第59話 球技大会 4
昼休憩が終わり、各種目の午後の試合が続々と消化され始めていた。
男子バレーの準決勝に出場するため、成瀬と共に旧体育館の客席で出番を待っていると、そこに潮海と氷織が現れた。
「決勝……勝ったわよ」
「おお、そうか……」
潮海が汗をハンドタオルで拭きつつ、こちらに向けて言い放つと、成瀬が少しぎこちなく答えた。
「何よ燐。喜ばないの?」
「いや……素直にすげーよ。さすがだ雨音」
「ひおりんのおかげよ。相手のこと、色々と教えてくれたからね。ありがとうね、ひおりん」
「あ、あれは三咲くんが教えてくれたことをそのまま伝えたんだよー。だからお礼は三咲くんに、ね?」
「なっ……そ、そうなの……?」
氷織の言葉に、なぜか気まずそうな顔をしてまごまごし始める潮海を無視し、僕は考える。
決勝において、当然の如く特進クラスにぶつかった女子バレーだったが、どうにか白星をあげてくれたらしい。
潮海達の決勝が厳しいものになることを見越した僕は、試合前に、氷織を介して相手選手のクセや弱点を彼女らに伝えてもらった。
それがどれほど役立ったのかは知らないが、勝ちを拾ってくれたならばそれでいい。
少し前に氷織が出場した女子バスケの準決勝を観戦したが、危なげなく勝っていた。
その他の試合についても校内を東奔西走しつつ、僕は要所要所でデータを仕込んでいったが、さすがにここまで駒が進んでくると、そううまくはいかない。
負傷により逆巻が不在となったフットサルの決勝は2年の特進クラスに惨敗。吉田のバドミントンも準決勝で特進クラスに敗退。
松原がどうにか決勝まで駒を進めてくれたが、その後、敗退。
とはいえ、ある程度は僕の計算通りに事は進んでいる。
唯一の誤算は逆巻の負傷だったが、潮海のところが勝ってくれたおかげで首の皮一枚繋がった感じだ。
あとは、僕を含む成瀬頼みの男子バレーと、氷織頼みの女子バスケが優勝すれば、うちのクラスが総合優勝をとれる計算だ。
「まぁ……余裕ってところか」
「何が余裕なのよ。こっち向きなさい!」
僕が自分を鼓舞するようにそう結論づけると、潮海がぐいっとこちらの首を無理矢理動かしてきた。
「なに。うるさいな」
「また生意気言って!そんな態度じゃお礼言ってあげないわよ。いいの!?」
「別にいいよ」
むしろ勝ってくれて助かってるのは僕だった。
「そろそろ時間だ。行こうぜ三咲」
成瀬が珍しく急かすように、僕に声をかけ、歩き出した。
「燐!」
潮海の声に成瀬は振り返らずに足を止めた。
「私のことは……気にしなくていいから。無理せず……頑張りなさいよ」
成瀬の微妙な雰囲気の変化を感じ取っていたのか、潮海は成瀬の背中にそう声をかけていた。
「一応言っとくけどあなたもよ三咲。ま、どーせ今回もコートの中をふらふらするだけなんでしょうけど」
試合の相手は進藤鉄馬とかいうニワトリ頭率いる三年の特進クラスだ。
正直こいつらが何をそんなに重く捉えているのかは検討がつかないが、僕としても勝たないとまずいことには変わりないので気にしていない。
僕も成瀬を追いかけ、歩き出すと、氷織が一瞬だけ僕の手を引いた。
振り返ると、氷織は何も言わずに小さく微笑んでくれていた。
「……」
僕には成瀬と潮海の事情など、どうでもいいこと。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
既にコートには両チームのメンバーがそろっていた。
ちなみにチームメイトの彼らも、他のクラスメイト達と同じく、僕を成瀬が引っ張ってきた他クラスの生徒と勘違いしている。
呼び名は成瀬の友達。略して友達くんである。
他クラスのやつを助っ人に呼ぶなど、普通にルール違反だということがわからないバカなのか、チャラい成瀬ならそういうことをバレないようにやっててもおかしくないと思っているのか。
彼らの中の三咲くんは今日は欠席しているらしい。
しかし旧体育館にコートに立って初めて気づいたが、異様なギャラリーの数だ。全校生徒がほとんど集まっているのではないだろうか。まだ並行して行われている種目もいくつかあるはずなのに。
成瀬もそれに気づいたか、辺りを見回している。
「観客の数が気になっているようだね」
コート内のネットを挟んだ向こう側から、ニワトリ頭が、成瀬に向けて声をかけた。僕の方も一瞬だけ見たが、宣言通り相手にする気がないのか、すぐに視線を戻した。
「センパイが何かしたんすか?」
「オレと燐の勝った方が雨音に告白するってこと、ちゃんと周知させておいたから。そりゃそうなるさ。雨音が女子バレーで優勝してくれたのもいい演出になった。雨音も満更でもないのかな」
「……本気なんすね」
そんな会話を右耳から左耳に流しつつ、僕が軽くアップをしていると、成瀬が僕らチームメイト全員に向けて告げた。
「お前ら。余計なことはしなくていい。打ち上げたボールは全部俺に回してくれ」
そんな成瀬の言葉に皆顔を強ばらせた。
成瀬がそんなことを言ってくるのは初めてだったからだ。
今までの試合でも各々の判断で結果的にそうなっていたとはいえ、成瀬が自分のワンマンプレイを強要したことはなかったのだ。
「断固拒否」
僕が小さく呟くと、審判の笛の合図で試合の開始が告げられた。
最初のサーブは成瀬だ。
鋭いジャンプサーブが相手コートに突き刺さる。さすがに相手も手強いため反応はしてくるが、その力を受けきれずに、こちらに得点が入った。特進クラスとはいえ、相手もバレー部というわけではない。スポーツ万能型の成瀬に及ぶ選手がそうそういるはずもない。
しかし、次の成瀬のサーブはニワトリ頭が危なげなくレシーブした。他の選手のトスを受けて放たれたニワトリ頭のスパイクをこちらの選手は受けきれなかった。
こちらは成瀬を主軸に、向こうは進藤鉄馬が主軸に試合が進む。
見たところニワトリ頭よりも成瀬の方が実力は一段上のようだったが、試合は劣勢だった。
当然だ。エース以外の選手の地力が違うのは当然として、こちらはほとんど成瀬がボールを打つのがわかっているが、向こうはその限りではない。
一般生徒のクラスに通じた戦法が通じる相手ではないということだ。
「ま、予想通りだ」
僕のサーブの手番が回ってきたところで、呟いた。自分達が優勢と見るや、僕と視線が会う度に、ニワトリ頭がこちらを馬鹿にするようなニタニタした笑みを浮かべていたのはムカついたが、それもまぁいい。
「ねぇ」
成瀬含むチームメイトに向けて声をかけた。成瀬以外のやつには僕が自分から声を発するのはたぶん初めてだったので皆がこちらを見てくれた。
「僕にもボール回して」
ここまでの試合は成瀬に任せっきりだったが、それは決してめんどくさいからでも、僕が足手まといだと考えているからでもない。
事前に相手について調べて、実際に見て、必要がないと判断したからだ。
だが、ここからは違う。
「余計なことはしなくていいっていったはずだぜ?」
劣勢に苛立っているのか、成瀬が少し強めにそんなことを言ってきた。癇癪持ちの僕がいうのもなんだが、僕はスポーツで人格が変わるやつが大嫌いだ。成瀬はその辺弁えているタイプだと思っていたが、まぁ潮海のこともあって冷静じゃないみたいだし仕方がない。
「僕は断固拒否って呟いといたはずだぜ?僕に指図すんな。殺すぞ」
まぁ仕方がなければ許されるわけではないけれど。
「お前……。あまり言いたくないが、ここで、お前がでしゃばったら足手まといだって言ってるんだ」
成瀬の苛立ちを含む声に、僕はさらなる苛立ちを返してやる。
「勝手に決めんな馬鹿が。なんで僕がこのサーブが回ってきたタイミングを選んで喋ってるかわかってないだろ。頭沸騰してっからその程度の思考力なんだよ。そういうのは……」
言いながら僕はボールを高く舞い上げた。タンタタン、とリズムを踏む。
「これを見てから決めんだろ……がっ!!」
僕が放ったジャンプサーブは相手コートに入ると、すぐさまニワトリ頭が動き出す。
無駄に回転のかかったボールはニワトリ頭の腕によって打ち上げられるも、コートから大きく外れた位置に落ちていった。
ピッ、こちらの得点を告げる笛の音がなった。
ニタニタと、ニワトリ頭に向けて笑みを放っていた僕は大層キショかったに違いない。
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