第63話 少女の心と僕の夢


私の中から溢れ出した、ぐちゃぐちゃの感情。


つきくんの頑張りを無駄にしてしまったことが辛い。


でも、つきくんにたくさん慰めてもらえるのが嬉しい。


私は……とても悪い女の子だ。

そんな自分が嫌になっちゃう。辛い。


それなのに……つきくんがいっぱい見てくれて……嬉しい。


心地の良い、酔ってしまうような、つきくんの言葉。


弱い私の身体は負の感情を訴え続ける。


欲張りな私の心は、もっと欲しいと際限なくつきくんの声を求め続ける。


そんな私の心と身体をつきくんは一瞬で満たして、溢れさせてくる。


先に反応したのは身体だった。


つきくんを欲して流れていくはずの涙が、今度はつきくんに溺れて逃げ出すように溢れてくる。


止まらない。


言葉が出てこない。


つきくんに告白された。


つきくんに告白された。


つきくんに……?


…………ぇ?


ど、どうしよう。


私……こんなの……どうしたら……いいの?


わからない。わからない。


(つ、つきく……)


だ、だめ、つきくんのお顔見たいのに……見れない。


ど、どうして?


ずっと欲しかった。やっと……やっと、手に入った。


一番欲しい言葉……貰えた。


ううん、私が欲しがってたものなんかより……ずっと素敵な言葉。


うれしい。うれしい。


うれしいのに……言葉……出ない。


たくさん想像してた。


いつか、いつかつきくんが私を欲しがってくれたらって。


そうしたら満足するまで一日中だって、ぎゅってして、ぎゅってされようって。


それからたくさん甘やかして、甘やかされて……。


たくさんつきくんのお顔を見て、声を聞いて。


それから……それから……。


キス……とか。


それなのに……


(お顔……熱くて……)


「〜〜〜ふぇっ」


泣くことしか……。


なに……これ。


何もできないでいると、三角座りで座り込んでいた私の太ももとお腹の間のところに何かがもたれかかってきた。


「〜〜ひゃぅ!!!」


声が出て、咄嗟に目を瞑ってしまったけれど、心地よさと自分の心臓の飛び跳ね方でわかる。


つきくんの頭。


(ど、どうしよう……私がもたもたしてるから……つきくん……こんなところに……)


「……すー」


「〜〜あぅ」


(つきくんの息……変なところに……声……恥ずかしい……)


目を開けることも出来ず、されるがままになっていたけれど、しばらくすると、つきくんの呼吸のリズムが一定なことに気づいた。


「……すー」


「……?」


意を決して目を開いてみることにする。


「……つき……くん?」


小さいお顔を起こして確認すると、つきくんの可愛い寝顔が私の瞳に写った。


「ね……ねてる……の?」


泣き疲れて、自分でもびっくりしちゃうくらいのか細い声に、つきくんは小さな寝息だけを返してくれる。


「……はぅ〜〜」


大きくて長い息が漏れた。なんだか身体から一気に力が抜けてしまった。


そうだ、つきくんは今日までずっと、とっても頑張ってた。


学校ではお喋り……苦手なのに。

運動だって……得意じゃないはずなのに。


無茶ばっかりして、きっと全然寝れてもいなくて。


あんなすごい結果を残すほどの頑張り。身体が限界を迎えるほどの。


私を好きと言ってくれたつきくんの言葉が余すことなく心中で繰り返す。私の言葉をずっと覚えててくれたんだってすぐにわかる、その言葉を。


何度も。何度でも。


つきくんが私を欲しがってくれていたと言うのなら。

私だけを欲しがってたくれていたと言うのなら。

それは全部……私のためだけで。


私はつきくんがいないと死んじゃう。


つきくんも、私がいないと死んじゃうの?


「メンヘラさん……なんだね」


つきくんのお顔をぎゅっと胸に抱き寄せた。


頭の中がふわふわしてとろけちゃいそうになる。


とっても気持ちが良くて。


(お顔が……すごく熱い……)



——— 大好きだよ、つきくん


だから……だからね。


つきくんが私を……


「……生きさせてね?」


もう、何度目ともしれない着信音が鳴り響いていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



夢。


昔の夢。思い出したくもないのに。


変哲のない学校の教室。小学六年生の始業の日。


僕が自分にとっての友達と、世間一般でいう友達とのズレを認識し始めて少し経った頃だ。


クラスではうまく喋れていたはずのことが、時々吃るようになったり、突然本音が言葉に乗らなくなったり。


己が正しいと信じて止まなかったものを疑い始めた。


世間一般の認識を間違いと信じ、覆せるとすら思っていたのに、それもほとんど諦めかけていた。


そんな曖昧で不安定な時期。


その日は、当然のようにクラスメイトそれぞれの自己紹介が行われていた。


記憶にも残らないような、ありきたりな自己紹介が続いていた。


僕はどんな自己紹介をしたんだったか。


あぁ……そうだ、自己紹介なんかできなかったんだ。


たった一人の少女の自己紹介。


内容なんて頭によく入らなかった。よく覚えられなかった。


突発的に溢れた感情がそれを邪魔したのだ。


少女を奇異の視線に晒す教室が嫌で。


彼女が泣きそうになっているのが嫌で。


そんな世界が嫌で。


癇癪を起こして暴れた。椅子を蹴ったり、机を蹴ったり、壁を蹴ったり。罵詈雑言を撒き散らした。リストカットもしていた。


とにかくその場を、雰囲気を、世界を、ぶち壊してやりたかったんだ。


子供だった。恥ずかしいくらいに、子供。


弱かった僕は先生一人に簡単に押さえつけられて、たくさん怒られて。


泣いて謝った。みんなと、先生に。


ダサすぎワロタ。


そして足癖のように屋上に逃げて、また泣いた。


そしたら僕より先にいたのか後から来たのか、件の少女が屋上で泣いてた。


だから一縷の希望を乗せて、顔を伏せる少女の前で言ったんだ。


『君となら……本当の友達に……なれるかな』


少女は泣くばかりで、僕の方なんか見やしないから。


また明日にでも話しかけてみようと思った。


だけどその後、少女は僕を避け続けた。顔を合わせる間もないほどに。


その少女でさえ、僕を変だとか、重いだとか感じているのだろうと、そう思った。


悲しくて。


辛くて。


結局、そんなものかと、僕はようやく悟ったのだった。

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