第7話 とんでもねぇ待ってたんだ

 敵諸共目の前の空間を消し飛ばすという、途轍もない戦闘力を見せた教官の娘さん。僕はそーっと彼女から離れるように移動するも、娘さんはグルっと一直線に僕の方へと顔を向けた。


「あ……や、やぁ」

「……」


 これは僕もデストロイされるかな。


 そう思った束の間。


「ママ~」

「わぷ!?」


 満面の笑みを浮かべた娘さんが僕に抱き付いてきたのだ。


 :あら^~

 :あら^~?

 :外見だけは百合

 :姉妹かな?

 :ママと言ってるし母娘だろ


 ギリギリギリ……。


 君たち好き勝手に言うけど、かなりの力で抱き締められて背骨が折れそうなんだけど!? あと純粋に重いから支えきれない!


「あ、あの……! 取り敢えず、離して……!」

「うん わか、った」

「ふぅ~……助かった……」


 甘えん坊だけど洗脳のお陰で素直に言うことを聞いてくれるのはありがたい。いや洗脳のお陰というのも結構アレな発言だけど。


 :洗脳を選んだ人が何か言ってる

 :邪悪な吟遊詩人だから……

 :センリちゃんって結構外道もとい思い切った戦術をとるよね


 外道というかやれることをやってるだけなんだどね。取れる選択肢があるなら選択するって言うゲーマーのさがだよ、うん。


「それにしても……」

「……?」


 改めて見てもこの惨状は結構ヤバいと思う。果たしてこれはパワードスーツの性能のお陰か、それとも……。


 :そういや娘さん、コマンドー持ちだって

 :マジ?

 :じゃああのフルバーストにコマンドー補正乗ってたのかな


 ジョブ:コマンドーは『こんばこ』で初めて確認されたジョブだ。そのジョブの詳細は不明な点が多いものの、それでも分かっているのは装備している近代武器によってスキルの補正や内容が変わるジョブということぐらい。


 じゃあここで疑問なのは、異なる武器を同時に装備したらどうなるのか。このゲームでは装備できる武器の数は両手でそれぞれ一個ずつだ。

 それを踏まえて先程娘さんが見せたフルバーストだ。背中から蜘蛛の足のように現れた様々な重火器。それらが装備扱いになっているとしたら?


(もしそれぞれにコマンドーの補正が乗ったら……)


 ――うん。

 コマンドーってやっぱり脳筋仕様なのでは?


「……君の名前を教えてくれる?」

「アリッサ だよ」

「アリッサちゃんか。その着ているものって脱ぐことができる?」


 その僕の言葉にアリッサちゃんが装備しているパワードスーツを脱ごうと試行錯誤をするけど……。


「……う ーん……無理」


 どうやら自力じゃあ脱ぐことができないらしい。僕もなんとかしてあげたいけど、装備着脱のポップアップとかないし、このスーツに繋ぎ目とか見当たらないんだよね。うーん……。


「それじゃあ……今アリッサちゃんが着ているそのパワードスーツって、どこで手に入れたか教えてくれるかな?」


 じゃあ次はそのアイアン○ンみたいなパワードスーツのことだ。コマンドージョブに就いているアリッサに打ってつけな装備ではあるけど、それを抜きにしても様々な武器を同時に使用できるこの装備はまさに破格の性能だろう。はっきり言ってウェルズたちが用意できるような代物ではないと思う。


「知らない、人 に 貰った」


 まぁですよね。


「えーとその知らない人って、どんな感じの人?」

「ローブ 被ってて 分かん ない」

「分かんないかー」


 まぁそりゃあそうか。とにかく今はアリッサちゃんに色々確認できるような証拠もない。それにアリッサちゃんも今は僕の洗脳で上書きしているけど、元々掛けられていた洗脳もある。その洗脳をウェルズに解かせないと。


「よし、じゃあ僕に着いてきて」

「分かった ママ」

「ママじゃないけどね」




 ◇




「というわけで連れてきました」

「ママー」

「アリッサ!?」


 可哀想に……ようやく再会した最愛の娘がまさか洗脳されているだなんて、教官にとっては辛い光景なんだろうな。


 :お前じゃい!

 :捏造よくない

 :こ れ は 酷 い


「すみません……洗脳されてて手が付けられなかったから、上書き洗脳で何とか……」

「上書き洗脳……」

「ママー」


 教官が何か複雑な表情を浮かべている。いやまぁ洗脳もそうだけどそこから更に味方が再洗脳で対処してたとか聞かされたら親として相当な感情を抱くと思う。


「……ウェルズの言う殺戮マシーンに成り下がるぐらいなら……うーん」


 教官が妥協点を探っている……いやあの、僕味方です。デバフ解除系のスキルがないからやむなく洗脳しているだけで悪気はないんです。信じてください。これが最善だったんです! 悪いのは全部ウェルズです!


「え?」

「許さないぞウェルズ!」

「え?」

「いや、そうだな……そもそもアリッサを巻き込んだお前が悪いのだウェルズ」

「確かにそうだが納得がいかないのは何故だ?」


 とにかくウェルズを倒せばこのままこの事件はクリアできるかもしれない。何とかウェルズを拘束して他の人たちみたいに洗脳をすれば……!


 :もう手段を問わないねぇ

 :洗脳が得意な吟遊詩人とは?

 :アイドルみたいなもんだろ

 :ファンを信者と呼ぶのはやめたまへ


「チッ、三人か……」


 教官と互角だったウェルズの前にサポート役の僕とかなりの殲滅力を持つアリッサちゃんだ。アリッサちゃんの実力を理解しているウェルズだからこそ、この状況がかなりのピンチだということはよく理解できているだろう。


 しかし。


「――ピンチなようですね」

『!?』


 突如として、見知らぬ男の声が僕たちの耳に届いた。


「あの 人」


 アリッサちゃんが指を差す。その先を僕たちが目を向けると、そこには黒いローブを見に纏った人がそこにいた。


「まさかあの人が、アリッサちゃんにスーツを渡した人?」

「なんだと?」


 教官が剣呑な眼差しをローブの人に向ける。しかしそんな視線を受けても、ローブの人は飄々としたままだった。


「旦那」

「貴方たちは大切な協力者です。ここで失う訳にはいきません」

「何をするつもりだ!?」

「こうするのですよ」


 ローブの人が何かをした瞬間はない。だがその時だった。アリッサちゃんが着ているパワードスーツが突如として分解されるようにアリッサちゃんから離れ、ウェルズの体に張り付いていったのだ。


「お、おぉ!?」

「まさか私の洗脳をそのような手段で対処するとは思いもしませんでしたが、このままそのスーツで敵対されるよりかは良いでしょう」

「う、んぅ……」

「アリッサちゃん!?」


 スーツから解放されたアリッサちゃんが倒れようとしたところを、僕が抱き留める。するとアリッサちゃんの目が徐々に焦点が合うように僕の顔を見つめた。


「あれ……アンタ、誰?」


 あ、アンタ? あれ、アリッサちゃん口調が……いやそれよりも。


「アリッサちゃん、意識が?」

「その子の洗脳はこのパワードスーツで制御していたんですよ。ですのでこのスーツから解放されたその子はもう洗脳から解放されています」

「なんだって……?」


 ローブの人の言葉に僕と教官はアリッサの様子を見る。するとその言葉を裏付けるように、アリッサちゃんが頭を抱えて記憶を思い返そうとしていた。


「確か、家に帰る途中で……知らない人たちが」

「大丈夫だアリッサ……父さんがここにいるからな」

「お、父さん……? 何触ってんの……キモイよ……」


 あっ教官が吐血した。それでも教官はめげずにアリッサちゃんの頭を撫でている。そんな教官にアリッサちゃんは心底嫌な表情で手を退かそうとしていた。


 :アリッサちゃん、思春期だった

 :思春期にしては早くない?

 :訓練でお父さんのこと嫌になったんだろうなぁ

 :あーね


 まぁそれはともかく。


「……やっぱキツイな」

「当然でしょう。そのスーツはコマンドーとして類稀な才能を持ったその子供のために最適化されたもの。今の貴方では制御するだけで精々でしょう」

「チッ、流石は決戦兵器の子供ってことか」


 力量で言えばウェルズの方が上だけど、コマンドーとしての力を最大限引き出せるのはアリッサちゃんということかな。


 ところであの、一つ言っていい?


「コマンドーの概念壊れる」


 :草

 :シッ!

 :思っても言わないで!


「ふぅ、だがこれで形勢逆転だな」

「くっ……!」

「気を付けてください、教官……あのパワードスーツ、かなり厄介ですよ」


 加えてこちらは意識が混濁している状態のアリッサちゃんもいる。彼女を守りながら戦うのはかなりリスキーだ。


「さて、量産型に向けての試運転だ。悪いとは思うが楽に死ぬなよ?」


 ウェルズの両肩から一本ずつ武器が生えてくる。アリッサちゃんの時とは少ない数だけど、両手と合わせて四本の武器はコマンドーにとってかなりの利点だろう。そんな四つの銃口がこちらに向けられている。


「あばよ」


 せめてアリッサちゃんだけでも、と僕は彼女を覆いかぶさるように庇う。その瞬間だった。


 ドゴォォォォォン!!


『!?』


 突如としてパワードスーツを着たウェルズが爆発と共に真横に吹き飛んだのだ。ゴロンゴロンと転がるウェルズを見て、僕たちはその爆発を生み出した原因を見る。


 そこには。




「――アイルビーバック」




 ロケットランチャーを構えながら、体中に様々な武器を括り付けたリョウの姿がいた。

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