第61話 不穏な幕引きへ


進藤鉄馬という狡猾な生徒会副会長によって仕組まれた、私、潮海雨音という人間を懸けた男子バレーの試合。


進藤先輩は私との交際という既成事実を作るため、自分という人間の校内カーストと、燐という好敵手、そして球技大会というイベントを利用し、私が彼を振ることで最大限に他の生徒の妬み、嫉みを増大させる舞台を作りだした。


もし、試合に進藤先輩が勝っていたら、私がどう答えていたのか。


正直それは自分でもわからなかった。


けれど、結果は燐の勝利。頑張ってくれた燐には大きな感謝しかない。


それと……三咲。


なんなのかしら彼は。この試合だけ明らかにやる気が違ったし、突然上手くなった。


最初のサーブなんて私の真似じゃないの?


そりゃあいつは危なっかしいし、健気にコソコソ練習してるみたいだったから、何度か練習に付き合ってあげたわよ。


その間にそんなに私のことを見てたの?


この試合だけ、三咲はすごく頑張ってた。明らかに不調だった燐の動きが途中から良くなったのも、きっと三咲のおかげ。


三咲が急にやる気を出したのは……私のため?

どーでもいいとか言って本当はあの子……


「……っ」


頭を振って、自分の思考を切り替える。燐の告白が始まった。


あとは、私が燐の告白を受け入れ、しばらく燐と付き合うふりを続ければいい。


実際のところ、燐のスペックは誰もが認めるところだし、その人間性を私は好いている。


付き合いが長いこともあり信頼もしている。


だから、ここで燐の告白を受け入れることは私にとって簡単なこと……そのはずだった。


「……燐、ごめんなさい……」


唇がそんな風に動いたことに、自分でもひどく驚いた。


「あ、えっと、もちろん燐はかっこいいし、友達としてはとても好きなのだけど……その、私、クラスで他に気になっている男子がいるっていうか……」


私、こんな大事な時に何を言ってるの。たとえ相手が燐だとしても、男の子として好いているわけではない相手の告白を受け入れることが、こんなに難しいなんて。


「えっと……そいつの名前は?」


「その……み、三咲って……男の子……」


……うん?


待って。

違う。


これは理に適った発言なのよ。


今の三咲は認めたくないけれど、ひおりんのおかげで、とても可愛いらし……綺麗……なんて思ったりしたことは一度もないのだけれど。


まぁ、多少は整った容姿をしているので、今、彼を指差すようなことはできない。


けれど、クラスで浮きまくってるいつもの三咲を知れば、潜在的に私をよく思わない生徒たちはこう思うはずだ。


潮海雨音は、数多の男を振り、最終的に冴えない男に片想いをしている。


ざまぁみろ、と。


こうすれば燐が好きでもない私と付き合うフリをする必要もなくなる。これ以上燐には迷惑をかけたくないという気持ちは私の中ではとても大きなもの。


私さえいなければ、燐は前の彼女と今もうまくやっていたのかも知れないのだし。


私も無駄なことをしなくて済む。


私はこの短い時間でここまでしっかり考えた上で発言したに過ぎない。


それだけ……なんだから。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




男子バレーの潮海を懸けた試合という一大イベントが終わり、いよいよ球技大会の最後を飾る女子バスケの決勝を観戦するため、僕は第一体育館へと足を運んでいた。


校内で残った試合はこれだけなので、校内各所に散らばっていた全てのギャラリーが一箇所に集まっていた。


「最後は有栖川の試合だな。見納めようぜ」


「あ、う、うん」


声をかけてきたのは、憑き物の取れたような顔をした成瀬だった。傍らには潮海の姿もあった。


「……試合終わった途端になんでそんな弱々しくなってんだよ。その演技……まじで何の意味があるんだ……?有栖川が整えたその見た目でそんな喋りされるとギャップで風邪引きそうになるんだが」


逆巻の怪我という想定外はあったが、男子バレーで一位を勝ち取れたことで、球技大会への総合一位へと大きく近づいた。


あとは最後に残った女子バスケが一位を取れれば、クラスの総合一位は確実なものとなる計算だ。


女子バスケで氷織が勝てるかどうかはわからないが、もはや僕にできるのは彼女を信じることだけだ。


完全に役割を終えたという実感が、張り詰めていた僕の中の何かを緩め、残ったのは弱りきった学校でのいつもの僕だった。


舌が全然上手く回らない。というかこいつらがめちゃくちゃ怖い。あんまり話しかけないで、お願い。


「三咲……その……さっきの、わかってるわよね」


「い、いや……」


わかるわけがない。潮海のやつが最後の最後でなんで僕を当て馬にしてきたのか。あの潮海に好きなやつがいたと旧体育館は大騒ぎだった。


クラスメイト以外の連中は、三咲とかいうやつは一体どこの誰なんだと躍起になって探しているようだ。


まじでこいつ殺そうかな。何考えてんだよ。


「ふ、普通にな、成瀬くんとつ、付き合えばよかったのに……」


「な、なんであなたがわかってないのよ!!つき合うわけないでしょ!こんな顔だけの軽い男と!」


「おい……さすがに傷つくぞ。お前のために結構頑張ったのに……」


「だってそうじゃない!私のせいで、進藤先輩に燐が彼女を取られちゃったこと、私、中学の時からずっと引きずってたのよ!それが何よ!3番目だか4番目だかの女だったって。何股してるのよこのクズ!チャラ男!」


「い、いや、あの女だって俺以外に進藤先輩含め、何人かの男と同時に付き合うようなクソ女だったんだって。……あんまり覚えてねぇけど……」


よくわからないが成瀬がクソ野郎だということだけはわかった。どうやら中学時代はかなり女癖が悪かったようだ。


「いーい?三咲。あなたは絶対こんなんになっちゃダメよ?浮気とか絶対許さないんだから!」


「なんで三咲がお前と付き合うみたいになってんだよ。さっきのは嘘なんじゃなかったか?」


「そ、そういう意味じゃないわよ……。私は三咲のためを思って……」


「い、いや……し、潮海さんが、ぼ、僕なんかのためを思う意味がわからないし……」


潮海がわけのわからないことを言い出していたのでつい、僕も成瀬に続いてツッコんでしまう。


毎度思うが僕はこいつらのことなどどうでもいいのだ。


既にバスケの試合のコートに入り、軽くアップをしている氷織の方に目を向ける。


鮮やかなレイアップだった。


あんなイベントの後でさえ、相変わらず彼女は多くの視線を集めていた。


氷織は、僕の試合どこまで見てたんだろ。


試合の準備で一足先に旧体育館を去ったみたいだけど。


そんなことを考えていると拗ねたような潮海の声が聞こえた。


「な、何よ……さっきの試合は、あんなに頑張ってくれてたくせに……私のために」


「……は?」


「さっきの試合だけ明らかにいい動きを始めたじゃないの。あれ、私を守るためってことよね?ふふん、あなたも可愛いとこあるじゃない」


僕の理解を超える発言に、もはや何も言えなくなっていると、


「その……改めて言うけど……二人とも……ありがとう。その……かっこよかったわよ」


潮海は度々気まずそうに目を逸らしたりしながら、僕と成瀬に向けてそう言った。


「「……」」


僕は珍しく少しだけ赤くなっていた成瀬と顔を見合わせたが、すぐに氷織の方に視線を戻した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



球技大会の最後。バスケットボール。

私の試合がもうすぐ始まる。


その前に少しだけ、つきくんとお話がしたい。


私は少しだけ離れたつきくんの方に目を向ける。


目が合うと、すぐにつきくんは私の方に来てくれた。


どうして私がしてほしいこと、わかるんだろう。さすがつきくん。


「試合、始まるね」


「つきくん……その……」


「うん?」


「さっきの試合……とっても……かっこよかったよ。いっぱい……練習したもんね?……私も……嬉しかった」


「ん。氷織のおかげでね。あとは氷織がこの試合に勝てばクラスは総合優勝。課題達成ってわけだ」


「う、うん……そうなの。そうなんだけど……」


つきくんと成瀬くんの試合を見て、あまちが時々心の声を漏らしているような節があった。


言葉になっているようなものじゃなかった。


でもどうしてか、それだけであまちが考えていることはわかったような気がした。

最後の最後であまちがつきくんの名前を出すのも、なんとなく納得してしまっていた。


つきくんはすごく魅力的だから、しかたがない。


しかたがないけど……


「つきくんがいっぱい……いっぱい頑張ってくれてるのは……私の……」


「なに?」


「う、ううん……やっぱり……なんでもない」


ずっと頑張ってるつきくんに、こんなこと改めて聞くなんて、だめ。


「そう?先に言っとくけど、負けても氷織のせいじゃないから。気楽にね」


「う……うん」


つきくんの気遣いが嬉しい。とっても。なのに……。


——ピッ。


審判が笛を鳴らし、集合の合図がかかった。


つきくんが離れていく。


成瀬くんと……あまちのところへ。


ねぇ、つきくん。この球技大会。つきくんは私よりあまちとたくさん話してた気がするの。


気のせい……だよね。


(だめ……こんなこと考えてたらつきくんに怒られちゃう)


あまちは……なんで?


つきくんが頑張ってるのは……私のため……だよ?


(だめ……だめ……)


怒ってくれる?つきくん……?



◆◇◆◇◆◇◆◇



試合が始まる。


相手はバスケ部を集めたチームというわけではないけれど、スポーツ推薦で入ってきた生徒たちが集まる特進クラス。


その三年生。所属部活と同じ競技に出れない球技大会においては、最も優秀な相手と考えて、間違いない。


「有栖川さん!」


動き出した試合の中、私にボールが回ってくる。


相手の女の子達を一人、また、一人と抜いて、ゴールを目指す。


「さっすが有栖川さん!本当にすごい!」


褒めてくれるチームメイトを背に、レイアップでゴールを決める。


「すっご……バスケ部より絶対うまいし……有栖川さんに二枚!いや、三枚つけて!」


私を警戒した相手がすぐさま対応してくる。スポーツが得意な子しかいない特進クラスはやっぱり対応が早い。


私一人に三人も守りが付くなんて。


その分他のクラスメイトたちが自由に動けるけど……


「有栖川さん……私達……」


この子たちは運動が得意なわけじゃない。戸惑って当然だ。


「無理だと思ったらいつでもパスくれてだいじょーぶだよ!がんばろー!」


いつも通り明るく声を発した。これが学校での私だから。


つきくんは気楽にって言ってくれたけど……私がここで負けちゃったら、全部無駄になる。


つきくんの頑張りが……全部。


(絶対……負けちゃだめ……)


そこからは、無茶なパスを受け取り続け、ペースはだいぶ落ちながらも、決められるときにしっかりゴールを決めていく。


けれど、どんどん相手側優位に得点差が開いていく。


ならばと、スリーポイントシュートを多めに意識する。


それでも得点のペースは相手が上。


ならもっと多く。


それでも足りない。


ならもっと。


足りない。


もっと。


足りない。


——もっと入れる。


「嘘でしょ!?もう何本目!?追いつかれる!」


落とすことなく決め続ければ、なんとか得点のペースは相手を上回る。


(つきくん……私……頑張るから……だから……)


「有栖川さん!最後お願い!」


そんなチームメイトの声に身体が反応する。無茶なパス。


それでも、三人のガードを躱すためにステップを踏む。ちらりと見たタイマーの数字は0分03秒。


決めたら……勝てる。


つきくんのおかげで……クラスが勝てる。


また明日も、つきくんと一緒にたくさん遊べる。


いつも通りなのはすごく楽しくて、嬉しい。


それでも。


———それでもまだ……足りない。


もし負けても、つきくんはなんとかするって言う。けど、それはきっとすごく大変なこと。


(だからだめ……だめ……なの。なに……考えてるの……!)


私が負けちゃったら、まずつきくんは何をしてくれるんだろう。


お母さんから電話が来た時みたいに……たくさん……慰めて……くれる……のかな。


また……ぎゅってしてくれるかな。あんなに嬉しい言葉をたくさん……かけてくれるのかな。


また……つきくんの本当の気持ちがたくさん……聞けるの?


ねぇ……つきくん。私が変になればなるほど、辛くなればなるほど、つきくんは私をかまってくれるの……?


私は……どうしたらいい?つきくんの全部をもらって、つきくんに全部を奪ってもらうには、どうしたらいい?


「みんな!絶対カットして!ここ決められたら負けちゃう!」


相手の必死な表情が、なんだかよく見えた。

ギャラリーの方も、どうしてかよく見える。


成瀬くんがいて、あまちがいて。


つきくんがいる。


あまちが張り詰めた表情で、袖を握った。


成瀬くんと……


つきくんの袖。


ほんの一瞬、つきくんが私から視線を……


「———ッッ!!」


——— つきくんに


——— もっと私を見てもらうには


私がボールを手にした時には、よくわからない思考が頭の中でぐるぐる回っていた。




















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