第3話 無事取り戻したければ、俺達に協力しろ。OK?

 場所は総合ギルドの職業訓練所待合室。

 その中で、僕たちは放心していた。


「死ぬかと思った」

「死んだかと思った」


 :映画化決定

 :最終回かと思った

 :リョウの次の活躍にご期待ください


 というよりも実際に死んでいた。宿屋に設定していたリスポーン地点から蘇生されてここに戻ってきた時はヤバいなこのゲームと思ったものだ。

 リョウでさえこのジョブクエをクリアするのにリスポーンしないと駄目だとか明らかにゲームバランスが狂っていると思う。


「いやぁきつかったぜ」

「そりゃそうでしょ」

「でもあれだけきつかったのに、疲労システムが解除されると何とも思わなくなるの凄いよな」

「うん、僕もリタイアして同じことを思ったもん」


 疲労状態から徐々に回復ではなく、まるで元々疲労はなかったかのような感じの切り替えだ。はっきり言ってあの苦しみの時間は夢なのでは? ってぐらい。


 :まぁ睡眠型VRだし

 :ある意味夢

 :それでコマンドーになった感想は?

 :あっそれ俺も聞きたい


「コマンドーか」


 コメント欄の質問を見て、リョウが自分のステータス画面を開いた。


「ジョブ:コマンドー……どうやら近代武器限定だけど、装備している武器によってスキルの補正や内容が変わるジョブだな」


 :やっぱりあのコマンドーじゃないか!

 :もう隠す気ないな

 :\デェェェェェェェェェェン/


「装備は違うけど、性能的にはセンリの吟遊詩人に似ているな」

「僕のジョブ?」

「そうだ」


 確かに僕が設定している吟遊詩人というジョブは音や音楽に関わるジョブだけど、その他にも装備している楽器によってスキルが変化する特徴も持っていた。そう考えると確かにリョウのコマンドージョブと似ているかも。


 :てぇてぇ

 :やっぱ幼馴染はいつも一緒ですねぇ(ニチャア)

 :次のコミケの内容は決まったな

 :どこに出店する? 僕も同行しよう。

 :花京院

 :花京院を巻き込むな


「あっそう言えばリワードとかは貰った!?」

「あっ!」


 エクストラリワード疑惑のある誰もクリアできていないジョブクエだ。こうしてリョウの奮闘によってクリアできた今、事の真偽が分かるはず。

 僕の言葉に気付いたリョウは早速とクエストログを見る。するとそこに書いてあったのは……。


「いやこれ配信に乗せてもいいのか?」

「え?」


 :え?

 :え?

 :どうした微妙な顔をしているぞ

 :何があったん?


「だってこれどう見ても何かしらの機密に関係してそうな内容だから……」

「何かしらの機密!?」


 エクストラかノーマルかははっきりしないものの、リョウの様子を見た感じリワードを手に入れたことは確かだ。だけどそれで機密に関わるリワードって何?


「えーと……ヘルプ曰く大丈夫そうだ」

「本当に?」

「配信前提の仕様でリワードの公開非推奨とか、そもそもの前提を否定しているようなものだからな。だから『こんばこ』の全てのリワードは配信に乗せても問題ないようになっているらしい」


 それはそれで凄いと思うけど。


「それじゃあ発表するぞー」

「ゴクリ」

「はい、どん!」


 そう言って、リョウが手に入れたリワードを外部に向けて公開する。するとそこに書いてあったのは確かに機密に関わりそうな内容だった。


「『コマンドー入隊資格』……いやいや、いらないいらない」

「このジョブクエ、リアルのコマンドー部隊の入隊審査か何からしい」

「いやおかしいでしょ!?」


 特殊部隊の入隊審査か何かは知らないけど、そんなものをゲームのジョブクエに実装するな! というか通りで誰もクリアできないはずだよ! 寧ろリョウのスペックがリアルのコマンドー部隊の審査をクリアできるレベルとかびっくりだよ!!


 :ってかマジで本物のコマンドー部隊?

 :んな馬鹿な

 :だとしてもあの映画に擦り寄せ過ぎだと思う

 :リワード提供者の趣味と実益を兼ねたサブだった……?


「やっぱりこのゲームはおかしいよ」

「俺は入隊はしないけどな。ただその場合でも賞状が貰えるらしい。あとお金も」

「……まぁ、あの訓練を突破できたから何かしらの褒美とかないとね……」


 そうでなければやってられないだろう。いやでも実質貰えたのは賞状とお金ぐらいだから言うほど良い褒美か? っていう疑問はあるけど。


「そう言えば教官遅いね」

「あぁそうだな。俺がリスポーンして戻ってきたのにアーノルド教官はまだ来てないのか」


 :そう言えばそうだった

 :何か入隊祝いとかしてくれるらしいけど

 :その準備に行ったっきりだな


「え、入隊祝いしてくれるの?」

「そう聞かされたんだけど……」


 その瞬間だった。


 ドゴォォォォォン!!!!


『!?』


 突如として待合室の壁が破壊され、一人の男が吹き飛ばされるように部屋の中へと入ってきたのだ。




 ◇




『サブクエスト:誘拐された愛娘を開始しました』




 ◇




「なんだ!?」

「リ、リョウ! あれっ!」


 僕が指を差した先にいたのは、破壊された壁からゆっくりと入って来る……を浮かべた教官だった。


「教官!?」

「おい、早く吐け……でないと貴様は地獄を見ることになるぞ」

「へ、へへ……ちょっと頭を冷やそうじゃないかアーノルド……っ!」


 あの男はいったい教官に何をしたのか。鬼と言っていいぐらいの厳しい教官だったが、それでも訓練からリタイアした僕を労い、コマンドーになったリョウを祝おうとする教官が怒りを見せていた。


「お前に俺は殺せない! 俺を殺したら娘の居場所が分からなくなるぞ!」

『娘だって!?』


 まさかとは思ったけど、コイツは敵か! 通りで男の体はボロボロになっているはずだ。コイツは教官の地雷を踏んだんだ。

 それを聞いた教官は手に持ったショットガンを男のこめかみに突き付けると、冷たい声でこう言った。


「この俺がお前を殺せないとでも?」

「ひ、ひぃっ……へ、へへ! やれない、やれないはずだ! お前は娘を溺愛しているからな! 娘の情報を知っている俺が死ねばもう会えないぞ!」


 男が教官の圧を受けて恐怖に怯えるも、それでも話さない。それは果たして余裕の表れか。それとも未だに楽観しているだけなのか。


「ほう――」


 教官が引き金に指を置く。

 その前に。


「待ってくれ」

「リョウ!」


 見かねたリョウが教官のショットガンに手を置いたのだ。


「……リョウか、今は忙しいんだ後にしてくれ」

「いや、先ずはこの男に尋問をさせてくれないか」

「尋問だと?」

「あぁ、尋問はセンリにやらせてもらう」

「え!?」


 :センリちゃんが尋問!?

 :尋問できるのか!?

 :何を考えているんだ?


「そんな、尋問なんて僕にはできないよ!」

「いいやできる。そのためには先ず、教官にある物を用意して欲しい」


 そう断言するリョウに教官は一瞬訝しんだ。だけどリョウのその揺るぎない眼差しを受けて、教官は「フッ」と口角を上げると、手にあるショットガンを下げた。


「……何か考えがあるんだな? いいだろう、用意してやる」

「ありがとうございます」


 リョウの言葉を受けた教官は踵を返した。


「さてと、先ずはコイツを拘束しないと」

「な、なんだお前らは!?」

「『スリーピィウィスパー』」

「あっ、ふぅん……」


 取り敢えず、コイツは僕のスキルで眠らせておこう。すぐさま寝たこの男を確認した後、僕はリョウの真意を問うように目を向けた。


「どういうこと?」

「あのままじゃあ教官は躊躇いなく引き金を引くからな。そうすると今後の調査が難しくなると思って」

「今後の調査……さっき開始されたサブクエか」


 サブクエの題名や今の流れから推測すると、恐らく教官の娘を探すのがこのサブクエの目標だろう。つまりはシティーアドベンチャーと呼ばれる探索クエストの一種。あのまま教官がこの男を殺害すれば、この後の調査は虱潰しになる可能性が高くなるだろう。


「だからこの男を尋問するんだね?」

「そうだ。というわけでこの男に尋問システムをやる」

「尋問システム……」


 NPCを尋問する際に発生する尋問ミニゲームだ。飴と鞭と呼ばれる二つのゲージのどちらかを100%にすることで尋問が成功するというシステムである。

 このゲームには、ありとあらゆる行動に時折ミニゲームが挟まれることがある。釣りとか、料理とかね。尋問もまたこういうミニゲームが存在するんだ。


「でも僕に尋問なんてできるかな……尋問官ジョブなんてないし」

「あれば効率がいいだろうけど、今回は必要ないさ」


 リョウの言葉に僕は首を傾げる。すると、リョウの頼まれごとを受けた教官がこの部屋に戻ってきた。


「調達してきたぞ」

「ありがとうございます、教官」


 教官から何かを手渡されたリョウは、そのままその貰った物を僕に渡そうとしてきた。そのアイテムというのは――。




『ASMR用マイク ランク3』

 デミアヴァロンで売っている一般的なASMR用マイク。吟遊詩人が装備するとウィスパー系スキルに大きい補正を与える。




「なぁにこれ」

「尋問道具だ」

「違うと思う」


 :センリちゃんのASMRだと!?

 :まさか聞けるのか!?

 :【G・マザー】その手があったか

 :お母様!? 用意してくれるんですか!?

 :【G・マザー】任せなさい


「やめろぉ!!」

「これで尋問してくれ」

「僕のASMRで尋問を!?」


 できらぁ! とでも言うと思ったか!? こんなこと聞いたことも見たこともないよ!


「まぁまぁ良いから。それでは教官、お願いします」

「一応信じた身だが……とにかく任せよう」

「教官もおかしいと思ってるよね!?」


 だけど僕の訴えも空しく、教官は男を起こして椅子に縛り付けた。そしてご丁寧にファンタジー世界の筈なのに存在しているヘッドホンを男の耳に付けた。いやまぁ車とかASMR用マイクがある時点で今更だけど。


「うっ、ここは……?」

「どうしよう、目が覚めちゃった」

「大丈夫だセンリ。俺を信じろ」

「リョウ……でも僕、どうすれば」

「マイクに向かって可愛いを意識した『お兄ちゃん♪』を囁くとかどうだろう?」

「おええええ……」


 :みんな、静かにしろ

 :今から俺たちは臨戦態勢に移行する

 :総員、耳に意識を集中させろ!


 なんだこれはカオスかな? なんでどいつもこいつも真剣な表情で馬鹿なことをやっているんだろうか。


「お、おい何をする気だ!」


 とにかく、僕は色々諦めて尋問をすることにした。その瞬間、僕の耳に聞きなれた機械音声が流れた。




『尋問システムを開始します』

『飴と鞭のゲージがありますので、プレイヤーはそれぞれ飴と鞭に対応した行動をしてどちらかのゲージを上げてください』

『飴であれば、尋問対象に優しい行動をすれば上がります』

『鞭であれば、尋問対象に厳しい行動をすれば上がります』

『どちらかのゲージを100%にまで上げたら尋問終了です』




『現在の状況』

 飴:0%

 鞭:0%




 まぁもう、やるしかない。

 僕は意を決してマイクに声を込めた。


「――『お兄ちゃん♪』」

「おふうううううう!!?」


 飴:70%

 鞭:0%


 いや上がり過ぎぃ!? なんでこれだけで飴のゲージがここまで上がるの!? あと、声を出した瞬間祭里の顔が浮かんでげんなりしたんだけど!?


「俺の想像通り、ヨシ!」

「ヨシじゃないが!?」

「はぁ、はぁ……屈しない、屈しないぞぉ……!」

「寧ろ屈せそうな雰囲気を出すのやめて!?」


 もう何なんだよこれぇ!


「これで分かっただろ。大丈夫だ俺を信じろ!」

「納得がいかないんだけど!」

「やれセンリ! 死人が出る勢いでやれ!」

「くっ、もうやぶれかぶれだ!」


 そうして、僕の尋問が始まったのだった。




 ◇




「『ねぇどうしてこんな悪いことをしているの? 人の子供を誘拐して酷いよね。今までの人生と同じように酷いことをして無為に生きて、きっとこれからも同じように生きていくんだよね。自分の人生に疑問とか思い浮かばないの? もっとこうしたいとか、夢とかあったはずなのに気付いたらもう後戻りができないぐらい堕ちてしまって情けないと思わないの? こんなはずじゃと頭を抱えて、でも今の道が楽だからとこのまま出世すれば誰もが見返してくれると思ってる? 出世しても変わらないよ? 誰も見向きしてくれないよ。一生このままだよ。変わろうとしない癖に誰かに認めて貰えるはずないよ。それから――』」


「あががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががが」


 飴:2610%

 鞭:38421%


「やめろセンリぃ!!」

「うわ、ちょ、どうしたの!?」


 :あががががか

 :これは酷い

 :これが人のやることか?

 :美少女ボイスにこれは死ぬ

 :これは邪悪な吟遊詩人


「これ以上は死人が出る!」

「だって死人を出せって……」

「違うんだそうじゃないんだセンリ!」




 何はともあれ尋問は成功した。

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