インタールードその2

第1話 発狂するファミリー

 その日の夜。


「フォオオオオオオオオオ!!」

「フォオオオオオオオオオ!!」


 満長さんちのお嬢様方が発狂している……。


「ふぉおおお……」


 父さんも内なる狂気に抗えなかったようで小声で拳を天に向けていた。いやまぁ分かるよ? 僕もまさかカオスレースに優勝したらリワードで『世界一周旅行(永年無料パス)』を貰えるとか思ってなかったんだ。


 そう、世界一周旅行をいつでもできる権利だ。


 その事実にお母さんと祭里が狂喜乱舞しているわけである。それに新しい物とかハイテク好きな父さんにとって、自家用ジェットを貰えるという話は十分精神を狂わせるものらしい。


「お兄ちゃん……私お兄ちゃんの妹で良かった」

「これまでは思ってなかったの?」


 祭里はいつも現金だなぁ。目も¥のマークになっているや。それじゃあさっさと離れろ魔女め。僕はこれまで祭里が僕に対してやってきたことを忘れてないぞ。


「いやぁもうずっと千里にはゲームをやっていて欲しいわぁ」

「死ぬって」


 あれだけゲーム廃人になるからとVRを買ってくれなかった癖にリワードの虜になっていやがる……やはり人というのはリスクよりもリターンが上回るとそれを取るんだなって。


「世界一周旅行かぁ……世界中のありとあらゆる可愛いものが見れるのかしらぁ」

「祭里は世界中のファッションを見てみたいなぁ……あっパリとかどーよ!?」


 可愛い物好きな母とファッション好きな妹が世界に思いを馳せている……でもなぁ。


「そういえば千里はそんなに喜んでいないな、何故だ?」

「お兄ちゃんインドア派だからねぇ!」

「外よりも家の中でゲームを遊んでたりするのが好きな子だからねぇ」

「その通りだけど言い方ね」


 もっとオブラートに包んで貰おうか。さて、父さんの質問に答えるか。まぁ理由は一つだけだけど。


「だってVRがあるから」

「えぇ〜? ぶいあーるぅ〜?」


 妹がかつてない馬鹿にしたような目を浮かべていやがる……僕より身長が高いから威圧感が凄いな。ってか兄を威圧するな。


「VRと世界一周旅行がどう関係してくるのよ」

「僕たちVRを買ってないせいで分かんないだろうけど、VRの普及率は凄いんだよ?」


 全家庭の七割ぐらい普及してるレベルだ。スマホよりも低いものの、パソコンと同レベル……いやそれすら超えていると言ってもいい。


「うん、それで?」

「当然その普及率と比例してVR内のサービスも向上してるの」


 VR、つまりは仮想空間。仮想空間で再現できるものはほとんど再現されてきたと言ってもいい。

 VR内で手に取ってショッピングしたり、それで気に入ったものを注文して届けさせるとか。VRで映画館に入るとか。なんだったら好きなアーティストのコンサートもVRで見れるというね。


「なんだったら各国の首都を再現したバーチャルツアーとかもやってるんだよ」


 現実と変わらないVR世界でも旅行できるんだったら、わざわざ現実の世界一周旅行とか行かなくても変わらないと思うんだ。


『ほへぇ……』

「ほへぇ……って、聞いてる?」

「聞いてる聞いてる。でもね千里、私は現実だからこそ得られない物があると思ってるのよ」


 お母さんの言葉に僕は首を傾げた。


「現実、だからこそ?」

「現実だったらお腹も膨れる。現地で寝て起きるという体験ができる。雨が降って突然のハプニングに見舞われる思い出も作れる。現実だからこそ得られない体験があるってわけよ」


 お母さんの言葉を聞いて考える。確かにVRは現実さながらの体験ができる。でもやっぱりそれは現実ではないのだ。偶然の積み重ねが人生というのなら、ある意味予定調和な仮想空間とじゃ得られる体験が違うのだろうか。


「まぁ確かにVRでご飯食べてもお腹膨れないし、現実じゃあ何も変わらないしね」


 そう言った瞬間。


 ガシィッ!


「お、お母さん!?」

「それはつまりいくら食べても太らないということ……?」

「ま、まぁそうだね」

「前言撤回! やっぱりVRは素晴らしいわ! やっぱり人生を豊かにするのは人々の叡智よねぇ〜」


 この母、信念は無いのか?


「そうと決まったら全員分のVRを買いに行こっか!」

「全員分!?」

「何だったらハイクラスでもいいわね!」

「ハイクラスを全員分!?」

「なーにお金はいっぱいあるじゃない!」

「それでもまだ振り込まれてないよ!」


 いつも思うけどこの母、思い切りが良すぎるよ! やっぱり祭里の現金な性格はお母さんから来たのかもしれない……。


「お母さんの思い切りの良さは千里にも引き継がれているけどな」

「何か言った?」

「いいや、何も」


 何故か分からないけど父さんが微笑んでいる。いったいこの顔で何人の人を狂わせてきたんだろうね。


「あっそうそう! この間お兄ちゃんがエクストラリワード取ったじゃん! そのリワードが公開されてネット中話題になってるよ!」


 そう言って祭里が自分のスマホの画面を見せてくる。そこには僕が見つけたエクストラリワード『物質転送装置に関する論文と設計書』が『カオス・イン・ザ・ボックス』というゲームのユーザーから見つけられたという報告。そしてその試作機の制作を進めているという内容だった。


「『物流に革命が起きる』、『運送会社壊滅するのでは?』、『どこ◯もドア来るー?』、『ハエ人間できるって!』……色々言ってるね」


 もう『こんばこ』というゲームが出てきて以降、この世界は空想でしかなかったSFの世界に突入してきている。僕が見つけたエクストラリワードもその傾向を助長するものだ。


「ってかさぁ……凄い技術者なのにどうしてこんな凄い論文をゲームに実装させてるんだろうね」


 祭里の疑問ももっともだ。そう思って無断で祭里のスマホを使って調べると、どうやら論文作成者であるハロンさんとやらにインタビューしたらしい。


 そうして返ってきた言葉というのは。


「『トレジャーハントって楽しいよね』、か……いやいやいや」

「いやウケる」

「こう、技術の発展よりも遊びを選ぶとは……」


 あまりにあまりな返答に顔を引きつらざるを得ない。いやだって科学者だったら泣いて悔しがるレベルの技術を発明しといてやるのが楽しさ優先だよ? 助走付けて殴りに来るレベルだよ。


「うーんでもあれじゃない?」


 そんな父さんの呆れに対し、お母さんが楽しげに自分の考えを話す。


「自分が発表しても、誰かが論文の内容を見つけても同じ発展に繋がるならより楽しい方を選ぶんじゃない?」

『……』


 まぁ……だから科学者とか著名人が『こんばこ』にリワード報酬を提供しているんだろうね……。

 そう考えるとお母さんの考えもあながち間違いじゃないのかも。


 ピロン。


「あれ?」

「どうしたの?」

「あぁいや、何かスマホから通知が」

「私のじゃないよね?」

「僕の奴からだね」


 そう言って僕は祭里のスマホを返すと、懐からスマホを取り出した。するとそこには『こんばこ』連携アプリからの通知が入っていた。


「えーと……あっ! エクストラリワードに関する報酬を振り込んでくれたって!」

「あら、ついに来たわね!」

「キタキタキタキタ〜! ねぇねぇどれぐらい? どれぐらいなの?」

「おいおいはしたないぞ祭里」

「えーとちょっと待ってね、今数えるから」


 一、十、百、千……あれ?

 何か億超えてない?

 あれ? 


 十億すら超えて……あれ?

 まだ続いてる……?


「お、おいどうした千里? 体が震えてるけど大丈夫なのか?」

「顔が青通り過ぎて白に……」

「……あっいやまさか」


 どうやら何かを察した祭里が僕と同様に顔を青褪めていく。


『……』


 ただならぬ雰囲気を出す僕らに両親も勘付いたようだ。ゴクリと喉を鳴らし僕のスマホを見つめる。

 そんな家族に僕は、そっとスマホの画面をテーブルに置いた。


『……………………………………』











 この日、満長家から叫び声が出た。




 これが毎月振り込まれてくるのだ。しかも場合によっては増額されることもあるという。




 あっ、この後の夕飯は寿司でした。

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