第5話 ただのカカシですな

 デミアヴァロン二番地区のとある倉庫にて。足を組んで座っている男に向かって、彼の部下が不安そうに尋ねた。


「隊長、本当にあの男は来るのでしょうか」

「……」


 隊長と呼ばれた男、ウェルズがその部下からの言葉を聞いて鼻を鳴らした。


「来るさ、アイツなら」


 何せウェルズとアーノルドは元同僚。共に戦い、モンスター被害から人々を守った同志だ。お互いの性格は熟知しており、だからこそウェルズはアーノルドの娘を誘拐した。アーノルドならこれからウェルズたちがやろうとしていることに反対すると目に見えていたからだ。


「娘を盾にすればアイツは協力するさ」

「そうですか……」


 ウェルズの言葉を聞いても部下の顔色は優れない。それもそうだ。娘を誘拐した時点で既にアーノルドとの敵対は確定され、アーノルドは様々な手段で娘を取り返そうとするだろう。それが元同僚であるウェルズの命を奪ったとしてもだ。

 ウェルズはそのことを理解していた。どう足掻いても戦いは免れないことはよく理解していたのだ。しかしそれでも誘拐事件を踏み切ったのはその勝算があるということに他ならない。


(すまねぇなアーノルド。胸糞悪いとは思うが、これも人類のためだ)


 多数を救うには少数を犠牲にしなければならない。かつては心の底から嫌いな言葉だったが、今がその時であることをウェルズは覚悟していた。


 ――その筈だったが。


「た、隊長! 表に変な奴らが!?」

「いったいどうしたんだ?」


 突然ウェルズの下に慌ててやってきた部下に彼は怪訝な顔をした。そして部下に先導されて問題のある場所にやってくると――。


「なんだ、これ……?」


『教祖! 教祖! 教祖!』

『どけどけそこをどけー!』

『教祖様のお通りだああ!』


 部下の顔をした無数の信者が、神輿を担ぎ上げてカチコミをしていた。いったい何を言っているのかは分からないと思うけど事実です。はい。


「お前ら何やってんだあああ!?」


 言動がおかしいものの、神輿を上げて教祖と叫んでいる男たちは全員ウェルズの考えに賛同した者たちばかり。それなのにいつの間にかこんな頭のおかしい連中に成り下がっていた彼らに対しウェルズは困惑を隠しきれない。


「来たぞ!」

「教祖様をお守りしろ!」


 ウェルズの登場に信者たちが神輿を守るように陣形を組む。そんな彼らの行動を見たウェルズは、懐からショットガンを取り出して信者たちが担ぎ上げている神輿へと照準を合わせた。


「何が起きてんのか分からないが……この落とし前は付けさせてもらうぞ!」


 信者の様子からして恐らく神輿の中に元凶がいるのだろう。そう考えたウェルズだが、そこに信者が妨害しようと襲い掛かってきた。


「撃たせるな!」

「おい、隊長を守るぞ!」

「クソ、正気に戻れお前ら!」


 信者と部下の衝突が始まる。ここで考えなしにショットガンを放てば部下に当たる可能性を否定できない。


「なら!」


 なら敢えて接近をするしかない。


 跳躍して、自分の部下と揉みあう信者の頭を踏んで、更に飛ぶ。一気に教祖がいるであろう神輿へと接近し、ショットガンを構えた。


「マズイ!」

「教祖様ー!!?」


 信者の悲鳴を顰めながら聞くも、引き金に置いた指が緩むわけでもない。そのままウェルズは引き金を引くと、周囲に銃声が鳴り響いた。


「ふぅ……」


 信者も部下も静まり返る。元凶はこれで消えた。これで信者となった元部下も元に戻るかもしれない。そう考えたウェルズだが、ここでふとした違和感を感じた。教祖とやらがいる神輿を撃ち抜いたというのに、信者共の反応が薄いような気がしたのだ。


「……」


 腕を伸ばし、そっと神輿の扉を開く。


 するとそこには。


「なっ……」


 のだ。


 一瞬信者は何もない神輿を信仰していたのかと思った。だが違う。信者の顔を見るとどいつこいつも顔に笑みを浮かべていた。まるでウェルズの行動が想定内であるかのような――。


「……囮か!」


 そう気付いた瞬間、信者と部下との揉みあいが再び始まった。再び混沌の様相を見せる場所にウェルズが顔を歪ませていると、背後から見知った男の声が届いた。


「よぉ、お望み通りやってきたぞ」

「!? お前は……!」


 すぐさまに振り向いた。この声を聞いて間違いようがない。かくしてウェルズの想像通り、背後には見知った顔の男がいた。


「アーノルド! おいおい本命がここにいるだと? 何考えてやがる」

「本命? いいや違うな。俺も信者アイツらも立派な囮だ」

「なんだと?」


 アーノルドの言葉にウェルズは理解できなかった。アーノルドといえば部隊内でも有名なワンマンアーミーだ。連携を必要とせず、ただ一人で戦果を上げる決戦兵器。そんな彼が自分のことを囮だと言ったのだ。


 それが指し示す事実とは。


「そうか、協力者がいるんだな?」

「そうだ。今頃俺の娘を探している頃だろうよ」

「ふっ、お前が他人に娘の救出を任せるとはな」


 ウェルズの知っているアーノルドは、重要な任務は自分でやる性格の男だった。他人を信用していないというわけではないが、自分がやれば確実だという圧倒的な自信があるからだ。

 そんなアーノルドが娘の救出を他人に任せた。その協力者の実力を信頼しているのか、それとも。


「それにしてもウェルズ……お前は死んだ筈だ」

「ふっ……奇跡的なトリックで生き残ったのさ」


 まるで世間話のように話を始める二人。だがこの二人に友人のような雰囲気は感じられない。


「俺を助けた奴は言った。この世界は邪神が作った箱庭であると」

「……」

「人々の命を狙うモンスターや、平穏を脅かす災害は全部人々を苦しめるためにあるんだってな」

「それを信じたのか」

「当然さ、アレを見せられてはな」


 アーノルドは、どうやらウェルズが狂ったのではなく確固たる信念の元に行動しているのだと理解した。それ故に彼の考えを変えさせることを諦めた。


「なぁアーノルド」

「……なんだ」

「俺と共にこの世界を破壊しないか?」

「断る」


 その答えを予想していたのか、ウェルズはただ肩をすくめて鼻を鳴らした。


「一応聞こうか」

「この世界は確かにクソだ。だがそれ以上に俺たちが守るべき命も存在している。そんな彼らの住む世界を破壊するわけには行かない」

「分かってないなアーノルド。命を守るというならこの世界は破壊されるべきなんだ。なーに、全部壊れたら魂が楽園に行くだけさ」

「それを信じるわけにはいかない」


 両者ショットガンをお互いに向けて構える。


「変わったな、ウェルズ」

「この世界が俺を変えたんだ」


 かつては同じ志しを持った仲間。それが今やこうして銃を向き合っている。これがこの世界の日常なら、確かにこの世界はクソなのだろう。


 それでも。


「お前を止める」

「やってみろ」


 お互いの信念は譲れない。


『『オープンコンバット』』


 コマンドーの戦闘スキルが、発動した。




 ◇




 はい、どうも本命のセンリです。一時はどうなるかと思ったけど、どうにかして作戦を修正して、こうして一人で隠密行動を取りながら教官の娘さんを探していました。


 でも。


「ちょっと、ヤバいかも」


 僕は絶賛ピンチに陥っています。

 というのも。


「あ、あ……」


 教官の娘さん(推定八歳)が僕に向けて襲い掛かろうとしているのだ。


 ――パワードスーツを身に包みながら。


「どうしよう」


 僕のジョブに攻撃系のスキルはない。あったとしても娘さんを無事に救出してパワードスーツだけを破壊するスキルはない。


「う、うぅー……っ!」


 加えて尋常じゃない様子の娘さんだ。恐らく洗脳か何かを受けているのだろう。


「やるしかないのか……!」


 :どうすんだよこれ!

 :もしかして詰んだ?

 :逃げ回るしか……?


「いや」


 手段はある。あるけど本当にやっていいのか分からないし効くかどうかも分からない。ただ実績だけはあるから可能性だけはあるかもしれない。


 ならやるしかないだろう。


「よし、やるか……!」


 ――ASMR式逆洗脳を!

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