サブ5 黄金の手は胃袋を掴む

第1話 探してみろ極意はそこに置いてきた

 ジャン流の歴史は意外と短い。


 旨味の発見の裏に、新しい味覚を密かに発見した男がいた。その男の名はジャン。だが彼はウレシ味を公表することもなく、ただ己の利益のために、他者の料理から優位に立つために秘匿した男だった。


 それから数年が経ち、初代ジャンから技術を受け継いだ二代目ジャンを開祖とした、ウレシ味を刺激するジャン流が闇の世界で生まれたのだ。


 そして数百年後の現在。


 某国の山奥にて、二人の青年が三代目ジャンから技術を学び、次代のジャンとなるべく修行をしていた。


「良くぞここまで来た」


 三代目であるジャン老師が二人の若者を称賛する。ジャン流ウレシ味の修業は過酷だ。ジャン老師からの課題で料理を行い、作ったものを食べる修業は場合によっては腹を下し、下山する修行者も存在するほど。


 だがこの二人の若者は過酷な修行を最後までこなした稀代の天才といっていい料理人だった。


「ヴェリシャスとウメェル……其方らの名前に『ジャン』を付ける許しを与えよう」

「ありがとうございます、老師」

「サンキュー爺さま!」

「……神聖な場だぞウメェル」

「ほっほっほ、よいよい」

「ほらな!」


 ヴェリシャスとウメェルは兄弟弟子だった。兄弟子であるヴェリシャスは理論と技術を、弟弟子であるウメェルは経験と才覚といった武器を持っており、それぞれ違いはあるものの、二人の料理の力は拮抗していた。


 互いが良きライバル、良き兄弟。

 しかし。


「四代目ジャンとなる者はただ一人……」

『……』

「そしてそれは其方たち二人の内どちらかじゃ」


 ジャン老師の言葉に二人は黙り込む。


「技術に関しては何も教えることはない。だがそれだけでは四代目ジャンの資格を受け継ぐには足りん」

「じゃあどうすればいいんだ?」

「……」

「……ジャン流ウレシ味の極意じゃ。それを手にしたものこそが四代目ジャンとなるのじゃ」


 極意。


 その言葉を聞いて二人は目を見開いた。この修行で二人は秘伝やら奥の手やら最終奥義といった技術を習得したものの、極意と呼ぶそれは初耳だったのだ。


「その極意とやらはいったいどこに……?」

「それは……」

「それは!?」


 不気味なほどの静寂が周囲に流れる。ヴェリシャスとウメェル、二人ともジャン老師の言葉を待ち続け、ついに老師の口が開かれた。


「極意の場所は――」

『ゴクリ……!』




「――『こんばこ』の中にある!」




 一瞬の沈黙。

 そして。


『はああああああ!?』


 二人の絶叫が、山奥に響いた。




 ◇




「――ちゅうわけで……このゲームのファンやったあのジジイは、リワード提供者になりたいっちゅう思いから数百年の間秘匿されてきた極意をこのゲームのどこかにやったんよ」

「とんだファンキージジイだなぁ」


 とあるカフェにて、きっかけとなる話を終えたミリンさんにリョウが苦笑いを浮かべながらツッコミを入れる。


「ところでなんでここにリョウが?」

「配信を見て面白そうだったからつい」

「……運営の一員になれる素質あるよ」

「シャレにならねぇことを言うのやめろ」


 :やったあああああ!!

 :リョウとセンリのコラボ回だああああ!!

 :リョウまで出てくるとか神回確定ですこれ


「そんで二人はこれまで極意を探すためにこのゲームをプレイし続けとったんやけど、気ぃ付いたらどんどん力量に差が付いてしまってなぁ」

「それで二人の決着ということであのクッキングバトルが始まったんだ……」

「うん、分からん」


 :理由聞いても分からないのは何故?

 :どうして料理で人死にが出るんです?

 :やってたのは闇のクッキングバトルだった?


「単に心が折れただけやな」


 ミリンさんの隣を見ると、そこには白く灰になったウメェルさんがいた。あれからウメェルさんは微動だにせず、ただミリンさんの支えで動くだけの抜け殻になっていたのだ。


「折れただけで済ませていいのか……?」

「そもそもの話、そのジャン流とかウレシ味の極意とかって配信に乗せてもいいの?」


 思いっきり闇の世界とか、秘匿されたとかいうワードが並んでたけど。


「大丈夫やで。リワードの提供で今更やし、それにあのジジイは山奥で配信してジャン流の技術を披露してるから」

「なにやってんの!?」


 もう何もかも曝け出してて先代までの人たちが浮かばれないと思うの。これが娯楽ファーストとなった世の中の影響というわけか……。


「……そう言えばミリンさんってウメェルさんたちとどんな関係なの?」

「ウチか? ウチはジャン流の老師……つまりあのジジイの孫娘やな。たまにジジイの様子を見に山を登ってて、この二人と遊んでた仲や」


 :つまり幼馴染か

 :ほぉ、理想的な三角関係になりそうな奴ですね

 :幼馴染同士の三角関係は重いんでNG


「ミリンさんもジャン流というものに?」

「いや? ウチは母ちゃんの代からジャン流と関わってへんで。それにウチってそないにマジで料理の技術を学ぶとか勘弁って感じやし」

「お、おう……」


 あっけらかんな反応を見せるミリンさんにリョウが困惑している。まぁ確かに隣にジャン流とかいう料理の技術に身を捧げている人の横で言う物じゃないしね。


「料理っちゅうもんは楽しく作って、美味いもん食えたらええしな」

「へぇ……それじゃあ極意を探している二人の手伝いはしてないのか?」

「いや、手伝いはしとるで」


 そう言ってミリンさんは照れくさそうに笑うと。


「……幼馴染の夢を、応援したいからな」


 そう言ったのだった。


 :これは理想の幼馴染

 :どこぞの幼馴染と似てますねぇ!

 :いったいどこの幼馴染かなー?


「……うるさい」

「ははは!」


 コメント、ジャマ。

 ボク、オマエ、マルカジリ。


「つっても、ヴェーやんからはウメちゃんの方を優先しとけって言われとるんよなぁ……」


 ヴェーやんって……ヴェリシャスさんのことか。確かにライバルのはずなのにウメェルさんに塩を送る行動を取るのはなんでだろう。


「うーん……ゲームをやり始める前はお互い拮抗してたはずなんだろ? なのに今じゃあ料理の腕はヴェリシャスが上で……随分と余裕があるよな」

「そのせいでウメちゃんは今猛烈に焦っててな……せやさかいエクストラハンターであるセンリちゃんに声を掛けたんやと思う」


 さっきから思ってたけどそのエクストラハンターってなんなの……。


「やっぱ知らないのか」

「……字面からして予想付くけど」


 :現状、歴代エクストラリワード最多取得者ってセンリちゃん一人だけなんよ

 :ってか一つだけならまだしも二つ目はね?

 :だからエクストラハンターって呼んでんの


 エクストラリワード取得者ってそのままゲーム引退して長い余生を謳歌している人ばかりの印象がある。それに引退しなくてもそこから更にエクストラリワードを取得するのって今まで誰もいなかったはず。


 そう考えたら確かにエクストラリワードを三つも取得している僕ってかなり異常なんだなって……あれ?


「二つ目? 三つじゃなかった?」

「え?」

「……あっ」


 :センリさん?

 :心当たりあるんですか!?

 :直近で出てきたエクストラリワードで取得者の名前が公開されなかった奴って確か……


 ――これ、駄目みたいですね。




 ◇




 まぁなんとか話の軌道を修正して、ようやくミリンさんの話の続きを聞くことができた。問題なのは僕の実績を聞いてミリンさんが目を輝かせていることだ。


「流石エクストラハンターやな! センリがいればジャン流ウレシ味の極意を見つけられるかも知れん!」


 :逃がさん、お前だけは

 :あのバカップルクエがエクストラ報酬とか意☆味☆不☆明だよぉ……

 :あとでお母さんに言うように

 :【G・マザー】母は私だが

 :あ、はい

 :すんません、神の名を騙りました

 :【G・マザー】ここにASMRのセットが

 :神からの神託だ!

 :買え……ってコト!?

 :もう全種買ってありまぁす!

 :【G・マザー】あなたは良い人ですね許します

 :やったぜ。


 まだ茶番を続ける気かなこの人たち。


「というか、リョウもエクストラリワードを手に入れてるよね」

「いやいやいや……三つもエクストラリワードを獲得している伝説のエクストラハンターセンリ様の前ではとてもとても……」

「ぶん殴るよ?」


 取り敢えず殴っといた。

 顔面がめり込んで前が見えねェ状態のリョウを放って、僕はミリンさんに核心部分を聞く。


「それで……場所とかの検討は?」

「え? あー……」


 あれ、やけに歯切れが悪そうな様子だ。そう不思議に思っていると、ミリンさんは横にいるウメェルさんを気にしながら、彼に聞こえないよう顔を近付かせて小声で話を始めた。


「実は、場所自体は分かっとるんよ」

「……そうなんですか?」

「ただ」

「ただ?」


 躊躇うかのような様子を見せた後、意を決したミリンさんが話す。


「その情報ってヴェーやんから貰った奴なんよ」

「……え!?」


 ミリンさんという助っ人だけじゃなく、極意の場所すらライバルであるウメェルさんに提供するヴェリシャスさんの不可解な行動に、僕は混乱したのだった。

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