第60話 球技大会 5

これはあくまで僕の持論であり、ただの思い込みだ。なんの根拠もデータもない。これを前置いておきたいのだが。


僕は勉強しかり、スポーツ然り、何事においても、適度な休息が重要だとか、たくさん睡眠をとった方がパフォーマンスを発揮できるだとか、そういうのを一切信じていない。


そういった通説を証明する客観的根拠なり、データなりが存在することは知っているし、理解している。


けれど、それを自分に当てはめて、信じることはできない。


一度何かを始めたならば、その瞬間がくるまで、最後の一秒まで、休憩も睡眠も可能な限り排除し、自分の持ち得る時間の全てを努力に変え続けることが、いわゆる人事を尽くす、ということだと信じている、というかそうに決まっている。


これは僕の元々の性質でもあるが、これまでの経験でもある。


僕が本気を出しても勝てないかもと思った相手なんて氷織くらいのものだ。あと霧夜ねぇ。


他のやつには本気の僕が負けることなんてあり得ないと心底思う。


まぁ、思うだけだが。


実際に勝負とかはしないよ?

勝つのがわかってるからね。うん。



圧倒的な睡眠不足だろうが、身体がどれだけ不調を訴えようが、今日までの僕の努力は実を結び、最大限のパフォーマンスを発揮することができている。


そうに違いない。


正論なんか知らん。限界がくるまで、たとえ限界が来たって感情に任せて走り続ける方が、パフォーマンスは上がるし、何より——




——ピッ。


何度目ともしれない僕のスパイクが、審判の笛を鳴らしていた。


「あはは、雑魚すぎて草なんだが」


つい、そんな呟きが漏れてしまう。


笑いが止まらん。草生えすぎて体育館が芝生になりそう。


そこから僕の才能が開花して努力が実を結ぶってわけよ。


「……やってくれるね。あぁー、実力を隠してたってやつだ。そうか。うん、言葉選ばずに言うと本当にムカつくね君。だけどそれがなんだい?不意を突かれて体勢は崩したが、もう君の動きにも慣れてきた。あくまでエースは燐。エースの頭に血が上ってる状態じゃオレたちには……」


ニワトリ先輩が向こうからネットに近づいてきてニヤニヤペラペラとなんか言ってるのを無視し、くつくつ笑いながら脳死で脳内言葉遊びをしていると、別の笑い声が聞こえた。


僕の上品な笑い声とは似ても似つかない笑い声。


「ははっ……。ははははっ」


成瀬の笑い声だ。顔を強ばらせ、常に張り詰めた声を出しながらプレイしていた人間が急に笑い出したことで、周りが一瞬静まった。


「……何笑ってる?キモすぎ」


僕の笑いも止まってしまい、つい文句が漏れた。


「ははっ、なんでお前と組んだのか……今更思い出してな……。お前の言う通り、ちょっと頭が沸騰してたのかもな。そうだったぜ。お前はそういうやつだった」


「知った風な口聞くな。いいから真面目にやれよ。この勝負に負ける予定はないんだ」


「いや……つーかお前もさっきまで笑って……」


「笑ってない。お前すぐ嘘つくよね」


「ブーメランって知ってるか?はぁ……。まぁ、そうだよな。お前今回ガチだったもんなぁ……」


ガチでいいだろ。ほっとけ。


「終わったらしっかり話は聞かせてもらうとして……まずは集中」


成瀬は言葉を区切って深呼吸すると、自分の頬を叩いた。

そして、僕を含めたチームメイトの方に向き直った。


「悪い皆。文句は後でいくらでもきく。だから頼む。協力してくれ」



成瀬はミスは気にせず、自分以外にもしっかりボールを回すように指示し、決めるべきタイミングでのみ、自分を主張することで堅実に、確実に得点を重ねていった。


気づいた時には最後の笛が鳴っていた。


「試合終了。整列」


そして、歓声。


——なるせぇぇ!お前がナンバーワンだ!


——かっこよすぎだよぉ〜。成瀬くーん!


結果は僕らの、というかもはや成瀬の一人勝ち。


成瀬は自身のプレイはもちろんだが、チームメイトの力を引き出すことや、そのフォローにおいても、とてつもない才能を見せていた。


まさか特進相手に圧勝出来るとはさすがの僕の思わなかった。こいつまじスポーツ万能すぎる。うざすぎ。


「くくっ。どうだ?俺も中々やるだろ?」


なぜか成瀬が僕の方を向いて功績をアピールしてくる。僕なんかにアピールしてなんになるのだろう。


「絶対途中まで本気出してなかっただろ。うざ」


「ははっ、だからお前にだけは言われたくないって」


成瀬とそんな会話をしていると、歓声の止まなかった旧体育館が、ふっと静かになった。


不思議に思っていると、成瀬が答えをくれた。


「みんな待ってんのさ。雨音への告白をな」


ああ、そういえばそんな話もあった。みんなそれ目当てでここに来てるんだったか。ニワトリ先輩がなんか言ってたっけかとそちらを向けば、前髪をかき上げるように頭を抑えてしゃがみ込んでいる姿が視界に入った。


「進藤先輩。俺の勝ちっすよ。雨音に告白するのは俺でいいんすよね?」


「……なぜだ……」


「はい?」


「……中学の時、オレは全てを手に入れていた。学力も、スポーツも、容姿も、学校での地位も。あとは雨音だけだった。そうすれば全てが揃い、あの兄を超え、オレは完璧になるはずだった」


「それが中学の時雨音を狙った理由だったんすか」


「君と雨音を貶め、過去の失敗を清算した。そして、失敗から学び、ここでもう一度全てを手に入れ、今度は舞台まで整えた。なのに……なのに……なぜっ……」


くだらんこと考えるなーと、突然身の上話を始めたナントカ先輩と成瀬が話しているのを見ていると、突然僕の方に強い視線が向いた。


「お前だ!お前さえ!お前さえいなければオレは……!最初から最後までからオレのペースを乱しやがって……!一体なんなんだお前は……!」


いやお前がなんなんだよ、などと思う暇もなく、僕は彼に胸ぐらを掴まれそうになったが、成瀬がそれを阻んだ。


「コイツには手は出させねぇよ」


かっこいいとか思ってないから。僕をヒロインみたいな気持ちにさせるんじゃねーよ。


「放せ。燐、君はもういい。君はオレより下だと知ってるからね」


「あ?なにがっすか?」


「少なくとも中学時代の君の彼女はそう判断した。はは、君の怒りは中々心地良かったよ」


「ん……?あー、と、とりあえず、約束は約束っす。勝った方が雨音に告白する。これを履行しないと周りも納得しませんよ?」


「……勝手にしろ。もはやどうでもいい」


成瀬の煮え切らない感じは気になったが、たしかに観客もそろそろ限界のようだ。


皆それぞれ次の観戦もあることだろうし、さっさとこのイベントを見届けたそうな雰囲気を感じる。僕も同じ気持ちだ。


はよ終われ。お前らの事情とかガチでどうでもいいんだよなぁ。


「それより……そいつだ。燐、君の友達の名前くらいは教えてもらう。今回はそれで締めてやるさ」


「あぁ、こいつはみ——いって!」


黙って見ていれば、成瀬が僕をめんどくさそうなのに売ろうとするのでそのケツを蹴って言葉を止めさせた。


「み?」


くそ、こんなのに名前を覚えられたら最悪だ。偽名だ、偽名で誤魔化そう。


「み、ミオザ」


つい、尊敬するキャラクターの名前が口をついて出てしまった。


ごめん、マホヤミのミオザくん。


「……覚えたよ」


それだけ低く呟き、溜飲を下げるようにニワトリ頭は旧体育館を去った。


そして、成瀬による潮海への告白が行われる。旧体育館全体がその空気感じ取り、場が静まる。


「雨音ー。お前とは長い付き合いだけどさ、そろそろ友達超えて付き合ってくれよー」


成瀬らしい、冗談っぽさを残した、軽い告白だった。


会場の気が抜け、小さな笑いが所々で巻き起こった。さすがは成瀬だ。完全に観客を味方につけている。


僕はよく理解していないのだが、成瀬と潮海に聞いた……というよりは勝手に耳に垂れ流された話によると、この告白を嘘でも潮海が受け入れ、しばらく付き合うフリをすることで彼女の身の安全が守れるとかなんとか。


だから当然、自分の気持ちに関係なく、潮海はこの告白を受け入れるものだと、僕はそう思っていた。


「……ごめんなさい燐……」


潮海のそんなセリフを聞くまでは。


興奮冷めやらぬまま、男子バレーの準決勝は幕を閉じる。


前代未聞に盛り上がりに萎縮したか、あるいは気を遣ったのか知らないが、僕らの決勝の相手は気づかぬうちに試合を棄権したらしく、流れるように男子バレーの優勝が決まったのだった。

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