第2話 ゲーマーだもの by ちりを。
「よし、と」
「いやぁー似合う! 似合いますよぉ!」
「……そっすか」
着ていた服を紅茶で汚しちゃったため、新しい服を着た僕。
デバフじゃない限り服の汚れは時間経過で消えるが、カトリーナさんに仕えているメイドさんが頑なだったので仕方なく着替えることにしたのだ。
『カトリーナ・ファミリーの作業用オーバーオールを装備しました』
うんシステム文もカトリーナ・ファミリーって認めちゃってるね。もう元ボスの居場所なんて無いのでは?
:エッッッッ
:オーバーオールの下にピッチリノースリーブインナーとか狙ってますねぇ!
:脇が丸見えでうーん百億満点!
:このメイドは分かってるメイドだ
「何この反応」
「おや何か問題でも?」
「いや問題って……」
メイドさんの顔を見ると僕は気付いた。僕に新しい服を用意してくれたメイドさんの視線が真っ直ぐ僕の脇やら腕やら鎖骨やらを見て鼻を大きくしていることに。
「……変態」
「ぶほ!?」
「あ、あれ?」
抱き締めるように脇とかを隠しながら言ったらメイドさんが鼻血を出して倒れてしまったぞ……? まるで僕を着せ替え人形のようにしていた時のお母さんみたいだ。キモい。
:あーダメダメエッチ過ぎます
:もしかして無自覚か?
:無自覚エッチは最強なのでNG
男の僕に何を見出しているんだこのコメント欄……。コホン、まぁそれはともかく。
「みるぷーお姉さん、か」
プレイヤー名みるぷー。
カオスレース界隈で最も有名なプレイヤーの一人だ。二年前『こんばこ』に初めてログインした彼女は、後にカオスレースの魔力に取り憑かれ、レーサーになったという。
優勝どころか完走することさえ難しいと言われたカオスレースだけど、彼女は参加した全てのレースを完走し、優勝経験も複数回あるほどの実力者だ。
僕は配信でしか彼女のことを知らないけど確かに、彼女なら僕たちのチームを優勝に導いてくれるだろうということは分かった。
しかし、そんな彼女は今。
「ギブギブギブギブ……」
「貴女はいったい何を、してるんですの……ッ!」
モンスタートラックで屋敷に突っ込んだ代償によってカトリーナさんから首を絞められていた。どうしよう。たった今、メンバーの一人が消えそう。
:残当
:誰だって怒る俺もそーする
:相変わらずのみるぷーお姉さん
:えっちなんだけどなぁ……
:癖が強いんじゃあ……
「げほげほっ……ふぅ! 死ぬかと思ったぜ〜」
「どうせ死んでも復活しますのに」
「それもそうだね! なははは〜!」
マフィアの一人娘を相手にこの軽さ。やっぱり非常識なレースばっかりやってる人は非常識なんだなって。
「それでそこのかわい子ちゃんが私たちのメンバーですかい?」
「えぇそうです。予測不能なレースだからこそ、予測不能なこの方を呼んだのです」
「なるほどなるほどおっけー! やぁみるぷーお姉さんだよ! 君可愛いねー! さぞ名のあるメンズスレイヤーでは?」
「違います、センリです」
「なはははー! よろしくぅー!」
いやうん。配信でみるぷーお姉さんの動画を見たことがあるけど、基本的にテンションが高いのが彼女の特徴だ。分かりやすく言うとまともに付き合っちゃ駄目なタイプ。
「とにかくこれで揃いましたわね。それではみるぷー様、もしかして例の物というのは?」
「くっくっくー! お察しの通りだぜぃ!」
どうやら僕を誘う前に二人で色々進めていたらしい。そうして未だに理解が進んでいない僕を連れて、二人は先程みるぷーお姉さんが乗ってきたモンスタートラックへと向かった。
「これが私たちが乗るマシンなのですね」
「そう! これがカトちゃんのクソデカ財力に物を言わせた今回のカオスレース用にチューンナップした特性モンスタートラック! その名も『マッドデストロイヤー』!」
トゲの付いた巨大で凶悪なスパイクタイヤ。カトリーナさんをイメージした白と黒のカラーリング。荷台を見ればそこには巨大なブーストエンジンが搭載されていた。これぞまさにモンスターだ。
「……私の予算を使ったマシンで私の屋敷を破壊するのはまぁ、一旦置いておきますわ」
「やったぁ」
「あぁん?」
「イエ、モウシワケゴザイマセン。ココロカラ、ハンセイ、シテオリマスル」
二人の漫才は置いといて、僕はまじまじと目の前のモンスタートラックを見た。当然のように僕の低身長を遥かに超えるタイヤに、十メートル以上の高さを誇るサイズ。
その威容はまさに僕らをカオスレースのゴールまで送り届けてくれる頼もしさがある。
「……あれ?」
でもそれはそれとしておかしい部分がある。僕は喧嘩している二人に疑問をぶつけた。
「あのこの車、二人分の席しかないんですけど」
「……ほへ?」
「……あら?」
具体的に言うと運転席と助手席の二つ。対して僕らのチームは三人。どう考えてもあと一人分の席が足りない。
だというのに、彼女たちはさも当然のような顔で答えた。
「だってこれ二人用のマシンだよー」
「へ?」
「センリ様の場所はあちらですわ」
「え?」
そう言ってカトリーナさんは『マッドデストロイヤー』の荷台へと指を指す。
「ブーストエンジンの上にある固定台に固定して立って頂きますわ」
「嘘でしょお!?」
いや確かによく見ればブーストエンジン部分にフィギュアの腰を固定するアームのような物があるけども! え、僕をあそこに固定させて走行するんですか!? 正気!?
「そう言えば私たちの役目をお伝えしておりませんでしたわ。先ず、私はドライバーを担当します」
「そんであたしは修理士兼ナビゲーター!」
「それで僕は……?」
『その他諸々』
「役割の意味ぃ!?」
最悪だよ僕の担当! 雑用扱いをするにももっとマシな仕事場に配属させてよぉ! 大体その他諸々は雑用じゃないよぉ!!
「良いですかセンリ様。私たちはそれぞれ自分の役割に集中する必要があるのですが、外部からの妨害に対処する術がありません」
「そこでセンリちゃんなのさぁ! 身を晒す危険があるけど、センリちゃんにはあたしたちのサポートに回ってほしいのですよ!」
「いやいやいや、大体僕はまだチュートリアルも終わらせてない初心者ですよ!? 僕には荷が重いですって!」
:いや草
:そういやチュートリアル終わってなかった
:やろうとしたら拉致されたんだよなぁ
:拉致された先がブラックというねwww
「どうしても納得いきませんか?」
「ひぐ、ひぐっ……無理だよぉ……初心者に何期待してんだよぉ……」
「わ、あっ……泣いちゃった!」
「仕方がありませんね。みるぷー様、あれを」
「あいよー」
そう言ってみるぷーお姉さんが何かのアイテムを渡してきた。どうやらそれは何かの目録であり、中に色々な景品の名前が載ってあった。
でも無理です。僕は僕に優しくない世界が嫌いです。だからもう僕に構わないでください。
「うっ、うぅ……もう今更遅いです……何を見せてきても僕の意思は――」
二度見。
そして三度見。
……なるほど。
「――任せてください。僕はレースゲームで世界ランクに載ったことがあるプロですよ?」
景品の中に長年音沙汰なかったゲームタイトルの新作を作って貰う権利があったら当然受けると思う。ゲーマーだもの。ちりを。
◇
その翌日。
レース開催日。
『おっとどうしたことかー!? ここに来て優勝候補であるメリーナ商会の車がスタート直前に爆発ぅー!! 周囲の車を巻き込んでいきなり数組の参加者が脱落したぁ!』
「……」
「……」
二人の唖然とした顔が僕に突き刺さる。
「……」
うん。
父さん。
お母さん。
祭里。
ごめんなさい。
僕は悪魔に魂を売りました。
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