第2話 息子のASMRを録るマザー
「ASMRをやるわよ」
「噓でしょ」
自室でそろそろ『こんばこ』にログインしようというタイミングで母がいきなり入ってきて冒頭の世迷言である。
「
「お金の無駄遣いだよぉ……」
「無駄にあるお金を有効活用しただけよ」
駄目だ、この魔女はもう止まらない。こうなった元凶はゲーム内でASMR式尋問法を考案した亮二だと思う。もうVRメットに関する義理も果たしたし今度しばこうかな?
「大体もう既にお金を持っているのにどうしてまたASMRなんか……」
「全世界が千里の可愛い声を期待しているのよ! なら親として息子の可愛い声を提供するのは最早義務でしょう!」
「そんな親いないと思うけど」
「ほら、子供をアイドル事務所に入らせるみたいな」
「図々しくもマネージャー気取りですか」
笑顔が怖くなったので謝りました。
「というわけではいこれ台本」
「台本って……うわぁ何冊もあるぅ……」
ドン! と床に置かれた台本の数に僕は白目を向いた。いや嘘でしょ。どうやってこんな量の台本を用意できたんだよ。まさかASMR用のマイクを買う時にか? 用意周到というか偏執的というか。
「リスナーの要望を集めて台本にしたわ」
「ご要望アンケートはモチ、うちらのティーウイッターアカウントからだよ~!」
「げぇっ! 祭里まで!?」
我が家の魔女が揃い踏みじゃないか。これはもう僕の尊厳も何もかもが失うという即死コンボの始まり。もう駄目だぁ……おしまいだぁ……。
「じゃあ祭里には千里の相手役をお願いね」
「え?」
「それじゃあ最初の台本と行きましょうか」
「お待ちくださいましお母様!?」
神からの唐突な神託によって裏切られた祭里が悲鳴を上げる。ざまぁ。僕の尊厳諸共祭里を道ずれにしてやる。
そんなことを想いながら、お母さんが買ってきたものをいそいそと僕の部屋で設置する。いやなんで僕の部屋なのさ。
「この台本にしましょう」
「なにこれ」
「これを朗読して欲しいって」
「じゃあ私は出番ないよね!」
相手役も必要ないパターンのASMRと聞いて祭里が喜ぶ。だが分かっているのだろうか。偉大なるお母様から指名された時点でお前の運命はもう決まっているということを……あはは、あーはっはっは。
「それじゃあカウントダウン開始……3、2、1――」
はい現実逃避終わり。ええいとにかくこの台本通りに言うしかない。ASMRってどうやればいいんだ? 取り敢えずゲームでやってた時のように声を出そう。
「『ばーか♡ ざぁこ♡ むのー♡ 何年経っても怒られてるー♡ 要領わるーい♡ 何年仕事をしてるのー♡ 君の代わりはいっぱいいるよー♡』……ごめんちょっといい?」
マイクから口を離して台本をゴミ箱に捨てる。
「これパワハラクソ上司の奴じゃん」
「上司が千里の声だったら頑張れるっていう人が」
「転職した方が良いと思うよ!?」
僕の声でもパワハラはパワハラなんだけど!?
「次行きましょうか」
「じゃあ祭里も参加できる奴で……」
「何を言ってんのお兄ちゃん!?」
祭里こそ何一人でスマホを弄っているんだよ。祭里も来るんだよ。SNS大臣としての仕事? これも仕事の内だから諦めろよ。
「大体私は部外者じゃん! いきなり私が出てきてもリスナー困惑するだけだって!」
「ティーウイッターアカウントの運営をしているのがセンリの妹だってことを事前に教えているから大丈夫でしょ」
そうお母さんが言うと、まるで失念していたというような感じで妹が頭を抱えた。
「自己顕示欲のために自我を出したのが間違いだった~……」
「うーんこの」
広報だというのに自己顕示欲のために色々パーソナリティを出してるとかやっぱりこの妹は駄目だね。
「それじゃあ祭里は小悪魔生徒に翻弄される女教師という役ね」
「ごめん待って」
ざまぁ目的で祭里を引き込んだのはいいんだけど、まさかの役どころにタイムを言わざるを得ない。
「祭里が小悪魔生徒に翻弄される女教師?」
「そう」
「僕は?」
「小悪魔生徒」
悪魔かなこの人。
「なんでこういうことをするの!?」
「え、女教師の方が良かった?」
「そうじゃないんだよ!」
この親、自分の子供になんちゅう役柄をやらせるんだ。
「えぇ~私が女教師役~?」
「小悪魔っていうか悪魔というか……祭里はそっちの方が似合うと思うんだけど」
「誰が悪魔だって?」
「なーに言ってんのよ」
僕の反論にお母さんがチッチッチと指を振る。そして馬鹿にしたような目で僕を見るとお母さんが言った。
「千里の小悪魔ポテンシャルは53万よ」
「何言ってんの?」
僕は小悪魔の帝王か何か?
「さ、始めるわよ! なーに、アンタってノリが良くなると立派な小悪魔になれる素質があるんだから!」
「何その保証!?」
◇
「今日も来たよせんせ~」
新米教師である私には悩みがある。ある日、ふとしたきっかけでこの小悪魔のように振る舞う女子生徒に目を付けられ、とうとう私がいつも住んでいる部屋にまで上がってきたという悩みだ。
「もう~せんせったらまーた部屋の中散らかってるー」
彼女は甲斐甲斐しくいつも教師の仕事で私生活が壊滅している私の世話をしてくる。掃除、料理……それと昨日のアレ。
本当に、本当に色々と、私の世話をしたがるのだ。
「あれぇ~? 今日はいつもより静かだねぇ」
私がいつもより静かなことに気付いた彼女は不思議そうな顔をする。そしてふと何かに気付いた彼女はニンマリと笑顔を浮かべた。
「ひょっ・と・し・て~?」
彼女が近付き、そっとその口を私の耳元へと近付かせた。
「昨日のアレが欲しいの~?」
ゾクゾクとする感覚に襲われ、心臓が早鐘をする。そんな状態の私に気付いた彼女が面白そうに笑う。
「いいよ?」
何がとは思わない。それを期待していることを他ならぬ私が自覚しているのだ。
「ほら、横になって……」
耳元に囁かれる魔性の声に私の体が従っていく。駄目……これじゃあ昨日と同じ……っ!
「ほら、優しくしてあげる……」
そうして、彼女の手が伸びて――。
◇
「あばばばばばば」
「ちょ、祭里がショートした!?」
「これが耳かきASMRの力……? なんていう力なの……」
こうして、ASMRの夜は続いた。
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