第6話 勝てばいい勝てば(曇りなき眼)

「よーしここで休憩しようー!」


 カオスレースの『折り返し地点』にある入口に辿り着いた僕ら。『嵐龍山脈』の入り口は一見すれば何もない、ただの平原のように見える。とてもこれから山脈に入るような場所には見えない。

 そんな場所で僕たちは、みるぷーお姉さんに上記のような提案を受けた。


「このまま行っちゃ駄目なんですか?」

「センリちゃんのお陰でかなり余裕ができたし、ここいらでガソリンを入れたいんだよねー」


 みるぷーお姉さんの話を聞いて考える。

 確かに『こんばこ』世界に出てくる乗り物は基本的に燃料を使う。動物だったら食料というように無制限に乗り回せるアイテムではない。

 ただ燃料と言っても消費できれば何でも良いらしく、水でもゴミでもエンジンがそれ用に対応してれば十分に機能できる。それらの燃料に格差はなく、あるとすれば燃料となる素材の入手難易度だろう。

 とまぁ、ガソリンが燃料になってるのはぶっちゃけて言えばみるぷーお姉さんの好みでしかない。


 閑話休題。


 話は逸れたけど、現状ガソリンの容量はそれなりにある。悪く言えば中途半端な量だ。だからここでガソリンを入れて準備万端にしたいというのがみるぷーお姉さんの考えなのだろう。


「そうそう! この『嵐龍山脈』は準備万端で行かないと無理無理カタツムリなのだよワトソン君」


 :ここだけ頭おかしいよな

 :俺らどこ走らされてんの!? って場所

 :道という哲学を突き付けられるような場所

 :そもそも道じゃないやろwww


 コメント欄の反応は正しい。僕も事前にこの場所について調べてこなかったら、目ん玉ひん剥いて絶叫してるレベルだ。そう、ここ『嵐龍山脈』は道ではない。それどころか山脈でもない。


 こんな場所をカオスレースの折り返し地点に設定するとか運営は頭おかしいと思うの。


「それじゃあ行くぜ〜!」

「ふふ、腕がなりますわね〜」

「ねぇ、呑気過ぎじゃない?」


 結論から言えば、僕は実感していなかった。口頭や映像で知識を仕入れた僕じゃあ『嵐龍山脈』の本当の脅威という奴を理解していなかったのだ。


 何もない平原を真っ直ぐとひた走る『マッドデストロイヤー』。慎重も何も無い、ただ無警戒に爆走しているだけの状況に僕は不安を感じた。あの、ちょっと慎重に行きません?


 そう思った瞬間だった。


 ふと、まるでそこから先に世界がないと思えるような断絶した崖が見えたのだ。


「目の前、崖ですね」

「そうだねー」

「本当に行くんですよね?」

「そうだねー」

「あのちょっと胃が痛いのでトイレ……」

「そうだねー」


 駄目だ、もう後戻りできない!


 崖の下は明るく、白い煙が立ち込めている。いや見方を変えればあれは雲だ。つまり、まるで遥か上空に存在する崖から飛び降りようとしているわけである。


「っ!」

「スキルはまだ使わなくていいよー」

「いや、でもそれじゃあ!?」

「ではレッツスカイダイビング!」

「きゃあああああ!!?」


 クソぅ、変な声出ちゃったじゃないか!


「ッ! 地面だ!」

「はいカトちゃんハンドル切ってーっ! がうねるからこのまま吹き飛んで行くよー!」

「っ、分かりましたわ!」


 地面が傾く。その上をタイヤが滑るように着地すると、地面が急激に押し上げてきて、僕たちを


「はいセンリちゃんスキル使って道を作って!」

「『サウンドビジュアライズ』!」


 上空でクルクルと回る『マッドデストロイヤー』の真下に来るように、空中に歌詞の道を作る。ドスンッ! と歌詞の道に着地した音がすると、そのまま加速して走行を始める。


 :こええええええ

 :良く生き残ったな

 :こんなんがこの後何回も続くと


「スキル解除ー!」


 みるぷーお姉さんの言葉通りに道を解除すると『マッドデストロイヤー』が落下を始める。このまま永遠に落ち続けると思ったその時、かなりの衝撃を伴って地面に着地をした。


「うぶっ……こ、固定台がお腹に食い込んで……」

「なはははー! いやぁとんでもないアトラクションだぜぃ! ほいポーション」


 当たりどころが悪くてスタン判定が出ちゃった……体を動かせない僕に、みるぷーお姉さんが笑いながらポーションを投げる。そして。


 パリン!


 :ひでぇwww

 :ポーションの瓶が頭に(笑)


「あっ……ヨシ!」

「どこを見て!?」


 あの、回復はありがたいんですけどぉ! でも放り投げた瓶が頭にぶつかったんですけどぉ!

 いや確かに両手はギターで塞がってるけどさぁ! 今の状況なら瓶を割った方が回復の効率がいいと分かってんだけどさぁ!


「……うん! このまま走っても大丈夫だぜぃ!」


 そんな僕の思いを無視して周囲を観察していたみるぷーお姉さんがそう喋る。カトリーナさんはその言葉に従い、このまま大きな凹凸がある白い地面を走っていく。

 さて、ここまで来るともうお分かりだろう。


 そう『嵐龍山脈』は道ではない。それどころか山脈ではない。その正体は――。


 ――超巨大な龍が空を遊泳する場所だ。


 崖の下が空だとかそういうツッコミは置いといて、先ず見渡す限り地面だと思う物は全てたった一匹の龍の背中だ。

 波線を重ねて海の波を表現するイラストを思い浮かべて欲しい。その波が全て龍の背中に置き換えたのがこの『嵐龍山脈』の光景なのだ。


 龍だからこそ動くし、うねる。なんだったら弾むこともあるし、道の途中が上に昇ってまるで壁のようになることもある。果たしてそれは道と呼べるのか?


 :歩ければ道(暴論)

 :立てれば道(極論)

 :道じゃなくても道(迷言)


 道じゃないよこれぇ!? こんな場所を折り返し地点にするな寧ろゴールでも良いぐらいだろ! いやゴールでも駄目だよ!


「ここでわたしたちは『嵐龍山脈』にある赤鱗の欠片を手に入れるよー」


 白い龍に一箇所だけ赤い鱗がある。その鱗の欠片を持つことで折り返し判定になり、元いた場所にまで戻れば折り返しと見做されるのだ。いや頭おかしいでしょ。


「場所の見当は付いてるから……あちゃー、もう来ちゃったかぁ」

「え? あっ!」


 みるぷーお姉さんの言葉で振り返ると、そこには無数の車が次々とこちらに降りてきた光景が目に入る。


「アクセル全開ぃ!」

「行きますわよ!」


『追い付いたぜええええ!』

『出る杭は打たれる、私の好きな言葉です』

『包囲するぞお前ら!』


「ちょ、ズルい!?」


 チーム同士の結託は禁止されてないとはいえ思い切りが良すぎるよ! 瞬く間に『マッドデストロイヤー』の周囲を包囲する他チーム。そんな彼らに、僕はギターのヘッドを向けた。


「ファイアー!」

『うわああああ!?』

『一人だけ世紀末してるぅっ!』

『世紀末美少女だああああ!!』


 くっ訂正したいけどそれどころじゃない! マスタリーレベルが上がったとしても相手は平均プレイ歴数年が当たり前のプレイヤーばかりだ。はっきり言って到底敵う相手じゃない。


 でも。


「は、はは……!」


 ここでワクワクしないのはゲーマーじゃない。あぁ何だってやるさ。初心者だからってゲーマー舐めんな!


 :曲が変わった!

 :緊張感ぱねぇwww


 ゲーマーであれば例え絶望感に満ち、死と向き合う乾いた緊張感に陥っても、己の負けず嫌いで立ち向かっていく矜持がある。

 そこにワクワクを感じないゲーマーはいない。そこに諦めるという選択肢を選ぶゲーマーはいない!


 :ちょボルテージゲージの上昇幅半端ねぇ!

 :吟遊詩人は如何にボルテージゲージを早く貯めて、如何に最高値を維持するかが重要なのに……

 :脳波スキャンシステムと相性良すぎない!?


『ちょ、更に加速して!?』

『待って待って潰れうわぁっ!?』


 ブーストエンジンによって加速した『マッドデストロイヤー』はそのまま前方を包囲していた敵チームを轢き潰した。だけどこれで萎縮するプレイヤーじゃない。


『一番! 魔法使い、行きます!』

「うわぁ!? 急に人が!?」


 突如として黒いローブの男が『マッドデストロイヤー』の屋根に現れる。これはもしかして、テレポート!?


『サブ報酬で手に入れた転移魔法だ!』

「いきなりファンタジー要素出してきて、このッ! 『風の音撃』!」

『初心者の攻撃が俺に効くかぁ! ましてやそのクソザコそよ風ではなぁ!』


 うーんやっぱりボルテージ補正でも『風の音撃』は弱いなぁ!


『ぐへへ、大人しくしろよお嬢さ――』

「えいっ!」

『うお!?』


 ジリジリとにじり寄ってきた魔法使いの男が、突如としてハンドルを急に切ったカトリーナさんによって宙に放り出された。


『足場踏ん張ってなかったあああぁぁぁー……』

「えぇ……」


 どうやら転移魔法にリキャストタイムがあるのか、魔法使いの男は転移せずにそのまま落ちて消えた。何がしたかったんだあの人。


「急カーブ入るよ!」

「え? うわぁ!?」


 いつの間にかカーブに入った『マッドデストロイヤー』はタイヤを滑らせて長いカーブをドリフトしていく。


 :いやモンスタートラックでドリフトすんなや

 :そのトゲ付きタイヤでドリフトできるかぁ!

 :できてるやろがい!


 しかし、他の車がカーブに失敗するか僕たちに追い付けない中、僕たちの車と並走する形で一緒にドリフトをする車が現れた。


『おいおいこの俺にドリフト勝負を挑むのかい?』

「なっ、誰!?」

『この世紀のドリフト王バンキンの実力を見せてやるよ!』

「誰なの!?」


 色々な配信を見てるけどこの人知らない!

 だけどドリフト王と自称するだけあってその力量は凄まじいの一言だ! いやでも待てよ?


『あははは! 見よこの繊細なテクを!』

「……『開幕のエチュード』」


 僕たちではなく、相手にバフを付与。急激な身体能力の上昇によりその瞬間、相手のハンドルからバキッと嫌な音が鳴った。


『あははは……あれ? ハンドル折れた?』


 制御を失ったバンキンの車はそのままコースを外れてフェードアウトしたのだった。


『板金何万だこれえええぇぇぇー……』

「バキッとバンキン、板金王……」


 :何言ってんの?

 :これは酷い

 :吟遊詩人の姿か? これが?

 :無駄に語呂の良いセリフ吐きやがって!


 思い付いちゃったものはしょうがないじゃん! と、そんなこんなで対処しているとみるぷーお姉さんからもうすぐという声を貰う。


「よし、見えたぜぃ!」

「でも他に人いるよ!?」


 遠目で白い大地の中で一箇所だけ赤い部分が見える。恐らくあれが折り返し証明のための赤い鱗の採取場所だ。

 でもその場所にはもう既に誰かがいる。プレイヤーの一人がホクホク顔で赤燐の欠片を持って車に入ろうとしていたのだ。


『おいおい俺は運が良いぜ……まさか龍によって吹き飛んだ先がこことはな!』


「カトちゃん!」

「はい!」

『へっ? うわぁああ!?』


 みるぷーお姉さんの声と同時にカトリーナさんがハンドルを切る。急ハンドルによって車が半回転し、後ろのタイヤがさっきまで赤燐の欠片を手に入れた男を車ごと吹き飛ばした。


『運が良かったのにいいいぃぃぃー……』

「うわぁ……」


 気の毒なプレイヤーさん……でもこれレースなんだよね。

 ライバルを文字通り蹴落とした僕たちは赤燐の欠片を採取して、車を元来た道へと走らせていく。


「よーし後はゴールまでぇ!」

「このレース、勝ちますわ!」

「ここまで来たら全力で勝つ!」


 こうして、僕たちは一番目に『嵐龍山脈』から抜けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る