プロローグ VRゲームへの誘い

「頼む! 俺のカメラマンになってくれ!」

「はい?」


 いきなり学校で親友の白銀亮二しろがねりょうじが僕、満長みつなが千里ちりに頭を下げてきた。


「ちょっと詳しく聞かせてくれないかな」

「あぁ! 真っ先に断らず、先に聞き耳を持ってくれる友には頭が上がらんな!」

「それでも頭を上げてよ」


 頭が上がらないってのは、そのまま頭を下げながら説明するという意味じゃないと思うけど。僕の言葉にようやく頭を上げた亮二は、これまでの人生でかつてないほどの真剣な表情を浮かべていた。

 

「千里は分かっていると思うが俺はCTuberに憧れている」

「はぁ」


 ――CTuber。


 カオスチューブに動画を投稿、配信している人たちのことを指す、職業の一つだ。つまりはカオスチューバーの略だ。

 小学校からの付き合いである亮二はその頃から様々なCTuberの配信を見ており、CTuberに憧れていたんだ。


 まぁ憧れてると言っても、そう簡単になれないのが現実。

 そう、CTuberになりたい亮二におじさんたちが待ったをかけたのだ。機材を与えれば配信活動にかまけて廃人一直線になると感じたおじさんたちから禁止を言い渡されたんだ。


「憧れてるって言ってもVRメットなんてないでしょ? おじさんたちからも『もしやりたいなら自分の金で買うんだな!』って言われてるんだし」


 はっきり言って無理な話だ。

 VRメットがどれぐらい高いと思ってる?

 そう言い渡された時点で詰みだろう。


「果たしてそれはどうかな?」

「なにっ」


 厨二病的なポーズを三回やる亮二。

 そして溜めに溜めた彼はついに言い放った。

 それはそれとして何故ポーズを三回も?


「クックック……! 俺はなぁ! 長年のバイトで資金を貯めてついにVRメットを買ったんだ!!」

「う、嘘でしょ!?」

「しかもハイクラスを二台!」

「ハイクラスを二台!?」


 亮二の発言に僕は耳を疑った。

 VRメットとはヘルメット型のVR機器のことで、ロークラス、ミドルクラス、ハイクラスと三つの性能と価格帯が用意されている。

 当然ハイクラスになればなるほど、性能はぶっ飛び、お値段もぶっ飛ぶレベル。それなのに亮二はハイクラスを二台も購入した?


 はっきり言って内臓の幾つかをどっかに売ったんじゃないの?


「え、やだよ僕、亮二の葬式に行くの」

「お前が何を考えてるのか良く分かった」


 そう言って亮二は気まずそうに笑った。


「まぁ……ちょっと兄貴のツテとか頼った面もあるけどな」


 それを聞いて僕は安堵した。


「なーんだ龍一兄が関わってるなら買えるに決まってるか。まぁでも良く龍一兄が協力してくれたね?」


 亮二の兄、白銀龍一は会社を起業して社長になった白銀家の出世頭だ。VRメットのハイクラスというものは企業とかの法人レベルが扱う代物で当然高いが、一会社の社長である龍一兄なら買えるだろう。


「まぁ当然条件はあるさ」

「その条件っていうのは?」

「CTuberの配信、同時接続者数五十万」

「はぁ!?」


 ご、五十万!? 国内CTuberの頂点である『混沌ウサギ』の最高同時接続者数が百万だよ!? とんでもない数字だというのに、だからってその半分は無理でしょ!?


「だがな千里。兄貴は無理難題を言う人じゃないことは知ってるだろ?」

「それはっ……そうだけど」

「兄貴は俺が達成できると思ってるからこの条件を出したんだ。いや、寧ろ俺はそのためだけに準備してきたと言っても過言ではない」

「準備って……」

「とにかく、だ! もう一台は千里用に購入したので後で送る! この頼みを受けても断ってもどっちみち千里のために買ったものだから遠慮するな! それじゃあ一週間後まで準備しとけよ!!」

「え、あ、ちょっと!?」


 ……どうやら、配信者云々を抜きにしてもVRゲームをやるのは確定事項のようだ。


「……亮二がCTuberにねぇ」


 CTuberの配信する動画はなんでもいいわけじゃない。配信の内容は必ず『カオス・イン・ザ・ボックス』というゲームに関係していることが条件なんだ。だからカオスチューブにCTuber。VRMMO『カオス・イン・ザ・ボックス』専門の配信者、というわけだ。


「まぁ、貰うからにはやるしかないか」


 ゲームは好きだ。いやゲームが好きだからこそVRゲームをやれなかった。僕も亮二と同じで親に禁止されていたんだ。お前も廃人になるからって。そんなバカなと思ったよ。コンシューマーゲームで一週間休み無しでやっただけなのに酷い言い草だ。


 うん。

 残当だね。


「……楽しみだなー」


 かくいう僕もCTuberの配信を見て『カオス・イン・ザ・ボックス』をやりたいという思いがある。後日亮二には何か奢るかして、今は亮二の厚意に甘えてやるだけやってみようと思う。




 ◇




 その翌日の夜。


「はぁ……ついにこの時が来ちまったかぁ」

「まるで世界が滅亡するかのような声を出すねお母さん」

「実際そうでしょ。ただでさえゲームのせいで夜更かししまくってるのにVRは駄目でしょうよ」


 どうしよう。

 反論する言葉が見当たらない。


「いやでもうーん……」

「お母さん?」

「アンタ、配信するんだって?」

「正確にはカメラ担当だけど」


 そう言うとお母さんはニヤリと笑みを浮かべた。


「じゃあアンタの配信を見ててあげる」

「えぇー」

「配信を監視すればアンタの健康も守れるってもんよ」


 息子のプライバシーが守られてないのですが。

 いや全世界配信という時点でないに等しいんだけども。


「じゃあ代わりに投げ銭して?」

「小遣いは毎月一回限定だから却下」

「だと思った」


 ゲーム三昧計画が潰えたところで、僕は亮二から貰ったVRメットを取り出した。


「へぇこれが例の?」

「そうだよ。二百万のハイクラス」

「に゛っ……!?」


 お値段を聞いた瞬間お母さんがとんでもない眼差しでVRメットを見た。分かる。分かるよお母さん。現にVRメットを持ってる僕の手も震えてるし。


「もう二度と亮二君に足向けて寝れないねぇ」

「実は昨日ツッコミのために頭を叩いたんだけど」

「この罰当たりめ」


 御神体に狼藉を働く犯罪者を見るような目で向けられてて草。いや草じゃないけど。事実その通りだよ。後から天罰下っても文句言えないよ。


「あれ? 兄ちゃんたち何してんの?」

「祭里まで来ちゃった……」

「これから千里が配信者としてガッポガッポ儲けてくるんだって」

「えっマジ!? お兄様ぁ? 今私ねぇ、欲しい物があるのぉ」

「散れ! 強欲な魔女どもめ!」


 取り敢えずお父さんが帰ってきて夕飯を食べる前に初期設定とか済ませとかないと。


「息子がバズったらどうしようかねぇ」

「それで投げ銭ガッポ、収益ガッポ……ねぇお母様。実は前にCMでぇ……」


 ええい、いつまでいるんだ魔女め!

 早く部屋から出てってよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る