第6話 武器なんて捨ててかかって来い!

 コマンドーの『オープンコンバット』というスキルはマスタリーのスキルレベルを2に上げることで習得できるコマンドーの初動スキルだ。

 初期レベルでは、五秒間自身の身体能力と各スキルの効力を倍にし、周囲の敵を一体倒していく度に更に五秒の猶予が追加されるスキルだ。


 故に。


「フッ――」

「ハァッ――」


 アーノルドはウェルズの部下を。

 ウェルズはアーノルドの協力者である信者共を。


 お互いの敵を倒しながら、二人は戦いを続けていた。


 :おぉすげぇ!

 :これがコマンドー同士の戦い!?

 :滅茶苦茶熱い!


 因みに、NPC同士のやり取りはその場にプレイヤーがいなくとも配信されていれば視聴者にも見られる仕様である。プレイヤーもあとでシーンアーカイブで別の場所で行われていたイベントも見れるので安心だ。


 それはともかく。


「懐かしいなぁ!」

「……」

「こうしてコマンドーの訓練をしていた時を思い出すなぁアーノルド!」

「……そうだな」


 軽い口調。だがお互いに向ける感情は殺気のみ。ストレージから新たな武器を取り出してはぶっ放し、手榴弾が飛び交う戦場を生み出しながら殺意を滾らせる。


「だがな! お前はどうやっても俺を殺すことができないんだよ!」

「……お前の部下も似たようなことを言っていたな。だが今やその部下はもう見る影もなくなったぞ」


 :見る影がない(そのまま)

 :人として見る影がなくなっただけ

 :今では立派な信者として生きています


「いいや、それでもお前は俺を殺せない」

「随分な自信だな?」

「それもそうだろう? 事はお前の娘に関わることだからな!」

「――なんだと?」


 ウェルズの言葉にアーノルドの攻める手が止まった。そのことを理解したウェルズは、笑みを浮かべて説明を始めた。


「お前の娘に洗脳を掛けておいた。今やお前の娘はパワードスーツを身に着けた殺戮マシーンだ!」

「貴様……! 何故娘にそんなことを!?」

「驚いたのは俺の方だぜアーノルド!」


 部下と信者の喧噪が響く中、ウェルズの楽しそうな声音がアーノルドの耳に届く。


「まさかあの年でコマンドージョブに就いているとはなぁ! お陰で誘拐した際に部下の一人がやられてしまったぜ!」

「……チッ」


 その言葉にアーノルドは舌打ちをした。まさかとは思ったが娘の秘密をウェルズに知られていたのだ。

 アーノルドの娘は子供ながらに戦いの才能があった。それも父親であるアーノルドと同じコマンドーとしての才能だ。だからこそ、この理不尽な世界から生き残るためにアーノルドは娘に戦い方を教え、コマンドーのジョブに就かせたのだ。


 :マジかよ!?

 :とんだ毒親で草

 :まぁ世界観が世界観だからなぁ

 :一部サブクエだと孤児の傭兵とかいたし


「お前の娘はお前に対する人質であり、部下をやられた戦力の代わりなのさ!」


 その結果がこの事態だ。アーノルドは悔し気に顔を歪ませた。


「だから洗脳したって言うのか! まだ八歳の子供だぞ!?」

「子供だろうがジジイだろうが使えるものは使う! 一時、そうこの一時の犠牲を我慢すればこの後に続く未来はきっと幸せになれるんだ!」

「犠牲がある時点でクソくらえな未来だ!」


 激昂のままに、アーノルドが手榴弾を投擲する。それを見たウェルズは瞬時に物陰に隠れるも爆発が来ない。


「まさか――」


 ブラフだと気付くももう遅い。先程アーノルドが投擲した手榴弾はピンを外していなかったのだ。つまりそれは一時でもウェルズの視界から外れたいアーノルドの策略。物陰に隠れて一瞬の隙を晒したウェルズに、投擲と同時に走ったアーノルドが襲い掛かる。


「グッ!?」

「これで終わりだウェルズ」


 拳銃をウェルズの頭に突き付けるアーノルド。それでもなお、ウェルズは余裕の笑みを浮かべたままだ。


「お前は、俺を殺せない」

「まだ言うか……!」

「いいのか? 俺が死んだら娘さんの洗脳は一生解けないぜ?」

「なんだと?」

「洗脳を解くカギは俺にしか知らない」


 :じゃあコイツを信者にすればいいんじゃね?

 :その思考、悪魔に支配されているな?

 :草。でも合理的で反論できない


「……お前の口を割らす方法はいくらでもある」

「それまでに俺が大人しくするとでも?」

「何を言って……なっ!?」


 いつの間にかウェルズの手には閃光弾が握られていた。反射で目を覆うも、その隙を突いてウェルズはアーノルドの拘束から逃れた。


「ウェルズ……!!」

「あ゛~クソ、いってぇ……! 目も見えねぇ!」


 殺傷能力はないものの、至近距離で受ければ負傷は免れない。お互いダメージを受けながらも、ストレージからポーションを取り出して負傷箇所を治していく。


 :目ないなった

 :耳ないなった

 :まぁ視聴者に配慮して配信サイト側が自動で調整かけてくれてるんでダメージはないんですけどね


「ふぅ……まぁこの通り全力で抵抗するが、どうだ?」

「こちらも全力で拘束するだけだ……!」


 アーノルドの言葉にウェルズは笑みを深め、両手を広げた。


「じゃあ武器なんて捨ててかかって来いアーノルド!」




 ◇




 一方その頃。


「『よしよし良い子良い子♡』」

「ママァ……♡」


 飴:596300%

 鞭:0%


 秘策だったASMR式逆洗脳はまさかの成功で終わった。今教官の娘さんはパワードスーツ姿のまま僕の膝の上で寝ている。頭を撫でて耳元に優しく言葉を投げかけると娘さんは蕩けた顔で僕の膝をすりすりしてくる。可愛い。でも僕はママじゃないよ。


 :おかしいさっき見ていたシリアスは?

 :センリちゃんの視点に移動したらなんだこれwww

 :娘さんを逆洗脳した

 :どういうことwwww?

 :人の娘さんに何をwwwwww

 :飴のゲージがやべぇ(笑)

 :そら飴100%で囁いたら誰もこうなる

 :誰かここの切り抜きを!!!!

 :【G・マザー】おかのした

 :お神様!!


 お神様じゃないんだよ何やってんだよお母様。


「それはともかく……どうしようか」


 :俺が聞きたい

 :どないすんねんこの状況

 :娘さんの洗脳はウェルズがいないと解けないっぽい


「じゃあこのまま娘さんと一緒に教官のところに行くしかないのか」


 だけど子供とは言えパワードスーツを装備している娘さんはかなりの重量だ。今の膝枕でスタン状態を受けているといったらその重さが分かるだろう。そんなことで非力な僕では娘さんを持ち上げることはできないのだ。

 因みに娘さんが装備しているパワードスーツはタイプで言えば娘さんの体格に合わせたアイア○マンみたいなタイプだ。でもスマートな見た目と違ってかなり重いけど。


 閑話休題。


「動けない……」


 :このままでも一向に構わないが?

 :ずっと幼女の頭を撫でるセンリちゃんの耐久でもいいぞ

 :耐久配信キタコレ!


「やらないよ?」


 ここのコメント欄は他人事だからって好き勝手に言ってくるの参っちゃうよ。とにかくこの状態のままじゃあ一向に何も解決しないことだけは確かだ。悩んでいると、コメント欄に以下のような内容が書き込まれていることに気付いた。


 :取り敢えずリョウにもこのことを説明するわ


「そうか、リョウに連絡するという手があったか」


 迂闊なことにフレンド登録をするタイミングが無かったため、通話もメッセージのやり取りもできないけど視聴者が代わりにやってくれるらしい。


 :OKだってさ

 :場所も伝えたからすぐこっちに来るって

 :装備がヤバいことになってたwww


「何を選んだんだ……」


 と、そんな時だった。


「おいこっちから声がしたぞ!」

「マズイ!?」


 どうやら娘さんの様子を見にこちらにやってきた敵だ。僕はその娘さんが膝にいるせいで動くことができないし、こちらにやってくる敵に対処することができない!


「いたぞ! ここで何をしているんだ!」

「えーと……ひ、膝枕を」

「お前は何を言っているんだ!」


 はい、ごもっともです。


 この場に現れた敵は二人。どれも現代武器カテゴリーである拳銃を持っている。このままじゃあハチの巣にされる。ならその前に……!


「えい!」

「何を――」


 手の平から生成したキューブを投げる。その瞬間『ドォン!』というが物理的に現れ、敵二人を吹き飛ばした。


『ぐへぇ!?』

「……オノマト爆弾だよ」


 スキル『サウンドオブジェクト』にスキル『サウンドビジュアライズ』のオノマトペを録音させた『オノマト爆弾』だ。

 これで何とか時間は稼いだ。多少手荒でもいいから早く娘さんを膝から退かさないと……!?


「この、野郎……!」

「まさか浅かった!?」


 :やべぇ!

 :逃げろ!

 :でも逃げられないじゃん!

 :やはり詰んだ……?


 拳銃をこちらに向ける敵を前に、僕は反撃をしようとする。この場合使用するスキルは『風の音撃』。威力は弱いがスキルの出が他よりも早いという利点がある。しかし。


「死ねぇ!」


 パァン!!


「――ッ!」


 流石に発射された銃弾より速いということはない。万事休す。そう思った瞬間、その銃弾が手前で止まった。


「……え?」


 いや、正確には


「ママに 何を、する の ?」


 他ならぬ、教官の娘さんの手によって。


 :銃弾を手の平で受け止めた!?

 :あーこれ死にましたわ(相手が)

 :やっちゃったねぇセンリちゃん


「な、なんだ!?」

「ママを イジメ、る人 は――」


 その瞬間、娘さんのパワードスーツから途轍もない量の重火器が出現する。まるで蜘蛛の足のように現れた暴力の塊に、敵は顔を引き攣った。


「――消え て」


 フルバースト。


 気が付けば。


「あ、あわわ……」


 敵諸共、目の前の空間が抉れた。


「……すぅー」


 ごめんなさい教官。




 ちょっと貴方の娘さんに取り返しのつかないことをしてしまいました。

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