第3話 悪魔に魂を売った男の娘


 カオスレースの開催日当日。

 というよりも昨日の今日である。


 僕たちは今、デミアヴァロンから離れて近くのスタート地点会場にいる。観戦席にはお客さんがひしめき合い、スタート地点には合計百組のモンスターマシンが今か今かと戦意を高めていた。


「ここが、カオスレース……」

「おっひょおおお! やっぱり今回のレースは規模が違うぜい!」


 何せ、奇妙な巡り合わせにより今回のレースに限って過去の優勝者や実力者が参加表明したオールスターレースになっていたのだ。

 当然、その話題性は過去に類を見ず、元からファンだったプレイヤーや興味が無かったプレイヤーが観戦しに来るほど。

 それほど今回の大会はレース史上最大規模の大会となっていたのだ。


「ふっ、初舞台として最高のお膳立てですわね」

「カトリーナさん!」


 ドライバーであるカトリーナさんも、いつもの白いドレスではなく、いつの間にか僕らのチームの象徴ユニフォームとなっていた作業用オーバーオール姿になっている。


「皆様、準備はよろしくて?」

「盛者必衰、毛根必滅というけどわたしたちの友情は永遠に不滅だぜー!」

「絶対、勝ちます……!」


 何せ僕には制作中止となって以降、音沙汰が無くなったゲームシリーズを復活させる使命があるのだ。その使命のためなら僕はなんだってする所存である。


 :センリちゃんが燃えてる

 :いやぁでもキツいっしょ

 :あの『殿堂入りチャンピオン』も参加してるし無理だよ

 :何なら『みちどう』チームもいるという

 :オールスターばかりか?


 やっぱりサービス当初から存在するコンテンツにはその界隈のファンがいるね。僕のコメント欄にもちらほらとそういう有識者たちもいる。

 まぁそういった有識者たちがいるとしても、流石に今日は他の有名な参加者たちも配信してるから視聴者数がかなり分散していつもより少ないけど。


 と、そんな時だった。


「おや? おやおやおや? もしかしてそこにいるのはカトリーナお嬢様なのではぁ?」

「……チッ、ついに来ましたか」


 嘲笑しながらこちらに向かってくる女性とその取り巻きがいた。


「メリーナ・オルテンシア様ですか。随分とお暇なんですね? もしかしてこれから頭を垂れる飼い主に挨拶巡りでしょうか?」


「あらあら節穴お嬢様が随分と威勢の良いこと言いますねぇ! 己の力量を弁えずカオスレースに参加するとか無謀を通り越して見世物ですよぉ!」


「あらようやく自分の劇団を見つけたサルモドキが何かほざいていますわね。もしやこの場所で公演でしょうか? まぁ良かったですわ! ここには大勢の見物客がおりますから十分な稼ぎを見込めましてよ!」


『潰 す !』


 駄目だこの人たち。

 まるで同族嫌悪の極地のような醜さだ。これが本当の、争いは同レベルでしか生まれないという学術的価値のある光景だろう。


「そして……あれがメリーナ商会の人たちが運転する車ね……」


 彼らの車を見て驚いた。まさかあちらも僕たちと同じモンスタートラックタイプの乗り物で参加するとは。いやもう同じ穴の狢とはこのことだろうと、僕は感動すら覚えた。


 まぁそれはともかく。


 ……よし、行くか。


 :あれ、どこ行くん?

 :……なんか嫌な予感するなぁ


「ふん! 今日で貴女の顔が消えるのを楽しみにしていますよっ!」

「ふん、わざわざ対抗するために自ら運転するとは堪え性のない方。メンバーの足を引っ張る要因がいるとは勝利するのも楽でいいですわねぇ!」


 お互い般若の表情を浮かべながら各々の持ち場へと戻る。どうやら第一ラウンドが終わったようである。そんな彼女たちの様子を見ながら、僕は元の場所へと戻った。


「……あれ? センリちゃんどこ行ってた〜?」

「……ちょっと諸用を済ませてきました」

「ほーん?」




 ◇




『さぁ始まりました今世紀最大規模の盛り上がりを見せる『カオスレース』! 右を見ても左を見ても過去の優勝に連なる猛者ばかり! これは最早実力で勝ち取るという段階は過ぎた! 拮抗した実力者が最終的に競うのは己の運のみ! 最も運の良いチームは誰か、その答えがここにある! 実況と解説、そして司会はこの私、ドリ宮がお送りします!』


 この日、『こんばこ』プレイヤーの約八割がこのカオスレースを観戦していた。観客席にいないプレイヤーも配信で応援する各選手を観戦したりと、かなりの盛り上がりを見せていた。


『先に宣言いたしましょう! このレースに参加するどのチームも全て優勝候補! 今回私はどのチームにも優勝候補という枕詞を付けるでしょう!』


 司会の言葉に会場のボルテージが上がっていく。


『各々自らの強さを証明してきた武士もののふばかり! そんな彼らが次に証明するのは己が最も強いという証明! 必然という幸運を掴み取る最強とはこの俺だと! さぁ、会場の皆さん! 本日、彼らを見届ける証人となるお覚悟はありますか!?』


 司会の声に配信コメントを含めた観客席全員が雄叫びを上げる。

 もうすぐだ。

 もうすぐでレースが始まる。

 僕は『マッドデストロイヤー』のブーストエンジンにある固定台に立ち、カトリーナさんとみるぷーお姉さんが席に座るのを見た。


 やばい、緊張とで胃が痛い……!


『では皆さんご一緒に! カオスレース、オールスターバトルロイヤルカップ――』


 ……3。

 ……2。


 それでも、僕は……!

 

 ――1。


 ……っ、ここだ!


『スタァァァトッッッッ!!』

「『CN01、注文オーダー』ッ!」

『え?』


 突如発せられた僕の声にカトリーナさんとみるぷーお姉さんの呆けた声が出る。

 その瞬間だった。

 僕の目の前にワープゲートが開き、車の部品みたいな物が出てきたのは。


 そして。


「あ、あれ? 車が急に動か――」


 ――ドカァァァァンッッッ!!!


『!?』


 突如としてメリーナ・オルテンシアのチームが運転する車が、周囲を巻き込んで爆発した!!


『ええええええええ!?』


 :センリちゃん何したの!?

 :なんかメリーナんところのチームの車に何かをヌリヌリしてたところは見てたけど!

 :たーまやー!(ヤケクソ)

 :応援してたチームが巻き添えで死んだああ!!


「……センリ様?」

「なははははー!!」


 みるぷーお姉さんが笑い、カトリーナさんが何かをやった僕に唖然とした表情を向けている。そんな中、僕はこれまでの行動を振り返る。


 今回、僕が使ったのはこのアイテムだ。


『小型時空注文装置』


 そう、前回のサブクエで手に入れたアイテムである。これに付属している『マーカーだれ』を、密かにメリーナさんが運転している車の何か重要そうな部品に塗ったのだ。


 そしてレースのスタートと同時にカスタムナンバー01に登録した車の部品を注文した。その結果として車の主要な部品が消えたマリーナさんの車は爆発を起こしたのだ。


 :何だそのアイテム!?

 :運営はまたぶっ壊れアイテムを……

 :センリちゃん邪悪で草

 :カオスレースの素質あるよ君


 でも違うんです。

 本当は動作不全でスタート遅れればいいかなっていう軽い気持ちだったんです。本当です、信じてください! 僕もこんな大爆発を起こすなんて思ってなかったんです!


 :犯人は皆そう言う

 :お前が始めた物語だろ

 :爆弾魔センリちゃん

 :言い逃れできないぞセンリちゃん

 :50000¥/ 失望しました。センリちゃんのファンになります

 :スパチャ送ってる奴がおるwww


「違うんですぅぅー!」

「なはははー! でもきっかけはセンリちゃんだぜー? いやぁ思い切りがいいねぇ! センリちゃんなら大成するよ! みるぷーお姉さんが保証する!」

「いやだー!」

「あるぇー?」


 父さん、お母さん、祭里。僕はとんでもない悪事をしでかしました。悪魔に魂を売った僕を罰してください。ゲームを捨てる以外の方法でお願いします。


「……くっ、くく……あーははは!」


 そう頭を抱えてると、突如としてカトリーナさんの笑い声が響き渡る。


「カトリーナさん……?」

「いえ、ナイスですわセンリ様! 流石私が見込んだお方……こうも容易く憎き高慢ちき女を潰せるとはとんだ喜劇ですわー!」

「うわぁ!?」


 ブルルゥン! と突如としてアクセルを踏まれたモンスタートラックはそのまま急速発進をした。


『うわあああ!? 後ろからモンスタートラックがぶべ!?』

『うおおお!? つぶ、潰れぶぎゃああ!』


 その巨体さ故に、まるで王者の凱旋のように前にいる車を踏み潰しながら進む『マッドデストロイヤー』。そうだ、メリーナさんの爆発で吹っ飛んだが今はレースが始まってるんだ。


「いいよいいよー! センリちゃん、ブーストエンジン付近にある格納庫を開いてー!」

「え、は、はい!」


 みるぷーお姉さんの言う通りに格納庫部分を開くと、そこには。


「……ギター?」


 そこに置かれている、まるで車のマフラーをギターにしたような形状のギターを手に持つ。すると。


『みるぷーブースト用マッドフレイムギターを入手しました』


「本来はここぞという時に吟遊詩人であるセンリちゃんに使わせる予定だったけど、やめました!」

「は、はぁ……」

「この『マッドデストロイヤー』に搭載してるブーストエンジンはそのギターによって活性化します! ギターをかき鳴らして行けば行くほど、盛り上がれば盛り上がるほどブーストの火力が上がっていきます!」


 みるぷーお姉さんの言葉によって、僕は僕の本来の役割を理解した。つまり僕はこのギターを使って――!


「もう全部センリちゃんに任せちゃう! 好きなようにブーストして好きなように盛り上げて!」

「っ、はい!」


 そう言って、笑みを浮かべてギターを鳴らす。その瞬間、まるで期待に応えるかのように――。




 ――ヘッドの部分から火が噴き出したのだった。

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