インタールードその1

第1話 家族会議の始まり

 とてつもない衝撃を受けた初日から翌日の朝。

 僕は頭の中が混乱状態のまま起き上がった。


「……夢?」


 試しに『こんばこ』とアカウント連携しているスマホアプリを開くとそこには。


「やっぱりエクストラリワードがあるぅ……」


 当然、エクストラリワードを獲得した旨の通知が存在していた。

 エクストラリワード。手に入れれば一攫千金の宝。人類のステージを一段階上げさせる権利。それを僕が手に入れた……?


 いや無理無理無理カタツムリ。

 一介の高校生に技術革命の代名詞であるエクストラリワードを手にするのは荷が重いっていうレベルじゃない。

 それに一攫千金だよ一攫千金! 人ひとり使え切れないどころか家族全員豪遊してもまだ余るお金が毎月入ってくる!


 これはもしかしなくても本当に――。


「人生が、変わる……!?」

千里ちり〜? 早く降りてこーい」


 ……。


「……取り敢えず、学校の支度をしよう」


 お母さんの呑気な声で少し冷静になれた気がする。

 現状悩んでいるのは僕一人で、事態が大きすぎて到底抱え切れる問題じゃないことだけは確かだ。これは折を見て家族に相談しないと駄目な問題だろう。


 そう考えて下に降りると。


「ちょっとお兄ちゃん大変だよ!」

「え、何々どうしたの?」


 切羽詰まった様子の祭里に怪訝な顔で見ながらリビングに入る。するとそこには予想だにしない光景が広がっていた。


「ふっ! ふぅっ!」


 パァン! パァン! とパックに入ったタマゴを壁に叩き付けているお母さんがいたのだ。


「……お母さんがバカになったぁ!」

「ほらぁっ!」


 いやもう何事!?

 なんでタマゴが入ったパックを壁に叩き付けてるの!? おかしいの!? あれだけ完全栄養食云々でタマゴとお米だけは絶対に切らさないお母さんが食材を無駄にしてるってどういうことなの!?


「あら千里!」

「あら、じゃないよ何してんの!?」

「まぁまぁ、ほら見てよこのパックの中のタマゴ!」


 いや、ちょ、待っ、そんな急に見せられても困るって……え? 


「あ、あれ? 中のタマゴが、無事?」

「え、本当? 見せて見せて!」

「ちょっと待って」


 せがんできた祭里の頭を手で押さえ付けながらパックを調べてみる。

 パイ投げ祭りもかくやというレベルで派手に投げ付けてたのにパックの中のタマゴは無事だった。しかも未開封ということから何かタマゴに細工をしたというわけではなさそうだ。


 これはいったい……?


「実は今朝ねぇ、テレビでタマゴが割れないコツが流れてたのよ!」

「タマゴが割れないコツぅ?」


 いや、コツってレベルじゃなくない?

 パックそのままってコツが介在する余地があるのだろうか。

 お母さんから詳しく話を聞くと特定の条件、特定の行動、角度、指の曲がり方に足の着き方をコツ通りに事前にやればタマゴを割ることができなくなるらしい。


 いやそれもう都市伝説レベルだろう。そしてよくそんな細かいところまで覚えてるよね。まぁ一応試すけど。試しにお母さんの言う通りにして、タマゴのパックを持つ。


 そして。


「やぁ!」


 勢いよく地面に叩き付ける!


「……凄い。全然割れてない!」

「え、私もやる私もやる!」


 祭里も同じように事前準備を済ませて実験をする。当然、祭里でもタマゴは割れなかった。


「いやいやいやもうオカルトの領域だよこれ」

「世の中不思議なものに溢れてるわねって」

「不思議のレベルが違うよ……」

「ふぁ~……ん、何をやってるんだ祭里?」


 世の中の不思議について語り合っているとそこにはついさっき目覚めたばかりの父さんが二階から降りてきた。寝起きだというのに娘の奇行を見て、眉間にしわを寄せていた。


 長身美人の父さんは寝起きの状態でも美人だ。漆黒と言っていいほど白髪一つ無い黒髪を肩まで伸ばし、その動作の全てに色気が出ている。もうすぐ四十だというのに化け物レベルの若々しさだ。

 まぁ若く見えるという点ではお母さんも同じだけど。


「なるほど、タマゴが割れないコツか」

「そうそう! 確かこれって千里がやってたゲームのリワードから出てきたんですって!」

「ぶっ!?」

「わっ、お兄ちゃん汚ーい!」


 ゲホゲホ……ッ!

 いや……え、僕がやってたゲーム? リワード? もしかしてこのコツって奴は『こんばこ』のリワード関連の物なの!?


「それはまた不思議なものがあったものだ。そういえば朝ご飯は?」

「あら、つい夢中になって忘れてたわ。今から作るから待っててね」


 どうしようタマゴのコツとかで忘れてたけど、近い内にエクストラリワードに関して家族に話さなきゃいけないことを思い出しちゃった。クソぅ、朝から胃が痛いよぉ。


「あ、あれ?」

「どうしたのお母さん」

「タマゴが割れない……」

『はぁ?』


 あ、いやそうか。さっきまでタマゴが割れないコツとかを試してたもんね。そりゃあタマゴが割れないわけだよ。


「だったら解除の方法とか試せば良いじゃん〜」


 祭里の言う通りだ。コツを試したら解除できないなんて話はありえない。これで解除方法が無かったらコツを試した人間は永遠に卵料理とおさらばする羽目になる。

 そんな危ない方法をテレビが放送するはずがないのだ。


 だというのに。


「ごめん、忘れちゃった」

『えええええええ!?』


 ここで重要なところを忘れるぅ!? あんな細かいところまでコツを覚えておきながらどうして解除する方法を忘れるんだよぉ!


「僕と祭里はコツを実践しちゃったから……」


 一応料理ができる僕と手伝いレベルの祭里ならタマゴを割れるけど、今は無理だ。そう言って取り敢えずチラッと父さんの方を見ると。


「殻入りミックスの粉砕タマゴでいいなら」

「このぶきっちょ人間……ッ!」


 駄目だ、顔が良いだけの無能に料理なんて任せられない。


「はぁ……しょうがないけど、朝は別の料理にするわね」

『はーい……』


 グゥ〜。

 エクストラリワードで胃が痛いというのにクソ正直な腹だなぁ。


 そんなこんなで我が家の朝食が始まる。カチャカチャと珍しく卵料理のない朝食を取りながら、父さんがふと話題を出す。


「そういえば『こんばこ』のリワードには、エクストラリワードというとても凄いリワードがあるらしい」

「……っ」


 ちょ、このタイミングで父さんからエクストラリワードの話が出てくるのか……!


「あら、そうなの?」

「実は仕事先で遊ぶ機会があってな。それ以来密かに調べてたんだ」


 調べてたって……それだったら『こんばこ』とVRのセットを買ってよ。


「ふっ、まるで興味があるならとっとと買えば良いじゃんって言いたげな顔だな」

「うぐ」

「買ったらせがんでくると思って、購入は控えていたんだ」

「懸命な判断ね!」

「うーわ可愛そうwww」

「祭里うるさい」


 くそぅ、分かってたよそんなこったろうってことは!


「エクストラリワード……手に入れたら億万長者と教科書の仲間入りらしいな」

「うわぁいいなぁ。お金がいっぱいあったら私の好きな作品の衣装とかいっぱい作れるかも!」

「お金はあればあるほどいいしね。そういえば千里も『こんばこ』をやってるじゃない。エクストラリワードとか探しなさいよ」

「え、あ、うん……頑張る……」


 実はもう見つけてるんですけどね……。


「えぇ〜? お兄ちゃんエクストラリワードとか見つけられる〜? お兄ちゃん絶望的に運がないからなー」


 この妹はすぐ人のことを煽ろうとする……!


「祭里だって人のこと言えないじゃないか。この間だって友達とガチャ配信して一人だけ爆死してたじゃん!」

「は、はぁ!? なんでそのことをお兄ちゃんが知ってんの!? 盗み聞きとかサイテーなんだけど!」

「爆死の悲鳴が家中に響いて父さんも母さんも知ってるよ!」

「う、嘘でしょ!?」


 バッ、と父さんと母さんに顔を向けると父さんと母さんはすぐさま目線を逸らした。その様子を見て本当のことだと理解した祭里はみるみる顔を赤くしていく。

 祭里の羞恥心やら怒りがピークに達したその瞬間、祭里の口からとんでもないものが飛び出してきた。


「お兄ちゃんのバカ! 一ヶ月前にまた同級生の同性の人から告白されたことをお父さんたちに言うから!」

『ぶっっ!?』


 妹の突然のカミングアウトに両親が水を吹き出した。ってかなんで知ってるの!?


「ちょ、おま、もう話しちゃってる! もう全部言っちゃってる!」

「……多様性に理解があると自負してるわ」

「多様性!? いや断ったからね!?」

「娘は誰にもやらない」

「息 子 だ よ !!」


 何馬鹿なことを言ってるのさ二人は!!


「お兄ちゃんのことだからエクストラリワードを見つけるよりカッコいい男の人を見つける方が早いと思うよ!」

「はぁ!?」

「お母さん、ご馳走様」

「それじゃあ洗っておくわね」


 ギャアギャアと僕と祭里の口論がヒートアップしていく。もう頭に来たぞ……!




「大体僕はもうエクストラリワードを見つけてるの! だから僕の運が悪いなんてことはないから今すぐ僕に謝れバカぁ!」




 よしこれでQ.E.D.証明終了!

 これで分かったらもう二度と僕のことを運が悪いだなんて言うなよ! と、咄嗟で僕は勢いでここ最近起きた一番の強運をぶち撒けた。

 スッキリした気持ちと妹との口論で打ち負かした爽快感に浸っていると……あれ? 何だか家族の様子がおかしいぞ。


「……え、何を見つけた、って……え?」

「……え?」

「……今、なんて?」


 家族の唖然とする顔が目に入る。そこで僕はようやく何を口走ってしまったか今更理解してしまう。


「え!? いや、えーとその」

「は、はは……じょ、冗談よねぇ〜? 全く心臓に悪い冗談を言うんじゃないよ」

「はは……」

「……でも、咄嗟の言い訳にお兄ちゃんは嘘を付かないし」

「……千里?」


 ヤバい、ここに来て僕の積み上げてきた信頼が牙を剥いてくる。


 ……うん。


「その……うん、見つけちゃった」


 僕は全てを諦めた。もう話すタイミングも全て狂ったけど、もう話してしまった後である。そう言いながら、僕は証拠として今朝見た『こんばこ』スマホアプリの通知を見せる。


『………………』


 長い、長い沈黙が流れる。


 そしてようやく理解が進んだのか。


 パリン、と。


 母さんの手からこぼれ落ち、我が家のお皿が消える音が鳴った。

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