インタールードその3
第1話 エターナル娯楽
起きたくないと思いつつ、もう既に起床時間であるため起きざるを得ないのは最早この世の地獄だと思う。昨日はまさかの展開に夜も眠れず困惑と恐怖のまま夜更かしをしてまだ眠いんだ。
「ふわぁ……」
着替えなきゃ……あぁどうせ家族会議が始まるんだろうなぁ。昨日は何かを言いたそうなお母さんたちを振り切ってそのまま部屋に籠ったんだけど……やっぱり逃げられないよなぁ。
「……もう着替え終わっちゃった」
長年染みついた無意識が憎いよ。そうやけくそ気味に責任転嫁をしながらリビングに行く。するとそこにはお通夜状態の家族がテーブルにいた。
「うわぁ」
「……うわぁじゃないぞ千里」
「うわぁなのはこっちだよお兄ちゃん」
「取り敢えずASMR企画は進行中だから」
「お母様!?」
なんて悪質な罰ゲームなんだ。僕がエクストラリワードを獲得した腹いせにそんな極悪非道なことをするなんてそれでも僕の親か!?
「いや需要と供給のためだから」
「エクストラリワード関係なしだった!?」
そうでした僕の親はこんな感じでした。はい。
「まぁとにかく……配信は見たぞ。とても面白くてよかったぞ」
「え、あぁ、うん……ありがと」
話を変えるために父さんが配信について言及する。面白いって言ってくれて嬉しいという気持ちがあるけど、それ以上に自分が出ている配信を親が見ているって言う状況って妙に恥ずかしい気持ちになるんだけど。
いやまぁそれ以上に。
「……じーっ」
「ん? 何? 顔になんかついてる?」
そうですね。強いて言えば面の皮でしょうか。
それはともかく息子の配信で好き勝手にコメントを残して、何を考えているのでしょうか? いやASMR企画が進行中って時点で何を考えているのか分かるんですけどもね!
「さて……」
その一言で父さんが空気を変える。いつまでも家族全員現実逃避をしても意味がないからだ。これから家族会議と称して僕が手に入れたエクストラリワードについて話し合うのだろう。
そんな時に。
ピッ。
『――えーでは次のニュースです』
お母さんがテレビの電源が入れた。
「ってお母さん!? これから大事な話だというのに何故テレビを!?」
「だって使いきれないお金が更に使いきれない額にまで膨れ上がるんでしょ? 流れでお通夜空気を出してたけど何も変わんないでしょ」
「ま、まぁそうだが……」
ある意味正論なことを言うお母さんに父さんが何も言えなくなる。そうだ。お母さんの言う通り二個目のエクストラリワードを手に入れたからといって何かが変わるわけでもない。強いて言えば僕のチャンネル登録者数とかがヤバい数字になるぐらいだろう。
「この前の話し合いでアーリーリタイアは無しになった。それでこの手に入れたリワードやお金で私たちが何かをするって言うのもない。じゃあこのまま放置でいいでしょう」
珍しくお母さんが話を纏めた。普段は僕を辱めるのが趣味の性格最悪な魔女だが、こういう時のお母さんの思い切った判断は尊敬できる。まぁその尊敬の心も僕に対する行いで帳消しどころかマイナス行ってるけど。
「それに――」
お母さんは笑みを浮かべてこう言った。
「――全ての不利益からも私たちを守るんでしょ? あの会社は」
それは『こんばこ』を開発、運営している会社『株式会社ボックスエンターテインメントソフトウェア』、そして『VRリンク』というVRメットを開発した『株式会社ゾーンリンク』が契約書に書かれていた内容だ。
「……しかし、それを全面的に信じるというのも」
「あっインタビューが始まるわよ」
「へ?」
お母さんの言葉に僕たちはテレビの方へと目を向ける。するとそこには取材者の一人がとある人物にインタビューを行う映像が流れていた。
取材者の前にいる男。彼こそが今最も遊ばれているゲーム『カオス・イン・ザ・ボックス』の開発、運営をしている会社の社長。
――
◇
『平和はどうすれば実現すると思う?』
『え、あの、先に質問の内容をですね……?』
『私が思うに平和には娯楽が必要なのだよ!』
娯楽院社長が握りこぶしをしながらそう断言した。
『心に余裕がないからこそ争いが起きる! 心に遊びがないからこそ世界は変わらない! 故に娯楽! 娯楽こそ真理!!』
『いやあの娯楽云々の前に今回のエクストラリワードについてですね……』
『エクストラリワード! それもまた娯楽だね!』
『話を聞いちゃくれない!?』
社長の熱量に取材者はたじたじである。
『頑張った者には最高のご褒美を! 頑張った先に何も報われないままではノット娯楽! 人は褒美があるからこそ頑張れる! 頑張った人がこの先新たな娯楽を生み出せばナイス娯楽!』
娯楽という言葉がゲシュタルト崩壊しそうな社長に最早取材者は何も言えなくなる。
『仕事のために心を削るな。娯楽のために仕事をしろ。そして大いに遊べ! そのために私は『カオス・イン・ザ・ボックス』を作り上げた! 君たちに最高の娯楽を提供し、次に新たな娯楽を生み出すためにだ!』
社長の言葉は荒唐無稽で滅茶苦茶だ。娯楽ファースト過ぎるし、それしか見えていない。だというのに社長は娯楽のために全てを捧げている。だからこそその言葉には抗え切れない魔力が宿っていた。
誰もが社長の言葉に耳を傾ける。誰もが社長の一挙手一投足に目が釘付けになる。
『新たに現れた二つのエクストラリワードにシナジーがある? これを見越して同時にリワードを与えた? 当然だ! その方がより盛り上がるだろう!』
その単純な理由に誰もが言葉を失う。
『おっとすまない電話だ……何? 某国で内紛の気配? 馬鹿野郎! 人の未来は次なる娯楽! 介入でも何でもして止めさせろ! そして『こんばこ』各種セットを送り付けて娯楽を叩き込ませるんだ!』
公共で劇薬発言をする社長に誰も付いていけない。電話を終わらせた社長が再びカメラの方を向くと言葉を続けた。
『いいか諸君。暴力をするな! 人に迷惑を掛けるな! 健全に遊べ! 世界に娯楽を満たせ! 金はいくらでも私が用意する! 煩わしいしがらみも私が破壊する! だから全力で楽しめ!』
ナイス娯楽。
イエス娯楽。
フォーエバー娯楽。
『娯楽に繋がるなら私が全てを守って見せよう! 全てを変えて見せよう! 技術の発展も生命の進化も全て私が支援しよう!』
これが娯楽狂い。
これが娯楽院遊世。
娯楽のために生まれてきた男。
『あぁまだ見ぬ娯楽が私を待っている!』
『え、あ、あぁ……え!? ちょ、まっ!?』
勝手に語り、勝手にこの場から去った娯楽狂いの社長に取材者が追いかける。だがこの時点でカメラはスタジオに移ったため彼らの今後は分からない。
ただ分かることは。
娯楽。
ただそれだけである。
◇
『……』
家族の誰もが声を失う。実は娯楽院社長に対するインタビューを見たのはこれが初めてではない。記者の誰もが彼に取材しても毎回あの反応なのだ。
全く同じ内容に分かり切った熱意。にもかかわらず、三十年にも及ぶ何千回のインタビューを見ても改めて思い知らされるのだ。
社長の言っていることは本気であると。
「やっぱり信じられると思うよ私は」
「……そうだな」
あの熱意、情熱を見れば『いかなる不利益から守る』という契約の内容も真実だと思うようになる。三十年経っても変わらない娯楽への愛に誰もが呆れる。そして呆れて、しょうがないかと諦める。
諦めたら、もう認めたようなものである。
「さてこれで家族会議は終わり! さっさと朝食を食べて各々行くべきところに行く!」
「あわわわ」
「むっ、醤油がない……」
「お兄ちゃんティッシュー」
お母さんの言葉に僕たちは朝食を取り始めたのだった。
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