第7話 みるぷーお姉さんは飽きたくない

 SIDE みるぷーお姉さん


 なははは!

 やっぱりあたしの目に狂いはなかった! いや感覚? 直感? まぁそんなことはどうでもいいか。

 重要なのはこの二人は最高のチームメイトだということ。カトちゃんにはカオスレースに必要な素質である負けず嫌いと折れない心、そして勝利するための才能がある。


 ここ三十年、昔と比べて今の世界のAI事業は格段に進歩を遂げている。そりゃあ睡眠型VRに人間と変わらないNPCだよ? そのNPCに使われてるAI技術によって、世界のAI技術は進化したのだ。


 だからカトちゃんがカオスレース用にカスタマイズされたNPCである考えはない。

 AIが人間と変わらない才能を持っていることが信じられている今の世界だからこそ、あたしはカトちゃんを信じられるのだ。


 それに加えセンリちゃんはもう最高!


 カオスレースどころか『こんばこ』というゲームと相性良すぎ! どうして今まで『こんばこ』をやってこなかったのか不思議なぐらい。


 何せ思い切りがいい。

 あと発想が柔軟。

 巡り合わせもいいし、楽しむ心がある。


 このゲームをやってるとリワードのことを考えすぎて雁字搦がんじがらめになる人が多いからさぁ、勿体ないと思っちゃう。


 だからこの二人とならこのカオスレースを楽しめると思ったのだ。この二人となら……あたしは飽きなくても済むと。


『さぁここで一番初めに『嵐龍山脈』から折り返してきたチームは――……出てきましたぁ! チーム『カトぷリ戦隊』だぁ! このまま勝利への栄光を掴むのかぁー!?』


 何度も言うようにカオスレースはそんなに甘くない。甘かったらあたしが年中齧り付いてやるというのに、クソ苦すぎるんだよねぇカオスレースって奴は!


『いつものように空中を走るというズルい方法で難関ポイントを素通りしていくぅ! この圧倒的なアドバンテージに後方のチームは追い付け……何だあの光は!?』


 マズイ!


「カトちゃん、全力で右へ回避!」

「っ、えぇ!」

「うわぁ!?」


 僅かに車体が右へ行ったものの、それよりも早く光線が着弾し、歌詞の道から吹き飛ばされた『マッドデストロイヤー』が落下する。


「センリちゃん!」

「〜〜〜♪」


 だけどその途中でセンリちゃんが再び歌詞の道を作ってくれたお陰で態勢を整えることができた。


「あんにゃろうめ……邂逅一番随分な挨拶をしてくれたもんだにゃあ……!」


 光線を撃ってきた方向を見る。するとそこには一台の近未来的なスポーツカーと、その隣に一人の光線砲を構えた女がいた。


殿堂入りチャンピオン……!」

『貴女がチームを組むとはね、みるぷー』


 そう言って『殿堂入り』が車の中に入る。ブオゥンとまるで怪物の目覚めかのようなエンジンの起動音。そして――。


『は、速ぁぁい! 『空中群島』唯一の移動手段である超気流をスムーズに乗り継いで各島を走破していくぅーッ!』


「何ですかあの規格外な運転は!?」

「まるで蛇のようだ……!」


 二人の驚愕した声が聞こえる。それは仕方がないことだ。あの『殿堂入り』が走る軌道はテールランプの光も相まってまるで蛇が水中を泳ぐような光景に見える。


「フルスピードで行かないと置いてかれるぞー!」

「わ、分かりましたわ!」


 まぁ、それでも追い付けるのが関の山かねー? それほど運転技術も車の性能も向こうの方が上だから、キツイと思うぜぃ。


 さーて。


 どのコンテンツにも存在する頂点プレイヤーと言われる存在がいる。『殿堂入り』と呼ばれる彼女も、このカオスレースにおける頂点プレイヤーの一人なのだ。


 そしてその彼女を打倒し、優勝するのがあたしの目的……ではない。


 そんなことはどうでもいい。


 ただあたしはあたしの楽しみのためだけにこのレースへの参加を決めた。いつものようにソロではなく、チームを組むという手段で。


 チームでの参加を推奨しているカオスレースにおいて、ソロで挑むなど極小数。様々な担当を分けてレースをするのが一番効率が良いと言われているのがその理由。


 そんであたしはその実力のあるソロってわけ。ほらあたしって何でもできるしね。


 でもあたしにだって初心者の頃がある。カオスレース常時完走者って言われてるけど、始めたての頃は途中脱落しちゃったし。


 でもあたしはもう二度と負けたくなくて、二度と途中で終わるのが嫌で、次のレースまでコースの下見や観察に徹したのだ。


 あの時は楽しかった。


 生身のまま調べるという正気を疑う行動をしながら、未知なものを解き明かしていく快感があった。一見走破困難なポイントを最短効率で駆け抜けるコースを考えるのが好きだった。


 そして常時完走者と呼ばれたってわけ。


 まぁ完走しても純粋な力量やマシンスペックで負けてたりと優勝を逃した回数は多いけども。それでも対策すれば勝てた。


 あぁでも。


 初心者の頃と比べて熱く感じなかったのはなんでだろう。対策すれば勝てる。情報収集すれば勝てる。あの頃と違って余裕があるというのに。


 ――余裕?


 そう。

 今のあたしには余裕がある。絶対に負けないと必死に調査していた頃と違って、今は負けても次があると考えるようになった。


 それを自覚した瞬間、どこか心が冷えていく感覚があった。カオスレースは好きだ。でもあの頃のような情熱はなくなっていった。


 ――それはつまり飽きているのでは?


 違う。飽きていない。飽きていないはずだ。今でも一番楽しいはずだ。強くなる過程が一番楽しいだなんてそんなことはない。

 今も昔もあたしはカオスレースというコンテンツを変わらずに楽しんでいる。


 うん、分かってる。

 今と昔とじゃ考えが違うって。でも認めたくないじゃんか。このレースはあたしの全てだなんて言って、結局飽きるって尻軽過ぎない?


 引退か、だなんていう言葉が一瞬脳裏によぎった。まるで夢から目が覚めるのかぁって他人事のように考えたりもした。

 その時に、カトちゃんと出会った。チームメイトを探していた彼女と会った瞬間分かったね。


 この子はあたしと同類なんだと。


 だってこの子は飽きていたから。でも全て飽きたということを認めたくなかったから。


 だからあたしたちは手を組んだんだ。


『なんていうデッドヒートォ! 巨体を活かした物量を持つ『カトぷリ戦隊』の攻撃を圧倒的スピードと小回りを持つ『殿堂入り』が躱すゥゥッ!』


 近付けば引き離され、距離を取ると光線砲で撃ってくる……! あんにゃろうスピードはあっちの方が上だっていうのにゴールへ行かず、あたしたちを蹴落とすことに全力を出しやがって!


「なは、なははははー!」


 いやぁ笑うしかないね!


『貴女が運転してた方がもっと楽しめたと思うけど、残念ね』

「残念なのはアンタの頭じゃーい!」

『……なんですってぇ!?』


 これは飽きたくないがための縛りプレイだ。あたしがナビをしてチーム全体の勝利を掴み取るのがあたしの今回のプレイ方針だ。

 それにその方法を取れば運転手であるカトちゃんも満足すると思ったからというのもある。


 舐めプだろうがなんだろうがこっちは引退かどうかの瀬戸際なんじゃい!


「言っておくけど、アンタの相手なんてこの二人でも十分なんだわぁ!」

『ハッ、戯言垂れ流し器が何を言うかと思えば!』


 戯言垂れ流し器って何!?


 あーもうとにかくコイツとの決着は『岩雨平原』でつけてやる!


 これから絶対王者の悔しがる顔が見れないのは残念だけどねぇ!

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