サブ2 飽いた女傑は速さを求める
第1話 闇と闇のブチコロガシ
僕は今、ザルド・ファミリーの屋敷にある食卓にいる。大きさ的に三人しか座れない丸いテーブル席に、僕は全身を恐怖で震わせながら彼女の食事を見ていた。
カトリーナ・フォーランド。このザルド・ファミリーのボスの娘であり、そのボスでさえ娘の前では逆らえない実質的な組織のトップ。僕はそんな彼女に呼ばれているらしい。
『…………』
カチャカチャと、かすかに金属同士が触れる音を聞きながら僕は黙っていた。さっきからずっと無音ならぬ無声の時間に胃が痛くなってくる。
:こええええ
:まさかとは思ったけどザルド・ファミリーか
:確か初期街にあるマフィアだよな?
:そうそう
:存在とか知られてたけど、サブクエが少ないしあんまり用がなかったんだよな
:無理に押し入ろうとすると初期街にいる限りずっと追われるから、その内誰も関わんなくなったよね
つまり今の僕の状況は完全にリスナーにとっては興味深いものであるらしい。いや全然嬉しくないんですが。
と、そこまで考えて。食事を終わらせたカトリーナさんが顔を上げて対面にいる僕と目を合わせた。
「さて」
「は、はいぃ!」
「久し振りですね。数日ぶりぐらいでしょうか」
「そ、そうですね」
ゲーム内時間と現実の時間は一緒ではないけれども、それでも日にちがどれぐらい経過したかという点は一致していた。
だからこその上記の発言だけど、それがまるで四六時中僕の行動を監視しているような意味に聞こえて寒気がしてくるのだ。
「改めて自己紹介をいたしましょう。私の名前はカトリーナ・フォーランド。このカトリーナ・ファミリーのボスです」
「いやここ、おれのファミリーでおれがボス……」
「あら、何か間違っていましたか?」
「……間違って、ないです」
早速乗っ取られてる……ってか敬語って。どのくらい尻に敷かれてるんだ。
「えと、僕の名前はセンリです……」
「えぇよろしくセンリ様」
「様って……」
「客人に敬称を付けるのは当然のことです」
本当ぉ? 対等でもない相手に敬語で会話してくるのかなり威圧感とか感じますけど。
「あのそれで、どうして僕を……?」
「えぇ、実はあなたに頼みたいことがありますの」
そう言って、カトリーナさんが手下の一人に目配せする。するとその手下の一人が一枚の紙を僕の前に置いた。
「これは……?」
「センリ様は『カオスレース』という物をご存知でしょうか」
「カオスレース……!?」
◇
カオスレース。
それは『こんばこ』というゲームに存在するレースコンテンツの一つだ。
当初はデミアヴァロンの外周を馬に乗って競うレースだったが、ストーリーが進み、ゲーム内技術力が向上していくと共に、次第にコースも乗り物もインフレしていく無法レースとなっていった。
現在のレースルールは以下の通りだ。
デミアヴァロンの近くにある、観客席と中継モニターが存在する大型スタート地点施設にて、総勢百組のチームが競い合う。
参加者は途中にある複数の難関ポイントを通過し、約一万キロ先にある『嵐龍山脈』を折り返して元のスタート地点まで戻る。
使用する乗り物は何でもあり。
スキル使用あり。
アイテム使用あり。
妨害あり。
事前工作あり。
車が壊れても修理すれば復帰可能。
ただしチーム内で運転可能な参加者が全員ロストすればその時点でそのチームの脱落となる。
チーム一組につき参加できる人数は、持ち込む乗り物に乗れていれば何人でも参加可能。
◇
「……と、以上が僕の知ってる内容です」
「素晴らしい」
:やっぱイカれてんなこのレース
:正気の沙汰じゃねぇ
:おい、ファンタジーしろよ
:おい、レースしろよ(過激派)
:マズイ、イカれたレーサーだ!
コメント欄がわちゃわちゃしてるけど取り敢えず『カオスレース』に関する概要は以上だ。だがそのレースと僕にいったい何の関係が……?
「実はあなたにも、そのレースに参加して頂きたいのです」
「え?」
「私と同じチームで」
「え?」
どうしよう、彼女の言葉の意味が分からない。イッツミー? アンドユー? と、それぞれの顔に指を指すとカトリーナさんがコクリと頷いた。いやそんな馬鹿な。
「免許持ってないですよ!?」
:ツッコミを入れるとこそこで合ってる?
:もちつけ
:取り敢えず免許必要ないから(笑)
:勝率求めるならレーサージョブ必要だけど
動揺して思わずツッコミ役として失態を犯してしまった。そんな僕に、カトリーナさんが微笑んで補足情報を話す。
「大丈夫ですわ。私が運転しますので」
「え、カトリーナさんが!?」
マフィアの娘がレーサーとして出場するなんて珍しいを通り越しているような気がする。いやそもそもの話だ。どうしてカトリーナさんはそんな非常識満載のレースに参加するのだろうか。
「あら、気になりますか?」
「あ、すみません」
「いいえ、当然のことですわ」
そのような疑問が顔に出ていたのか、カトリーナさんはクスリと微笑んで事の経緯を話し始めた。
「実は私、喧嘩を売られましたの」
そうして語られる事の真相。マフィアの一人娘が語る決意とは――。
◇
『あーら随分貧相な目利きですねぇ! これがカオスレース通の目利きで通してるとか私だったら恥ずかしくて表に出られませんよぉ! あっ、マフィアだからそもそも表に出られないか! これは失礼いたしましたねぇ!』
『あらキィキィ騒ぐ動物が入り込んでおりますわね。通りで選ぶチームの尽くが騒がしいだけの動物園ばかりだこと。ほらあのチームをご覧くださいまし。きっと貴女の入園を快く受け入れて……あっ申し訳ございませんでしたわwwwよく見ればあれは貴女のお父様が参加する商会チームではないですかwwwこれは誠に失礼なことをwww』
『おい表出ろよ』
『上等』
◇
「ワタクシ、アノクソアマ、ブチコロガス」
「思いっきり私怨じゃん!?」
予想以上に予想以下な回答が出てきてびっくりしてるよ! 別の意味でカトリーナさんのお話に驚愕してると、彼女はコホンと雰囲気を整えようとする。大丈夫? もう威厳も何もないけど。
「……私、幼い頃から何でもできてしまう才能があるのです」
「はぁ……」
「しかし、何でもできるが故に飽き性という難儀な性格になってしまいました」
手に入れられないものはない。欲しいと思ったものは手元にやって来る。
だけど、それでも彼女一人じゃどうにもできない物がある。それがカオスレースだった。
「カオスレースは私の類稀なる予測を持ってしても予測不能。毎秒入れ替わる攻防に予想だにしないハプニング……そんな才能だけじゃない世界に、私は魅入られましたわ」
:ほう、気が合うじゃねえか一杯付き合ってくれ
:やっぱお嬢様は刺激を求めるんやなって
:まぁ喧嘩の内容はチンパンジー同士の争いだが
:チンパンジーやめたれやwww
「ぷっくく……!」
「どうかしまして?」
「あっごめんなさい何でもないですすみません」
こんな雰囲気の時にコメント欄を見るんじゃなかった。流石にチンパンジーお嬢様というワードを言う訳にはいかないし、僕が気になった疑問点について聞こう。
「まぁカトリーナさんの事情について分かりました……でも、だったらどうして僕なんですか?」
事実として僕は『こんばこ』をプレイしたばかりのプレイヤーだ。スキルも初期で装備も貧弱。はっきり言って有象無象の混沌渦巻くイカれた競技で貢献できるわけない。
「あら、実質あなた一人で私のファミリーと戦って生き残ったあなたが何をおっしゃいますの」
「え、いやでもあれは……」
あれ、そうなのか? 確かに総出で追い掛けられてその上ボスと戦ったような……。
「私、あなたに期待しているのですよ。だから今回の件にあなたを呼んだのです」
「……そう、ですか」
:センリちゃんが気恥ずかしさの余りに顔を背けておられる
:これは百合の気配
:てぇてぇ
「さて話も終わりましたことですし、あなたに一人紹介したい方がおりますの」
「紹介したい人?」
「えぇそうです。あなたと私、そしてもう一人の三人でカオスレースの優勝を目指しますわ」
どうやら僕の他に誰かを呼んだらしい。まぁ確かに現状のメンバーだとマフィアの娘にビギナーの僕という優勝するには厳しいメンバーだと思うけど。
「さて、もうそろそろ到着の予定ですが」
手に持った懐中時計で時刻を確認するカトリーナさん。そんな彼女の様子を見ながらテーブルの上に置かれている紅茶を飲んでいると、突如としてそれが起こった。
「大変だお嬢! 見知らぬモンスタートラックがこの屋敷に向かってる!!」
『え?』
ドゴォン!!
手下の一人がいきなり部屋に入ってきてそう言うや否や突如として屋敷全体を揺らす衝撃が走った。ついでに言うと飲んでいた紅茶がさっきの衝撃で僕の服に全部ぶち撒けちゃった。熱い。
「いったい何が!?」
カトリーナさんと一緒に音のあった場所へと行く。するとそこには、違法魔改造された凶悪モンスタートラックが屋敷の正面玄関を突破して中に入り込んでいるではないか。
そして。
「――よし、時間通り!」
そう言ってモンスタートラックの運転席の窓から、一人の女性が出てきた。
ピンク色のメッシュが入った空みたいな透き通ったブルーの髪。オーバーオール作業着を着たプロポーション抜群の女性。
「やぁみるぷーお姉さんだよ!」
そんな彼女の登場に、僕はそっとカトリーナさんの方を見た。
「ワタクシ、アノアマ、ブチコロガス」
わぁ、お怒りなさっておられるのでござる。
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