第5話 発露する邪悪な男の娘
プレイヤー名グエッコー。
チーム名グエー隊。
カオスレース常連者にして、八割を超えれば超人と言われるレース完走を九割の確率で完走している実力派チームだ。
グエッコーが持つ膨大な予算によって外部からプロドライバーを雇って運転させているこのチームは、周囲からズルいと言われているなどそれなりに嫌われているチームである。
『ハッハッハー! ゲームの外でも中でも超絶リッチパワーは揺るがない! マネーの暴力によって誕生した最高時速1000キロを超える『ランナーズハイ』と俺自らが選別した最高級のプロドライバーのコンボ! このレース、俺たちが貰ったぁ!』
:反則じゃないけどモヤモヤするぅ!
:ズルい……でも反則じゃない不具合
:所詮世の中は金かぁ
「うーん強敵だねぇ!」
「過酷な環境なのに速度を落とさないまま僕たちと並走し続ける力量……流石プロだ!」
運転手の外見は僕と同じ初心者装備に身を固めているのを見ると、どうやら今回のレースのためだけにプロドライバーのアカウントを新しく作った感じだ。
そう考えていたら突如として相手の車の屋根が開き、中から少年が出てきた。もしかしなくても、あれがグエッコー?
『見ろ、この高級高性能なアクセサリーの数々を! 俺と付き合えばこんなアクセサリーが貰えるぞ!』
:生意気なクソガキがよ……
:親の財産でイキるなって教わらなかった?
:随分おマセなキッズがいますわねぇ
まぁ個人的にはどのようなプレイスタイルを取ろうともその人の自由とは思ってる。その上で他人に迷惑をかけるのは駄目だけど。
それはともかく、あの微妙に悪名高いグエー隊は早急に対処しなくてはならない。ブースト込みの最高時速はこちらの方が上だけど、速度を維持しての小回りは相手の方が上だ。このままカーブコースがあるポイントまで行かれると距離を稼がれる可能性がある。
でもそれじゃあ僕にできることはなんだ? スキルは初期値で、相手は自慢目的に耐性アクセをガチガチに固めた構成をしている。
はっきり言って対処しようがない……あれ?
えーと……。
まさか、ね?
「……『スリーピィウィスパー』」
『何だ、急に眠気が……おふぅん』
『ちょ、なんで寝て――ギャアアア!!』
運転手が僕のスキルによって寝たため、猛スピードで走っていた相手の車はそのままの勢いで横転した。
「なははははははは!! いやもう本当最高だよセンリちゃーん!」
うん……まさかとは思ったけど、運転技術目当てなため、キャラの育成はしていなかったようだ。そのお陰で僕の初期スキルでも通ったのはとんだ皮肉だろう。
:やったぜ。
:2000¥/
:嘘だろ、大した展開ないまま退場で草
:因縁とは
:一方的な矢印だからセーフ
「でもまだ油断しちゃダメだぜぃ?」
「え? ――なっ!?」
『本大会最優勝候補である『カトぷリ戦隊』によって微妙に悪名高いグエー隊の車が大破ーッ! 相変わらずの独走状態を維持する『カトぷリ戦隊』ですが、そんな彼女らに追走するチームが現れたぁ!』
今更判明した僕たちのチーム名にツッコミを入れたいけど、今はそんな場合じゃない。
大破したグエー隊の車を避けるように複数のチームの車がやってきたのだ。
「さぁてこっからだよぉ!」
『多重連装砲による『ストーンバレット』を喰らえぇっ!』
「カトちゃん、右!」
「はい!」
「うわわわわ!?」
弾幕のように放たれる土の弾丸を回避する。だがそんな僕らの横に『マッドデストロイヤー』以上の車体を誇るゴテゴテにデコレーションされた大型トラックが並走してきた。
『ようこそ我が劇団へ! 総勢二十名の砲撃隊の裁きを受けよ!』
運転席側から声が聞こえたと同時に後ろのコンテナが開き、中から大砲を持ったプレイヤー二十人が現れた。
いやもう流石に数の暴力が過ぎるよ! そっちがその気ならこっちだって考えがあるからな!
「ファイアー!!」
『アッチィ!!?』
ギターのヘッド部分を相手に向け、ギターをかき鳴らす。するとギターのヘッドから火が噴出して相手を燃やした。ははは、派手に燃えるが良いや!
:これが吟遊詩人の姿か? これが?
:吟遊詩人(笑)
:邪悪な吟遊詩人
:お前もう吟遊詩人やめろ
なんでそんな事言われないといけないの!?
『クソ、良くもやりやが――』
ドゴォォォン!!
その瞬間、火で怯んでいた彼らは空から落ちてきた大岩によって潰れた。とんだヒトコロスイッチだ。僕は悪くないと思う。
「『岩雨平原』を抜けて三秒後に『無重森林』に入るよー!」
『はい!』
次の『無重森林』は木々が浮かんでいる無重力の森林ゾーンだ。宇宙のように真空ではないものの、重力が無く、中に入った者は浮かんで身動きができないという。
ここで重要なのは慣性の働きによって移動はできるという点。慣性に従えばどこまでも移動するのが無重力という空間だ。
なら今僕がするのは。
「っ!」
――次の曲を弾くことだ。
:おっ音速ハリネズミの曲!
:やっぱスピード感ある曲はこれよ!
曲が盛り上がり、スピードもグングンと上がっていく。僕の意図を理解したカトリーナさんもアクセルを踏んで速度を上げていく。
この状態だともう誰にも僕らを追い付けない。後方を引き離し、『岩雨平原』を抜けるとすぐ目の前に『無重森林』の光景が見えた。
その時。
『吟遊詩人マスタリーがレベルアップしました』
『BGMボルテージを習得しました』
『SEエフェクトを習得しました』
『サウンドビジュアライズを習得しました』
『活路へのオーバーチュアを習得しました』
『死力のフィナーレを習得しました』
『パラライズウィスパーを習得しました』
『ポイズンウィスパーを習得しました』
マスタリースキルがレベルアップし、そのレベルに対応したスキルが一斉に開放された。どうやらここまでの攻防でマスタリーの経験値が溜まっていったようだ。
いやもうマスタリーレベル2からがジョブの本領発揮と言っても良い。だというのにチュートリアルをクリアせず、ずっとマスタリー初期レベルとか正気の沙汰じゃないよ。
「とーつにゅー!」
『っ!』
ついに『無重森林』に到達した僕たち。足、というよりかはタイヤが踏み入れた瞬間、僕たちの重力が無くなった。
「うわ、うわわ!?」
空を飛ぶとか地面に落ちるとかそんな感覚じゃない。いきなり水の中を漂う感覚に襲われ、踏ん張ることさえできない。
あるのは先程のブーストによって加速した慣性による動き。空中で僕たちはただ慣性によって空を直進していた。
『ぎゃああっ! 方向狂ったぁ!』
『クソ、速度足りなかった! 低速飛行で時間ロストは痛え!』
『ははは! 火炎放射器あって良かったぜぇ!』
他のチームもそれぞれの対処で『無重森林』を攻略していく。だけど僕のチームほど最高速度を維持しながら飛んでいるチームはいない。これはかなりのアドバンテージを稼げたぞ!
「ナイス運転だよカトちゃん! ちゃんと真っ直ぐに行けてるよー!」
「当然のことをしたまでです!」
「いいねいいねー! さーて『無重森林』は攻略しやすいエリアだけど、問題は次以降のエリアだぜぃ」
「確か次は……」
事前に調べた情報を思い出す。『無重森林』の次は『暴風墓場』、『濁流大地』そして『空中群島』の順番だったはず。
どれも車の動きを制限するエリアばかりだ。はっきり言って今まで以上に運ゲーが強くなるだろう。
「……僕に考えがあります」
「ほほーん? よし採用」
「いや早い!? まだ何も言ってないよ!?」
「でぇじょうぶでぇじょうぶー! これまでのセンリちゃんセンスを見てれば信用できるってー!」
:爆弾魔プレイとか
:何も耐性ない初心者に強制睡眠とか
:大人数に火炎放射とか
:挙げ句の果てに派手に燃えるがいいや発言
:改めて見ると初心者がやる行いか?
:エゲツなくて笑う
:良く言えば発想が柔軟
:悪く言えば思想が邪悪
:おいコラwww
「コメントが酷い!!」
偏向報道は良くないと思いますよ僕は!
「事実では?」
「それじゃあやってみよー!」
「あーもう、どうなっても知らないからね!?」
◇
『各々『無重森林』を抜けて『暴風墓場』に突入していくぅ! 墓、破片、スケルトンやゾンビ共が各所に発生した暴風によって吹き飛んでいくこのエリア! 走行するのも困難な場所だが果たして参加者たちは――……おい、何だあれは!?』
観客席も、他の参加者たちも目を見開いて『暴風墓場』の上空を見上げる。そこには空を駆ける白黒のモンスタートラック……『マッドデストロイヤー』がいた。
「〜〜〜〜♪」
:めっちゃ歌上手い……
:やっぱずっと思ってたけど、脳波スキャンによるメロディも正確だよな
:50000¥/ 最高です
僕らのチームが駆ける『マッドデストロイヤー』は空中に浮かぶ文字の上を走っていた。
:まさか吟遊詩人でこんな使い方があるとは
:皆レーサージョブがメインで、他が遠距離攻撃ジョブとか修理士ジョブを取ってるからこれは盲点
これはとある思い付きでできた方法だ。吟遊詩人のスキルである『サウンドビジュアライズ』によって僕が発した言葉を具現化させ、その上を『マッドデストロイヤー』で走る作戦だった。
(だけど習得したばかりで、初期レベルのスキルじゃあ空中を固定する力も、具現化した文字の強度も足りない……)
そこで補ったのがパッシブスキル『BGMボルテージ』というスキルだ。
音楽を鳴らし、ボルテージゲージを上げることで吟遊詩人スキルの効力を上げるという吟遊詩人に必須なスキルだ。
これによって歌を歌い、ボルテージゲージを上げて、『サウンドビジュアライズ』の効果を引き上げる。
つまり、今出ている文字は僕が歌った歌詞を具現化したものだ。その上を『マッドデストロイヤー』が走行し『暴風墓場』の上を通っている。
:脳内メロディが正確なセンリちゃんだからこそ行けるスキル補正やな
:邪悪な吟遊詩人と言ってすまんかった
:センリちゃんは悪じゃないよね
:邪な吟遊詩人だね
:おいwww
ちょっとそこのコメント覚えたからね?
取り敢えず僕の作戦は上手く行った。少しでもメロディや歌詞が狂うと効力が落ちるけど、そのような心配は僕にはない。
こちとらカラオケのフリータイムをフルで休み無しに歌って、延長しすぎたら追い出されたことがあるんだぞ! 舐めんな!
「よーし! これでそのまま『嵐龍山脈』へゴーッだ!」
こうして僕たちは、微妙に悪名高いグエー隊に負けないズルい方法で、折り返し地点まで行ったのだった。
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