第4話 事の真相! ……えー、え?

 今日は三話更新です。



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 パタタ、と足音が鳴る。


「っ! おいこっちから足音が鳴ったぞ!」

「そっちに行ったか!」


 マフィアの手下たちが足音が鳴った方向へ走っていく。そんな彼らの様子を見ながら、僕は物陰から現れた。


「……ふぅ」


 ――スキル『サウンドオブジェクト』。


 吟遊詩人になれて初めて使用できるスキルの一つだ。言うなれば手の平大サイズのキューブ状の物体に、録音した音を登録するスキルである。

 音を登録したオブジェクトは任意の場所に設置ができて、任意のタイミングで再生することができる。

 僕はこのスキルを使って、僕は先程の『パタタ』という音声を設置して手下たちを誘導したんだ。


「……よし次」


 ――吟遊詩人。


 このジョブは楽器を奏でて様々な効果、現象を引き起こすジョブだ。一般的にイメージするバフをメインとしたサポートジョブでもあるけど、他にも音を奏でるという特性から音に関するスキルも豊富にある。


 そして何より脳波スキャンシステムによって頭の中にある音楽を自動的に弾いてくれるシステムが搭載されている。

 システムサポート付きではあるものの、僕はこのシステムで楽器を演奏するのが夢だった。


 ほら、楽器を買うのも金かかるし勉強するの得意じゃないから……。


 それはともかく。


「『スリーピィウィスパー』」

「おっ、おぉん……?」

「おい、どうした!? ここで眠るんじゃない!」

「なんだこの音楽……うぅん」

「お前まで!?」


 スキル『スリーピィウィスパー』は音楽を聴いた対象を確率で睡眠状態にさせるスキルだ。まぁ熟練度が初期値だからか全員眠りに誘えなかったけど。


(それでも結構の数を減らせた)


 よし、次はこっちだ。


『おい! こっちへ逃げたぞ!』

「何!? クソ、今すぐ行く!」


 スキル『フェイクボイス』と『サウンドオブジェクト』の合わせ技だ。『フェイクボイス』で任意の声を真似て、『サウンドオブジェクト』に登録、設置することで仲間の声と誤認させるコンボである。


「これで十分引き離したぞ……!」


 分断、無力化、誘導。

 ジョブを習得しただけでこの成果だ。

 でもおかしいぞ。

 もう三分だというのに一向に転送されない。


「何か問題でも起きた?」


 これはもう間に合わないだろう。

 もしかして僕は失敗したのか? そう自責の念が出てくるがまだ失敗したというアナウンスもない。取り敢えず確かめに行くしかない。


 ルースと、フィリンさんの下へ。




 ◇




「だから行かないって!」

「だからなんでよ!」

「何してるんだあの二人」


 手下を撒きながら元の場所に戻ると、そこには逆さ吊りのままフィリンさんと喧嘩しているルースがいた。しかもフィリンさんがマーカーだれを塗ろうとするとルースが器用に身をよじって回避している始末。そんな二人の喧嘩をザルドが困惑しながら見ていた。なんだこれカオスか?


「え、何この状況」

「むっ、小娘貴様どうしてここに……ちっ、無能共が小娘一人捕まえられないとは情けない……!」

「いやそれよりもこの状況はいったい」

「それよりもって……おれが戻った時には若造と見知らぬ娘が言い争っていたんだぁ……いったいこれは何が起きてる……?」


 ザルドの言葉に僕は困惑の表情を浮かべた。

 えぇ……この状況で喧嘩するぅ?


「ちょっと、何やってるんですかフィリンさん!」


 流石にこのままじゃいけない。

 ザルドが困惑している内に何とかしないと。


「だってコイツ、私が助けようとしたら『お前の助けはいらないって』!」

「なんで!?」

「フィリンに助けられるぐらいなら死んだ方がマシだ!」

「そこまで!?」


 ただの夫婦喧嘩だと思ってたら、思った以上に溝が深いぞこれ!


「ええい貴様らふざけるのも大概にしろ!」

「マズイ、流石に待っててくれなかった!」

「危ない!」


 フィリンさんの掛け声と同時に僕とフィリンさんがザルドの突進を回避する。


「がぶらっちょ!?」

『あっ!?』


 だが逆さ吊り状態のルースに回避できる術はなく、ザルドの突進を受けて大きく吹き飛ばされてしまった!


「おろろろろろろろ!!!」


 ぶおんぶおんと激しく揺れるルースを背景に僕とフィリンさんは、ザルド・ファミリーのボスであるザルドと対峙することとなった。


「まさか貴様らグルとはなぁ……目的はコイツか?」

「……えぇ、そうよ」

「ふんっ……若造にフラれてなお諦めないか」

「それはっ……」


 フィリンさんが悔しげでいて悲しそうな表情をする。それはそうだ。せっかく助けに来たのにあそこまで拒絶されては傷付くのも当然。


 ――でも。


「フィリンさんは何とかルースを説得してください」

「え、でも」


 僕の言葉にフィリンさんが躊躇の様子を見せる。

 そんな彼女に、僕は叫んだ。


「諦められないんでしょ!?」

「っ!?」

「だったらせめてルースの真意とか何とか聞き出してください! それで無理ならもう放っておけばいいんです!」


 僕は二人の関係の深さなんて知らない。

 どのように過ごし、どのように絆を深めていったかも知らない。それでもフィリンさんの心を折れないのは、彼女がそれほどまでにルースのことが好きだっていうことぐらいは分かる。


「思う存分納得するまで話し合ってください! それまで僕は、ずっとボスの相手をしますよ!」

「っ……――分かった!!」


 フィリンさんが僕から離れてルースの下へと駆けていく。その先には当然ザルドがいて、彼は向かってくるフィリンさんを待ち構えていた。


「ふっ、のこのこやって来るとは馬鹿な女め!」

「それはどうかな! 『開幕のエチュード』!」

「なっ、女の速度が上がって――!?」


 スキル『開幕のエチュード』。

 それは吟遊詩人らしく味方にバフを与えるスキルだ。その効果は単純に味方の身体能力を上げるもの。

 そんな見習い吟遊詩人の専用初期スキルを僕はフィリンさんにかけたのだ。


「はぁーっ!!」


 飛び上がったフィリンさんはそのままボスの頭上を越えて、吊られているルースをロープごと引き千切って持っていくことに成功する。


「くっ、待て!」

「お前の相手は僕だ! 『風の音撃』!」


 弦を鳴らし、発生した風で攻撃する。

 見習い吟遊詩人の通常攻撃である。


「チッ、なんだこのそよ風はぁ!!」


 だが如何せん初期スキル過ぎて小さい切り傷しか出来ない。


「……あー、ちょっと話し合いません?」

「マフィアに喧嘩を売って話し合えとは笑えるな」

「……ごもっともで」

「おらぁああああ!!」

「ひゃああああっ!?」


 ザルドの突進を紙一重で回避する。

 ちくしょう、変な声が出ちゃったじゃないか!


「マズイマズイマズイ……!」


 ――倒せない。


 そもそもジョブを入手したてのプレイヤーがいきなりボスに勝てるわけがない。

 こちとらチュートリアルだって受けていないのに!

 そもそも序盤のサポートジョブにろくな攻撃手段があるとでも!?


「お願い、一緒に逃げましょう!?」

「こ、断る……っ!」

「だからなんでなのよ!?」


 フィリンさんはまだ時間がかかりそうだ……!


「こうなったら!」


 手の平に、を登録した『サウンドオブジェクト』を生成する。そしてそのキューブを、突進を終えたボスの耳元へと投げた。


 そしてここで再生だ!


 ――パァン!!!


「っ、な、なんだぁ!?」


 突如として強烈な破裂音が耳元に来たボスは、体が反射的に怯んで体勢を崩したのだ。

 スキル『サウンドオブジェクト』はただ録音した音声を再生するだけの物体だ。そこに殺傷力はなく、特別な効果はない。たださっきしたように大きい音を録音すれば敵を怯ませることも意識を誘導させることもできるんだ。


「怯んだ隙に『スリーピィウィスパー』!」


 これで成功すれば……!


「クソ、うっとしいぞぉ!」


 ……うん、失敗!

 元々成功率も低く、それでいて警戒している相手にはあまり効かないスキルだ。そもそも状態異常系がボスに効くわけがない。


「まだですかぁ!」


 ごめん、数秒しか稼げてないけどまだぁ!?


「どうして、どうしてそんなに嫌がるのよ!」

「……」


 もしかしなくとも難儀しているようだ。

 限られたスキルでいったいどれだけ持つのか分からないけど、まだまだ頑張る必要があるようで、気が滅入りそう。


「おい! ボスのところで何かが起きてるぞ!」

「!? マズイ、もう追手が!」


 流石にボス+手下は駄目だ。

 そう僕が絶望に顔を蒼褪めていたその瞬間。


「――っ! もうはっきり言ってよ!」


 フィリンさんの悲痛な叫びが屋敷中に響く。


「私の事が嫌いなら嫌いって……はっきり言ってよ……!」

「っ!」

「好みじゃないなら言ってよ……好きじゃないなら言ってよ……! 何も言わないままじゃ私分からないよ……!」

「フィ、リン」


 泣いている。

 あのフィリンさんが。

 例えマフィアの屋敷だろうとルースを助けるために一人突撃しようとしたフィリンさんが泣いている。


「……くっ」


 そんな姿を見て、ルースはようやく口を開いた。


「フィリンが……フィリンが先に言ったんじゃないか!!」

「――え?」


 え?


「俺のことが好きじゃないって! 言ったのはフィリンじゃないか!」

「は、え……? え、いや、い、言ってないわよ!?」

「いいや、僕は聞いたぞ! 君が同窓会に行った時、僕は気になって君の後を尾行していたんだ! そしたら君が友人からの問いになんて答えたと思う!?」


 ――ねぇねぇ! やっぱりフィリンってルース君と結婚するの?

 ――え!? いや、あの。

 ――わぁラブラブだねぇ!

 ――フィリンってルースにゾッコンだしねぇ!

 ――は、はぁ!? ゾッコンじゃないし!? 寧ろ嫌いだし!?


「ってさぁ!!」

「え、あ違う!! そう言う意味で言ったんじゃない!」


 あー……もう結末分かっちゃった。


「俺はフィリンの事が好きだったのに……! 心の底から愛してるのに……! 君は俺のことをなんとも思っていなかったんだ!」


 どばーっと涙を流すルースにフィリンがあたふたする。

 あーなるほど。だから婚約関係を解消してナンパとかやってたのか。フィリンという女性を忘れたいがために。


「だから俺のことはもう構わないでくれ!」

「私の話を聞いてよ!!」

「っ!?」


 交渉は決裂か。

 そう思ったその瞬間、フィリンさんが声を張り上げた。後悔を含みながらも、覚悟を決めた眼差しをその瞳に宿しながら。


「あれは照れ隠しで言っただけで本心じゃない!」

「なっ、え……?」

「私もルースのことが好きなの! 昔からずっと……! アンタのことが好きだったのよ!」

「フィリン……」


 長年照れ隠しで秘めていた想いをぶちまけるフィリン。だけどその顔は想いをやっと告げた顔ではなく、後悔を滲ませた顔だった。


「ごめん……ごめんね……私の不用意な発言でルースのことを傷付けた……こんな私、嫌だよね」


 やっと告げたのに。やっと正直になれたのに。過去の不用意な発言でこんな事態になってしまった。もう全てが遅いと感じてしまった。

 そう思ったその時、ルースが口を開いた。


「……そんなわけないだろ」

「ルース……?」

「失恋したと思ってた。だから道行く女性にナンパなんてしてたけど、それでもやっぱりフィリンのことが頭から離れられないんだ」


 そう言って、ルースはロープに巻かれたまま真っ直ぐにフィリンの目を見つめて言う。


「やっぱり……俺の理想の彼女は一人しかいないんだ」


 正直には正直を返す。

 ここからが二人の本当のスタートなのだ。


「ルース」

「フィリン」

「ルース!」

「フィリン!」


 な ん だ こ れ。

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