第3話 見よ、これが闇のクッキングバトル

 闇のクッキングバトル。


 それは互いのプライド、技術、味を競う闇の決闘。勝者は名誉を、敗者には烙印が与えられ、今後の料理人人生が左右される決闘法の一つ。


 ……らしい。


「なにそれ知らない」


 :冗談で言った闇のクッキングバトルが現実に……?

 :闇のクッキングバトルってなんだよ

 :闇もあれば光もあるのかよ

 :↑それはただの料理対決なんよ


 駆胃堕俺くいだおれの皆さんからそう説明を受けても理解できない。一応このゲームにはお互いの料理の出来を審査して競う従来のクッキングバトルミニゲームがあるんだけど、闇のクッキングバトルは流石に聞いたことない。


 そんな僕たちに総長っぽい人が不敵に笑みで説明を続ける。


「お前らが勝てば俺らは潔く引こう……だが逆にィ! 俺が勝てばその極意とやらは俺たちが頂くゥ!」


 荒唐無稽な条件の癖に堂々と宣言されると妙な説得力を感じるなぁ。


「……」

「センリ?」




『メタトロンフォール、スタンバイ』




『待て待て待て待て』


 黙ってコールデバイスで天空勇者メタトロンMk-IIを呼び出そうとしたら一斉に制止された。


「何してんだテメェ!?」

「いやロボットを呼ぼうかなって」


 このまま大豊山まで飛んで先に極意を手に入れれば全て解決かなって。そっちの方が早いと思いますし。


「いや空気読もうぜセンリちゃ~ん」


 なんでここでみるぷーお姉さんも文句言うの? あなたさっきまで「カーチェイスなしかよちくちょうめー」って言いながら不貞腐れてたじゃん。


「いやだってどうしてそんな条件で勝負しなくちゃいけないのか分からなくて……」

「テメェ敗者以前に論外だぞォ!? 断ったら一生三流料理人いや、料理人としてのプライドを捨てた野郎として料理人人生が終わるんだぜッ!?」

「そんなに?」


 先ず一般人に対する認知度の低さからして、その仕組みがちゃんと適用されるかどうか分からないんですけど。


「テメェそれでも料理人かァ!?」

「いや吟遊詩人ですけど」


 まぁ確かに今のジョブは料理人か。でも料理人要素が頭のコック帽と背中の調理器具以外完全に暴走族のあなた方に言われたくないよ。


「チッ、気乗りしねェのは分かったぜ……だがそこの兄ちゃんはやる気満々らしいなァ?」

『え?』


 総長の言葉に僕たちは振り返る。

 するとそこには、灰の状態から色を取り戻したウメェルさんがいた。


「ウメちゃん!? もう大丈夫なんか!?」

「料理人たるもの……クッキングバトルを挑まれたら必ず受けなければならない!」

「そうなの!?」


 なんかここだけ料理で全てを解決する世界観の漫画みたいな雰囲気なんだけど。

 いやぁ怖いなぁ……料理人の世界ってこんなに殺伐してたんだ(白目)。


 :んなわけないやろ!

 :料理人に対する変な風評被害が広がっていくw

 :全国の料理人に謝れ


「さァ役者は揃ったなァッ~!」

「ウメェルさん、大丈夫なの?」

「あぁ……クッキングバトルを挑まれたからな。例え心が折れても、オレはそれでも勝負を続けなくちゃいけねぇ。そう――」




 ――ジャンの名に懸けて!




 そう言うウメェルさんの目は情熱に溢れていた。これはもう僕たちがどうこう言ってもウメェルさんは止まらないだろう。


「テメェらキッチンを用意しろォ!!」

『押忍!!』


 総長の掛け声によって下っ端たちが自分たちのバイクを解体してキッチンへと仕上げていく。バイク兼キッチンってなんだよ。


「『オープンキッチン』!」


 対してウメェルさんは料理人スキルの一つである『オープンキッチン』を使用。これによって料理人であるウメェルさんの周囲にキッチンが自動的に展開されていく。


「さぁ両者、自分たちのバトルフィールドを展開し終えましたぁ! 試合形式はタイマン、スペシャリテ、ノーサイドバトル! 果たしてどちらのソウルが勝敗を決するのかぁ! 実況はみるぷーお姉さんと解説役のリョウでお送りしまぁーす!」

「なんか俺巻き込まれてる……」

「なんでみるぷーお姉さんは実況できるのさ」


 みるぷーお姉さんってレース専門の人でしょ。なんでクッキングバトルの仕様を把握できているの?


 :一対一、得意料理で勝負、サイド品なしか

 :キッショ、なんで分かるんだよ

 :クッキングバトルのミニゲームってそんな本格的な実況とか存在するのか

 :ひょっとして俺らが知らないだけで結構有名なのかクッキングバトルって


「そこのところどうなんだ?」

「適当に言った!」

「それで進行できるなら凄いね……」


 :おいwww!

 :やっぱみるぷーお姉さんは駄目だ

 :信じた俺らが馬鹿だった


「ウメちゃん……!」


 最初に動き出したのは駆胃堕俺くいだおれの総長だ。

 ウメェルさんは腕を組んで彼らの調理を冷静に見ている。


「豚骨を鍋に入れてお湯で沸かし……その隙に麵を茹でている……まさか総長選手が作っている料理は……ッ!?」

「ラーメンだろあれ」


 紛うことなきラーメンだアレ。まさか総長の得意な料理がラーメンとは。インスタントなら暴走族風の風貌とマッチしているけど、あれは間違いなくラーメン屋の本格的なラーメンを調理しているような光景だ。


「へぇラーメンか」

「おいおいどうしたァ? 俺の調理に見惚れてまだ何も作ってねェじゃねェか!! もしかして諦めたのか、アァ~ン?」

「いいや、ただ作る料理を見ていただけだ」

「何ッ!?」


 ここでウメェルさんも調理に入る。

 だがその調理工程は――。


「まさか、テメェもラーメンかッ!?」

「あぁ! オレは相手の土俵に立って真正面からぶつかるクッキングスタイルだ! 果たしてどちらのラーメンが上か決めようじゃないか!」

「ふ、ふざけるなよテメェ!? 得意料理の勝負だぜ!? それで俺の得意料理と同じ料理を出して勝てると思ってんのかァ!?」


 普通に考えれば総長の言葉通りだ。わざわざ相手の得意料理と同じジャンルの料理で戦うのはあまりにも不利。だけどそれでも、ウメェルさんの顔に一点の曇りはない。


「オレの得意料理は――全部だッ!」


 その瞬間、ウメェルさんの腕に残像が生まれ調理スピードが跳ね上がった。


「なにあれー!?」

「スキルを使った形跡はない……もしかして自前の技術かアレ?」

「あれはジャン流の技術を習得した末に備わった純粋な基礎技術や……! ジャン流の技術を収めた者は超人の如く能力を発揮するっちゅう奴や!」

「料理人の話だよね?」


 もうなんか世界観変わってるんだけど!


「……面白ェーじゃん……!?」


 そんなウメェルさんの姿を見て、牙を覗かせるように獰猛に笑う総長。そうして調理を続けていた彼らだが、先にできたのは。


「できたぜェ! これぞ俺ら駆胃堕俺が代々受け継いだ究極のラーメン!! 走りに疲れた体を充填する秘伝の豚骨醤油スープに噛み応えのある麺! 更にはヤングな奴の腹を満足させる野菜とチャーシューの真理亜樹マリアージュ!!」


 ドンッ! と僕たち審査員の前に山のようにトッピングがされたラーメンが出される。ニンニク特有の強烈な臭いと共に暴力的な香りが僕らの食欲を殴って来る。


 これが総長が作った究極のラーメン――。


「――全魔死ゼンマシ猪喪嵐真チョモランマ羅亜麺ラーメンだァッ!!」

「いや完全に二郎系ラーメンじゃん……!」


 僕の顔よりも大きい大盛のラーメンに圧倒される。というか僕、二郎系のラーメンとか食べたことないんだけど、初めて食べる二郎系がこれでいいのか。


「た、食べきれるかな……」

「公平を期すために満腹感はカットされてるから大丈夫だぞ」

「そ、そっか……」


 それにしても麵が見えないな……取り敢えず上の野菜を食べてみようか。


「……シャキシャキしてて美味しい」

「おいセンリ、チャーシューも食ってみろよ」

「わっ、凄い弾力! でも美味しい!」

「噛み応えあるぅ~!」

「おぉなんやこれ美味いなぁ」


 野菜を半分まで食べてもやっぱり下の麺が見えないなぁ。ふと隣を見ると、みるぷーお姉さんが片手のスプーンで野菜を上から押して、箸で下にある麺を上に持ってくる光景が見える。


「あれは天地返しだな」

「そうすれば麺を食べられるのか……」


 試しに四苦八苦しながら天地返しを試みる。……あっ、野菜がちょっとだけお皿から零れた……でも天地返しには成功した。


「美味い!」


 麺は硬く、そして太い。でもそれが十分な嚙み応えがあって、さっきまでスープに染み込んでたから味も美味しい。これがリアルだったら最初の野菜でノックアウトだったけど、いくらでも食べられるゲームだからこそ最後まで完食できる。


 そして。


『ごちそうさまでしたぁ』

「良い食べっぷりだったぜッ!」


 僕たちは駆胃堕俺総長さんのラーメンを完食したのだった。


 :クッソ腹減ってきたな……

 :まさかの飯テロ回

 :トンチキな格好してる癖に良いもん出すじゃねぇか

 :ラーメン作って来る!


「へッ、次はお前の番だぜ」

「……」


 総長の言葉に対しウメェルさんは無言で返す。しかしウメェルさんのもラーメンだよね。満腹感はないけど総長さんのラーメンで満足感を感じていて、はっきりいってラーメンはもういいかなって思ってるんだけど。


「……これが同じ料理を出す弊害って奴か」

「あー連続で同じ系統の料理とか出されると飽きてくるんだよねー」


 リョウとみるぷーお姉さんの言う通りだ。ウメェルさんを贔屓もとい味方になりたいけど、はっきり言ってかなり分が悪すぎる。だけどウメェルさんの顔に動揺はなく、それどころか幼馴染であるミリンさんも余裕の表情をしていた。


「果たしてそれはどうかな」


 ことっ、と置かれるどんぶり。

 するとそこには。


『!?』


 透き通ったスープに綺麗に並べられた麺。


 ――ただそれだけ。


突飛ン愚トッピング、なしだと!?」

「確かにお前のラーメンは味も良かったのだろう。だけどそれでもメインは『量』だ! お前はこの勝負、味で競うべきだったな!!」

「なんだとォ!?」


 ウメェルさんの言葉を聞きながらスプーンでそっとスープを掬い、飲む。その瞬間だった。


『――!?』


 ここはどこだろう。


 透き通った海が僕たちを包んでいる。海に揺られ、僕たちの意思が海に溶けていくように感じられる。だけどそんな状況に陥っても、僕たちはいいかと気にしていない。もっと奥まで、骨の髄までこの海を漂いたいと僕たちは思っているのだ。


『……ハッ!?』


 ふと、僕らは我に返った。誰もが信じられないような表情で目の前のどんぶり……いやスープを見ている。


「な、何が起こったんだ?」

「あたしたち、さっきまでどこに……?」


 震える手で今度は箸で麺を口に持っていく。だ、駄目だ……あまりの美しさに口じゃなく目に入りそうになる。


『……っ!』


 だけど意を決して口を開き、麺を啜る。

 そして、僕たちは一斉に目を見開いた。




 ◇




「おーい! センリもこっち来いよぉ!」

「分かったー! 今行くー!」


 僕たちは今、海に来ていた。


 麺でできた浜に、良い匂いを漂わせる海。そんな海に、僕たちは水着を着て遊んでいたのだ。お母さん、そして祭里と一緒に買った姿でリョウやみるぷーお姉さん、ミリンさんと一緒に走り出す。


 歩くだけで、麺浜の心地よい弾力が足に伝わり幸せを感じる。麺浜を掬ったリョウが僕に向かって投げる。


「ほーれ!」

「わっ、やめろよー!」


 悪戯してきたリョウに、僕も麺浜を指で掬って投げる。遠くではみるぷーお姉さんとミリンさんが海で競争していた。


「ほら、センリも泳ごうぜ」

「うん!」


 リョウの手を掴み、一緒に走り出す。


 この夏の主役は今、僕たちだった。




 ◇




「この勝負……ウメェルさんの勝ちです……」


 :今変な光景見なかった?

 :おかしいな……目の前で水着回が流れたぞ

 :50000¥/ センリちゃんの水着姿を幻視した!

 :50000¥/ センリちゃんの水着きたあああ!

 :【G・マザー】50000¥/ 今度水着を買いに行きましょうねー

 :【A・シスター】やったー!


 なんか集団幻覚起きてない?


「ど、どうしてッ!?」

「ここはゲームの中だってことを忘れてないか?」

「!?」


 驚愕のあまり膝をついた総長にウメェルさんがゆっくりと語る。


「二郎系ラーメンは満足感と同様に満腹感もあってこその二郎系……だがこの勝負に満腹感はない! だからこそ、お前らはより味で勝負すべきだったんだ!!」

「そんな馬鹿な……!?」

「だが満腹感という勝負でも、オレの勝ちは揺るがない!」

「なん……だと!?」


 彼らのやり取りを見ていると、ふとした違和感が襲った。下に目を向けるとそこには、無意識にお腹を撫でる僕の手があったのだ。


「なにこれ……なんか、満腹感を感じる……!」

「な、なにィ!?」


 そう、この勝負に満腹感はオフにされている筈なのに、僕のお腹は満腹感に満たされていた。


「こ、これは不正か!?」

「いいや不正じゃない」


 ウメェルさんの言葉に僕たちは呆然と彼を見る。


「ジャン流の者が作る料理には人の満腹感を刺激する技術が存在している! 例えゲームの中でも、現実の満腹感を刺激して疑似的に満腹を感じさせることができるんだ!」

『な、なんだってーっ!?』


 ジャン流の技術……なんて恐ろしいんだ!


「これぞジャン流ウレシ味の究極奥義……『光と闇の狭間にある特異点的ラプソディー』!!」


 圧倒的な実力を持つウメェルさん。だけど、そんな実力を持つウメェルさんでも勝てなかったヴェリシャスさん。僕らは今、ようやく事態の重さを理解できたような気がした。

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