第2話 深淵もまたこちらを見てるってか見すぎ

 時刻は夜の十時頃。

 人生初の回らない寿司屋で舌鼓を打ち、帰宅した後に色々寝る準備を終わらせた頃。僕は満足感に包まれながらベッドの上に寝転んでいた。


「寿司……美味かった……」


 どうしてこんなに美味いんだ寿司。

 反省しろ寿司。


「……お母さんの言う通りだったな」


 ゲームの中でも寿司は食べたし、美味かったけど現実で食べる寿司も美味い。それどころか、今でも感じる満腹感と余韻でゲームよりも幸せに感じるのだ。


 味だけではなく満腹感。人は美味いものを食べて腹が膨れれば幸せを感じる生き物なのだ。そう考えるとなるほど、確かにゲームと現実とは違うと実感する。


「さてと……」


 明日は亮二の配信に出る日だ。当初はカメラマンとして亮二の配信に出る予定だったけど、エクストラリワードの関係で亮二よりも先に配信者になってしまったため、当日はコラボゲストという扱いになるらしい。


「コラボかぁ」


 配信者同士が共演することだけど、まさか幼い頃から過ごしてたアイツと配信のコラボをやるとか思ってもみなかったな。


「でも確か龍一兄からの条件で同時接続者数五十万人超えないと駄目だったよね……」


 僕と亮二が今持っている『VRリンク』は、亮二が自分の兄、白銀龍一と交渉して手に入れた物だ。そのための条件として上記の内容を出したらしいんだけど……いや厳しくない?


「明日の配信でそこまでの数字に辿り着けるのかなぁ……」


 出来れば亮二の助けになりたいし、万が一駄目だったとしても、今はエクストラリワードで手に入れたお金があるから亮二の分の『VRリンク』を買えると思う。けど亮二は断りそうだなぁ。


「そういえば僕ってレースの時に配信してたよね?」


 そう言って、僕は自分のチャンネルを開いて確認する。この時に多少知名度が上がってれば亮二の配信の助けになれそうだけど……あれ?


 なんかこの数字……少し変。


「いや登録者数7.2万人!? いや待って……待って!? 自動投稿されてるアーカイブの再生数が100万超えてる!? しかも最高同時視聴者数5.6万って何!?」


 え、僕違う人のチャンネルを開いちゃった!? いや何回見ても僕のチャンネルだ。『センリちゃんのチリチリチャンネル』とかいう馬鹿みたいな名前のチャンネルもこれ一つしかないし!


「思い返してみたら始まりと終わりの挨拶すらもしてないクソ配信だったのにどうして!?」


 あまりの状況に僕は部屋の中をぐるぐると回る。これはつまり、不特定多数の、それもかなりの人数からあの配信で僕のことを気に入ってチャンネル登録をしてくれたというわけなのだ。


 嬉しいという気持ちとヤバイ(複数の意味)という気持ちが僕を落ち着けなくさせている。これは僕はいったいどうすればいいんだ!?


「あわ、あわわわわわわわわ!!」


 その時だった。


「お困りのようだねお兄ちゃん」

「祭里!? ノックしてよ馬鹿!」

「反応が女子だよ?」


 男も女も変わんないと思うけど!


 ノックせずに入ってきたのは僕の配信チャンネルにおかしな名前を付けた愚昧だった。祭里はまるで僕の状況を察しているかのような笑みを浮かべて、こちらへと近付いてくる。


「案の定騒いでいるね!」

「知ってたのか祭里!?」

「いやさっき知った」


 じゃあなんでそんな全てを察しているような表情をするんだよ紛らわしいよ!


「私だってびっくりしたもーん。でもさ! これで亮二にいの助けになれるんだからいいでしょ!」

「助け? ……あっ、そうか」

「これぐらいの登録者がいたら、亮二にいの配信にも人が流れると思う!」


 コラボ効果で人が増えるのは確かによくある現象だ。確かにそう考えると亮二の配信に貢献できるかもしれない!


「そうと決まったら、はいこれ!」

「え、なにこれ?」


 そう考えていたら祭里からスマホの画面を見せられた。するとそこにはティーウイッターのとあるアカウントページだった。


「……センリちゃんのチリチリ公式アカウント~? ……ってまさか祭里!?」

「お兄ちゃん、配信のアカウントだけ作ってティーウイッターのアカウントを作ってないでしょ?」

「そ、それは……」


 ティーウイッターは世界中で最も使われているSNSサービスだ。配信者と言えばティーウイッター。ティーウイッターと言えば告知もお知らせも呟くことができるSNSだ。知名度を上げるという点で最も便利なツールじゃないか。


「これから私がお兄ちゃんのSNS大臣になってあげるから!」


 はっきり言ってありがたいとは思う。僕もティーウイッターのアカウントは持ってるけどそれは見る専で自分から呟いたことはなかった。呟いても呟く必要のあるキャンペーンとかでやる時だけだ。


 でも、一つ注意したいことがある。


「何が、目的……?」


 この妹が善意で自ら兄の手伝いを申し出る性格ではないことを僕は知っている。きっとこの行為の裏には真っ黒に輝く欲望が渦巻いているかもしれない。


「……ふっ」


 僕の問いに、祭里は微笑んだ。


「勘のいい兄は好きだよ」

「やっぱり!」

「話がスムーズで結構! 私がお兄ちゃんに要求するのは……!」


 そう言って、祭里は親指と人差し指で輪っかを作って僕に見せた。


「へ、へへ……これでやんす……」

「いや欲望が現金!!」


 二重の意味で現金すぎるよ祭里!?


「そこは物とか頼み事でしょ!?」

「それで欲しいものが手に入るわけないでしょ! 今ソシャゲで素敵な衣装を着たキャラがピックアップされてるのー! このキャラのコスプレ用衣装を作るために引きたいのー!」

「まぁ確かに今お金はあるけどさ……」


 お金に関してはそんなに執着してないから、欲しいって言われればあげるけど。まぁちゃんと後で返してくれるならね? そこはモラルの問題だから。


「私思ったんだよ」

「うん」

「これまでお兄ちゃんに物を強請ねだってさ、私の方から何も返してあげてないって」

「そうだね。本当にね」

「ここで少しでも借りとか返さないと大金持ったお兄ちゃんが私に愛想を尽かせて独立しちゃうって思って! そうしたら私は誰から強請ればいいの!?」

「最悪な本心が出てきたな」


 どうして辞書に本音と建前という二つの言葉があると思う? 人間どちらか一方だけあっても関係は続かないんだよ。


「なので! 私はお兄ちゃんのSNS大臣になって、お兄ちゃんの配信活動に関わることを決めました! こうすれば強請っても報酬という扱いで物が貰えると思ったので!」

「色々言いたいことはあるけど……」


 まぁ労働の対価という点では以前の関係よりマシか?


「という訳で、はい! カオスチューブのチャンネルと公式アカウントの相互連携完了っと! これでお兄ちゃんは私なしの体に戻れ――」


 ピロン。


「あれ?」

「どうしたの? 通知?」

「う、うん……そうだけど……」


 ピロン。

 ピロン。


「何か増えてない?」

「あの、ティーウイッターの通知が止まらないんだけど……」


 ピロン。ピロン。ピロン。

 ピロン。ピロン。ピロン。


「ちょ、通知音がヤバいことになってるよ!」

「ひぃふぅみぃ……えーといっぱい! 何かいっぱい来てる!」

「分かってるよそんなことは!」


 ピロロロロロロロロロロ!!!


「『リョウ』『カグラギ園長』『混沌ウサギ』『みるぷーお姉さん』『ちゃんぴー』『ハロン博士』『ドクターサザナミ』『ミキえもん』……お兄ちゃあああああああん!!? 何か結構知ってる有名人ばっかり来てるぅぅぅうううう!!」

「おおおおおおおちおちつ落ち着け祭里ぃ!」


 通知は止まらない。

 震えも止まらない。


 まるでスマホの中から得体の知れないバケモノが現れるかのような振動を見て、僕たちはお互いを抱き締め合って震えていた。


『あわ、あわわわわわわわわ!!』


 通知怖いよぉ!

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