かって、お母さんは笑みを浮かべながら聞く。
「今日の夕食、何食べたい? なんでも作ってあげるわよ」
「……僕は――」
僕は多分、理由が分かったのかもしれない。
◇
「――合格じゃ」
「……え」
オル太老の言葉にウメェルさんが呆然と声を漏らす。オル太老が合格と言ったのはウメェルさんじゃない。
「まさかお主が先に到達するとはのう……センリ」
「……」
料理を作り、合格を言い渡されたのは他でもない。この僕だったのだ。
『条件を達成しました』
『『ジャン流ウレシ味の極意』を習得しました』
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