第2話 面白い奴だな、気に入った

 :とんでもねぇ、待ってたんだ

 :元グリーンベレーの俺に勝てるもんか

 :試してみるか? 俺だって元コマンドーだ


「コメント欄がコマンドーまみれに……」


 痛快な内容もさることながら、日本においてはそこからインパクトのある日本語吹き替え版で知名度を獲得した映画の名前だ。

 昔の映画だけど、その人気は現代に至っても根強い。根強いけどその……流石にこのジョブクエストとは偶然の一致だと思う。


「ほう、コマンドーになると……面白い奴だな、気に入った」


 偶然の一致だと思いたいけどところどころ匂わせてきてるよこの人!


「そもそもなんでコマンドーのジョブがあるの?」

「俺自身とっくの昔に引退した身だが、増加するモンスター被害と人的災害の対処のために当時の上司がコマンドー部隊を作れと命令したんだ」


 因みにアーノルド教官と名乗ってるけど外見も性格も例の映画の主演とは全くの別人である。流石にそこまで丸パクリをする度胸はなかったのかもしれない。


「だがコマンドーは簡単になれるものではないことを貴様は理解しているのか?」

「当然だ」

「リョウ、どういうこと?」

「ジョブクエの内容は簡単に言えば訓練に参加して、制限時間までに全ての訓練をクリアしていればクエスト達成だ」

「な、なるほど?」


 そう言うが僕にはイマイチピンとこない。何せここはゲームの中だ。現実と違って疲労で体が動けなくなる訳でもない。まぁ過剰な反復行為でプレイヤーの精神を削るとなれば分かるけど。


「分かるぜ、センリの考え」

「え?」

「でもそれならどうしてクリアした人がいないか分かるか?」

「それは……」


 リョウに聞かれても僕は分からなかった。そんな僕にリョウは笑みを浮かべてこう答える。


「――このジョブクエには『疲労システム』が存在するんだよ」

「……は?」


 :う、あたまが

 :なんであんな仕様にしたんだ畜生……

 :これがあるから誰もクリアできないんだよ


「え、疲労システムって……え?」

「なんとこの訓練中は疲れることができるんだ!」

「そんな馬鹿な!?」


 このゲームに疲労システムなんてものはない。少なくとも僕が知ってる範囲、での話だけど。疲労だなんてゲーマーにとっては最悪の天敵だ。コイツの前にいったいどれだけのゲーマーが徹夜で倒れて来たのか。


「いや徹夜までやるなよ」

「しかも序盤の僕たちの身体能力って現実準拠なんでしょ!?」

「そうだな。その上スタミナ要素とかじゃなく、疲労システムだ。走れば疲れるし、疲労すれば一定時間行動できない仕様だ」

「無理だよぉ!?」


 :睡眠型VRだというのに疲労を感じる is 何?

 :具体的な原理は分からんけど何か人の記憶を利用してるんだっけか

 :これぐらい走れば自分は疲労するだろうという経験をVRで再現してるっていう考察は見た

 :オーバーテクノロジー過ぎんか?


 現実同様の肉体で訓練をクリアする。ある意味ゲーマーだからこそ達成が困難なクエストだ。現実と同じ肉体スペックで体力も現実準拠。しかもこの時だけ疲労システムが機能してくる始末。


「そうだ、運動が多少できる程度じゃあ駄目。マジもんの軍人でも音を上げる程のスパルタ。そんなクエストを俺はクリアする!」

「そ、そんな無茶な!?」

「勿論センリもな!」

「そんな無茶な!?」


 :マジかよリョウ!

 :リョウ最強! リョウ最強!

 :センリちゃんもエントリーだ!

 :畜生この後空手の稽古があるっていうのに!

 :↑今日は休め


「じゃあ行くぞ」

「ま、待って僕も一緒にやるの!? ちょ待っアッー!」




 ◇




 というわけで、僕たちは教官から支給されたジャージを着てデミアヴァロンの外に来ている。当然デミアヴァロンの外だからここも立派な魔境だ。油断すればモンスターに襲われて、酷ければ突発的に生まれる竜巻に巻き込まれるんじゃないかな。


「ふむ……名前はリョウ。現在のジョブは『ウォーリア』で、つい最近戦い方を兵士から教わった新米だな」


 ジャージ姿の僕らを前に、教官は手に持ったバインダーで僕たちのプロフィールを確認している。そう言えばリョウって最初のジョブを『ウォーリア』にしたんだ。一通りプロフィールを確認した教官は次に僕の方へと目を向ける。


「名前はセンリ……おい」

「は、はい!」

「貴様、どうして虚偽報告をした?」

「え、虚偽報告?」

「このプロフィールには貴様が男と書いてあるが、貴様はどう見ても女だろう。厳しい訓練が嫌で性別を偽る輩がいるのは把握しているが普通逆ではないか?」

「いや男で合ってますけど」


 そう言った瞬間、教官がフリーズした。


「……」

「あの?」

「……男だと?」

「そうですが」

「……」


 教官が首を傾げて全体を見るように僕を見る。そして僕に嘘の気配がないことを理解したのか、徐々に目を見開いた。


「なんだとぉ!?!?」


 :えええええええええええええ!!???

 :センリちゃんがセンリくん!?!?

 :!?

 :アイエエエ男!? 男ナンデ!?

 :い、いやアバターは、だろ……?


「センリはリアルでも男で、これだぞ」

「リョウ?」


 :うっそだろお前!!

 :何故ここで補足説明をした、言え!

 :こんな可愛い子が男の子である筈が……

 :寧ろ私は一向に構わんが?

 :リアル男の娘か……なんだろう女の子と言われるより何か興奮する

 :やべーぞ俺らの脳が破壊されていく!

 :50000¥/ 推しになりました

 :50000¥/ お得なので投げ銭します

 :50000¥/ 折角なので目の前の扉を開きます

 :怒涛の投げ銭で草

 :可愛いので問題ないです


「え、え、え」

「あー……コホン、それじゃあ訓練を始めようか」

「お願いします!」

「待って、このカオスをどうにかして!?」


 


 ◇




 第一の訓練。


「先ずは外壁に沿って百周だ!」

「サーイエッサー!」

「え、ひゃく!? 死ぬんだけど!」


 デミアヴァロンという国の広さをご存知でない? 一周するだけで死ぞ? それなのにどうしてリョウはずっと走っていられるの?


「ほっ、ほっ、ほっ」

「はぁ……はぁ……はぁ」


 :アイツ超人か?

 :リョウが早すぎてセンリちゃんが周回遅れみたいになっとるやんけ

 :センリちゃんの吐息すこ

 :50000¥/ ASMR代


「おいそこ遅れてるぞ! 後ろからせっつかれないと走れないのか貴様は!」

『筋肉! 筋肉! 筋肉!』

「我が隊のマッスル共が貴様を見ているぞ!」

「ひ、ひぃぃぃ!!」


 筋肉怖い。




 ◇




 第二の訓練。


「砂浜でスクワット千回だ!」

「サーイエッサー!」

「せんっ!? スクワットは膝を壊すって知らないんですか!?」

「おいマッスル」

『筋肉! 筋肉! 筋肉!』

「貴様の返答は『はい』か『イエス』だ」

「はいやります!!」


 筋肉怖いよぉ。


「ふっ、ふっ、ふっ」

「はぁ……ん、ぅん! ふぅ……!」


 :リョウって人間やめてる?

 :それに引き換えセンリちゃん

 :なんてか弱い生き物


「やっ、ぱり……おかしいよぉ、っ……なんでっ……ぅん! 僕まで……!」


 :エッッッッッッ

 :ジャージ脱いで今タンクトップだから隙間から胸が……

 :見え……見え……

 :見えない!

 :男なのに鉄壁規制!?

 :運営は有能なのか無能なのか


「なんでこの時だけ、汗が……あるんだよ! このクエスト! 汗が、邪魔!」


 :汗が胸元まで滴っててエロい

 :エロいしかねぇな

 :【G・マザー】50000¥/ 我が子ながらエロい

 :なんかとんでもねぇ投げ銭と内容が来たな

 :Gってなんだよ

 :【G・マザー】そらゴッドのGよ

 :いや草

 :wwwwww

 :我が子って、センリちゃんのお母さん?

 :【G・マザー】バレちゃったかぁ

 :息子に投げ銭ってどういうことだよwww 


「はぁ……!? お母さん!? んなわけ、ないでしょ……っ! 何言って、んの!」


 :そらそうよ

 :息子に対してエロいなんて言う親はいない

 :さっきいたぞ

 :【G・マザー】私の秘蔵コレクションがあるけど見る?


「何その秘蔵コレクションって!? 何か嫌な予感がするからごめんなさいお母様! お母様と認めるのでお止めください!」


 そう言えば『こんばこ』をプレイする前にお母さんから配信を見るって言われてたような気がする。まさかそのタイミングがこことか間が悪いにもほどがあるよ。

 とにかく我が家の魔女共に過去、色々着替えさせられて何かを撮られたような記憶があるから、急いで止めないと僕の危険が危ない。


 :この反応はマジで草

 :【速報】お母様、降臨

 :センリちゃん、親にエロいという理由で投げ銭される


 僕に自由はないのか……っ!




 ◇




 結局僕はリタイアした。最後の訓練に行くこともなく、僕はスクワットの途中で音を上げたんだ。


 :すげぇ……まだやってるぜ……

 :これが漢……

 :どこぞの男の娘とは次元が違う


「うっさいよ」


 しかし僕の知っている親友はここまで背中が大きかったのか。毎日会っているはずなのに、僕は彼のことをちっとも理解できていなかった。


 訓練の内容は苛烈だった。一歩も動かずに暗いところで瞑想をする。耳鳴りがする場所で寝る。スクワット千回、腹筋千回、素振り千回を千セット。確かにこれではクリアする人もいない。


 ――でも。


「俺はなぁ! CTuberになるためにバイトや手伝いで体を鍛えてきたんだ!」


 そうだ、リョウはずっと努力してきた。


 年齢制限でアルバイトできなかった頃は近所を走り回り、お手伝いをしながら小遣い稼ぎをしてきた。アルバイトできるようになったら今度は掛け持ち、それも休みなしで働き続けてきたんだ。しかも学業をおろそかにしてないというね。僕は君が同じ人間なのか疑問に思ったよ。


「今更こんな訓練とか屁になるか!」


 CTuberにかける情熱は誰にも負けない。それを証明するかのようにリョウは過酷な訓練をこなしていったのだ。


 :リョウさん……あんたって人は

 :5000¥/ うおおおおおお!!

 :10000¥/ リョウ最強! リョウ最強!


「俺は……俺は!!」


 教官と僕の前でリョウは右手を突き上げる。


「大人気配信者に……俺はなる!!」


 勝利宣言のための、右手だったのだ。


 :50000¥/ うおおおおおおおおお!!!!

 :10000¥/ やったああああああ!!!

 :10000¥/ 初のコマンドー誕生だあああ!!

 :50000¥/ 愛してるぜええええええ!!!


「リ、リョウ! 同時接続者数が五十万人も!」


 龍一兄の条件はもうクリアだ。

 あの達成困難な条件を、リョウは長年の準備を経て達成したんだ。これでもうリョウは龍一兄に対する借りを完全に返した。配信者として、自由な道を歩けるようになったんだ。


「そうか、俺は……やったのか」

「よくやったリョウ。貴様にはこの時を持ってコマンドーに任命する」

「……ありがとう、ございます」


 ぐらり、とリョウの体が倒れようとしている。今はもう疲労システムなんてものはない。だけど精神的な疲労はもう限界に達しているんだ。僕は急いでリョウを抱きとめて、ゆっくりと彼を寝かせた。


「これで、俺もCTuberに……」

「ううんリョウ……君はもう立派なCTuberだよ」

「ふっ……ありが、とう……センリ」

「リョウ? ……リョオオオオ!」




 こうして僕は、一人の親友を失ったのだった。

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