第2話 人生計画は計画的に

 家族会議が始まった。

 いや、当然各々学校とか職場とか行って、全員家に帰った後での会議だ。家族の今後の人生を左右する一大事なのに、取り敢えず日常を優先するのは実に僕の家族らしかった。


 なお、このことを亮二に伝えようとしたらアイツ放課後になった途端「じゃあな!」って感じですぐ帰りやがった。VRを貰った恩はあれど、役立たずぅ……と感じてしまう僕を許してほしい。


『…………』


 家族全員、一緒の卓に囲んで黙っている。お互いの顔を見て、次に僕の顔を見た。今朝の話は本当なのかという確認だ。


「……」


 僕はそっと今朝見せたスマホアプリの通知欄をテーブルの上に置く。当然そこには今朝と同じものがあった。


『……マジかぁ』


 異口同音揃えて言う。

 うん、僕も同じ立場だったら同じように反応するだろう。それぐらい今回の出来事は重すぎた案件だった。


「……取り敢えず」


 妹の祭里がコホンと声の調子を整える。そして。


「お兄様ぁ♡ 今ねぇ欲しいものがあるのぉ♡」

「メンタル鋼か?」


 即行で媚を売りに来るお前に尊敬の念を覚えるよ。あと気持ち悪い。擦り寄ってくるな魔女が。


「……これ、詐欺じゃないわよね?」

「今どき詐欺メールか」


 母さんの言葉に父さんがうむむと悩む素振りを見せる。確か昔は詐欺メールで大金が当たったという文面があったとか。

 でもその可能性をこの場にいる全員はあり得ないと否定している。だって通知が来ているのは『こんばこ』公式連携アプリだし、これまでリワード関連でお金を貰った話題が後を絶たないのだ。


 ただ悩んで詐欺かどうか疑うのは、単に現実から逃避している故の発言のよう。

 例えば夢のような状況にこれは夢なのでは? と逃避するようなものだ。


「それで千里はどうする?」

「どうする、って……」


 父さんの言葉に僕はどうすればいいのか考える。そして躊躇いながら僕は、自分の考えを述べた。


「僕は、受けてもいいと思う」

「いや受ける以外あり得なくない!? だって大金だよ大金! 人生勝ち組なんだよ!」

「祭里の言い方はアレとして、僕もお金は貰った方がいいと思うんだ」


 僕たちは特別裕福でも貧乏でもない、ただの一般的な普通の中流家庭だ。ただ昔、人間関係の問題で父さんが仕事を三回変える必要があって、その間僕たちは苦労したことがあった。

 他人の存在や環境で変化する現実に、お金が無ければどう動けばいいのか分からない閉塞感。それらに苛まれた僕らは、いつしか自由への渇望としてあらゆる外的要因に振り回されない環境を欲するようになったのだ。


『…………』


 各々思うところがあるのか考え込んでいる。そんな家族に僕はドンッとテーブルを叩き、長年の思いを吐露した。


「特に僕は……! この短い人生の中でいったいどれだけの人に振り回されたことか……!」

「犬も歩けば棒に当たると言うけど、千里の場合は歩けば厄介事に巻き込まれてるからねぇ」

「満更でもない癖に〜」

「うるさいよ祭里」


 確かに困っている人を放っておけないし、悩みを解決できたら嬉しいと感じる気持ちもある。

 だがそれはそれ。

 これはこれ。

 悩みを楽に解決するにも、これ以上ハプニングに巻き込まれないようにするにもとにかく一番必要なものがある。


 即ち、お金。

 お金による暴力。

 札束で、人の悩みは消える……!


「そう、つまり人生ドロップアウト計画……!」

「ドロップアウトは良くない意味だから他のに変えなさい」

「人生アーリーリタイア計画……!」

「よし」


 つまり莫大な経済により煩わしい人間関係や面倒臭い環境から脱却して悠々自適に余生を暮らす計画である。


 不労所得。

 独立による早期引退。

 どれも誰もが求める理想。


 その理想に、僕たち家族が手に入れたのだ。その権利を、機会を、逃す手はない。


「それで僕は毎日歌を歌って、ゲーム三昧の日々を送るんだ!」


 ふんすぅー! と鼻息を荒くして声高らかに宣言をしたのであった。

 最初はあまりの大金に驚き、躊躇していたものの、こうして思いを吐露していくと頭の中が整理されて大金を得る方向に傾いていった。そうこれが、これこそが僕の考えなのだと、僕は理解したのだ。


「……はぁ」


 そんな僕の考えに、父さんがため息を吐く。


「これは、千里がそんな考えを持つようになったきっかけの私が悪いな……しかしな千里。人というのはそれだけじゃ駄目なんだ」

「父さん……」

「アーリーリタイアも一つの選択だろう。だがスキルもなく、経歴もないまま若いうちに引退は駄目だ。父さんみたいに予想だにしない要因でこれまでの仕事が駄目になる例もある。大金を貰ったからと言ってそれがいつまでも残る保証はないんだ」


 例えばそう。


 騙し取られる。

 ハッキングされる。

 銀行が潰れる。

 お金が前触れもなく消える。


 有り得ない話に聞こえる。何だったら極論に近い。でも可能性はゼロじゃないのだ。


「お金が無くなった時、スキルも経歴もない千里には何も残らなくなる。だからアーリーリタイアをするにも、先ずは社会に出て経験を積んでからの方がいいと、私は思う」

「……アーリーリタイア自体は否定しないんだね」

「当然だろう? 世の中はクソだ。スキルもあって、お金を稼ぐ手段があれば早期に独立した方がいい」


 これが社会経験を積んだ者の末路か……?


「とにかく」


 コホン、と父さんがまとめに入る。


「エクストラリワードを受け取るのは反対しない。大金があったら将来的に人間関係の問題に直面しても心に余裕を持てるからな」

「あっそれ知ってる! 心にギャルを飼うって奴でしょ!」

「つまり成金ギャルね」

「お前らは何を言っているんだ」


 妹と母さんのボケに父さんが怪訝な目でツッコミを入れる。もしかしなくとも僕のツッコミ体質は父さんからの遺伝だということが分かる光景だ。


「それで? そのエクストラリワードを受け取る際の手続きとかあるのか? 千里はまだ未成年だから保護者の同意が必要だと思うが」


 父さんからそう聞かれたので僕は『こんばこ』連携アプリを開いて調べた。


「えーと……うん、そうだね。未成年の場合、初回だから担当者さんが説明しに来るからそこで同意書とか書くんだって」

「なるほど。それじゃあ都合の良い日にちを向こうに伝えて、家族全員で話を聞こうか」


 そう言って、今後の予定を立てていく。そんな家族の話を聞きながら改めて通知欄を読んでいくとうっかりなことに大事な部分を読んでいなかったことに気付いた。


「あっ! そういえば前提としてCTuber登録をするの忘れてた!」

「何、じゃあ千里は配信をしないと駄目なのか?」

「うん、そうだね。だから先ずは配信設定をやんないと……」


 配信は強制ではないものの、リワードを活用するなら配信はやらないといけない。エクストラリワードを手に入れた衝撃でそんな単純なことを忘れるなんて、よっぽどなんだなぁって。


「えーとこうしてこうして……チャンネル名どうしよう?」

「はいはーい!」

「一応聞こうか祭里」

「どーせお兄ちゃんのことだから名前はいつも通りセンリだとして〜……『センリちゃんのチリチリチャンネル』〜! ってのはどう? どう?」


 どう? って君さぁ。


「ちゃん付けNG。本名出てる。祭里からの案。スリーアウトだね」

「ちょっとぉ!? 思いっきり私情じゃん!」

「そんな頭のおかしい名前を付けられるかぁ!」

「もーあったま来た! 食らえっ!」

「ちょ、スマホが!?」

「あーはっはっは! もう私の案で登録してやるもんね〜! ――ほらぁ登録完了!」

「祭里ーっ!!」


 なんてこった。暴君によって僕の今後のチャンネルは『センリちゃんのチリチリチャンネル』になってしまった……!


「うぇーいざまぁみろー! ははは……あ、あれ?」

「どうしたんだよ早くスマホ返してよ」

「お、お兄ちゃん……これ」

「なんだよ……」


 突如として急に萎縮し始めた祭里に訝しみながら、返して貰ったスマホの画面を見る。するとそこには。


『CTuberの登録、並びに配信の設定を下さり誠にありがとうございます。お客様のプレイヤーデータにエクストラリワードのデータを確認いたしました。つきましては、今後の手続きは担当者が本アプリにて通知いたしますので、その間当該エクストラリワードによる予想される毎月の収益をご提示いたします』


『※なお、提示される収益は見込み最低額であり、場合によってはこれ以上となる可能性があります』


 その文面に提示されている金額を見て僕らは唖然とする。だってそうだろう。そこに書かれている数字は見たことない量の数字だったからだ。


『………………』


 お互いの顔を見て、ゆっくりと力強く頷く。そして総員、一斉に立ち上がった。そんなみんなの顔を見て、大黒柱であり家長である父さんが声高らかに宣言した。


「行くか……焼肉パーティーへ!」

『オーッ!!!』




 ◇




「うぉ!? なんだあの集団!?」

「全員可愛すぎないか?」

「でもなんで全員サングラスかけてんだ?」


 とある有名焼肉店にとある四人の集団がやってきた。まるで我が道を行くような足取りでテーブルに座った彼女たちに一人の店員が恐る恐る接客しに来る。


「あ、あの……こちら、メニューとなって……」

「お嬢さん」

「は、はいぃ!?」


 美人な顔つきでありながら、なんと心地の良い森川◯之さんみたいなボイス。そんな人に呼ばれた店員は顔を赤くして身を縮こませる。


「取り敢えず――」


 サングラスを取り、誰もが見惚れる美貌と色気を出して父さんはキメ顔で言った。


「――生を一つ」

「アンタ車でしょ」

「……」


 お母さんのツッコミに父さんがしょんぼりしながら、この日僕らは焼き肉を堪能したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る