第5話 本当の姿を見せるヤツ

「な、なんだあれは!?」


 ミカエルたちが所属している会社の社長が悲鳴を上げている。それもそうだろう。予定調和と思われていた今大会に何やら得体の知れないロボットが突如として大きい爪痕を残したのだから。


「センリとそのマスクド・リプルとかいう選手を調べろ!」

『り、了解!』


 社長の命令に周囲の部下が忙しなく動き始める。そんな光景を見ながら、ミカエルたちは唯一の生き残ったウリエルから聞き込みを始めた。


「正確に教えてくれ、あそこで何が起きた?」

「は、はは……あの時話した以上の情報はありませんよ……」


 ウリエルの言葉に他の三人が互いに顔を見合わせる。本当にウリエルが話した言葉が全てなら最早完全な手詰まりだからだ。

 ウリエルの機体に設置されているカメラにも大会用のカメラを見ても、件の機体の全貌は見れなかった。


 何せ初参戦にしてノーマークだ。大会のカメラがそれぞれの選手を映しきる前に全てが一瞬にして蒸発した。そして残った映像も煙に包まれる例の機体のみ。どういう外見なのか一切分からない始末だ。


「で、ですが……」

「なんだウリエル」

「恐らく……今まで通りに『キラースパイダー』を運用しても決してあの機体には敵いません」


 ウリエルの言う『キラースパイダー』とは、サイモン・ロボティクスが制作したRBF用の機体……つまりミカエルたちが先程までに乗っていたロボットのことだ。現実にある『サイモンズ・インダストリー』のモットーである効率と合理を兼ね備えた理念の結晶とも言うべき機体。


 それをウリエルは敵わないと言うのはつまり、それらの理念を否定するということに他ならなかった。


 そしてそういう状況になったからこそ、ウリエルは何かを決断したかのような顔でラファとガブリエラに向けて言葉を発した。


「……今こそ、を使う時ですな」

「アレ? ……まさかウリエル、アレというのは以前お前から提案されたアレか? 馬鹿な、アレについては却下したはずだぞ!」

『……』

「? どうした二人とも、どうしてそこで黙る?」


 ウリエルの発言を聞いて、何か心当たりがあるラファとガブリエラが口を閉じて考え込む。この場で困惑しているのはミカエルだけだった。


「まさか二人とも……アレを受けたのか!?」

「しゃーねーだろ気にくわなかったんだから」

「ラファは面白いと思って受けましたー! 後悔なんてしてませーん」

「二人とも……っ」


 まさかの裏切りにミカエルは自分の胃から痛みが走って来る感覚がした。実際はゲームの中だから痛みは感じないものの、リアルで頻繁に感じているが故の幻痛だろう。


「……社長が怒るぞ」

「ま、職場の肩身が狭くなるのはごめんだな」

「ですが、私は本気ですぞ」

「ふーん、うりっち本気なんだー?」

「えぇ本気ですとも……!」


 ラファの言葉にウリエルがかつてないほどの笑みを浮かべた。


「あの光を見れば、押し留めていた本能が目を覚ますというものです! はーはっはっは!!」

「何が本能だ……年がら年中本能でしか動いていないお前が……」


 かつてないほどの興奮を見せるウリエルにミカエルは辟易とした。そんな時である。一人の部下が調査を終わらせたのか、社長の方へと報告に向かったのだ。


「報告いたします!」

「話せ」

「マスクド・リプルについては何も情報を得られませんでしたが、センリという名のプレイヤーについては情報を得ました!」

「ふん、不満ではあるが上出来だろう。そのセンリというプレイヤーだけでも話せ」


 部下の報告に四天王たちも聞き耳を立てた。


「はっ、数週間前に『カオス・イン・ザ・ボックス』を始めたルーキーであることが分かりました!」

「ルーキーだと!?」


 部下からの報告に社長や四天王を含めた誰もが驚愕する。始めて数週間のルーキーが少なくともロボットを制作し、大会常連だった自分たちの機体を一瞬で消滅させたのだ。それを驚かない者はいないだろう。


「何故ルーキーが……! くっ、取り敢えずアーカイブを調べろ! それであの予選に起きたことが分かるかもしれん!」

「ですが……」

「なんだ!?」

「公平を期すために、大会規定で他選手の配信を視聴することは禁止されています……つまり我々では彼女のアーカイブを見ることができません!」

「なにぃっ!?」


 部下から指摘された大会の規定によって社長が悲鳴を上げる。それもそうだ。戦闘中ならいざ知らず、配信によって手の内を晒されることは運営の本意ではない。当然大会中は参加者限定でそういう対策をしているのだろう。


「ねーねー! 貴方はセンリって言う人の事をと言ったけど、どこでその情報を手に入れたのー?」

「え、あぁ……普通に当選手のティーウイッターアカウントを開いてみたら、彼女の画像がヘッダーに……」


 ふと、純粋にそのような疑問を浮かべたラファが部下にそう尋ねる。すると部下は首を傾げながらも例のティーウイッターアカウントを全員に共有した。


 すると。


『可愛い……』

「でしょう?」


 ヘッダーに表示された照れながらもたどたどしくカメラに向かってピースを浮かべるに誰もが同じ感情を抱いた。そんな彼らの反応に報告しに来た部下が何故か誇らしそうに胸を張っている。


 そんな中。


「彼女だ……」

「えぇ、だから彼女ですよね」

「愛しの彼女だ……!」

『え』


 想像とは違ったミカエルの反応にこの場の誰もが耳を疑う。見てみればミカエルはヘッダーに映っているセンリの画像を食い入るように見ていた。


「ついに見つけたっ!」


 あまりの変わりように、周囲の人間は引いた。




 ◇




『あまりの事態に大会運営も大わらわ! だがしかし彼らはやってくれました! 興奮も最高潮な皆様のために、各選手たちから同意を得て今! トーナメント戦を開催しようと思います!』


 わああああああと司会の言葉に会場が大きな盛り上がりを見せる。あまりの速さに予選が終わったため、本来は翌日に始まるところを特例によって更に第一回戦、その第一試合の開始をすることにしたのだ。


『さぁ先ずは青コーナー! 大会の常連であり常勝のギルド! サイモン・ロボティクスが誇る四天王の一人! 機体登録名『キラースパイダー』! ガアアアアアブリエラアアアアア!!!!!』


 司会の言葉と同時に、青い光の奔流が青コーナー側のステージに注がれ、光が収まるとそこには四角い動体に巨大な数本の腕が生えたロボットが現れる。

 これは地面に固定などの理由によって移動困難なロボットのために使われる転送装置だ。


 ――さて。


『そして赤コーナー!!』


 司会の言葉に、ようやく僕たちの出番が来たんだと分かった。


『予選が始まってたった数分で終わらせた化け物! その全貌は謎に包まれているが、この試合で化けの皮を剝がせるか!? 機体登録名『超時空機動勇者エクスメタトロン』!! センリ選手とマスクド・リプルだあああああ!!!』


 僕らの機体に転送装置なんて必要ない。自らの足で……そうで立ち、歩くことができるのだから。ズン……ズン……! と地面を響かせて赤コーナーに僕らの機体が現れる。


 その瞬間。


『あ、あれ……?』


 現れた僕らの機体を見て、誰もが言葉を失った。


 まぁその気持ちは分かるよ。何せ僕らの機体は一言で言うなら。可動域も低そうに見え、転べば自力で立ち上がることができないと感じさせるフォルムをしていた。

 強いて言えば顔だけがこれまで見て来たロボットアニメのようなカッコいいデザインをしているのはせめてものフォローだろうか。


『……おいおい』


 対戦相手の機体から女性のような声が聞こえる。


『随分とイメージが違うなぁ! あの予選を一瞬で終わらせたからにはてっきりとんでもない機体が現れるかと思ったら……これじゃあただのゆるキャラじゃねぇか!』


 まぁその印象は分かるけども。そんな彼女の発言と同意見なのか、観客も司会も黙っていた。


『弱そうなヤツと強そうなヤツが戦う展開のヤツ』

『はい! 性癖発表ありがとうございます!』


 いや、どうやらゲストの好きな性癖を発表するおじさんだけが肯定的のようだ。肯定的? うんまぁ多分肯定的だと思う。


「行くぞセンリ」

「はいはい……」


 さて、僕も最初はその印象に絶句した。技術提供を受けて猛烈にはしゃいだ博士が作り上げたのがまさかのこれで、開いた口が塞がらなかったのだ。


 だが侮ることなかれ。


 これは博士がロマンを詰めに詰め込んだ結果、栄養過多でこんな外見になっただけ。そのロマンを解き放ったらどうなるか、お見せしようじゃないか。


『さ、さぁ記念すべきRBF第一試合! 何かが違う今回の大会で、いったい何が起きるのか!? 『超時空機動勇者エクスメタトロン』VS『キラースパイダー』……レディー、ファイッッ!!!!』


 司会の言葉に両者の機体が動き始める。


 だけど。


『遅いなぁ遅い!』

「おっとっとっと……!」


 僕たちの機体よりも相手の機体の動きの方が早い。それもそうだろう。何せこっちはずんぐりむっくりな外見を裏切らない鈍重さ。そして――。


「ちょ、博士! 右! 右から来てますよ!?」

「え、右!? ちょ、年寄りを労わらんかい!?」


 操縦しているのが博士だから、モロ反射神経の差が出ているという悲しい事態に陥っているのだ。いやもう、こうして指摘しないと危ないんだって。


「ぬおー!? 腰がっ、腰が痛い!!」

「まだぎっくり腰にならないでくださいよ!?」


 こう、爆弾を抱えながら戦うというのはこういうことだろうか。


『ほらほらほらほらぁ!』

「ぜぇ……ぜぇ……っ! こひゅー、こひゅー!」

「博士の体力が!?」


 無数の腕から放たれる攻撃。更には他の腕に装備されている重火器によって、ただでさえ限界だった博士の顔が青ざめる。ちょっとこれヤバいかも。


「もう博士! やりますよもう!」

「ワ、ワシのことはマスクド・リプル、と……っ!」

「ふざけてるんですか!?」


 パイロット=仮面というこだわりから仮面を付けている博士だけど、そんなことはどうでもいい。このままでは負けてしまう。こんな、博士のに付き合っていられるほど余裕があるわけじゃないのだ。


「『システムMIX、起動』!!」


 その音声コマンドを放った瞬間、操縦席から声が響いた。


『ピーガガガ……ACCEPT』


 その瞬間、機体の各部がパージされ、背中から二つの丸いスピーカーが翼のように展開する。


『な、なんだ!? この圧力は!?』


 パージされた各パーツは自動的に組み立てられ、一つの巨大なライフルが完成した。ずんぐりむっくりだった外見がスラリとスタイリッシュな体になり、まるで昔見た勇者ロボのよう。


 そうこれが『超時空機動勇者エクスメタトロン』の真の姿。


「博士、ちゃんと頼みますよ?」

「いたた……あぁ、任せてくれセンリ」




 科学と魔法、そしてジョブがMIXした奇跡のロボットである!




『パージして姿を変えるヤツ! パージしたパーツが武器になるヤツ!』

『うわ、ちょ、はしゃぎすぎですよ性癖おじさん!?』

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