サブ1 夢見る無垢は弦を弾く
第1話 チュートリアル開始! ……え?
邪神が作りし、混沌の箱庭。
その箱庭に住む人々の先祖は皆、大罪を犯した者たちであり、その大罪故に邪神によって連れ去られた者たちだった。
即ち、その子孫もまた、罪の子である。
罪は広がり、交わり、また新たな罪となる。
最早贖罪の機会は潰え、あるいは忘れ、その意味すらも消えた。人々は永遠にこの箱庭で過ごすしかなくなったのだ。楽園と呼ばれる場所にも帰れず、いや帰る場所すら忘却して、人々はこの箱庭を過ごすのだ。
希望が欲しいか?
罪のない体になりたいか?
ならば生きろ。その罪を贖え。
忘れるな。
貴様の大罪は――。
◇
なんかダークなストーリーが流れたけど、紛れもなく『こんばこ』の世界観だ。今でこそネタの宝庫やらバラエティの舞台とか言われてるけど、大筋はこんなシリアスでダークな物だったな。
「しかしストーリーかぁ」
VR黎明期に生まれた最古参ゲームなだけあって、最早ネタバレ規制も時効になって風化した後だ。三十にも及ぶ大型アップデートを経たこのゲームのストーリーは既にほぼ周知されてるレベルで、今更初見ぶる事もできないもの。
「まぁ、僕を除く……かな」
といっても僕はストーリーだけは見ていないのだ。
興味がないというわけでもなく、ただ単に楽しみは取っておきたいという気持ちでメインストーリー部分を避けていた。
「その代わりサブクエとかサブコンテンツ部分はガッツリ見ているけども……と」
そう言いながらポチポチとキャラクリ画面でキャラを作っていく。
外見は面倒臭いからこのままにして。それでも流石にリアルと同じ過ぎるから、髪型とか目の色とかを多少弄る。
『キャラの外見はよろしいですか?』
「はい」
『現在の外見に設定しました』
これで僕の分身ができた。
『名前を入力してください』
「名前はセンリっと。これで大丈夫かな?」
『この名前で登録しますか?』
「おっけー」
実にスムーズな進行だ。配信を見てキャラクリをやってる妄想とかしてたから躓くところもなく無事に完了。
え? 妄想と言いながら外見そのまま? 細かいことはいいんだよ。今の時代外見そのままでも問題ないし。
さて。
「すぅ、ふぅ……」
深呼吸をする。これから行くのは夢にまで見た『こんばこ』の世界。配信の中でしか見れなかった世界をこれから自分の足で歩くんだ。
「よし!」
緊張で早鐘する心臓を抑えて、僕は一歩足を踏み出した。
その瞬間だ。
「わぁっ……!」
キャラクリ特有の不思議空間から文字通り景色が移り変わっていく。そうして気が付くと、僕は『デミアヴァロン』の中央広場に立っていた。
「ここが、デミアヴァロン……」
外周を壁で囲まれた『
「まぁ今じゃもう唯一じゃなくなったけどね」
ストーリーは見ないようにしているが、それでも動画や配信である程度分かってしまう。例えばこの国以外の外の状況とかね。
といってもストーリーはプレイヤー個別ごとに進行するため、僕のような新規は本当にこの国が唯一の国ではあるけど。
「さて、あと六日か」
僕が亮二のカメラマンとして活動する前に、この空いた期間で僕のキャラの育成をある程度まで進めなければならないのだ。
と、そう考えて僕はステータス画面を開いた。
-----------------------------
キャラ:センリ
性別:男
ジョブ:未解放
アイテム一覧
なし
-----------------------------
え、これだけ? と思うかもしれない。
事実これだけだ。
このゲームにはキャラの基本情報以外のステータスは存在しない。体力やら魔力やら筋力といったパラメーターは存在しないのだ。
いや存在しないは違うか。
厳密に言えばそれらのデータはマスクデータとして存在するのだ。ゲームシステム側が把握し、プレイヤー側が把握できない隠されたデータとして。
じゃあ何が重要かというと……。
「先ずはジョブを解放をしないとね」
一つ目はそう、ジョブだ。
戦士や魔法使い、盗賊や弓術士といった王道なものから死霊術師、闘牛士、決闘者といった風変わりなものまで多種多様。
プレイヤーは先ずこのジョブを入手しなければならない。ってか何をするにしても先ずはジョブがないと始まらないのだ。
「ってことでチュートリアルの開始だね」
ストーリーは見ないといっても流石にチュートリアルの部分だけは予習済みである。こうして広場で右往左往していれば……。
「ねぇ、そこの君」
こうしてNPCの一人が話しかけてくるのだ。プレイヤーはこのNPCと会話することでチュートリアルが始まるわけである。
「あぁ、はいなんでしょう――」
そう、この国の兵士が突如として広場に現れたプレイヤーに話しかけることでチュートリアルが始まっt――。
「良かったら俺と真夏のアバンチュールを楽しまないかい?」
「いや誰ええええっ!?」
――そこにいたのは人の彼女を寝取りそうなチャラ男だった。
◇
サブ1 夢見る無垢は弦を弾く
――『サブクエスト:理想の彼女が開始されました』
◇
え、何? 僕ナンパされてる?
男の僕に!? 男が!?
「何やってんじゃいゴラァ!!」
「ぶげらっぱ!?」
「ちょ!?」
と思ったら、ポニーテールの女性がチャラ男の横面を殴り飛ばした!?
地面を数度跳ねて転がっていくチャラ男。その後彼は微動だにしなかった。これは間違いない。死んだねあれは。
「ふぅ……ごめん大丈夫だった?」
「え、と……だ、大丈夫ですけど……?」
「良かったぁ……ごめんねうちの馬鹿な幼馴染がさ」
「幼馴染、ですか?」
チラッと吹き飛ばされた男の方を見る。
うん、ミンチよりひでぇや。
でも可哀想と思えないのは、これまでのやり取りである程度の扱いを理解したからだろうか。具体的に言うといじられキャラ。
「私の名前はフィリン。あっちで死んでるのがルースよ」
「ど、どうもセンリです」
「センリちゃんね。ごめんねうちの都合に巻き込んじゃって。あっそうだ! お詫びと言ったらなんだけど私のお店でご飯を奢るわ!」
ぐいぐい来るぅ……。
僕の経験上、こういう流れの時は断ることができないのを知っている。世の中は、諦めが肝心であることを僕は悟っていた。
「……分かりました」
「ありがとう! 大丈夫、味は絶品よ!」
「ところであそこで転がっている人は」
「いいの」
「え?」
「いいの」
「あ、はい」
というわけで僕はフィリンさんに連れられて彼女のお店とやらへと向かった。
ここデミアヴァロンの街並みは中世のような建築様式が広がっている。よくある中世ファンタジーのような街並みと言えばイメージしやすいだろうか。
とある配信で流れたサブクエでは、当初この箱庭にはモンスターと異常気象しかなかった。とてもではないが人が住めるような場所はなく、原初の大罪人は百年をかけてこの街を作り上げたという。
そう、百年だ。
その百年で人々は安住の地を手に入れた。
人の一生分で人類の生存領域を手に入れた事実は偉業と呼ぶに相応しいものだ。だがその偉業を為してなお、この街の名前は『
原初の大罪人が思い描く理想郷とは何か。
どうして未だに道半ばなのか。
その理由を今はまだ、誰も知らない。
「――だとしてもこれは違くない?」
今僕の前にあるこの建物。
サイケデリックに彩られた建物に、次々と品名が流れていく電光掲示板のメニュー。ピカピカと点滅する『どこでもお届けいたします! フードデリバリーテレポートサービス付き!』というキャッチコピー。
もしかしなくてもここが……?
「そう! ここが私の家族が経営する『じくう処』よ!」
……うん、なるほどね。
「いや世界観んんんんーっ!?」
どうしよう。
中世ファンタジー世界にSFサイバーパンクレストランがあるぅ……。
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