第8話 MAD RACER ~怒りのクレイジーロード~
「陰湿だああああ!」
みるぷーお姉さんが叫ぶ。彼女の言う通り『殿堂入り』はゴールではなく、明らかに僕たちを潰そうと動いている。彼女の力量やマシンスペックであれば間違いなく僕たちを引き離して真っ先にゴールへ行ける余裕があるというのにだ。
「……ですが、逆に言えば安心して迎え撃てるということ」
「ここをお前の墓場にしてやるぜぃ……!」
まぁ墓場は通り過ぎたけど。
それはともかく、僕たちの戦意は高く、相手が僕たちを潰すことに集中しているならじっくりと徹底抗戦するつもりだ。というわけで先ずは僕からだ!
『っ? 何かを投げた?』
僕が投げたのは手のひら大サイズの四角いキューブ。ご存じの通り『サウンドオブジェクト』だ。相手もすぐにその存在を思い出したのか、怪訝な顔をしている。録音した音を再生するだけのスキルを使ってきたことに疑問を抱いているのだろう。
しかし。
『……っ、これは!?』
凄まじいまでの直感が働いたのか『殿堂入り』が回避行動を取る。その瞬間、僕が放った『サウンドオブジェクト』から具現化した巨大なオノマトペが出現する。
ドスンッ!!
地響きを鳴らしながら落下したオノマトペ。当たれば確実に大破コースだというのに、察しの良い『殿堂入り』は甘くないということだ。
「チッ、惜しいねぇ!」
『吟遊詩人にこんな使い方が……』
スキル『サウンドオブジェクト』は音を録音して、再生するスキルだ。ならば同じ音である『サウンドビジュアライズ』も録音できるはず。そう考えた僕は試しにやったらできたというわけである。
スキル『サウンドビジュアライズ』は当然のことだが音を発しない限り具現化されない。その音を発する行為を『サウンドオブジェクト』にやらせた結果、音が再生された瞬間スキルが発動してオノマトペが具現化されたのだ。
「それぇ!」
『私に当たると思って?』
二個目のオノマト爆弾を放るけど、当然それは回避される。だけどその回避した先を、僕たちは読んでいた。
『っ!? 何故岩がここに飛んできて――』
当然『殿堂入り』もみるぷーお姉さんと同じく『岩雨平原』の岩石の落下予測能力を持っているだろう。そのため上空からの大岩で潰される可能性はないに等しい。
でも逆に言えば、全ての落下地点を予測しているからこそ、その油断を突くことができるのだ。
『殿堂入り』の前方から飛んでくる大岩は上空からではない。それは既に落下していた大岩を、『マッドデストロイヤー』の車体をぶつけて飛ばしたものだ。当然、車が壊れないように僕の『サウンドビジュアライズ』による盾を間に挟んでいるけども。
『――なるほど』
だがそれすらも『殿堂入り』は回避する。まるで光の軌道を描くように、テールランプの尾を引きながら回避したのだ。
「早い……!?」
「うーんバケモノスペックで草生える」
「そんなことを言ってる場合じゃないよ!?」
こんなもの、ガン○ムのトラン○ムシステムでしか見たことがないよ! 見てから回避余裕とかちょっと無理ゲーが過ぎる!
「っ!」
何かを察したカトリーナさんがハンドルを切って横に移動する。その瞬間、僕たちがいた場所に極太の光線が通っていった。なにあれこわい。
「『殿堂入り』は光に関するスキルを使ってくるから気を付けてねー」
『そんなことは早く言って!?』
みるぷーお姉さんの遅い忠告に僕たちは口を揃えてツッコミを入れた。
「光のように加速する『残光』。大小自在、縦横無尽に湾曲する光線を放つ『極光』。この二つのスキルには気ぃ付けなはれや?」
どれも反則レベルに凶悪なスキルだ。そして逆に言えば、このスキル以外の行動は全て彼女自身のリアルスペックによるもの。流石『殿堂入り』と呼ばれるほどの化け物具合だ。
「――まぁでも、それで弱点がないわけじゃないぜぃ?」
『え?』
「昔から、こういうスピードタイプの相手には攻略法が決まってるわけさ!」
みるぷーお姉さんは前から『殿堂入り』の攻略方法を考えていたのだろう。彼女は不敵な笑みを浮かべ、勝利を確信していた。
◇
『ん? ……曲が変わった?』
先程まで流れていたスピード感溢れる曲から、まるで威厳、畏怖、絶望を表した曲が辺りに響いている。
:これはあのゲームのラスボス曲じゃねぇか!
:緊張感ぱねぇwww
:ラスボス曲をここで流すのか
:つまりここで決着を付けるってこと!?
ゲームにおいて絶対に負けられない戦いがある。それが世界の命運や願い、希望や目的を懸けたラスボスとの戦いだ。当然その戦闘では緊張感が漂い、それでいてプレイヤーの心を沸き立たせる曲が流れるのだ。
それがラスボス曲。
僕たちにとって、優勝を阻む『殿堂入り』がラスボスとなるのだ。
「やぁ!」
『また爆弾を……何回やっても同じこと!』
「はぁっ!」
『回避した先を読んで突っ込んできた!?』
先読みは『殿堂入り』の専売特許ではない。みるぷーお姉さんもまた先読みのプロなのだ。僕のオノマト爆弾を回避した『殿堂入り』に向かって『マッドデストロイヤー』が突っ込んでいく。
いくら早くても『殿堂入り』の乗る車は『マッドデストロイヤー』ほどの耐久力はない。スピードを特化させ、攻撃は『殿堂入り』自身の攻撃に依存したその車は『マッドデストロイヤー』ほどの物量をぶつければ容易く大破するだろう。
だけどそれを見過ごす『殿堂入り』ではない。
彼女は瞬時に僕たちの意図を理解してハンドルを切る。それによる車の動きは信じられないぐらいの機敏さを発揮した。
一秒遅れて『殿堂入り』の車がいた場所を素通りしてしまう僕たち。そんな僕たちに『殿堂入り』がほくそ笑む。
『同じことを何回させるつもり?』
「逆に聞くけど同じことやって飽きないのかにゃあ~?」
『戯言を……っ!?』
だがここからが僕たちの、いやみるぷーお姉さんの策だ。
『なっ、これは!?』
彼女の車が回避したそのすぐ右隣に歌詞の壁が並んでいた。
「スピードタイプの攻略法の内一つ! 退路を奪うこと!」
いわばその歌詞の壁はガードレールだ。これにより『殿堂入り』は走る方向を強制されることとなる。そんな光景を見た僕たちは、すぐさま反転して『殿堂入り』の車へと向かっていく。
『この壁、しつこいっ!』
幾らスピード上げても、歌詞のガードレールはぴったりと『殿堂入り』の横に現れ、逃れることができない。ならばとハンドルを切ってガードレールのない左へ行こうとしても、その判断は少し遅かった。
「へいチャンプ!」
『もう、追い付いたの!?』
パワーもあるがスピードもある。それが僕らの『マッドデストロイヤー』だ。右を向けばガードレール。左向けば『マッドデストロイヤー』。『殿堂入り』の退路はこれで潰れた。
そして、曲が変わる。
:きたあああああ!!
:やっぱラスボス戦には逆転用のBGMじゃねぇと!
いわゆる処刑用BGM。
最後の戦いでラスボスによる絶望を打ち砕くため、ここぞという時に絆や希望、伏線によって状況が逆転する時に流れる最も盛り上がる曲。
それはそのゲームのメインテーマだったり、主題歌アレンジだったり、新曲だったりと様々だが、共通するのはこの曲が流れた時点で勝利が確定することだ。
『くっ、大きなタイヤのせいで減速できない……!』
彼女の乗る車は小さく、その大きさは『マッドデストロイヤー』の大きなタイヤ二つの間に入れるサイズだった。前後にタイヤがあるため減速しても加速してもタイヤに潰されるだけ。もう逃げ場はない。
「アテンションプリーズ! さぁお客様、目の前の光景をご覧くださーい!」
『くっ何を……馬鹿な!? どうして目の前に岩が!?』
ガードレールと僕たちに挟まれ、誘導した先には大岩があった。そのまま行けば僕たちと『殿堂入り』は大岩と激突して大破してしまうだろう。
「あたしたちの対応に追われて大岩の存在を予測するの忘れてたっしょー!」
『……!』
みるぷーお姉さんの言う通り、図星だった。
「それに加えこちとらチーム! 頭脳担当は冷静に予測できてましたー!」
『みる、ぷー……!! くっ、貴女はそれでいいの!? このままだと仲良く正面衝突をするわよ!?』
「地獄の先まで行こうじゃねぇかぁ!」
『この人全然話聞かない!』
僕もそう思う。
だけどこのまま僕たちも大岩と衝突して大破するのは間違いないだろう。優勝を目指しているのに、このままじゃあ仲良く相打ちだ。
でも。
――みるぷーお姉さんを信じろ!
作戦を伝えたみるぷーお姉さんはそう言ったのだ。ならば僕たちもみるぷーお姉さんを信じて、このまま地獄の底へとトゥギャザーする覚悟を持つ!
「あたしは楽しかったけど貴様はぁ!?」
『あ、ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!』
その瞬間。
二台の車はそのまま大岩へと正面衝突した。『殿堂入り』は逃げ場もなく、真正面からぶつかったため完全に大破。僕たち『マッドデストロイヤー』は直前にハンドルを切ったもの、大岩とぶつかり吹き飛んだ。
走行不可だ。
何せエンジンがやられた。衝突した衝撃で原型すら残っていない。その上遥か後方からエンジンの音が聞こえる。恐らく他のチームがやってきたのだろう。それを理解すると僕たちは負けるのかと思った。
だけど、僕は見た。
みるぷーお姉さんだけが笑みを浮かべていたことを。まるで時間が引き延ばされたような感覚の中で、みるぷーお姉さんはドアを開けて身を投げ出した。
「――これが、最後の作戦だよ」
みるぷーお姉さんは諦めていない。いや、この状況すら想定していた。だからこそこの状況こそが、みるぷーお姉さんの勝利への道筋なのだ。
「『マシンアナライズ』」
みるぷーお姉さんの目が光る。スキル『マシンアナライズ』は修理士ジョブが持つ各種マシンの状況を鑑定するスキルだ。欠点はその目で欠陥を見ないことには鑑定の目が行き届かないこと。
その欠点を補うために、みるぷーお姉さんは車から身を投げ出して吹き飛ぶ『マッドデストロイヤー』の全体を見ていた。
「『エマージェンシーリペア』」
次に発動したこのスキルは、二十四時間のリキャストタイムを持つ緊急時に発動する瞬間修理スキルだ。その長いリキャストタイム以外の欠点として、先ず治したい部分を把握しなければならないこと。
治す部分を正確に把握しなければ、スキルの発動は目の前の分かりやすい損壊部にしか発動しないのだ。
まるで時間が巻き戻っていくように、大破した部分が元の状態へと修理されていく。これがみるぷーお姉さんの策。みるぷーお姉さんの捨て身の作戦。
「行けよマイフレンド」
みるぷーお姉さんが地面に落下する。回収する時間はもうない。カトリーナさんの運転技術によって、吹き飛んだ状態でも復帰できた僕たちは真っ直ぐとゴールに向かうしかない。
「……っ、行きますわ!」
「っ、はい!!」
ゴールすることこそ、みるぷーお姉さんが報われる唯一の結末なのだから。
◇
案の定『殿堂入り』の悔しい顔は見れなかった。だけど今どんな顔をしているのか想像ができる。それだけでお腹いっぱいである。
「アンタも、同じなんでしょ」
彼女は、『殿堂入り』は恐らく飽きていたのだ。完走も優勝も当たり前の『殿堂入り』にゴールは興味を抱く対象ではなくなった。だからあんなに執拗に他人を蹴落とすプレイに走っていたのだろう。
迷惑ではあるが、この戦いで『殿堂入り』がカオスレースに対するモチベを保たせていけたらあたしも嬉しい。
まぁ、それはともかく。
「……ざまぁみろー!」
これだけは、言っておかないとね!
『ゴォォォオオオル!!! 数々の猛者を制し、このオールスターカップで優勝を手にしたチームが決まったあああああ!! あの『殿堂入り』を下し、自分が最強であると証明したチームの名は――』
◇
『カオスレースを優勝しました』
『優勝報酬として『バードボルテージバイク』を入手しました』
『サブクエスト:MAD RACER 〜怒りのクレイジーロード〜 をクリアしました』
『報酬として『マッドメタルゴーレム』を入手しました』
『リワードの取得を確認しました』
『世界一周旅行(永年無料パス)の権利がプレイヤー名:センリへと譲渡されました』
◇
-----------------------------
キャラ:センリ
性別:男
ジョブ:吟遊詩人
アイテム一覧
小型時空注文装置(マーカーだれ×73付き)
バードボルテージバイク
マッドメタルゴーレム
入門用吟遊詩人のリュート
装備一覧
手:みるぷーブースト用マッドフレイムギター
スキル一覧
吟遊詩人マスタリー:SLv.2
サウンドオブジェクト:SLv.1
フェイクボイス:SLv.1
スリーピィウィスパー:SLv.1
開幕のエチュード:SLv.1
風の音撃:SLv.1
BGMボルテージ:SLv.1
SEエフェクト:SLv.1
サウンドビジュアライズ:SLv.1
活路へのオーバーチュア:SLv.1
死力のフィナーレ:SLv.1
パラライズウィスパー:SLv.1
ポイズンウィスパー:SLv.1
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『バードボルテージバイク』
カオスレースの優勝賞品。吟遊詩人用の大型バイクであり、楽器を弾く吟遊詩人のために自動運転機能も付いている。またバイク自体カスタマイズ可能であり、様々なコンテンツのパーツを追加することができる。
『マッドメタルゴーレム』
フォーランド家に伝わる錬金術の一つ。いわばゴーレムを作るコアなのだが、金属製品でないと反応しない。通常の人型ゴーレムになれる他、金属を変形させることも可能で、機械を変形させることもできる。
『世界一周旅行(永年無料パス)』
株式会社ゾーンリンクの子会社の一つである『株式会社ツアーリンク』が運営する世界一周旅行に関するサービス。各国にある豪華なホテルと共に世界一周旅行の永年無料パスをあなたに。ついでに自動運転機能付き自家用ジェットとその他各種フォローサービスを付けてあなたに差し上げます。
サブ2 飽いた女傑は速さを求める
――完。
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